切っ掛けは、同僚である正規空母瑞鶴の放った一言であった。
「え? 赤城さん、オムライスにデミグラスソースかけるんですか?」
「は? 普通かけませんか?」
話は、少し遡る。
赤城は横須賀にある洋食屋の前で、入り口に立てかけられた小看板を見て一人にやけていた。
「んふふ♪ 今日のオススメ料理はオムライスですか~」
看板には日替わり定食の内容と、今日のオススメ料理は何なのかが書かれていた。
赤城は、先輩でもあり師でもある、鳳翔が作ってくれたオムライスを思い出す。
ふんわり半熟の卵に包まれたケチャップ味のチキンライス。そして何と言っても上にかかっているデミグラスソースが重要だ。スプーンの上で卵とチキンライス、デミグラスソースが一つになる。口の中で三つの味が混じり合い、何とも言えない絶妙なる味のハーモニーを奏でるのだ。
「あれ? 赤城さんじゃないですか。今から昼食ですか?」
声をかけてきたのは、赤城の後輩の正規空母瑞鶴であった。
「ええ。瑞鶴さん。貴女もですか?」
「はい。ご一緒しても?」
「どうぞどうぞ」
「ありがとうございます。ん~何にしようかな。あ、今日オムライスがオススメなんですね。じゃあ、これにようかな」
「うふふ。私達オムライス仲間ですね」
自分と同じものを注文した人に、人はなぜか親近感を覚えてしまうものだ。
「あはは。なんですかそれ」
店の中に入り、開いている席も二人してそこに座る。
そして給仕に注文を告げると、水を飲みながら料理が来るまで軽い談笑が始まる。
「でも、さっき赤城さん一人で気軽に声かけられましたけど、加賀さんいたら絶対声かけられませんでしたよ」
「もう、そんな加賀を嫌わないでくださいよ。冷たいように見えて、後輩思いなんですよ?」
「そうですか? 声をかけたらネチネチした嫌味を言う場面しか想像できませんね」
「それはちゃんとあなたのことを思ってるからですよ」
赤城は苦笑して、同僚である加賀のことを思う。
クールで感情が顔に出ないせいで誤解されがちだが、誰よりも仲間思いで、優しい人なのだ。
それにいつか瑞鶴も気付いてくれればいいのだが。
「お待たせいたしました。オムライス二つになります」
注文した料理が運ばれてきた。
「わぁ、美味しそう。結構当たりの店ですね」
と、嬉しそうに言う瑞鶴。
「ええ、卵も半熟で美味しそ……んん!?」
瑞鶴に同意する途中、赤城は思わず怪訝な声を上げてしまった。
「どうかしましたか? 赤城さん」
「どうかしましたかじゃありませんよ……ケチャップじゃないですかこれ!」
赤城はテーブルをドン! と叩いて、ケチャップがかかったオムライスを指さす。
「は、はい……ケチャップですね」
瑞鶴は目を瞬かせている。赤城がなぜ怒っているのかまるで理解できていないようだ。
「普通、オムライスにはデミグラスソースでしょう!?」
「え? 赤城さん、オムライスにデミグラスソースかけるんですか?」
「は? 普通かけませんか?」
二人の互いを見る目が、まるで未知の生命体でもみるかのような目になった。
「まあ、かけることもないではないですけど、家で作るとかなら完全にケチャップですよ? お店でも家庭の味の再現なのか、ケチャップかかってるの結構多いですし」
「ふぅ……いいですか瑞鶴さん」
赤城は大きなため息を吐いて、瑞鶴に説明する。
「チキンライスはケチャップで味付けされてますよね? そこにさらにケチャップって、もう意味がわからないじゃないですか!」
バンバン! と机を叩いて、赤城は力説する。
「あ、あの赤城さん。ちょっと、落ち着いてください。あの、周囲の目もあるので……」
その言葉に、赤城はようやく周囲の状況を把握した。
店員や他の客の半数が、迷惑そうな顔でこちらを見ている。もう半数は可哀想な人を見るような目を向けている。
「コホン。ちょっと熱くなり過ぎましたね」
「い、いえ……まあ、料理って予想の物と違うとどうしても納得できないですからね」
瑞鶴は苦笑しながら、先輩の醜態を必死にフォローする。
「さて、とりあえず食べますか……」
赤城は目の前の、ケチャップがかけられたオムライスを見る。
卵は絶妙の半熟具合。トロリとした食感と、程よい固さが同居している職人芸だ。これならば、中のチキンライスにも期待が出来るだろう。
(これでデミグラスソースならば……いえ、もう止めましょう)
どう思ったところで、ケチャップがデミグラスソースになるわけではない。愚痴を言ってもしょうがない。
「では、いただきます」
「いただきまーす」
二人は手を合わせ、オムライスにスプーンを入れる。
(むぅ!? これは!)
オムライスの主役は自分だ! と言わんばかりに、チキンライスが自己を主張してくる。そしてそれを半熟の卵が優しく受け止めてくれる。
そしてケチャップだ。チキンライスの味を変えずに、卵とチキンライスを繋ぐ懸け橋となっている。
デミグラスソースとはまた違う味の世界が、赤城の口の中で広がる。
(うん。悪くない。悪くないですよ。決して悪くないですよ)
散々オムライスにはケチャップだと言った手前、この美味しさを素直に認めるのは悔しかった。
しかしそんな赤城の内心を裏切るように、赤城の頬は緩んでしまう。赤城は鉄の意思で自制しようとするが、美味しい物には逆らえない。
(悔しい! でも美味しい!)
ケチャップを頑なに認めなかった自分が、とてもちっぽけに思えてしまうほどに美味しい。
「あの、どうですか? 赤城さん?」
恐る恐る、といった感じで、瑞鶴が問いかけてくる。
「ん……まあ、悪くはないですね!」
「そ、そうですか。良かったです」
満面の笑みで負け惜しみのように強がってしまう赤城に、瑞鶴は苦笑で返した。
(うん。でも、本当に美味しい……)
目から鱗、だ。
赤城はこの新しい味に引き合わせてくれた瑞鶴に感謝しながら、ケチャップのかかったオムライスをしっかりと味わった。