赤城さんが食べる!   作:砂夜†

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第十三話 クッキーを食す。

 艦娘と言っても、常に海にいるわけではない。

 久しぶりの休日。赤城は一人、高原に来ていた。

 休日なので、いつもの袴姿ではなく、ズボンとTシャツという動きやすいラフな服装である。

 

「すー……はー……」

 

 高原の清々しい空気を、胸いっぱいに吸い込む。

 

「は~良い空気ですね~。空気が美味しいってこういうことでしょうか」

 

 普段は潮風ばかり吸っているから、こういった草木の香りがする空気はとても新鮮だ。

 なんだか身体が軽くなったような気分になってくる。

 

「さて、と」

 

 今日は高原の散歩以外に、もう一つ目的がある。

 ある人に、会うのだ。横須賀鎮守府設立当初に、赤城もその人にとてもお世話になったことがある。

 高原をしばらく歩くと、草木の香りに混じって、甘い香りが赤城の鼻をくすぐった。

 

「ふわぁ~……懐かしい臭いですねぇ」

 

 この甘い匂いは、バターと砂糖で作られたクッキーだ。ほのかにチョコの匂いも混じっているから、チョコチップクッキーだろう。

 

「そういえば最近、クッキー食べてないですね」

 

 小さい頃は、クッキーがとても豪華なお菓子だったように思える。簡単に作れるのに、とても美味しい。トッピングも自由自在。チョコ味にするのも、抹茶味にするのも、思いのままだ。

 

「あーもう辛抱たまりませんね!」

 

 やがて、一軒のログハウスが見えてきた。甘いクッキーの香りは、その家から立ち昇っている。

 

「あは!」

 

 赤城はわくわくする心を抑えながら、駆け出した。

 玄関に備え付けられている小さなベルを鳴らす。チリンチリンという軽快な音が鳴る。

 

「こーんにーちはー!」

「うるさいね! 聞こえてるよ!」

 

 ドアを開けて出てきたのは、白髪の老婆であった。

 気難しそうな顔をした、パーマを当てた老婆。誰もが思い浮かべる『西洋のお婆ちゃん』という外見だ。

 

「お久しぶりです、グランマ」

「はい、お久しぶりだね」

「わぁ~いい匂いですね~」

 

 思わず鼻がひくひくしてしまう。

 

「食いしん坊なのは相変わらずだね。まあ、変にダイエットする女よりはよっぽど健康的で、わたしゃ好きだけどね」

「えへへ。ありがとうございます」

 

 この人はグランマ。横須賀鎮守府設立当初に、厨房にいたことがある人だ。主に洋菓子を作り、艦娘達に振る舞っていた。

 気難しそうな顔をしてはいるが、その実面倒見は良く、彼女を慕う艦娘は多い。

 

「ほら、お入り」

「おじゃましま~す」

 

 グランマに案内されて台所まで行くと、そこには山積みのクッキーが置いてあった。

 チョコチップとバタークッキーの二種類というシンプルなものだが、出来たてほやほやのこの甘い匂いの前では、種類の少なさなど些細なことだ。

 

「うはぁ……美味しそうですね……」

「赤城。よだれ垂れてるよ」

「おおっと」

 

 慌てて、服の袖で口を拭う。

 

「コーヒーでいいかい? 座って待ってな。つまみ食いするんじゃないよ」

「はい」

 

 赤城は椅子に座り、じっとクッキーを見つめる。まさに餌を前にした子犬といった感じで、もし赤城に尻尾があれば千切れんばかりに振っているだろう。

 甘いクッキーの匂いがする部屋の中。耳を澄ませば、台所から「シュンシュン!」とポットのお湯が沸騰している音が聞こえる。

 

「なんだか、こういうの良いですね~平和で」

 

 深海棲艦と戦っているなんて、夢のようだ。

 

「……静かですね~」

 

 そうだ。この前来た時は、駆逐艦の子供もたくさんこの家に来ていた。その時は騒々しくも賑やかだったが、今この家は静寂に包まれている。賑やかだった頃を知っていると、なおさら静寂が寂しく思える。

 いつからだろう。深海棲艦との戦いが激化して、暇が無くなったというのも理由の一つだろう。

 だが、それは言い訳かもしれない。本当は、理由なんて無い。ただ足が向かなくなったというだけ。

 赤城もグランマに合うのは、一年ぶりだ。

 

「ふん。うるさくなくてこっちは助かってるけどね」

 

 グランマがコーヒーを煎れて戻ってきた。ミルクが大目で、コーヒーというよりはカフェオレに近い。

 

「いただきます」

 

 両手をぽんっと合わせて、赤城はチョコチップクッキーを一つ、口に入れる。

 

「はふっはふっ!」

 

 出来たてのクッキーは熱く、ちょっぴり口の中を火傷してしまう。だがその後に、サクサクのクッキー生地とチョコチップが口中に広がり、幸せな気分になる。

 実にいい焼き上がりだ。固すぎもせず、柔らかすぎもせず。口に入れて、少し噛むと『サク』という心地良い音と共にクッキーが崩れる。バター風味の生地に、チョコチップの味が混ざり合い、何とも言えない美味しさになる。

 次はバタークッキー。うんうん。こっちは少し冷えているが、その分バターの味がしっかりとわかる。サクサクというよりは、ややしっとりめの食感。

 そしてカフェオレを飲む。甘さ控えめだが、口に残るクッキーの甘さで丁度良い味になった。

 クッキーを頬張り、カフェオレを飲む。量的に、もはや軽い食事のようになってしまっている。

 

「相変わらず、良い食べっぷりだね」

「ええ! 私チョコチップのクッキー大好きなんです」

「それと、カフェオレも好きだったね。大きくなっても、味覚は変わってないね」

「あ……」

 

 そうだ。このクッキーとカフェオレの組み合わせ。これは赤城が子どもの頃好きだったものだ。

 

「覚えててくれたんですね」

「ふん。あんたが食べる姿は、印象に残るからね」

 

 グランマは恥ずかしそうに顔を背ける。

 そんな心遣いがとても嬉しい。

 

「あの、また来ますね。今度は駆逐艦の子供達も連れて」

 

 口ではうるさいなどと言っていたが、やはり賑やかな方がグランマも嬉しいだろう。

 

「余計な気を回すんじゃないよ」

 

 グランマはピシャリと言い放った。

 

「で、でも」

 

 寂しくないんですか? と続く言葉を、赤城は寸前で飲み込んだ。

 そんな言葉にされなかった赤城の気持ちを察したのか、グランマは微笑んで言う。

 

「誰も来なくなっても、あたしゃ待ってるよ。たまに誰か来たら、クッキーを焼いたげる。それで十分だよ」

「十分、ですか?」

「ああ。今日誰も来なかったからと言って、明日そうとは限らないだろう? 世の中、そういうもんさ」

「……はい」

 

 グランマの優しい笑みに、つられて赤城も微笑んでしまう。

 赤城はクッキーを一口食べ、カフェオレを飲む。甘く優しい味がした。


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