トリステイン王国トリスタニアの平民街にあるウィリアムの酒場亭にて―
灰色のレンガに分厚く作られた外壁。
お世辞にも綺麗な酒場とは言えない、
ムードをだしていると云えば聞こえはいいが、照明は数少ない蝋燭が情け程度にさしているだけ。
活気の無い平民街の中でも特に活気の無さそうな雰囲気のその店には、今日も明らかに場違いな軽快な音楽が流れ出ていた。
〈ジャンジャーン〉
〈ドゥーンドドゥーン〉
〈タンタン〉
「ヨシュア~さっきのとこもうちょい早くな~!デイジーはそのままよろしく~」
「了解っス!」
「あいよぉ~」
ウィリアムさんに誘われ、『ウィリアムの酒場亭』で歌い始めてから3ヶ月たった。
客入りのほうは、ボチボチ順調のようで、若い平民の中には毎週通ってくれるような固定客も出来た。
後のキッズである。
ここ最近の変化と言えば、私はバンドを組むようになっていた。
メンバーはバリウスさんの息子のヨシュアがベースを、その幼馴染のぽっちゃりした体格で男っ気の強いデイジーがドラムを担当している。
ちなみにヨシュアは短めの金髪をオールバックにしていて、見た目は最早田舎のヤンキー風で幼い頃からヤンチャ気味の性格からか、ここら一帯の若者のリーダー的存在らしい。
デイジーはそんなヨシュアを口悪くも常に気にかけていて、暴走しがちなヨシュアをドついてとめている。
どちらかと言えばデイジーのほうがリーダー気質では?っと思っていたりもするほどの肝っ玉かぁちゃんぶりであるが、これが2人のコミュニケーション方法なのだろう、当人同士の問題なので割愛。
いつの時代もどんな世界もやはり女は強いのだ。
そもそもなぜ2人とバンドを組むようになったのかと云うと、私が酒場で歌い始めて数週間が経った頃、突然マスターのウィリアムさんに「息子がオマエさんの音楽に興味持ってるらしいんだが教えてやってくんねーか?」っと言われ、特に断る理由も無いのでいざ会ってみればTHE酒場の息子!と云った感じのワイルド風の青年が頭を下げながら照れくさそうにとやってきた。
ヨシュア自身、演奏する歌や、楽器に興味が沸いていたそうでずっと話かける機会を伺っていたそうな。
若者は新しいモノや目新しいモノが、とかく好きなものである。
それにヨシュアの幼馴染のデイジーがくっついてきて目出度くバンド完成と相成った。
そして驚くことにウィリアムさん!元アルビオン貴族のメイジだったそうな。
人は見かけによらないものである。
バリウスさんの父君が借金を残して他界、当時13歳のウィリアムさんは特に後ろ盾も無く、爵位も高く無かった為、流されるままに貴族の爵位を捨てることに。
その後は少ない貯蓄でアルビオンの廃墟でなんとか生活をするも、アルビオンの寒冷な気候は子供に耐えられるような優しいものでは無く、寒さに震えながらその日暮らしの毎日。
そして当てもなくフラフラと暖かい土地を求めてトリステインへやってきて、トリステインでは何かと需要のある傭兵メイジとしてやっていく事になったそうだ。
だが、いつまでも切った張ったの生活をしているわけにもいかず、息子のヨシュアが誕生したと同時に現役を退き、この『バリウスの酒場亭』を開いたのだそうだ。
よって息子のヨシュアも一応は魔法が使えるである。
と言っても訓練もほぼ受けていない風のドットである。
なので私が学院の授業の暇を見て作成したベースを教えつつ、演奏の練習ときどき魔法の練習といった感じになりつつもある。
デイジーのほうも、さすがに大きなドラムセットを扱うには体格的にも無理なので、バス・タム・シンバルが1点づつあるドラムを四苦八苦しながら練習している。
バンドを組んだと言ってもハッキリ言ってこの2人の演奏はまだまだ店に出せるレベルでは無い。
そう簡単に出来てしまってはこっちもアレなのだが、ビートやコードを1から教えているので、この数ヶ月はひたすら練習を積む事にさせている。
ひとしきり汗をかき、2人に来週までの課題を伝え、練習後は3人ワイン片手に談笑するのが通例だ。
「しかし、まさか兄貴が貴族様だったなんてな~正直どこの浮浪者かと思ったっス」
「否定できないわ。ぜんぜん貴族らしくないんだもん」
「いや、もうね。それに関しては痛いほど身にしみてるから…トホホ」
