東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第九十ニ話 座る場所は変えない

 誰かに呼ばれている気がする、頬を何かで叩かれたり肩を掴まれて揺さぶられてみたり、体が重く動かされても動けない。どうしてこうなっているんだったか‥‥意識も視界もぼやけていて思考回路が働かない。考えるのも面倒なほどの気怠さで再度目を閉じようとしたが、ぼやけている目に映る何か、大部分が緑で一部赤い何かに頬を張られて意識を戻される、随分と手荒で煩い誰か。

 視界で動くものが誰かだと認識出来た辺りで大きく水を吐き出せた、一度大きく吐き出してむせ返りながら残りも吐き出せた。泥酔しても二日酔いでも吐くような事がないために、吐くという行為に慣れておらず随分と苦しい。咽るあたしの背を支えて叩いてくれる力強く優しい腕、呼吸の調子を整えるようにトントンとリズムよく叩かれて少しずつ落ち着いていく。

 

 相変わらず体は気怠いがお陰様で少しは考えられる冷静さを取り戻せた。取り戻せたとはいっても頭だけが働いて体は言う事を聞かず、動悸は早いままでどうにか肩で息をしているような状態ではあるが。

 息を整えて少しずつ落ち着くと同時にどうしてこうなったのか、その原因も思い出せたため眉間に皺を寄せて起き上がろうとした。けれど力強い腕に取り押さえられて起こす体を抑えられてしまう、止める腕を払おうとするが込められた力に抗えず強引に横に戻された。力業で抑えられてしまいそれが煩わしくて、珍しく邪魔だと口悪く言ってしまう、仕方ないですねと呟かれた誰かの声。それが聞こえたと同時に後頭部に何かが奔り、再度視界が暗くなった。

 

 目覚めてみれば木目の天井、見知らぬ部屋で寝かされていて周りを見ても誰もいない。上体を起こすと掛けられていた毛布が落ちる、体を見れば何も着ていない素っ裸の状態だ。

 誰もいない知らないところでなんでまた脱がされているのか?

 目覚めたての頭では何も思いつかず、取り敢えず敷かれていたシーツをめくり上げ、体に巻きつけて部屋を出た、やられた以上にやり返す、寝起で思いついたそれだけを実行しようと取り敢えず歩き出してみたが‥‥隣の部屋で薬箱を開ける見慣れた耳飾りを揺らす相手が目に留まり、熱くなった頭をほんの少しだけ冷やしてくれた。

 

「あ、目覚めました? 気分どうです? 気持ち悪かったりしませんか?」

「気分は最悪だけど大丈夫、はっきりとはしているわ」

 

「なら良かったです、後で美鈴さんにもお礼を言ってくださいね?」

「ここは? 鈴仙がいるなら永遠亭‥‥にしては見慣れないわね」

 

「人里ですよ、薬屋の看板くらいは見たことあるんじゃないですか?」

「花屋の近くの…景色が新鮮はなずだわ」

 

「ここに来るくらいならウチに来ますもんね、取り敢えず気がついて良かったです」

「溺れただけよ? そんなに大袈裟に言わなくても」

 

 そう言って部屋を出ようとしたところで鈴仙に腕を掴まれる、左腕を取られて軽く引かれると巻いただけのシーツが解けてしまい右腕で前だけ隠すように抑えた。裸のせいで冷えた体とは対照的に少しは冷えたがまだ熱い頭、口で馬鹿にされるくらいならここまで熱くなる事なんてないが生死が関わるなら話は別だ、やられっぱなしは気に入らず性に合わない。

 止められても気にせず歩もうとすると再度強く引かれて体が流れ、永遠亭の小間使いと顔を合わせる形となった。

 

「まだ出歩いちゃダメです、もうちょっと休んでて下さい」

「頭も体も十分よ? 少し熱っぽいから外で冷ましてくるわ」

 

「その格好のまま外にでるんですか? ダメですよ! さすがに!」

「ならあたしの服は? 脱がして捨てるって事はないでしょ?」

 

