赤城さんが食べる!   作:砂夜†

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第十八話 秋刀魚を食す。

 基本的に、艦娘の海上作戦行動における移動には、小型輸送艇が使われる。

 艦娘は海上を自由に動き回ることができる。しかし、海は広い。作戦海域に着くまでは、体力と精神力を温存させる必要がある。鎮守府から一、二時間程の近海ならともかく、何百キロも離れた外洋への遠征には、どうしても落ち着いて休める環境が必要になるのだ。

 今回の遠征メンバーは、空母赤城と駆逐艦朝潮の二名。作戦内容は、外洋における漁船の護衛だ。

 赤城は小型輸送艇の上で、釣竿を手に佇んでいた。

 無心だ。無心になるのだ。釣りとは魚との戦いでもあり、自分との戦いでもあるのだ。雑念があっては、釣れるものも釣れない。

 

「赤城さん」

 

 全神経を、竿を持つ手に集中させる。感じるのだ。波の動きを、海中の潮の流れを。そして魚が餌を口にかける瞬間を、待ち構える!

 

「赤城さん!」

 

 来た。無知なる獲物が、餌をつついている。まだだ。まだ早い。

 

「赤城さーーーーーーーーーーーーーーーん!」

 

 竿が僅かに重くなる。ここだ!

 

「フィーーーーーーーーーーーーーーーシュ!」

 

 竿から獲物が暴れる振動が伝わってくる。中々の手ごたえ。大物だ!

 

「っく! この!」

 

 赤城は慎重に竿を左右に振り、リールを巻く。少しずつ、獲物の体力を削っていく。決して焦ってはいけない。焦れば針が外れ、せっかくの獲物を逃がしてしまう。

 五分ほどの格闘の末に、赤城は立派な秋刀魚を海中から引き揚げた。しかしこのまま船上まで持ち上げては、針が外れる可能性が高い。

 

「朝潮ちゃん! タモ網を! 早く!」

「……どうぞ」

 

 朝潮が差しだしたタモ網の中に、慎重に秋刀魚を入れる。

 

「やりました! 見てください朝潮ちゃん! 良い感じで脂が乗ってますし、身も引き締まった極上の秋刀魚ですよ!」

「あの、赤城さん」

「はい?」

 

 朝潮は呆れ顔で、赤城を見つめる。

 はて? どうしたというのだろうか。この極上の秋刀魚を見て、なぜ朝潮は胸をときめかせないのか。

 

「今は作戦行動中です。私的な娯楽は慎んだ方がよいと思われますが」

「そんな硬い事を言わなくても……」

「硬くありません! 私達は誇りある日本皇国の艦娘ですよ。そんな私たちが軍紀を乱していいわけがありません! 陛下と国民にどのような顔を向ければよいのですか!」

 

 朝潮は目を吊り上げて、怒鳴る。相手が格上の空母であろうと微塵も怯まない。

 

「別に釣りぐらいで軍紀が乱れるわけでも……」

 

 事実、外洋に出たときの釣りは、多くの艦娘が行っていることである。もちろん賭博や飲酒等であれば、朝潮の言う軍紀を乱すことにもつながるだろう。だが釣りであれば、息抜きの一つとして問題ないだろうと黙認されている。しかし朝潮には、どうにもその黙認が許せないようだ。

 

「ダメです! 規則に従ってください!」

「もぅ。わかりましたよ」

 

 釣果は秋刀魚一匹だけだが、ボウズよりはマシである。。

 赤城はいそいそと釣り道具をしまう。懐から小刀を取り出し、秋刀魚のエラと付け根を刃を入れて締める。

 

「魚の処理が終わったら、大人しく待機してくださいね?」

「はいはい。わかりましたよ」

 

 そして、七輪を用意する。

 

「……赤城さん」

「はい?」

 

 今度は一体なんだというのか。まさか七輪で秋刀魚を焼くのも禁止だと言うのだろうか?

