東方狸囃子   作:ほりごたつ

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棟を上げる そんな話


~輝針城小話~
第九十話 下克上棟


 布団の上掛けに始まって、流しで水に浸けられた食器事毎逆さまになっている洗い桶、食器棚に並んでいる大小バラバラな湯のみと、少しずつだが逆さまにひっくり返っていく我が家。

 初めてひっくり返されてから数日が経っていて、ひっくり返された物も随分と増えた。四番目に返されたのは火鉢、冬場でもないから大量の灰こそ溜まっていなかったが、料理に使っていたために少々の灰は残っていた。

 それが朝からひっくり返されており目覚めて一番から掃除させられる羽目になった、寝ている布団や畳の目には入らず土間で返されていたのがまだ救いか。

 火鉢についで返されたのはあたしが履いているロングスカート。風もないのに完全にめくれ上がり、抑えてもひっくり返って天へと向かう裾に困った。逆さにした黒いてるてる坊主の様な姿にされて一瞬苛つきを覚えたが、あたしに向かうこのひっくり返る能力を逸らして事なきを得た。

 

 六番目にひっくり返されたのは箪笥にしまっている着物、これは正確にはひっくり返してもらったものだ。仕舞いっぱなしにしていた灰色の着物を陰干ししようと取り出した時に、綺麗に手元で裏返されてしまって思いついた事。

 他の物も手に取れば同じようにひっくり返してくれるかと期待して、同じように他の着物も取り出すと期待通りに裏返してくれた。姿を見せずに能力だけを行使する相手に見えるよう、難しいままの顔でいると全ての着物を返してもらえた。お陰様で短時間で着物が掛けられたが、感謝することはなくそのまま放っておいた。礼を言うなら顔を見て、どこの誰が家事の手伝いをしてくれたのか知らないが感謝を述べるならその方がいいと考えて何も言わずに過ごした。

 

 さて、話は変わって犯人探し。

 思いついた原因の一つは外れてしまったし、次は誰を黒幕呼ばわりしようかと一人でニヤニヤとしながら考えている。ちなみにお山の神様よりも先に疑った容疑者候補が二人ほどいてそのどちらも外れだった。

 一人目は言わずと知れた竹林のイタズラ兎、この竹林をおいてイタズラと言ったらまず浮かぶのは因幡てゐだろう。けれど聞く前から犯人ではないとわかっていた。

 てゐが犯人ならばイタズラにかかった相手を正面切ってあざ笑うはずで、今のように何かを仕掛けて姿を見せないなんて事は絶対にないと思えたからだ。聞くまでもなかったが確認したところ、アヤメにイタズラするなら行動よりも口動だとふんぞり返って言ってくれた。今までを鑑みればそうなるだろうなと笑うと、してやられているのに笑うなんて生活改善できていて何よりだと関心してくれた。

 

 続いて二人目、こっちは実際やりそうな雰囲気がありてゐよりも疑わしかったが、こいつの式が言うには主の仕掛けたものではないらしい。本人が言ってきていたら疑ってかかったのだが式が違うと言うのなら間違いはないだろう、念のため少しの追求をすると、主がイタズラするならもっと間接的にやるだろうし、湯のみは下げるだろうと言い返された、言われて深く納得できた。

 これでまた一から探し直しかと面倒臭いと態度に出すとその式、八雲藍から犯人探しのヒントをもらうことが出来た。藍が言うには『何でもひっくり返す程度の能力』を持つ小物の妖怪が幻想郷にはいるらしい。そいつは天邪鬼らしい天邪鬼だから、あたしのように見たい会いたいと強く考えていると何時まで経っても会うことは出来ないらしい、会いたいのに会えないなんて・・まるで遠く離れて暮らしている恋人のような相手だと感じられて、益々会いたい思いは募るばかりだった。

 

 藍の冷ややかな視線を浴びてから数日経った今日、いつの間にかひっくり返されるのが当たり前となったあたしの暮らし。茶の入った湯のみをひっくり返されたりしても、またかと何も考えずになった今。一時期は恋しいほどに会いたいと願ったが、今はすっかり飽いていて気にもかけなくなっていた。生まれ持った能力のおかげか思考は逸れてすぐに別の事を考えてしまうし、興味を持った物もその時に手に入らないとどうでもいいと気が逸れる。