うな垂れる俺を見てカラカラと笑う2人に、ずいぶんとこの酒場にも慣れたものだと実感する。
ここに来た当初は酒場も、とてもじゃないが繁盛しているとは言えない惨状だった。
虚無の一夜に10人客が入るか入らないか、よくそんなんで経営続けていたなと思うだろうが、今日び、トリスタニアなんてそんなモノである。
一部『魅惑の妖精亭』のような例外もあるが、あれはきっと原作補正がかかっているだけだ。
ちなみに私が貴族である事はウィリアムおじさん始め、ヨシュアやデイジーも気づかずに、ただ魔法が使え不思議な演奏をする旅の歌い手的な印象だったようだ。
だから、男爵子息である事を教えると3人は口をポッカリ空けて信じられないといった表情で固まった後、慌てて頭を伏せてきたのだが、
「いや、別に気にしなくていいから!普通に接してくれていいから!」
っと強引に説き、普通に接してもらえるようにした。
その後、なぜかヨシュアからは兄貴と呼ばれるようになったのだが、見た目同世代の人間に兄貴と呼ばれるのは悪グループのボスにでもなった気分で嫌なのだが、本人曰く、なんかそんな感じだからと逆に押し切られてしまった。
そんな事言ってぇ、兄貴はうちらトリスタニアっ子の中ではけっこう有名っスよ!」
「そうね、この前だってステージが終わった後に若い子に話しかけられてじゃない?私も友達に仮面の人を紹介しろって何度いわれたことか、なんとか断ったけどさ」
「助かるよ。 こんなんでも一応貴族だし、風聞もあるからなぁ、はぁ、めんどくせぇ」
「兄貴、そういうとこが、貴族っぽくないんでさぁ」
「よっ!駄目貴族」
「「ハッハハハハハ!」」
「ホリーシット!!」
仮面
酒場の特設ステージに上がる時に、貴族は普通こんな店で歌っていない、バレないように顔を隠したほうがいいとウィリアムさんに言われ、私も万が一にも学院の面々に知られたく無いので、鼻から上を隠した仮面舞踏会で使用されるような仮面をつけている。
余談だが、この酒場で歌い始めてからわかった事なのだが此処トリスタニアの平民には応援歌が非常にウケる。
そういうジャンルの音楽が無かったからと言えばそれまでだが、時勢的にも平民の生活的にも、応援歌は心に響くらしく、『明日があ○さ』や『ガッ○だぜ!』などを歌いだすとお客さんは泣きながら明日からも頑張ろうという気になるようで、閑古鳥が鳴いていた店も、ヨシュアやデイジーが読んでくる若者の友人達や、聞きなれない音楽にソロソロと店に入ってくれたお客さんがライブのある日は通ってくれるようになったりして、今では酒場亭収客限界の20人くらいが虚無の曜日に騒ぎ笑い泣いて過ごすようになった。
ウィリアムおじさん大満足である。
ステージ後は毎回盛大な拍手で幕をしめられ、中には個人的に私に会いたい。仮面の青年を紹介して欲しいとヨシュアに詰め寄る若い女性もチラホラ……ぐへへへ。
まさに現代音楽の賜物である。
「まぁ、個人的には嬉しい事なのかな?」
「兄貴は鈍いっスからね。そういえば学院のほうはいいんすか?」
「あ!そうよギムリ!なんか問題があったみたいな事言ってなかった?」
「あ~アレねぇ……」
人生とはそんな楽しい事や嬉しい事ばかりの毎日であるはずが無く。
現在、魔法学院の私の学年生徒は3日間の臨時休校となっている。
臨時休校と言っても、単純に教室が使えないのだ。
主に桃色髪の公爵令嬢と、ひとりのメイジの手によって…
「フン! おぉぉぉぉ!アバンストラーーーーシュ(笑)」
その日、久々に早朝訓練に出かけていた。
たまに早起きして、ひんやりと涼しい風に当たりながら汗を流すのも実に気持ちがいいものである。
ひと通り、訓練を終えるとまだ授業まで時間があることに気づいた私は在庫の切れかかった歯磨き粉の材料を採取しなければと思い立った。
学院から近場森まで馬で10分ほど、授業開始まで2時間もある。
行こうと思えば往復しても余裕で間に合う。
だがしかし、
「ん~今から出かけるのだりぃ~」
非常にめんどくさいのである。
む~む~唸りながら歩いていると、木陰に見たことの無い草葉を見つけた。
試しに匂いを嗅いでみると、どうだろう!この水々しいフルーティーでいて、どこか嗅いだ事のあるような香りはまるで某有名薬品メーカー、フラワーキングが生み出した名歯磨き粉『クリア○リーン』じゃないか!
