赤城さんが食べる!   作:砂夜†

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第十七話 クリームシチューを食す。

 この横須賀鎮守府には、各艦娘の艦種別に寮が建てられている。

 そして赤城が今いるのは、潜水艦寮。文字通り、潜水艦娘が生活の場としている寮だ。

 

「はぁ~ここが潜水艦ですか」

「赤城は来るのはじめてでちたね」

 

 赤城の隣に立つのは潜水艦娘伊58、通称ゴーヤ。潜水艦娘のリーダー的存在である。スクール水着にセーラー服の上服だけを着るという奇抜すぎる服装ではあるが、これが日本の潜水艦娘の正式装備なのだ。

 

「ええ。今日はお招きいただき、ありがとうございます」

 

 赤城はペコリと頭を下げる。

 

「そんなに畏まらなくてもいいでち。でも驚いたでちよ。急に、晩御飯食べさせてくださいって言ってきたときは」

「あはは。恐縮です」

 事の発端は1か月前、ある艦娘が着任したことに始まる。その艦娘の名は、潜水母艦大鯨。潜水艦隊の旗艦能力、補給艦としての役割を持つ彼女は、文字通り潜水艦娘達の母と言っても過言ではない存在ではある。

 空母である赤城は彼女と直接の面識はないが、ある日ゴーヤが放った一言が、赤城を動かした。その言葉とは、

 

『大鯨の料理はすっごく美味しいんでちよ!』

 

 である。

 こんな言葉を聞いてしまったら、赤城としてはその料理を味わうしかない。

 

「さあ、ついたでちよ」

 

 58は潜水艦寮の玄関を開けて、赤城を招き入れた。

 夕餉の支度の最中なのか、ほんわりといい香りが漂ってくる。

 

「この匂いは……シチューですね!」

 

 漂ってくる香りは、ホワイトソースの香りだ。甘く、柔らかで、どこか懐かしい匂い。

 

「運が良いでちね。シチューは大鯨の得意料理の一つでちよ」

「それは楽しみですね」

 

 思わず、口の中で涎が大洪水だ。

 

「大鯨ー! ただいまー!」

「あら、おかえりなさい。ゴーヤさん」

 

 奥から、一人の女性が出てきた。髪を二本に束ねて左右の肩に垂らした女性。赤城の記憶に間違いが無ければ、彼女が大鯨だ・

 

「今晩はシチューですよ。って、あ、赤城さん?」

「初めまして、大鯨さん。空母、赤城です」

「大鯨、かしこまらなくていいでち。赤城は夕食を食べに来ただけでちから」

「えへへ。ご相伴にあずかります!」

「あら、そうなら連絡していただければご馳走を作りましたのに」

 

 大鯨は申し訳なさそうに苦笑する。

 

「いえいえ、そんなお気になさらないで」

「そうでちよ。赤城はただ飯食べに、わざわざ別の寮に来ただけなんでちから」

 

 まったくの正論に、赤城は苦笑するしかない。

 

「ゴーヤさん、そういう言い方しては……」

「あ、いえ、いいんです。事実ですし。それより」

 

 一刻も早くご飯を食べさせてくれませんかね? との希望の視線を、赤城は大鯨に向けた。

 

「では、食堂の方にどうぞ。料理はできてますので、すぐによそいますね」

 

 赤城達は食堂に入り、席に着く。大鯨は食堂に備え付けられている厨房に行き、カートに鍋やおひつを乗せて戻ってきた。

 

(おひつ? まさか……)

 

 赤城の脳裏に、嫌な予感が走る。

 献立は、鳥もも肉のクリームシチュー、マカロニサラダ、エリンギのバター炒め、そして白米のご飯。

 

(あちゃーこういう献立ですか……)

 

 赤城は内心で、ぽりぽり頭を掻く。

 なぜ白米のご飯を出すのか? 洋食なのだから、パンを出せば良いではないか! そもそもクリームシチューは牛乳の塊のようなものだ。白米と牛乳は合わないのに、なぜご飯を出すのか!

 色々と文句を言いたい赤城であったが、そもそも他の寮の食事に突撃している身。文句を言う資格は一切無い。

 

(まあいいです。ご飯は最後に食べるとしましょう。クリームシチューは美味しそうですし、これは期待できます)

 

「いただきまーす!」

 

 赤城はスプーンを手に取り、クリームシチューを口に運ぶ。

 

(むぉ! これは中々!)

 

 瞬間、濃厚な牛乳の味が口の中いっぱいに広がる。そして次第に、その中に隠れた様々な具材の味が染みだしてくる。鳥肉の旨味、人参の甘味、玉ねぎのコク。具材の味がしっかりとシチューの中に染み込んでいる。だが、それだけではない。何か、コクのようなものを感じる。そのせいか、このシチューにどことなく和風の味を感じる。これは、とても身近な……

 

(……そうか!)

 

 味噌だ。隠し味に味噌が入っているのだ。それがこのシチューを和風仕立てにしているのだ。

 

(でも、この味なら、あるいは……)

 

 赤城は恐る恐る、スプーン1匙分のシチューを、ご飯の上にかける。そして、それをかき込む!

 

(合うじゃないですか! これ! 牛乳なのに!)

 

 シチューの中に漂う味噌の味が、シチューとご飯の橋渡しをしている。

 思わず心の中で拍手喝采だ。

 

(うんうん。シチューとご飯が合うなら、これも大丈夫のはず)

 

 次は、エリンギのバター炒めをご飯に乗せる。これはご飯と相性が良い。図らずも、ただの白米をバターライスのようにしてくれる。

 最初は絶対合わない、受け入れられないと思っていたが、いつの間にかそんな考えは吹き飛んでいた。

 

(あ~こういうのが、家庭の味なんですかね)

 

 お店の料理のように、味が洗練されているわけではない。献立は和洋折衷でごちゃごちゃしていることも多々ある。しかしそれら全てを許容できる、不思議な優しさで満ち溢れている。

 

「ふふ」

 

 不思議と優しい気分になり、微笑みがこぼれてしまう。

 

「赤城、美味しそうに食べるでちね」

「はい?」

「食べるたびにニコニコするから、見てて面白いでち」

「お料理、気に入ってもらえたみたいで嬉しいです」

 

 赤城は気恥ずかしくなって、その気恥ずかしさを紛らわすように、シチューをすくったスプーンを口に運んだ。


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