「まだ乾いてませんよ? だからもう少し‥‥」

「ならいいわ、鈴仙の服で我慢するから少し貸してもらえるかしら?」

 

「アヤメさん!」

「何?」

 

 見慣れた真っ赤な兎の瞳、いつも見るのはもっと潤んで涙を浮かべた真っ赤な瞳だが今の瞳は怪しく輝いている。この苦労性な兎の瞳が輝いているところを見るのは何時以来だったか・・・この子の師匠が起こした月の異変の時以来か。

 輝夜の能力に乗っかって屋敷の位相をずらしてくれて、あたしに唯の廊下を永い廊下へと認識させた『物の波長を操る能力』臆病なこの子らしくない随分とぶっ飛んだ能力だが、これがあったから月の兎のエースになれたのかもしれないな。

 それともついでに操れる狂気の方が役だったのかね、戦場で狂気振りまいて走り回る月の兎。敵対者に狂気を見せて自分は何見て地上まで跳ねてきたのか、聞き出す気はないがそのうち話してくれるかね。紅く輝く瞳に見られなんだか随分と落ち着いた。

 

「落ち着きました こ んなに波長の短いアヤメさんは初めて見ましたよ?」

「短気は損気というのにね、お陰様で損する前に我に返れたわ。ごめんね鈴仙、我慢するなんて言っちゃって」

 

「いえ、そこは別にいいんですけど?」

「借りても胸の辺りが苦しそうで我慢なんて言ってしまったの、許してもらえる?」

 

「それを言わないでくれたほうが許せましたね」

「ならお詫びに手伝うわ、右から?左から?それとも両方?左のが握力あるからサイズが変わりそうだし交互のがいいわよね?」

 

「とりあえずその手をやめて下さい、おかしいな? 弄りすぎて狂わせちゃった?」

「冗談よ、おかげですっかり冷め切った」

 

 ワキワキと動かしていた手を止めて冷ましてもらった頭を掻く、油断していたとはいえ溺れた程度で頭に血を上らせるとは我ながら情けなくて恥ずかしいがまぁいいさ、してやられた事に気を取られ腹をたてていたが、冷ましてもらったおかげで随分と余裕が出来た。

 余裕と共に空きが出来た頭を使って少し考える、なぜ姫がああなったのか?

 あんな風になる寸前に何かあったか?

 両足を引かれる前、何かおかしいと思えるところは?

 わかさぎ姫が何かを言っていた気がするが抜け落ちているのは溺れたショックのせいだろうか、何かの会話をしていたのは覚えている、多分姫を褒めたはず。けれどその辺りが曖昧で思い出せない、なんだったかなあやふやだ。曖昧であやふやなのはあたしの持ち味だが、こういう時くらいは鳴りを潜めてもらいたい。

 

「とりあえず服着ませんか? 考え事もいいですけど」

「乾いてないんじゃなかったの?」

 

「ああ言えば止まるかなって、結局止められず能力頼りになっちゃいましたけど」

「結果止めてもらえたわ、あたしを騙すなんてやるじゃない。ちょっとだけ見直した」

 

「アヤメさんに褒めてもらえるとは、弄った甲斐がありました」

「ん? そっちも弄ったりしてるの? あんまり弄ばれると我慢しきれなくてその気になるわよ?」

 

「そ、そんな事はないですよ? 少しだけ素直になってくれたらいいなと思いましたけど」

「そう、それじゃそれらしくしましょうか。素直に言っておくわ、ありがと鈴仙」

 

 素直に感謝を述べてみる、それくらいで大げさに喜んでくれて相変わらずチョロいウサギだ。それでもあたしなんかの一言で笑顔を見せてくれる相手、本当は来たくないはずの慣れない人里で看病してくれただろう月の兎。

