赤城さんが食べる!   作:砂夜†

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第一六話 唐揚げを食す。

 ここは横須賀鎮守府近辺の居酒屋。酒は飲まず食事専門の赤城であったが、今日は付き合いの席なので最初からビールを注文している。

 

「「「カンパーイ!」」」

 

 カチャン、とビールが注がれたガラスのジョッキが打ち鳴らされ、女性たちの声が場を華やかに彩る。

 席を囲むのは、赤城、足柄、榛名の三人。普段はあまり接点の無い三人であるが、とある広報活動により、交流を持つに至った。

 

「でもさ~広報っていっても、アレはないわよね」

「まあ、軍も芝居作品作るなんて経験はあまりありませんでしたしね。それを考えたら。善戦した方じゃないですか?」

「榛名は結構好きでしたよ。市井の評判はイマイチでしたけど……」

 

 広報活動とは、テレビドラマ撮影だ。一般の、特に艦娘と馴染みの薄い内陸部の人に向けて、実在の艦娘が出演してドラマが撮影された。当初は期待されたこの作品だが、その評価は好評とは言い難かった。なまじ前評判が良かっただけに、期待されたハードルが高かったのだ。

 

「あ、でも美味しい物たくさん食べられたのは嬉しかったですね」

「赤城って毎回食べてたわよね。それも大盛りで。カレーとかもう凄いことになってたじゃない」

「そういえばあの話で足柄さんが作ってたカツカレー、榛名、食べてみたかったです」

「私も! 私も食べたいです!」

 

 赤城は涎を垂らさんばかりに目を輝かせ、挙手をする。

 

「ええ、いいわよ。今度作ってあげる」

 

 足柄は軽く微笑み、快く了承する。

 

「でも足柄さんも災難でしたね。まさかあんなにも結婚願望強いキャラクターにされるなんて」

「結婚願望が無いわけじゃないけど、今は戦いの方が楽しいかしら」

「足柄って、男性の理想像とかあるの?」

「そうね。強くて、豪快な殿方かしら」

 

 さすがは飢えた狼の異名を取る艦娘。男性の好みも相応のものであった。

 

「おまちどおさまでした。からあげの盛り合わせです」

 

 店員が注文した料理を運んできた。

 

「ほおー! これが5㎏の唐揚げですか!」

「いいわね! 漲ってきたわ!」

「榛名、こんなに大量の唐揚げ初めて見ます!」

 

 大皿に大量に盛られたからあげ。それはまさに唐揚げの山であった。下にはレタスが敷かれ、周りには彩りのためにプチトマトとレモンも添えられている。

 

(うんうん。いいじゃないですか。これですよこれ。このボリューム!)

 

 赤城は心の中で満面の笑顔を作った。

 居酒屋はあくまでも酒が主役。だからこそなのか、小皿中心で量は少ない。しかし料理そのものの味は、酒を引き立てるために味が良い。いつか居酒屋でお腹いっぱいに食べたい。それは赤城の夢であった。

 

「あ、レモンかけるわね」

「……は?」

 

 止める間もなく、足柄はレモンを手に取り、それを絞ってレモン汁をほかほかの唐揚げにぶっかけていく。

 

(あちゃー……)

 

 赤城は内心でため息を吐いた。

 唐揚げにレモン汁は、まあ許せる。ずっと唐揚げを食べ続けていると、さすがに油で胃がもたれてくる。そういう時には、レモン汁でさっぱり食べるのも有りだ。しかし、しかしだ! 最初からレモン汁をかけるのはいかがなモノだろうか? 最初は油にまみれたがっつりとした鳥の唐揚げを頬張る! それが唐揚げの醍醐味ではないか。

 

(足柄さん、良い事したわ~って顔してますね。対照的に榛名さんの目には光が無いですけど……)

 

 下手をすればこの場で戦闘行為が始まってしまいそうだ。

 

「榛名さん、大丈夫ですか?」

 

 小さな声で、赤城は榛名を気遣う。

 

「……はい。榛名は大丈夫です」

 

 薄く笑って、榛名は答える。正直笑みが怖い。

 

「さ、さあ! 早く食べましょう! 熱々の唐揚げが冷めちゃいますよ! いただきまーす!」

 

 赤城は気持ちを切り替えて、唐揚げの山に箸を伸ばす。上部のレモン汁がかかった所をどけて、内部の無傷の唐揚げを掴む。女性の口には少々大きめだが、大きく口を開けてそのまま頬張る。

 

「あふっ! あふっ!」

 

 まだ衣が少し熱い。口の中を火傷しそうだ。しかしそれもまた揚げたての唐揚げならではの醍醐味。

 

(一航戦赤城、行きます!)

 

 赤城は意を決して、カリッカリの衣に歯を突き立てる。ザクッ! と衣がひび割れ、そこからジュワー! っと鳥の肉汁があふれ出してくる。一噛みするごとに、鳥肉から濃厚な肉汁が染み出て、それが濃い味付けの衣と混ざり合い、ガツンとした旨味を口の中で完成させてくれる。

 

(んふー♪ 美味しー! これですよこれ!) 

 

 お酒が進むように、少し濃い目に味付けされた居酒屋ならではの唐揚げ。目の前の足柄はすでにビールジョッキを飲み干し、榛名も冷酒の入った徳利を空にしていた。

 

(やっぱりお酒が進むものなんですね~)

 

 下戸の赤城には解らないが、さぞかしお酒が美味しく感じるのだろう。

 

(まあ、私にはこれがありますけどね)

 

 赤城の目の前には、ほかほかと湯気を立てる白米! 白米と唐揚げ。この世にこれほど相性の良いものがあるだろうか?

 白米の上に、唐揚げを乗せる。そして白米と唐揚げを一緒に口の中に入れる!

 

(ふほぉー! ご飯って単体だとそんなに美味しいわけでもないのに、おかずと一緒に食べるとなんでこんなに美味しいんでしょう)

 

 どっしりとした唐揚げの濃い旨味を、白米が見事に受け止めている。そして自己主張することが無い白米は、濃い味付けの唐揚げを程よく食べやすくしてくれる。

 

(居酒屋でお酒を頼まずにご飯だけ食べるのは邪道なんでしょうけど、美味しいからしょうがないですよね)

 

 赤城は自己弁護しながら、同卓に座る二人の戦友を見る。二人とも、とても美味しそうにお酒を飲み、談笑している。榛名も、唐揚げにレモンをかけられたショックから立ち直ったようだ。これも酒の力だろうか?

 

(少しはお酒、飲めるようになろうかしら?)

 

 そんなことを考えながら、赤城は唐揚げと白米を口に運んでいった。


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