歯磨き粉の新素材を入手した俺は早速、新歯磨き粉の作成に取り掛かろうと、気持ちのいい汗をかいた私は上機嫌に学院の研究室に向かった。
「あら?ギムリじゃない朝早いのね?」
「おはよーモンモランシ嬢、新しい歯磨き粉の素材が見つかったから早速試そうと思ってね」
先客がいたようだ。
先客の名前はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。
言わずと知れた金髪縦ロールが良く似合う伯爵令嬢様である。
彼女とは研究室で薬品を取り扱ったりする時によく出会い、彼女の思い人(?)のギーシュと私が良く話す事もあり、それなりに親しい仲になっている。
実際はお互い貧乏気質という所もあり、気の合う職人仲間という感じだ。
このように挨拶をしている間でも彼女の注意は薬品からそれていない。
う~ん!まさに職人である!
ん?貴族……やめよこの話題。
彼女の邪魔をしては悪いと自分も作業に入る、歯磨き粉つまりは研磨剤の材料なんてものは、メイジである私達にとっては簡単でお手軽なものである。
「ふんふ~ん♪パンパカパーン!クリア○リーン混ぜるよー!そして練る練るね~るね♪」
今日はそこに新素材を混ぜてみる。
心なしかテンションも高い。
そんないきなりテンションに身を任せて混ぜたりして大丈夫なのか?
きっとダイジョーブである。
だって私の中のダイジョーブ博士がイケるよ!っとGOサインをだしているのだから!
「ふふ、今日はヤケにご機嫌ね?」
っとモモランシ嬢がこちらをチラリと見て含み笑いを浮かべている事に気づき、ちょっぴり反省である。
恥ずかしい少しテンションが上がりすぎたようだ。
それはともかく新素材クリア○リーンを混ぜ込んだ新歯磨き粉が完成した。
早速、自分で使用して確かめてみる事にする。
「おぉ!」
まず最初にくるのは、舌をピリリと刺激するあの独特の辛味。
そして鼻で呼吸する度に鼻腔を刺激する清涼感!
間違いない!これはクリア○リーンだ!
「これはいい物ができ…あれ?」
「ギムリ?」
突然襲う眩暈に意識を失いそうになった。
モモランシ嬢が自分の研究をほったらかして心配そうに俺をみている。
なにが起きた?
視界がボヤける。
『おおギムリよ、死んでしまうとはなさけない』
神父が語るお約束の言葉が頭を過ぎった。
「ちょっとギムリ!この薬草ってネズミの殺虫とか火の秘薬の原料じゃない!すぐに吐き出しなさい!」
「ふぇ?」
モモランシ嬢がクリア○リーンの薬草を見て驚愕と同時に顔を青ざめさせた。
火薬?
アレ?思考が上手く回らない、たしかにあの独特の鼻につく匂いは…?
