赤城さんが食べる!   作:砂夜†

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第十五話 オムライスを食す。

 切っ掛けは、同僚である正規空母瑞鶴の放った一言であった。

 

「え? 赤城さん、オムライスにデミグラスソースかけるんですか?」

「は? 普通かけませんか?」

 

 話は、少し遡る。

 赤城は横須賀にある洋食屋の前で、入り口に立てかけられた小看板を見て一人にやけていた。

 

「んふふ♪ 今日のオススメ料理はオムライスですか~」

 

 看板には日替わり定食の内容と、今日のオススメ料理は何なのかが書かれていた。

 赤城は、先輩でもあり師でもある、鳳翔が作ってくれたオムライスを思い出す。

 ふんわり半熟の卵に包まれたケチャップ味のチキンライス。そして何と言っても上にかかっているデミグラスソースが重要だ。スプーンの上で卵とチキンライス、デミグラスソースが一つになる。口の中で三つの味が混じり合い、何とも言えない絶妙なる味のハーモニーを奏でるのだ。

 

「あれ? 赤城さんじゃないですか。今から昼食ですか?」

 

 声をかけてきたのは、赤城の後輩の正規空母瑞鶴であった。

 

「ええ。瑞鶴さん。貴女もですか?」

「はい。ご一緒しても?」

「どうぞどうぞ」

「ありがとうございます。ん~何にしようかな。あ、今日オムライスがオススメなんですね。じゃあ、これにようかな」

「うふふ。私達オムライス仲間ですね」

 

 自分と同じものを注文した人に、人はなぜか親近感を覚えてしまうものだ。

 

「あはは。なんですかそれ」

 

 店の中に入り、開いている席も二人してそこに座る。

 そして給仕に注文を告げると、水を飲みながら料理が来るまで軽い談笑が始まる。

 

「でも、さっき赤城さん一人で気軽に声かけられましたけど、加賀さんいたら絶対声かけられませんでしたよ」

「もう、そんな加賀を嫌わないでくださいよ。冷たいように見えて、後輩思いなんですよ?」

「そうですか? 声をかけたらネチネチした嫌味を言う場面しか想像できませんね」

「それはちゃんとあなたのことを思ってるからですよ」

 

 赤城は苦笑して、同僚である加賀のことを思う。

 クールで感情が顔に出ないせいで誤解されがちだが、誰よりも仲間思いで、優しい人なのだ。

 それにいつか瑞鶴も気付いてくれればいいのだが。

 

「お待たせいたしました。オムライス二つになります」

 

 注文した料理が運ばれてきた。

 

「わぁ、美味しそう。結構当たりの店ですね」

 

 と、嬉しそうに言う瑞鶴。

 

「ええ、卵も半熟で美味しそ……んん!?」

 

 瑞鶴に同意する途中、赤城は思わず怪訝な声を上げてしまった。

 

「どうかしましたか? 赤城さん」

「どうかしましたかじゃありませんよ……ケチャップじゃないですかこれ!」

 

 赤城はテーブルをドン! と叩いて、ケチャップがかかったオムライスを指さす。

 

「は、はい……ケチャップですね」

 

 瑞鶴は目を瞬かせている。赤城がなぜ怒っているのかまるで理解できていないようだ。

 

「普通、オムライスにはデミグラスソースでしょう!?」

「え? 赤城さん、オムライスにデミグラスソースかけるんですか?」

「は? 普通かけませんか?」

 

 二人の互いを見る目が、まるで未知の生命体でもみるかのような目になった。

 

「まあ、かけることもないではないですけど、家で作るとかなら完全にケチャップですよ? お店でも家庭の味の再現なのか、ケチャップかかってるの結構多いですし」

「ふぅ……いいですか瑞鶴さん」

 

 赤城は大きなため息を吐いて、瑞鶴に説明する。

 

「チキンライスはケチャップで味付けされてますよね? そこにさらにケチャップって、もう意味がわからないじゃないですか!」

 

 バンバン! と机を叩いて、赤城は力説する。

 

「あ、あの赤城さん。ちょっと、落ち着いてください。あの、周囲の目もあるので……」

 

 その言葉に、赤城はようやく周囲の状況を把握した。

 店員や他の客の半数が、迷惑そうな顔でこちらを見ている。もう半数は可哀想な人を見るような目を向けている。

 

「コホン。ちょっと熱くなり過ぎましたね」

「い、いえ……まあ、料理って予想の物と違うとどうしても納得できないですからね」

 

 瑞鶴は苦笑しながら、先輩の醜態を必死にフォローする。

 

「さて、とりあえず食べますか……」

 

 赤城は目の前の、ケチャップがかけられたオムライスを見る。

 卵は絶妙の半熟具合。トロリとした食感と、程よい固さが同居している職人芸だ。これならば、中のチキンライスにも期待が出来るだろう。

 

(これでデミグラスソースならば……いえ、もう止めましょう)

 

 どう思ったところで、ケチャップがデミグラスソースになるわけではない。愚痴を言ってもしょうがない。

 

「では、いただきます」

「いただきまーす」

 

 二人は手を合わせ、オムライスにスプーンを入れる。

 

(むぅ!? これは!)

 

 オムライスの主役は自分だ! と言わんばかりに、チキンライスが自己を主張してくる。そしてそれを半熟の卵が優しく受け止めてくれる。

 そしてケチャップだ。チキンライスの味を変えずに、卵とチキンライスを繋ぐ懸け橋となっている。

 デミグラスソースとはまた違う味の世界が、赤城の口の中で広がる。

 

(うん。悪くない。悪くないですよ。決して悪くないですよ)

 

 散々オムライスにはケチャップだと言った手前、この美味しさを素直に認めるのは悔しかった。

 しかしそんな赤城の内心を裏切るように、赤城の頬は緩んでしまう。赤城は鉄の意思で自制しようとするが、美味しい物には逆らえない。

 

(悔しい! でも美味しい!)

 

 ケチャップを頑なに認めなかった自分が、とてもちっぽけに思えてしまうほどに美味しい。

 

「あの、どうですか? 赤城さん?」

 

 恐る恐る、といった感じで、瑞鶴が問いかけてくる。

 

「ん……まあ、悪くはないですね!」

「そ、そうですか。良かったです」

 

 満面の笑みで負け惜しみのように強がってしまう赤城に、瑞鶴は苦笑で返した。

 

(うん。でも、本当に美味しい……)

 

 目から鱗、だ。

 赤城はこの新しい味に引き合わせてくれた瑞鶴に感謝しながら、ケチャップのかかったオムライスをしっかりと味わった。


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