 本当はあたしの感情を弄ったりはしていないのだろう、あたしの言葉で喜んだのが良い証拠だ。わざとらしく隠そうとしてくれて可愛らしいウサギさんだ、ちょうど裸だしお礼代わりに本当に狙ってやろうか?ウサギなら万年発情期だろうしそれほど問題ないだろう。

 軽く下唇を舐めて一歩踏み出すとパンツとインナーを投げつけられた、誘う前から動かれては萎える。投げつけられた物を身につけて体の調子を見るようにグイグイと体を動かす、腕やら足やら軽く回して両足を真横に開いてそのまま座る。

 そのままペタンと前に倒れ胸と腹を床に付けた辺りで外が少し騒がしくなった、里の人間だろうか黄色い声。体を動かすことなく耳だけをピクリと動かすとあたしの枷が小さく鳴った。

 

「黄色い声、声援って感じではなかったわね」

「なんですかね? この人里であんな悲鳴」

 

「そう気にしなくても大丈夫よ、多分だけどもうすぐ誰か来るわ」

「なんでそんなに落ち着いてるんですか! 気にならないんですか!?」

 

「その耳は‥‥飾りだったわね、声は遠かった、なら人里の中ではなく外でしょ? ならルール内の事よ?」

「そうですけど‥‥でもそれでいいんですか?」

 

「いいのよ、妖怪だもの。それに人が襲われたならそれに見合う人が動くでしょ?」

「見合う人って……あぁそういう事ですか、なら少ししたら見に行きましょうよ、終わった後ならこっちに飛び火しないはずですし」

 

 臆病者のくせに何がどうなったのか結果は知りたいという強欲な月のウサギ、一度は戦場を恐れて脱走したくせに争い事が気になるらしい。下手に首を突っ込むと自分の首を締める事にしかならないとわかっていながら首を突っ込む。今は尻拭いしてやれるがその内にやらかして好奇心は兎を殺す、なんて事にならなければいいが。

 

 美鈴があたしと一緒に運んでくれたらしい脱いだブーツの紐を結び、開襟シャツに袖を通す。着替えも済んで一心地と考え煙管に手をかけたが火はつけず咥えるように宛てがっただけ、診療所内で吸うのは無粋だろう、そう思い火はいれなかった。

 煙の立たない煙管を咥えてしばらく外の音を聞く、あたし達の耳に悲鳴が届いてからすぐ聞こえ出した何者かが争うような音、弾幕がばら撒かれて弾ける音とそれをかき消す魔力の轟音。しばらく聞こえていたそれらが聞こえなくなって少しした頃、静かに終わりを待っていた鈴仙がそろそろ行こうとせっついてきた。

 気にならないと言えば嘘になるがあまりノリ気ではないあたし、いつかの冬の異変で終わった後の巫女に声をかけて襲われた経験があるからだろう、争い事が終わっていても解決側が残っていると再燃する場合もあると知っていたから。

 いつも通りのやる気のない顔で渋っていると、腕を取られて強引に連れられた。本人は苦手としているが人里でそれなりに人気のある見目良い月兎、そんな彼女と腕を組んで歩くのは気分がいいが向かう先を考えると手放しでは喜べない。捕まってしまって放せないのだから喜べないのも当然か。

 

~少女移動中~

 

 鈴仙に連れられて少し歩いて見えてきた、争い事の中心地だった場所は人里と外の境界線ギリギリ辺り。こんな瀬戸際で暴れる者がいるのかと少しだけ争っただろうまだ見ぬ妖怪に感心した。

 人里で妖怪が暴れれば退治される、幻想郷で暮らす人妖なら知らないはずはないルールなのだが、それに反逆するように境界線で暴れた者、気概があって面白い。この妖怪が一体どんな気骨者なのか、周囲を見やると予想外の妖怪が傷つき地に附している姿が視界に収まった。

 騒ぎの解決に‥‥いや、妖怪と対峙する人間の魔法使いが動いたということは騒ぎではなく異変か。里の入り口を守るように立つ、この場の異変を解決した普通の人間の魔法使い、霧雨魔理沙 

