赤城さんが食べる!   作:砂夜†

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第十四話 ハンバーガーを食す。

「ほわ~佐世保も随分変わりましたね~」

 

 赤城は今、佐世保鎮守府に出向していた。

 新人空母の教官役としての出向だが、ここは赤城がかつて所属していた鎮守府。赤城にとっては里帰りという意味もある。しかしこの佐世保を出て横須賀で軍務についてもう何年も経つ。視界に映る景色は、赤城の知るものとはずいぶん様変わりしていた。

 

「知らないお店がいっぱいじゃないですか!」

 

 赤城はキョロキョロと周囲を見回す。普通ならば立ち並ぶ建物、人の賑わいに目が向けられるのだろうが、赤城の関心はそこにはない。

 興味の関心はただ一点。食事ができる場所ただそれだけである。

 

「ほぁ~洋物のお店が多いですね~」

 

 日本の同盟国であるドイツ、イタリアはもちろん、かつての敵国であるアメリカの料理を出す店もある。

 

「うんうん。いいですね! 食に国境なんてあっちゃいけません!」

 

 思えば横須賀にはアメリカ料理を食べる店なんてなかった。いったいどんな味なのか。想像もつかない。

 赤城は超が甘い蜜に吸い寄せられるがごとく、一軒の店の前に立つ。

 

「今日はアメリカ料理もいいですね~。これは……ハンバーガー?」

 

 店先に出ている看板には、円形のパン二枚で肉の塊とレタスを挟んでいる写真が貼られていた。

 

「サンドイッチのようなものでしょうか?」

 

 よく金剛がお茶請けに作ってくれた。もっとも、赤城はお茶をほとんど飲まずサンドイッチだけを延々食べ続けていたのだが。

 

「ん~お昼にサンドイッチだけというのも寂しいですが……」

 

 量を頼めば問題あるまい。

 

「入ってしまいましょう!」

 

 店内に入った赤城を、優しい木の匂いが迎えてくれた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 人の良さそうな中年の婦人が、来店者を温かく迎えてくれた。

 店内は落ち着いた内装をしており、初めて入店したのに、どこか実家のような安心感を覚える。

 赤城は案内されたテーブルに座る。

 

「さて」

 

 机に置かれている献立表を手に取る。

 

 

「ご注文はお決まりですか?」

「はい。このビッグハンバーガーを一つ!」

 

 どんな料理か聞けば良いのだろうが、それではつまらないと赤城は思う。

 注文してから料理が届くまでの間、料理のことを考える時間が楽しいのだ。どんな味がするのだろう。どんな匂いなのだろう。考えるだけでお腹が減ってくる。

 

「お待たせしました」

 

 運ばれて来た料理は、ハンバーグのような平たい肉、それにスライスされたトマトとレタスをパンで挟んだ料理だった。付け合わせに、フライドポテトがついている。

 

「これは中々食べごたえがありそうですね!」

 

 ハンバーガーの大きさは、両手一杯ほどもある、まさにビッグサイズ。

 

「なるほど。これが『あめりかんさいず』と言う事ですか!」

 

 米国は、とにかく大きいという話だ。艦船も、兵器も、そして料理も!

 

「箸もナイフもフォークもないですね」

 

 思えば、英国のサンドイッチも直接かぶりつくものであった。

 だがサイズはかなり大きい。大口を開けて食べるのは大和撫子として如何なものだろうか。

 

「ですが、郷に入っては郷に従え! いざ!」

 

 手で細かく千切って食べるという手もあるが、それではこの料理を味わい尽せない気がする。

 赤城は大口を開けて、野性的にハンバーガーにかぶりつく。

 

「むむ!」

 

 口の中に、肉の旨味とケチャップの味が広がる。くどくなりそうな肉の油分は、レタスとトマトが爽やかにしてくれる。そしてパンだ。パンが全ての具材を受け止め、一つの料理として調和させている。

 

「うんうん! いいじゃないですかこれ! アメリカの庶民料理って感じですよ!」

 

 気取った味ではない。素朴で、大ざっぱな味付けで、腹に溜まる料理だ。

 まさにアメリカ料理の急降下爆撃を受けたと言っても過言ではない。

 

「これはもう、大破炎上間違いなしですね。アメリカ料理、侮りがたし」

 

 付け合わせのフライドポテトもこれまた美味しい。サクサクカリカリの食感が、耳にも心地良い。

 

「ふん。やっぱりアメリカ料理なんてこんなものか」

 

 嘲笑するような男の声。見ると、スーツを着た男が顔をしかめながらハンバーガーを食べていた。

 食べながら、何かをメモしている。記者か何かだろうか?

 

「栄養バランスも悪いし、味も大ざっぱ。野蛮で歴史も浅い米国料理なんて食べる価値もないよ」

 

 こんな男は無視しておけばいい。

 だが赤城にはこの男が言い放った料理に対する侮辱も、作ってくれた人に対する侮辱も、看過することはできなかった。

 

「ちょっとあなた」

「ん?」

「人が美味しく食べてるのに、そんなこと言わなくてもいいでしょう!」

「ふん。最近は味が解らない人間が増えたな。こんなハンバーガーが美味しいと思っているようじゃ、君の舌はもう死んでいるね。もう少し良いものを食べたらどうだい? なんなら、僕が本当の料理をごちそうして」

「一航戦誇りのアームロック!」

「ぐあああああ!?」

 

 思わず、赤城は男の手を取ってアームロックを決めてしまった。

 軍隊において格闘戦も学んでいる艦娘にとって、一般人の男性の腕をひねり上げるなどたやすい事であった。

 

「お、折れるぅ……や、止めてくれ……」

「……むぅ」

 

 アームロックを決めてから、赤城は事態のマズさを悟った。

 艦娘が一般人に暴行を加えるなど、決してあってはならない。提督に、上層部に知られれば、どうなることかわからない。

 

「逃げましょう」

 

 赤城はアームロックを解き、素早く自分の席のハンバーガーを胃に収め、料金を置いて逃げるように店を離れた。

 

「警察は優秀ですからね……すぐに逃げないと」

 

 その場を立ち去りながら、赤城はハンバーガーの持ち帰りは出来なかっただろうかと本気で悩んでいた。それだけ、美味しかったのだ。


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