こうしている間にも私の意識は今にも遠く落ちそうになる。
「待って!すぐに解毒するわ!でも解毒の妙薬なんて…そうだ保健室に行くわよ!そこなら多少の薬があるわ!ほら肩に掴まって!」
そういうとモモランシ嬢は私の腕を彼女の肩に回し、ゆっくりと保健室に向かって歩き出す。幸いここから保健室は近い。
身長差がかなりある為非常に歩きづらいはずなのにモモランシ嬢はなんとか踏ん張りながら私を保健室の3つあるベッドの1番入り口に近いベッドに横にさせ、急いで薬品を作りそれを私に飲ませ私に『解毒』の魔法を唱えた。
私の意識はもうすでにギリギリである。
しかし彼女が『解毒』の魔法を唱えた瞬間気分がスッと楽になった。
「ふぅ、まったく調子に乗ってるからそうなるのよギムリ?とりあえず解毒は終わったけど今日1日は眠って安静にしている事!と言ってもたぶん起きれないでしょうけど?まったく世話焼かせないでよね!」
プンプン怒りながら私の大きな体に布団をかけるモモランシ嬢。
「ぁりがと…」
「無理に喋らなくていいわ。もう寝なさい。この危険な薬草は私が教室のゴミ箱にでも捨てて置くから」
薄れていく意識の中で最後に見たのはモモランシ嬢の呆れたような、母親のような優しい笑顔だった。
気を失った俺は夢を見た。
それは幼い頃から原作を忘れないように何度も何度も思い出し続けた『ゼロの使い魔』。
夢を見るという事は記憶を定着させるのに必要不可欠な存在だと前世のテレビ番組でやっていた。
原作を思い出し続けたせいか、『ゼロの使い魔』が夢にまで出てきてしまった。
夢の中で俺はサイトになっていた。
勇敢にもルイズの身代わりになってアルビオン共和国の7万の兵と戦いのシーンである。
「ルイズ~!」
瀕死の重傷を負いながら最後に彼女の名前を思いっきり叫ぶ、俺ことサイト。
そしてさらなる夢の奥へと導かれるように眠りこけた。
本日の授業も終わり、夕日が差している保健室には依然寝こけているギムリ少年のベッドの隣に、ため息を尽きながら体を横にしている少年がいた。
「おじゃる~」
その体躯は乾いたネギのように細く、それでいて身長は低い。
顔のつくりは可憐な少女のような童顔。
口癖は語尾に「おじゃる」「ごじゃる」をつける少し変わった少年だった。
少年の名はニール・ド・ルーベン子爵子息。
彼のため息は止まらない。
それも仕方ない。彼は今日失恋したばかりであった。
恋慕を寄せる相手は同級生のモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。
みんなにはモモランシーと呼ばれている女生徒だった。
彼から見た彼女は、いつもどこか儚げで哀愁を漂わせている可憐な少女だった。
しかし、そんな彼女の周りには常にギーシュ・ド・グラモンをはじめとする男子生徒がいた。よって話しかけようにも切欠が掴めなかった。
だがしかし、彼は友人達からミス・モモランシーは薬の研究のために朝早くから1人で研究室に通っているとの情報を入手したのだ。 彼は、『ここにかけるしかないでおじゃる!』っと万感の思いで今朝、早起きして朝早くに研究室に向かった。
そして見てしたまった。
モモランシーが180センチはあろう巨大な体躯をした青年に寄り添いながら、保健室に入っていくのを。
その2人はまるで、幼き頃にみた『イーヴァルディの勇者と姫様』の演劇にでてくるような姿だった。
魔王を倒し、疲れ果てた勇者が倒れないように優しく、それでいて力強く勇者を支える姫様のような神々しく見えた。
彼等はきっとあのまま2人ひっそりと誰もいない保健室で愛を育むに違いない。
少なくとも彼、ニール・ド・ルーベンの目にはそう映ったのだ。
そして思いも伝えられぬまま、彼の初恋は終わりを告げた。
「我輩は愛していたでおじゃる」
その日の授業はまったく耳に入ってくることは無かった。
心がどこかに飛んでいってしまったように授業をこなしていた。
だから気づかなかった。
普段ならニールの隣の席に座るルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの失敗魔法の被害に遭わないように注意深く行動している筈なのに、
今日は彼女がニールの隣で爆発魔法を起こして彼が爆発の余波によって数メートル飛ばされ保健室に担ぎ込まれるまで気がつかなかったのだ。
思い出すのはモモランシーの隣にいた筋肉質で巨大な体躯の男。
まさしくニールとは正反対の男であった。