 異変の最中でも巫女達(あっち)に比べればまだ会話の出来る相手だ、事の顛末を伺ってみるか。

 

「犯人倒して異変は終わり、とは言えない顔ね。魔理沙」

「アヤメか、格好が違うから一瞬わからなかったじゃないか」

 

「イメチェンよ、それよりなんでこうなってるの?」

「ん? 私にもよくわからん、ミニ八卦炉はおかしいしあちこちで妖怪が暴れるしよくわからん事ばっかりだ。それでも最初くらいは知ってるぜ、最初に暴れだしたのは霧の湖の人魚でさ、誰かを襲って溺死させたって聞いてる」

 

「残念ながらまだ足はあるわよ?」

「なんだよ、襲われたのってお前だったのか。残念だけど仕返しは出来そうにないぜ、霊夢が向かったらしいから今頃人魚の干物が出来てるさ」

 

「あの霊夢が干物なんて手間のかかる事しないでしょうに」

「それもそうか、じゃあどうするんだ?八つ当たりに暴れるか?相手してやってもいいぜ?」

 

 病み上がりだからお断り、それにまだ終わってなさそうよ。そう言いながら地に附している妖怪を見る、あの魔砲を食らったのだろう焦げて赤よりも黒を増やした体を震わせながら立ち上がり吠えるろくろ首。見たことがない形相で少々面食らったが魔理沙にやられて尚立ち上がるとは、弱者だと自負する割にはやるじゃないか。

 立ち上がりあたし達三人を睨むがどこか違和感がある瞳、しっかりと視界に収まり睨まれてはいるがあにか違うものを見ているような、傷つき目覚めてすぐだから朦朧としているだけか?とりあえず決着しているようだし、コレ以上は意味がないと言葉をかけるがその返答も少しおかしかった。

 

「お疲れ様、退治された気分はどう?」

「まだよ、まだ終わってない」

 

「その割にはボロボロだけど‥‥それにこんなところで争うなんて、隠れんぼはやめたのかしら?」

「上から言ってくれて、人間と一緒になって私を退治しに来たというの?」

 

「?‥‥すでに退治された後でしょう?」

「大人しく暮らしていただけなのに、私が人間に何をしたと言うの?」

 

「退治した人間ならそっちよ? あたしではないわ、何を言ってるの?」

「私を見ても怖がらない、いつから人間はそんなに増長したのよ」

 

「さっきから誰に向かって話してるの? 赤蛮奇」

「煩い、力なく隠れる事しか出来ない者の気持ちなどお前にはわからない、常に笑って見下して‥‥そんな傲慢が私達の反逆を生むと知れ!」

 

 言いたい放題言い切ってあたしに殴りかかってくる飛頭蛮、凶暴になっているとはいえそれほど強力な妖怪ではないし傷も負っている。難なく捌けるが病み上がりで無茶したくはないと思い能力を行使し拳を逸らす、あたしに逸らされて空を殴り抜けるとそのまま人里へと消えていった。 

 去る背を見送り考える、いくら目覚めてすぐだといっても支離滅裂だった会話、あたしと魔理沙を混同していたのか?魔理沙と間違われるほど発育悪くはないのだが‥‥しかしどうしたもんか、会話はできたが会話にならない。いつもならもっと話のわかる手合なのだが、180度変わってしまっていて取り付く島もなさそうだ。

 

 けれどすでに退治されたのだし、外れる頭が冷えた頃にでも色々と聞けばいいか、そう思っていると里の何処かから黄色い声が聞こえる。まさかと思い振り向くと複数の赤い頭が飛び交い里の人を追い掛けていた、何をやっているんだあのバカは、異変ならそれらしく退治されて終わりだろうに、八つ当たりするにしても相手も場所も悪い。飛び交う首を見つめて止まったままの鈴仙に先に行ってどうにかするよう声をかけて、あたしは動き出そうとする魔法使いを引き止めた。

