大日本皇国は島国である。海洋国家として周辺国との貿易を行い、繁栄を築いてきた歴史を持つ。
しかし深海棲艦の出現により制海権を支配されてから、深刻な物資の不足が皇国を襲った。
特に食糧難は深刻であった。皇国は食糧を肥沃な中国大陸で生産していたので、海上交通網を一日でも早く復旧させなくてはならない。
そして四年前。皇国の運命を賭けた、大陸との海上交通網を復旧させるための一戦。皇国は見事勝利し、中国大陸との海上交通網を復活させることに成功した。
そして皇国は深刻な食糧難を脱出し、民は飢えから救われた。
「今日は何を食べましょうかね~。豪華にビフテキ? それともオムライス? 迷いますね~♪」
横須賀鎮守府の食堂で、赤城は今日も昼食に何を食べるのかを嬉しそうに迷っていた。
(昔は食事制限という地獄もありましたが、今は好きなだけ食べれていい時代ですね!)
しばらく迷い、赤城は食べるべき料理を決める。
うん。今日は奮発してビフテキにしよう。おかわりもしよう!
「おや?」
そのとき、視界の端に食事中の艦娘が映った。
切りそろえられたポニーテールをした少女。たしか最近鎮守府に着任した艦娘、名前は秋月だったか。
「うわっ……」
赤城は思わず両手で口を押えてしまった。
何しろ秋月の前にある食事は、ほんの少しの冷麦と沢庵一切れだけというとても質素、いや貧困なものだったから。
何より哀愁を誘うのが、そんな貧困な食事をとても美味しそうに、満足そうに食べている姿だ。
「あ、あの、秋月さん?」
「はい? あ、赤城さん」
思わず、赤城は声をかけた。
「いえ、どうしてそんな粗食をと思いまして。食べないと力出ませんよ?」
「あぅ……他の人にも良く言われるんですが……そんなに、質素ですか?」
質素どころか貧困です! と赤城は物申したかったが、秋月が本気で困っているようなので自粛する。
「そ、そうですね~。ちょっと量も少ないですしね。もっと食べていいんですよ? 食事は無料ですし」
「一度、食べてみたんですけど……豪華なもの食べるとちょっとお腹痛くなっちゃって」
「豪華なもの?」
「思い切って天ぷらうどんを食べたんです。そうしたらちょっと……」
天ぷらうどんで豪華なのか。赤城は懸命に涙を堪える。
「それに毎日豪華な物を食べるのは、なんだか落ち着かなくて」
「そ、そうですか」
赤城は考える。このままでいいのだろうか? 戦場に立つものがこんな質素な食事では、いざというときに力が出ないのではないか? 毎日豪華な食事をしろとまでは言わないが、せめて冷麦からは脱却してもらいたい。
「では、秋月さんにとって豪華な食べ物とはどんなものですか?」
「豪華な物ですか?」
まずは慣らしていくことから始めよう。秋月の考える豪華な物を毎日食べて、少しずつ胃を変えていくのだ。
「ええ。よければ、私も秋月さんと一緒のご飯を食べようと思って。できれば冷麦以外の物を」
「そうですか。先輩に冷麦を食べさせるわけにはいけませんね。この秋月のとっておきのご馳走をお見せしましょう」
秋月は一度席を立ち、調理場の人間と二言三言話して、二人分の料理を持って戻ってきた。
「さあ、どうぞ。赤城先輩。これが月に一度の秋月の贅沢です!」
メニューは熱々の麦飯、沢庵、そして牛缶に、豆腐のお味噌汁。たしかに豪華だ。冷麦と沢庵だけの昼食に比べれば、であるが。
「これが秋月さんの……月に一度の、贅沢ですか」
「はい。牛缶なんて贅沢、手が震えてしまいます」
牛缶がついたとはいえ、これを豪華というには語弊がある。質素で貧しい食事だ。
とりあえず、いただこう。
「いただきます」
キコキコと缶切りで牛缶を開ける。缶を開けた瞬間、醤油と生姜のいい香りが鼻孔をくすぐる。
牛肉を一切れ、口に入れる。
(んむ! これはまた味が濃いですね)
素材の牛肉の味なんて完全に度外視。素材の味を活かすことなんてまるで考えられてない。濃い味付けの、まさしく缶詰という味。調味料で作られた味と言ってもいい。だが美味い! 砂糖と醤油、生姜で味付けされた牛肉が、これまた麦飯とよく合う。
「はふはふっ! もぐもぐ!」
牛肉と熱々の麦飯を食べて、味噌汁をすする。そして濃い味の牛肉で舌が疲れて来たら、沢庵で口内をさっぱりとさせる。
うんうん。正直内心で馬鹿にしていたが、悪くない。決して悪くない!
豪華、とは決して言えないが胃袋にガツンと来る。
「ううっ! やっぱり牛肉は美味しすぎます!」
横では、秋月が涙を浮かべながら牛缶を食べている。
気持ちはわかる。たしかにこれは美味しい!
赤城と秋月は、無言で牛缶をおかずに麦飯を食べ進める。
気が付くと、牛缶は空になっていた。
「ちょっとおかわりをしてきましょうかね」
「おか・・・・・・わり?」
まるで別次元の言葉を聞いたように、秋月は目を瞬かせた。「おかわり」の意味は理解できても、その行為が信じられないかのように。
結局赤城は牛缶を二十個追加して、秋月をおろおろと動揺させてしまう。
「ふぅ。ごちそうさまでした」
「どうでしたか? 赤城さん。秋月のご馳走、堪能していただけましたか?」
「……まあまあでしたね!」
あれだけおかわりしておいてこの言いぐさはないだろうが、素直に「美味しかったですよ!」とは言えなかった。最初に質素で貧しい食事と思ってしまったから、今更素直になれないのだ。
赤城はどこか完全敗北した気分で、食後のお茶を啜った。