赤城さんが食べる!   作:砂夜†

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第十二話 ラーメンを食す。

「んふふ~♪」

 

 赤城はご機嫌であった。

 それもそのはず。赤城が今いる場所は、横須賀鎮守府近郊のラーメン屋。それも一時間並ばないと食べられない、評判の店である。

 入店まで、あと一人。

 

(しかし妙ですね?)

 

 評判の店だが、店から出てくる人の顔は明るくない。美味しい物を食べれば、笑顔になるのが人間なのに。

 ひょっとすると、それほど美味しくないのだろうか?

 そして十分ほど経ち、赤城はようやく入店することができた。

 

「なんですかこれ……」

 

 十人ほどが座れる店内には、びっしりと張り紙がしてあった。『私語禁止』『スープ飲み残し罰金』『最初にスープを飲まない方は退店』『二十分以内に食べ終え退店せよ』と、高圧的な注意書きで壁が埋め尽くされていた。

 

「そこ、早く座って!」

「あ、はい」

 

 店主と思わしき禿頭の男に怒鳴られ、赤城は席に着く。

 

「それじゃあ、チャーシュー麺を」

「お嬢さん、困るねぇ」

「はい?」

 

 禿頭の男は渋い顔をして言う。

 

「こっちが注文聞いてから聞くのがマナーってもんだろ」

「す、すいません」

「ったく。気をつけてね」

「……はい」

 

 赤城は内心で怒りを押し殺した。ここで怒って店主を殴り飛ばすのは簡単だが、艦娘が一般人を殴り飛ばしたりしたら大問題である。

 

(大丈夫、私は大丈夫です。鳳翔さんの地獄の訓練を思い出せば……)

 

 鳳翔の訓練は過酷で、理不尽だった。少しでも失敗があれば走らされ、姿勢が悪いと走らされ、やる気が見えないという理由で走らされ、頬にご飯粒がついていると走らされ。

 

(あれに比べればこれぐらい……)

 

 よし、少しだがこのラーメン店に対する怒りが収まってきた。代わりに鳳翔への恐怖が蘇ってきたが。

 

「はい、お待ち」

 

 ドンッ! と赤城の前に丼が置かれる。その際、少しスープが零れてしまうが、禿頭の男は謝りもしない。

 チャーシュー麺はシンプルなものだった。具は薄いチャーシュー六枚に、もやし、青ネギ。スープは濃厚な豚骨だ。

 

「……いただきます」

 

 こんなイライラした気分で「いただきます」を言うのは初めてだ。いつもは料理を前にすれば幸せな気分になるのに、今回は微塵もそんな気分になれない。

 麺を「ふーふー」と冷まして口にする。

 

(……微妙な味ですねぇ)

 

 不味いわけではない。だが、並んでまで食べたいか? と言われると、答えは否だ。

 

(お客さんの回転数上げたくて、茹で時間が短くしてるんですかね。具材もなんだか美味しくないですし。豚骨スープもなんだか臭いですよ。これ、血抜きと灰汁取りしっかりやってないですね。それに野菜の鮮度全くないですよこれ)

 

 昔は美味しかったのかもしれない。だが客が並び、偉くなったと錯覚して、料理に手を抜くようになってしまったのだろう。

 できるなら、有名になる前に来たかったものだ。

 

「ちょっとあんた! 何で先に麺食べてんだ!」

「え?」

 

 突然、禿頭の男から怒号が飛んできた。

 

「これ見えないの!?」

 

 禿頭の男は、張り紙を指す。そこには『最初にスープを飲まない方は退店』と書かれていた。

 

(私がどんな食べ方しようと勝手でしょう!?)

 

 赤城は怒鳴り返したかったが、艦娘として、軍属として、最大限の自制心を働かせて耐えた。

 

「すいません……」

「もう出てって!」

「そ、そんな!」

 

 まだ一口しか食べてないのに。

 

「こっちはね、真剣に、命かけてラーメン作ってんだよ! あんたのように適当に食うヤツには、うちのラーメン食う資格はない!」

「…………そうですか」

 

 赤城はゆっくりと立ち上がり、丼を手に持つ。

 禿頭の男は身構える。丼を投げつけられるとでも思っているのだろう。

 だが赤城はそんなことはしない。出来ない。食べ物を粗末にするなど、論外である。

 赤城は大きく口を開けて、ラーメンを口に流し込む。咀嚼せず、飲み込む。

 五秒もしないうちに、丼は空になる。

 店内の全員が唖然として、静寂が店を支配する。

 

「ごちそうさまでした!」

 

 丼と代金をカウンターに叩きつける。丼とカウンターに少しヒビが入ったが、些細なことだ。

 店外に出ると、冷たい風が赤城を出迎える。冷たい風は、赤城を少し冷静にしてくれた。

 

「なんだかなぁ……」

 

 食事とは楽しくあるべきなのに、なぜ不快な気分にならなければいけないのか。

 真剣に食べる必要はどこにもない。料理人と客との真剣勝負なんて意味がない。美味しく、笑顔で食べることが一番重要な「食」への礼儀だというのに。

 

「でも、最後の態度は反省ですね」

 

 いくら頭に血が上ったとはいえ、あのような態度は艦娘として失格だ。

 

「……今度、摩耶ちゃんと霧島さん連れて来ましょうかね。あとは海軍の男の人、何人か連れて来ましょう」

 

 うん。この布陣ならば、今度は平和にラーメンを食べられるだろう。

 もう一度食べたい味ではないが、一度ぐらいはゆっくり食べてもいい。

 

「うん。ちょっと楽しみになりましたね」

 

 少し肌寒い風の中を、赤城は軽い足取りで鎮守府へと戻った。

 


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