 

「なんで止めるんだ!? 人里で暴れてるんだ、あれは…」

「そこから先は言ってはダメ、聞いたらそうしないとならなくなるもの」

 

「もう手遅れだろ!実際襲わ…」

「まだ人死には出ていないみたいだし脅かされているだけ、手遅れというには早いわね。いいから実家にでも行って守りなさいな、あっちはどうにかしてあげるわ」

 

「妖怪退治は私の…」

「ルール内ならそうだけど、これはルール外。外法には外法者が当たらないと‥‥それに人に付き合わない妖怪は怖いのよ?」

 

「口じゃ勝てなさそうだからもういい!そのかわり手遅れになったらお前も退治するぜ?覚えとけよ」

 

 善処するわ、というあたしの返答を待たずに人里の大手道具屋に向かい飛び立つ黒白。実家をダシに使えば折れると踏んだが予想通りで助かった、帰らない実家へと奔るその背を追うようにあたしも走りだした、聞こえてないだろうが魔理沙に言った手前もあるし出来れば犠牲が出る前にあたしか鈴仙でどうにかしたい。

 妖怪がこの里で人を襲うのは御法度だが、妖怪同士で暴れる分にはどうにか言い逃れも出来るだろう。詭弁も詭弁だがそれをどうにかするのが化かす者だ、ならそれらしく言い逃れできるように道筋掘るくらいはしておこう。

 

 里の中央、魔理沙の守る道具屋前で鈴仙と合流し何がどうなっているのか簡潔に聞いた。怯えているかと思ったが意に反して冷静さを見せる月兎、逃げたといっても鉄火場に慣れた元軍人、それは伊達じゃあなかったらしい。

 首の数は九つ、そのうち分身らしい六つはすでに落としたそうだ、さすがは元月のエースだ、仕事が早くて妬ましい。残りの首は何処か、二つは動きまわり一つは動かず何処かで隠れていると鈴仙レーダーに引っかかった。仕留めたモノと同じ波長を持ち動き回るのが二つ、それよりも強く発せられる似た波長が一つでそっちは動かないそうだ。索敵レーダーいらずで便利な能力妬ましいわ、軽口混じりに褒めながら残る三つのうち二つを任せて本体らしい最後の一つを探すことにした。

 

 探すと言ってもアタリはついていた、この狭い人里に隠れて住まう妖怪がさらに身を隠せる場所などそうないし、縄張りから動かない相手だということも知っていた。

 鈴仙に任せた方もどうやら終わったようだ、騒がしかった背中の方が静かになっていくのが聞き取れた。本当に出来る軍人で、敵に回さなくてよかったとあの子の評価を改める。あれでもう少し威厳でもあればそれなりに見るのだが、それがないのがいいところか。

 何事もなかったとはいえないがとりあえず静かになった人里を歩き、いつか訪れた長屋へと向かう。玄関よりも先に裏口へと回り動かないよう潰しておいた、また逃げられては面倒だし今見られれば退治されそうな気がして逃げないように潰しておいた。そうして初めて来た時のように戸を叩く、返事がないので引いてみるが鍵がかけられているようで開くことはなく、ほんの少し力を込めて強引に開け放った。開けた勢いで割れた戸のガラスで手を切るが気にせず土足で中へと踏み入った。

 

「なんとかの一つ覚えって知ってるかしら?」

「力業で来るなんて天邪鬼の言った通りだな、そのくせ親しそうに話してくれて」

 

「天邪鬼ね、なるほど。これが算段か最後の詰めなのね」

「何をよくわからない事を、退治しに来たならしなさいよ‥‥抗ったって無駄だとわかったから」

 

「妖かし退治は人のお仕事、あたしは人間ではないわ」

「じゃあなに? 退治もせず見逃しもしない。それが出来る立場にありながら何しに来たのよ」

 

「そうね…貴女の嫌いな強者らしく言うならば、利用されに来てあげたって感じかしら? ついでに首の座りが良くなれば上々、お互いにね」

「正面からそんな態度されちゃ逆らう気にもならないわ」

 

