鎮守府内。赤城は次の海域攻略作戦のための会議に出席していた。会議は長門と加賀が、戦艦重視の編成にするか空母重視の編成にするかで議論が紛糾し、夕刻より始まった会議は深夜まで及んだ。
「よ、ようやく終わりました……」
よろよろと会議室を出た赤城は、自室へと歩を進める。間宮さんの食堂か、鳳翔さんの居酒屋で何か食べて行きたいが、食堂も居酒屋も共に閉まっている時間だ。
「もうすっかりお腹ペコちゃんですよ。海域攻略よりも食べる事の方が大事なのに、休憩の一つも入れないなんてみんな働きすぎですよ……」
ぶつぶつと愚痴を吐く赤城の背に、
「赤城さん! 会議お疲れ様っす!」
そんな声が投げかけられた。声の主は、重巡洋艦娘の摩耶である。
「あら、摩耶ちゃん。そういえば今日は演習でしたっけ。遅くまでご苦労様です。って、なんです? その荷物」
摩耶は一抱え程のダンボールを持っていた。
「それなんすけどね。赤城さん、ラーメン食いませんか?」
重巡洋艦娘の摩耶からその言葉をかけられた赤城は、一瞬躊躇した。
「え、ラーメン……ですか?」
先日行列のできるラーメン屋に行った時に味わった嫌な出来事のために、ややラーメンに苦手意識を持ってしまった。
「あれ? ラーメン嫌いでしたっけ?」
「いえ、嫌いじゃない……むしろ好きですよ」
「良かった。まあ、ラーメンと言っても、これなんすけどね」
摩耶はダンボールを空けて、中を赤城に見せた。
「これは……」
カップ麺であった。コップ型の発泡ポリエチレン製のカップに『カップヌードル』と印刷されている。昨今のビッグサイズ、豪華な具材を使ったカップ麺ではない。昔ながらの素朴なカップ麺だ。
「この前助けた漁船のおっちゃんから貰ってたんすよ。どうすか? 夜食に」
「食べます!」
赤城は即答した。
「そんじゃあ、アタシは愛宕姉の所にこれ持ってくんで。お疲れ様っす」
「は~い。お疲れ様」
赤城はカップ麺を一つ取って、摩耶を見送った。
「思わぬ収穫ですね」
そして赤城は、自室へと行く。
自室に着いた赤城はさっそくカップヌードルの蓋をペリペリと半分だけ剥がす。具材はシンプル。小さな剥きエビに、スクランブルエッグ『のような』タマゴ、サイコロ状の肉の『ような』何か、そして乾燥したネギ。謎の具材が多いが、それでも魅惑されてしまうのはなぜなのだろう。
ポットのお湯をカップヌードルへと注ぐ。そして蓋をする。
「カップヌードルの醍醐味の一つって、この三分待つ時間ですよね~。ワクワクしますよ」
そして三分後。
「いただきます!」
赤城はカップヌードルの蓋を剥がす。
ふわ~っと香ばしい匂いが立ち昇ってくる。
「うんうん! いいですよこれ!」
塩辛いほどの塩分の匂いと、化学調味料の匂いが混在した、これ以上ないほどにジャンクフードと言える食べ物。だが、だからこそ胃袋と舌をこれ以上ないほどに魅了する。
「まずは麺から……」
スープから味わうのがラーメンの流儀だとか、そんなの知ったことではない。カップヌードルはこれが流儀なのだ! と言わんばかりに、赤城は豪快に麺を啜る。
「ふはぁ~やっぱりいいですねこれ~」
本格派志向のカップラーメンが流行る昨今において、「これがカップ麺の麺じゃい!」と真っ向から喧嘩を売るようなこの麺! コシも歯ごたえも無い、塩っ辛いスープをその身に吸わせた麺。だが一口すすり、咀嚼するごとに、濃厚な旨味が口の中に広がる。
「この小さな具材をちまちま食べるのも乙なもんですよね~」
まずはエビをパクリと食べる。プリプリジューシとは全く言えない。パサパサの繊維の塊のような味。だが、不思議とエビの味がする。
乾燥して小さくなったスクランブルエッグようだった卵も、スープを吸って大きくふわふわになっている。正直、卵の味は全然しないが、このふわふわとした食感がたまらない。
「さてさて、メインディッシュは……」
この謎肉!
「未だにこれが何なのかよくわかんないんですよね~」
一噛みするごとに、まるでコンソメキューブを齧ったかのような濃厚な味の洪水が口を駆け巡る。
「この味、病みつきになっちゃいそうです……」
最後に、スープを一口。辛い! これ以上ないほどに塩っ辛い! 口の中がピリピリしてくる! だが、それでもなぜかゴクゴクと飲み続けてしまう。飲まずにはいられない!
「あったまりますね~」
身体の芯がぽかぽかしてくる。
「……もう一個ぐらい食べたいですね」
赤城はちらりと時計を見る。食べ始めて、まだ五分も経ってない。
「カップ麺、まだ残ってないですかね」
赤城は自室を出て、摩耶が向かった愛宕の部屋に足を向けた。