「我輩には資格がないのでごじゃろうか…」
またも溜息をつき呟く。
先ほどから、隣のベッドからゴチャゴチャと五月蝿いひとり言が聞こえてくるが、ニールの耳にはその内容は入ってこない。
駄目だ。吹っ切れない。どうしても彼女、モモランシーが時折振りまく儚い笑顔が頭をよぎる。
「それでも好きでごじゃるよ~。どうしても忘れられないでごじゃるよ~」
ニールは痛む体に鞭を打ってベッドから起き出す。
そして自分の教室へと走り出す。
まだ、まだ教室に彼女が残っているかもしれない。思いを伝えよう。
例えどんな結果になろうとも正直に自分の気持ちをぶつけてみるでおじゃる。
そう思いながら彼は教室へ向かい走り去っていくのであった。
桃髪の少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールもまた、この保健室にいた。
彼女はこの学院に入学してから焦っていた。
理由は単純。
魔法が使えない。
それに尽きた。
同級生達が四苦八苦しながらも魔法を習得していく中、自分だけが未だ一つも魔法が成功しない。
ヴァリエール家の宿敵であり、何かと五月蝿く絡んでくるキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは火のトライアングルなのに。
自分は誇りある公爵家のトリステイン貴族なのに。
もちろんカバーできる面は必死に頑張った。
魔法は毎晩練習したし、知識が足らないんだと勉強もたくさん行った。
おかげで座学は常に学年上位を維持している。
だが、一向に魔法が上手くなる気配は無く。
毎回、どんな魔法っを使っても爆発してしまう。
同級生からは魔法が一つも使えないという理由で『ゼロのルイズ』なんて不名誉な2つ名までつけられてしまった。
屈辱だった。
だから人に認められたい。名誉を取り戻したいと今日の授業でも必死に魔法を唱えた。
しかし結果はまたも爆発だった。
あまつさえ隣にいた生徒を巻き込み、さらには爆発の余波で自分まで気を失う程の失敗だった。
私は人に認められる事ができるのだろうか…。
そんな思いが思考を駆け巡りベッドの布団を頭まで被ったその時、突然ベッドの隣から大きな声が聞こえてきた。
「ルイズーーーー!」
突然の大声でルイズは肩をドキリと震わせた。
そりゃ自分の名前が突然大きな声で呼ばれれば誰でもビックリするだろうが、その声はどこか心の底から搾り出したような胸に響く声だった。
「な、なな何よ!?」
思わず布団を少し開いて隣のベッドを布団の隙間から覗き込んだ。
となりのベッドにいたのはニール・ド・ルーベンだった。
彼の事はよく覚えていた。
毎回授業中に私をチラチラと探るような目で見てきて、語尾に「おじゃる」とかつけている子爵子息だ。
別段、ルイズ自身ニールに対して特別な感情など持ち合わせていなかった。
ただ、隣の席の変な生徒くらいの印象しかない男だった。
その彼が急に私の名前を大きな声で叫びだしたのなぜだろうか?
やはり魔法で吹き飛ばしたのがいけなかったのだろうか?
そんな疑問が頭に浮かぶルイズ。
彼はベッドの上で人形のように動かなかったが、その目には涙が浮かんでいるのが見える。
「我輩は愛していたでおじゃる」
胸がドキっとした。
「ルーベンが私を好き?」
顔が真っ赤になるほど頭が混乱した。
驚きすぎて声がだせない。
なぜ彼は私を好きになったのか?
聞きたいのに声が出せなかった。
すると彼は大きな溜息をついた後
「我輩には資格がないのでごじゃろうか…」
と呟いた。
資格。
彼は子爵子息で私は公爵令嬢。
たしかに普通に考えれば資格は無い。
しかし私の婚約者もまた子爵である。それを考えると資格が無いなんて言えない。
「でも駄目よルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。私には婚約者がいるんだから」
そう自分に小さい声で言い聞かせる。
この時、彼女の体はくねくねと動いていてとても人様にみせられた状況ではないのを補足しておく。
反応の無いルイズに諦めを悟ったか、ニールは肩をすくませるが、依然彼の拳は強く握られたままであった。
「それでも好きでごじゃるよ~。どうしても忘れられないでごじゃるよ~」
そう言い放ったニールはベッドから這い出て保健室を出て行った。
追いかけなきゃ駄目よルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!