 

「船上で火を焚くなんて、正気ですか?」

「失礼な。私は到って正気です! 炭は最高級の備長炭。赤外線でふっくらこんがりと焼けて、さらに秋刀魚の脂が炭に落ちることでおこる燻煙効果は秋刀魚に更なる味付けをします。そして七輪は珪藻土を素焼きしたもの……これは加熱されることにより赤外線を発します。つまり! 炭と七輪からはダブルで赤外線を放射する無敵のコンビなんですよ!」

「正気じゃないようですね……」

「え? まだ説明が足りませんでした? つまりですね、七輪で秋刀魚を炭火焼すると、とっても美味しく焼けるんですよ!」

「美味しく焼けるかどうかなんてどうでもいいです! とにかく、その七輪と秋刀魚をすぐに片づけてください」

「そ、そんな!?」

 

 馬鹿な。朝潮は秋刀魚を焼くなと言っているのか? 赤城の方も、朝潮の正気を疑った。

 

「船で火を起こすなんて、もし火事にでもなったらどうするんですか」

「私達は溺れることなんてないんですから、いいじゃないですか」

「よくないです! この輸送艇だって、国民の皆様の血税なんですよ! それをなんだと思ってるんですか!」

「わ、わかりましたよ……船上じゃやりませんから」

「分かっていただければいいんです」

 

 赤城はため息を付きながら、輸送艇の中に入る。赤城が秋刀魚を焼かないか疑っているのか、朝潮も後ろからついて来る。

 

(まったく信用されてないですね……)

 

 赤城は武器庫に入り、艤装を装備する。

 

「あの、赤城さん?」

「船上でやらなければいいんでしょう? 空母赤城、出ます!」

 

 輸送艇の後部ハッチが開き、海上への道が開かれる。

 赤城はそのまま滑るように海上へと躍り出て、右腕に装備された飛行看板の上に七輪を置き、着火する。

 

「何をしてるんですか!? 艤装を! 国を守るための艤装を! 艦娘の命とも言える艤装を!」

「大丈夫です。私の飛行甲板は、この程度の熱量には決して負けません!」

「そういう事じゃなくて……」

 

 そうこうしているうちに、炭が赤々と燃えてきた。赤城は網の上に秋刀魚を置く。ジュワァ! っと耳に心地良い音が響く。そして香ばしい匂いが立ち昇り、鼻孔を刺激する。暫くすると、ポタポタと秋刀魚の脂が落ちる。そして脂は炭にあたって蒸発し、香ばしい煙が生まれる。

 

「よ、っほ!」

 

 秋刀魚をひっくり返す。良し。皮はしっかりパリっと焼きあがっている。焦げ目も実に美味しそうだ。

 その時、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。赤城ではない。これは、

 

「朝潮ちゃん、食べたいですか?」

「え、あ、いえ! いりません!」

「強情ですね……」

 

 赤城は内輪でパタパタと七輪に風を送る。秋刀魚の香ばしい匂いが、朝潮を襲う。

 

「う……」

「さあ焼きあがりましたよ!」

 

 赤城は皿を用意して、秋刀魚を乗せる。出来れば大根おろしが欲しい所だが、仕方がない。

 

「では、いただきまーす!」

 

 赤城は秋刀魚に箸を入れる。パリッパリの皮を割くと、ふんわりとした脂身たっぷりの身が姿を現す。

 ほかほかと湯気を立てる身と、こんがりと焼きあがった皮を、一緒に口に入れる。

 

「むふ~!」

 

 口の中で、濃厚な秋刀魚の脂が広がる。これは釣り立てならではの味だ。身もしっかりとしていながら、口に入れるとほろほろと崩れる。そして皮だ! ぱりっと焼きあがった皮の香ばしさと僅かな苦みが、食欲を促進させる。

 

「さてさて次は……」

 

 大人の楽しみ、ハラワタといこう。

 

「んむ!」

 

 店で売られているハラワタは苦いものだが、釣り立ての新鮮そのものの秋刀魚のハラワタはトロリとした甘みが大部分を占める。そしてその後に、僅かな苦みが感じられ、甘みと苦みが絶妙のバランスで混在している。

 

「……朝潮ちゃん、やっぱり食べたいですか?」

「いえ、別に……」

 

 先ほどから、朝潮は秋刀魚をマジマジと見つめている。正直、食べづらい。

 

「朝潮ちゃん。秋刀魚には滋養があります。軍人として、栄養を取り、英気を養い、戦闘に備えるのは本当に無駄なことだと思いますか?」

「それは……その……」

 

 赤城は、朝潮に逃げ道を用意してやる。

 

「とりあえず、一口食べてみませんか?」

「まあ、一口なら……」

 

 赤城は秋刀魚の身を一口箸で摘み、朝潮の口に運ぶ。朝潮は渋い顔をしながらも、素直に口を開ける。もぐもぐと咀嚼する朝潮の顔が、少しだけほころぶ。

 

「美味しいですか?」

「まあ、美味しいです……」

「でしょう!」

 

 もう一匹、秋刀魚を釣る口実が出来たようだ。


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