この横須賀鎮守府には、各艦娘の艦種別に寮が建てられている。
そして赤城が今いるのは、潜水艦寮。文字通り、潜水艦娘が生活の場としている寮だ。
「はぁ~ここが潜水艦ですか」
「赤城は来るのはじめてでちたね」
赤城の隣に立つのは潜水艦娘伊58、通称ゴーヤ。潜水艦娘のリーダー的存在である。スクール水着にセーラー服の上服だけを着るという奇抜すぎる服装ではあるが、これが日本の潜水艦娘の正式装備なのだ。
「ええ。今日はお招きいただき、ありがとうございます」
赤城はペコリと頭を下げる。
「そんなに畏まらなくてもいいでち。でも驚いたでちよ。急に、晩御飯食べさせてくださいって言ってきたときは」
「あはは。恐縮です」
事の発端は1か月前、ある艦娘が着任したことに始まる。その艦娘の名は、潜水母艦大鯨。潜水艦隊の旗艦能力、補給艦としての役割を持つ彼女は、文字通り潜水艦娘達の母と言っても過言ではない存在ではある。
空母である赤城は彼女と直接の面識はないが、ある日ゴーヤが放った一言が、赤城を動かした。その言葉とは、
『大鯨の料理はすっごく美味しいんでちよ!』
である。
こんな言葉を聞いてしまったら、赤城としてはその料理を味わうしかない。
「さあ、ついたでちよ」
58は潜水艦寮の玄関を開けて、赤城を招き入れた。
夕餉の支度の最中なのか、ほんわりといい香りが漂ってくる。
「この匂いは……シチューですね!」
漂ってくる香りは、ホワイトソースの香りだ。甘く、柔らかで、どこか懐かしい匂い。
「運が良いでちね。シチューは大鯨の得意料理の一つでちよ」
「それは楽しみですね」
思わず、口の中で涎が大洪水だ。
「大鯨ー! ただいまー!」
「あら、おかえりなさい。ゴーヤさん」
奥から、一人の女性が出てきた。髪を二本に束ねて左右の肩に垂らした女性。赤城の記憶に間違いが無ければ、彼女が大鯨だ・
「今晩はシチューですよ。って、あ、赤城さん?」
「初めまして、大鯨さん。空母、赤城です」
「大鯨、かしこまらなくていいでち。赤城は夕食を食べに来ただけでちから」
「えへへ。ご相伴にあずかります!」
「あら、そうなら連絡していただければご馳走を作りましたのに」
大鯨は申し訳なさそうに苦笑する。
「いえいえ、そんなお気になさらないで」
「そうでちよ。赤城はただ飯食べに、わざわざ別の寮に来ただけなんでちから」
まったくの正論に、赤城は苦笑するしかない。
「ゴーヤさん、そういう言い方しては……」
「あ、いえ、いいんです。事実ですし。それより」
一刻も早くご飯を食べさせてくれませんかね? との希望の視線を、赤城は大鯨に向けた。
「では、食堂の方にどうぞ。料理はできてますので、すぐによそいますね」
赤城達は食堂に入り、席に着く。大鯨は食堂に備え付けられている厨房に行き、カートに鍋やおひつを乗せて戻ってきた。
(おひつ? まさか……)
赤城の脳裏に、嫌な予感が走る。
献立は、鳥もも肉のクリームシチュー、マカロニサラダ、エリンギのバター炒め、そして白米のご飯。
(あちゃーこういう献立ですか……)
赤城は内心で、ぽりぽり頭を掻く。
なぜ白米のご飯を出すのか? 洋食なのだから、パンを出せば良いではないか! そもそもクリームシチューは牛乳の塊のようなものだ。白米と牛乳は合わないのに、なぜご飯を出すのか!
色々と文句を言いたい赤城であったが、そもそも他の寮の食事に突撃している身。文句を言う資格は一切無い。
(まあいいです。ご飯は最後に食べるとしましょう。クリームシチューは美味しそうですし、これは期待できます)
「いただきまーす!」
赤城はスプーンを手に取り、クリームシチューを口に運ぶ。
(むぉ! これは中々!)
瞬間、濃厚な牛乳の味が口の中いっぱいに広がる。そして次第に、その中に隠れた様々な具材の味が染みだしてくる。鳥肉の旨味、人参の甘味、玉ねぎのコク。具材の味がしっかりとシチューの中に染み込んでいる。だが、それだけではない。何か、コクのようなものを感じる。そのせいか、このシチューにどことなく和風の味を感じる。これは、とても身近な……
(……そうか!)
味噌だ。隠し味に味噌が入っているのだ。それがこのシチューを和風仕立てにしているのだ。
(でも、この味なら、あるいは……)
赤城は恐る恐る、スプーン1匙分のシチューを、ご飯の上にかける。そして、それをかき込む!
(合うじゃないですか! これ! 牛乳なのに!)
シチューの中に漂う味噌の味が、シチューとご飯の橋渡しをしている。
思わず心の中で拍手喝采だ。
(うんうん。シチューとご飯が合うなら、これも大丈夫のはず)
次は、エリンギのバター炒めをご飯に乗せる。これはご飯と相性が良い。図らずも、ただの白米をバターライスのようにしてくれる。
最初は絶対合わない、受け入れられないと思っていたが、いつの間にかそんな考えは吹き飛んでいた。
(あ~こういうのが、家庭の味なんですかね)
お店の料理のように、味が洗練されているわけではない。献立は和洋折衷でごちゃごちゃしていることも多々ある。しかしそれら全てを許容できる、不思議な優しさで満ち溢れている。
「ふふ」
不思議と優しい気分になり、微笑みがこぼれてしまう。
「赤城、美味しそうに食べるでちね」
「はい?」
「食べるたびにニコニコするから、見てて面白いでち」
「お料理、気に入ってもらえたみたいで嬉しいです」
赤城は気恥ずかしくなって、その気恥ずかしさを紛らわすように、シチューをすくったスプーンを口に運んだ。