彼は学院に来て失敗続きの私をずっと見ていてくれたのかもしれない。 せめて、せめて自分の声でごめんなさいを言わなければいけない!と彼女は学院にきてから始めて出会った
魔法うんぬん関係無く自分を見てくれていたであろう少年を追いかけるように保健室を飛び出した。
教室にて―
ニールは教室を見渡す。
しかしそこには人っ子ひとりいなかった。
むしろ当然だった。
もう本日の授業は終わっているのである。
普通の生徒はさっさと帰るなりテラスで談笑したりと各々好きに過ごしている時間であるからだ。
興奮しすぎた頭を冷やすように横に振るニールは突然開かれた教室の扉に驚くように肩を震わした。
「ルーベン!!」
そこにいたのは桃色髪の貧乳少女、色気の欠片も無く、あまつさえ今日授業中に自分を吹っ飛ばしたルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだった。
「なななんでおじゃるか?急に大声だしてビックリするでおじゃるよ!」
ニールの中でルイズは警戒すべき相手ナンバー1である。
そんな少女はなんのようだろうとニールは疑問を浮かべた。
「あ、ああアナタの気持ちは嬉しかったわわわ。で、ででも御免なさい私には婚約者がいるの!だからあなたの気持ちには答えられないの!」
ルイズは何を言っているんだろう?
これでは我輩がルイズを好きみたいではないか。
当然の疑問である。
「ルイズ? そなたは何を言っているでおじゃるか?」
「え?」
キョトンと目を丸めるルイズ。
「我輩がゼロのルイズを好きになるわけないでおじゃろう。勝手な勘違いは止めてもらいたいでおじゃるよ」
「はいぃぃぃ?」
その言葉に今度はルイズが疑問符を浮かべる。
勘違い?
じゃあさっきの告白まがいのセリフは?
すべては私の勘違いだった?
なんだろうこの理不尽は?
なにそれ?
そんなセリフが頭の中を駆け巡る。
ルイズの心はカッと熱く乱れていく。
「まったく~我輩とお付き合いしたいならそれなりに「もういいわ!」おじゃ?」
突然声を遮られたニール。
そしてスタスタと無言で教室を出て行くルイズ。
そしてルイズは扉の前に立つとサッと杖を取り出し。
「私の誇りを踏み躙った罰よ!食らいなさいファイヤー・ボール!」
ルイズは教室出る瞬間、ニールに向かって魔法を唱えた。
だがしかし、その魔法はニールには命中せず教室の隅のゴミ箱に命中した。
っが、なぜかその時放った魔法はいつもルイズが起こす爆発の数倍の威力で大爆発した。
それは嵐のような爆発だった。
実際はギムリが摘んだ薬草をモモランシーが教室のゴミ箱に捨て、それがルイズの爆発魔法にさらに威力をつけたのだが、そんな事は知らないニールはその暴風で窓ごと吹き飛ばされるように外へ放り出されてしまった。
ルイズも自分の放った教室を崩壊させるような大爆発の威力にビックリしたが、彼女の心はそれどころじゃなく。
自分の気持ちを弄んだニール・ド・ルーベンへの苛立ちで一杯だったためその場を後にした。
ウィリアムの酒場亭にて―
「ん~、起きた頃には、なぜか教室が爆発、全壊してて授業も中止になったんだよね。 爆発に巻き込まれて全治2ヶ月の重症を負った生徒がいるらしいんだけど…まぁ私には関係ないんだけどね。ハハ」
「そーだったんスか」
「部屋丸ごと爆発って物騒ね~。アタイ、平民でよかったかも」
「貴族も楽じゃないのさ」
「こんな所で暢気に酒飲んでるアンタが言うんじゃいよ!」
「そうっスよ!」
「そりゃそうだ」
「「「ハハハハハ」」」
そうして事件の根源たるギムリ少年は、今晩も楽しく飲み明かすのだった。
7話へ続く!