赤城さんが食べる!   作:砂夜†

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第十一話 牛缶を食す

 大日本皇国は島国である。海洋国家として周辺国との貿易を行い、繁栄を築いてきた歴史を持つ。

 しかし深海棲艦の出現により制海権を支配されてから、深刻な物資の不足が皇国を襲った。

 特に食糧難は深刻であった。皇国は食糧を肥沃な中国大陸で生産していたので、海上交通網を一日でも早く復旧させなくてはならない。

 そして四年前。皇国の運命を賭けた、大陸との海上交通網を復旧させるための一戦。皇国は見事勝利し、中国大陸との海上交通網を復活させることに成功した。

 そして皇国は深刻な食糧難を脱出し、民は飢えから救われた。

 

「今日は何を食べましょうかね~。豪華にビフテキ? それともオムライス? 迷いますね~♪」

 

 横須賀鎮守府の食堂で、赤城は今日も昼食に何を食べるのかを嬉しそうに迷っていた。

 

(昔は食事制限という地獄もありましたが、今は好きなだけ食べれていい時代ですね!)

 

 しばらく迷い、赤城は食べるべき料理を決める。

 うん。今日は奮発してビフテキにしよう。おかわりもしよう!

 

「おや?」

 

 そのとき、視界の端に食事中の艦娘が映った。

 切りそろえられたポニーテールをした少女。たしか最近鎮守府に着任した艦娘、名前は秋月だったか。

 

「うわっ……」

 

 赤城は思わず両手で口を押えてしまった。

 何しろ秋月の前にある食事は、ほんの少しの冷麦と沢庵一切れだけというとても質素、いや貧困なものだったから。

 何より哀愁を誘うのが、そんな貧困な食事をとても美味しそうに、満足そうに食べている姿だ。

 

「あ、あの、秋月さん?」

「はい? あ、赤城さん」

 

 思わず、赤城は声をかけた。

 

「いえ、どうしてそんな粗食をと思いまして。食べないと力出ませんよ?」

「あぅ……他の人にも良く言われるんですが……そんなに、質素ですか?」

 

 質素どころか貧困です! と赤城は物申したかったが、秋月が本気で困っているようなので自粛する。

 

「そ、そうですね~。ちょっと量も少ないですしね。もっと食べていいんですよ? 食事は無料ですし」

「一度、食べてみたんですけど……豪華なもの食べるとちょっとお腹痛くなっちゃって」

「豪華なもの?」

「思い切って天ぷらうどんを食べたんです。そうしたらちょっと……」

 

 天ぷらうどんで豪華なのか。赤城は懸命に涙を堪える。

 

「それに毎日豪華な物を食べるのは、なんだか落ち着かなくて」

「そ、そうですか」

 

 赤城は考える。このままでいいのだろうか? 戦場に立つものがこんな質素な食事では、いざというときに力が出ないのではないか? 毎日豪華な食事をしろとまでは言わないが、せめて冷麦からは脱却してもらいたい。

 

「では、秋月さんにとって豪華な食べ物とはどんなものですか?」

「豪華な物ですか?」

 

 まずは慣らしていくことから始めよう。秋月の考える豪華な物を毎日食べて、少しずつ胃を変えていくのだ。

 

「ええ。よければ、私も秋月さんと一緒のご飯を食べようと思って。できれば冷麦以外の物を」

「そうですか。先輩に冷麦を食べさせるわけにはいけませんね。この秋月のとっておきのご馳走をお見せしましょう」

 

 秋月は一度席を立ち、調理場の人間と二言三言話して、二人分の料理を持って戻ってきた。

 

「さあ、どうぞ。赤城先輩。これが月に一度の秋月の贅沢です!」

 

 メニューは熱々の麦飯、沢庵、そして牛缶に、豆腐のお味噌汁。たしかに豪華だ。冷麦と沢庵だけの昼食に比べれば、であるが。

 

「これが秋月さんの……月に一度の、贅沢ですか」

「はい。牛缶なんて贅沢、手が震えてしまいます」

 

 牛缶がついたとはいえ、これを豪華というには語弊がある。質素で貧しい食事だ。

 とりあえず、いただこう。

 

「いただきます」

 

 キコキコと缶切りで牛缶を開ける。缶を開けた瞬間、醤油と生姜のいい香りが鼻孔をくすぐる。

 牛肉を一切れ、口に入れる。

 

(んむ! これはまた味が濃いですね)

 

 素材の牛肉の味なんて完全に度外視。素材の味を活かすことなんてまるで考えられてない。濃い味付けの、まさしく缶詰という味。調味料で作られた味と言ってもいい。だが美味い! 砂糖と醤油、生姜で味付けされた牛肉が、これまた麦飯とよく合う。

 

「はふはふっ! もぐもぐ!」

 

 牛肉と熱々の麦飯を食べて、味噌汁をすする。そして濃い味の牛肉で舌が疲れて来たら、沢庵で口内をさっぱりとさせる。

 うんうん。正直内心で馬鹿にしていたが、悪くない。決して悪くない!

 豪華、とは決して言えないが胃袋にガツンと来る。

 

「ううっ! やっぱり牛肉は美味しすぎます!」

 

 横では、秋月が涙を浮かべながら牛缶を食べている。

 気持ちはわかる。たしかにこれは美味しい!

 赤城と秋月は、無言で牛缶をおかずに麦飯を食べ進める。

 気が付くと、牛缶は空になっていた。

 

「ちょっとおかわりをしてきましょうかね」

「おか・・・・・・わり?」

 

 まるで別次元の言葉を聞いたように、秋月は目を瞬かせた。「おかわり」の意味は理解できても、その行為が信じられないかのように。

 結局赤城は牛缶を二十個追加して、秋月をおろおろと動揺させてしまう。

 

「ふぅ。ごちそうさまでした」

「どうでしたか? 赤城さん。秋月のご馳走、堪能していただけましたか?」

「……まあまあでしたね!」

 

 あれだけおかわりしておいてこの言いぐさはないだろうが、素直に「美味しかったですよ!」とは言えなかった。最初に質素で貧しい食事と思ってしまったから、今更素直になれないのだ。

 赤城はどこか完全敗北した気分で、食後のお茶を啜った。


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