 強者らしく殺気垂れ流して上から話してあげるだけで張り詰めたものを割るには十分だったようで、警戒し身構えていた姿から諦めた姿になってくれたろくろ首。

 不遜な態度に慣れておらずすぐにほころんでしまいそうだが、怯えるような目で見られるのもそれなりに心地よいものだ。これを感じられている間はその態度も保つだろうし、保っている内に話を進めよう。進めると言っても言い切るだけだが、大物らしくね。

 

「それで、この後どうするつもり?」

「生きながらえる事が出来るなら誰もいないところに逃げる、ここにはもういられないし」

 

「そう、逃げた先でやらかしたらまた逃げるの? 最後には逃げ場がなくなりそうね」

「そうならないように身を潜めてきたけど、自爆してこれじゃあ言う通りで逃げ場がなくなりそうだわ」

 

「なら最初から逃げなければいいのよ、そうするために利用されてあげる。そう言ったの」

「一方的に押し付けて何が狙い? 私にしか利点がないわ、そんな話は信用出来ない」

 

 以前に見せてくれた冷静さを取り戻した柳下のデュラハン、天邪鬼と聞いて逸らしてみれば予想通りにひっくり返されていたようだ、静かに隠れ暮らす者が返されて暴れ騒がす者へと成っていた。読みが当たり嬉しいが解せないこともある、あたしの住まいを荒らしていた時はこれほど影響力のある能力ではなかったはずだが、他者の感情をひっくり返すなど。能力としては出来るだろうがそれを成せる力は感じなかった天邪鬼、これも正邪の企み事から得た力だろうか。

 まぁいいか、その辺はおいおいわかるさ。今はこの場、冷静さを取り戻しうまい話に乗らなくなった赤蛮奇を力尽くでどうにかしよう。

 

「断れないわよ? これは強者の戯れ、弱者は享受するだけよ。イエスもノーもないわ」

「完全に上からなのね、悔しいけどそれでいいわ。そこまで開き直られたらいい返す言葉もない」

 

「さっきまでとは随分変わって、素直なのね」

「飛ばした頭がやられて正気に戻ったのよ、何かにアテられて溜まっていたモノが弾けたの。騒がせて済まなかったわ」

 

「面白い事を言うわね、やられて正気に戻るなんて。元が狂っていたみたい」

「私は人里で隠れて暮らす妖怪、浮いて歪な存在よ、言う通りに元々狂っていたのかもしれないわ。それにあんたに言ったのも本音だし、自分でもよくわからないのよ」

 

「ちょっと前にあたしも感じたわね、自分がよくわからないってやつ……あたしもまだ結論を出してないわ。良ければ一緒に考える? 同じ悩みを持つ者同士」

「高い所にいるかと思えば気軽に隣に降りてくる、どう接したらいいかわからなくて…あんた面倒くさいよ」  

 

 もはや一々指摘はしない、もうそれでいい。それはそれとして着地点を考えなければならない、あたしを何処かの胡散臭い妖怪と同一視してくれるろくろ首の処遇。見てくれる通り妖怪の賢者だったならすぐにどうするか判断できるのだろうが‥‥

 あたしはただの化狸でそんな権限持ってない、出来るのは騙して逸らして誤魔化すくらい。強者らしく飽きたとでも言って逃げてもいいが、そのせいで手遅れになり黒白に退治されるのも困る。

 頭一つで考えるよりお前も一緒に考えろと、ろくろ首に言ってみたら嫌な顔をされた、そんな顔をするくらいなら頭を増やして考えてもいいのに。

 考えなしに言いたいこと言ったのかと聞かれて、そうだと返答すると嫌な顔に呆れが混ざった、頭増やさなくとも違う感情を同時に見せるろくろ首、それが頭の妖怪らしいものに見えて面白く意地悪く笑い、内心で悩んだ。


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