 今回の相手もソレに習い興味を失いどうでも良くなっていた、何も考えず零れたお茶を拭き取り台拭きをすすいでいると、我が家の玄関戸が外れるくらいの強い勢いで、戸を開け放つ者がいた。

 

「おい!バカ狸! 気に入らないならもっと騒げ!」

「入るときにはお邪魔します、よ‥‥着物ありがとね、助かったわ」

 

「おま‥‥お前ぇ!」

「何?」

 

「コレほど邪魔してやっているのに何なんだよ!」

「来るのが遅いのよ、焦らしすぎだわ。貴女モテないでしょ?」

 

「な、何なんだよ! 本当に……」

「あたしが聞きたいわね、今頃何なの?」

 

 本当に来るのが遅すぎる、何事にも旬というのがあるというのにこいつは熟成させすぎてしまった。熟成させるなら腐る一歩手前の一番イイ時に来てくれないと、その頃に来てくれれば両手を上げて歓迎してあげたのだが。

 一度興味を失ったモノにもう一度気を回すのは面倒臭い、そもそも知らない相手の住まいに入るのに挨拶すらしない者だ。相手取る時間も惜しい、溢れてしまったお茶を淹れ直して再度卓につき煙管を咥えようとした。

 

 ただこの時に違和感を覚えた、左手に携えた煙管が筒先を逆にしようとカタカタと反発し始めたのだ。何も言わずに舌を出してあたしを睨む天邪鬼、前髪と合わせて見ると二枚舌に見えるその舌を見ながら、反発する煙管に能力を行使し反発力を逸らして、何事も無く煙を吸った。

 

「何でひっくり返らないんだよ!」

「さぁ、裏返るのを逸したから何も起こらないってだけじゃないかしら?」

 

「逸らすって、なんだよその出鱈目な能力! 何でもありじゃないか!」

「語弊があるわね、何でもない事になるのよ。あぁ、天邪鬼だからその言い方で正しいのかしら?」

 

「煩い! 勝手に理解しようとするな!」

「理解者が欲しいの? なら少し構ってあげるから座ったら?」

 

 卓の対面に座るように言っても聞かず腕組みして立ち尽くしたままこちらを睨む天邪鬼、聞いた通り天邪鬼らしい天邪鬼で思わずニヤニヤと笑ってしまうと何が可笑しいと五月蝿くなった。構って欲しいのか欲しくないのか天邪鬼だと知らなければわからない態度。

 仕方ないからあたしが折れて邪魔だから帰れと言ってあげると、意地の悪い可愛らしい笑みを浮かべてあたしの対面にドカッと座る。そんなに勢い良く座るとひっくり返って見えるわよと、同じスカート仲間として助言してやると少しだけ俯く天邪鬼‥‥こいつは結構面白い手合かもしれないな。

 

「で、何?」

「知りたいか?そうだろうな、散々邪魔してやったからな」

 

「言わないならいいわ。あ、座ったのだしお茶くらい出すわよ、少し待ってて」

「いらない」

 

「そう、なら淹れない。折角の二枚舌、乾いてしまっては可愛そうだと思ったんだけど」

「憐れむなよ!! 邪魔しに来たのに何でもてなすんだ!?」

 

 問いかけに返答はせずに無言で立ち上がり天邪鬼に近寄り‥‥そのまま脇を抜けて竈に向かい湯を沸かし始める、なんだか騒がしく言っている天邪鬼を完全に無視して、煙管を咥えたまま沸いた湯で茶を注ぐ。

 手にとったのは胡散臭いあいつの湯のみ、面倒な感じがなんとなく似ている気がして悩むことなく手に取れた。バレたら知らぬ相手に勝手に使ってと嫌味な笑みを浮かべたまま言われそうだが、バレなくとも胡散臭いのだから大差ないと思えた。

 注いだお茶はいつか追加で譲ってもらった柑橘類の香る紅茶、興奮し鼻息荒い天邪鬼を落ち着けるには丁度いいと考えてなんとなくそれを淹れてみた。何も言わずに卓に戻り無言のままに差し出す、すると下卑た笑いで湯のみに手を伸ばす小悪党、その笑いで次に何をするのかわかる、また掃除するのも面倒だし少しだけ注意事項を伝えておくことにした。

 

「割れば殺す、割らずに何かしても殺す。理解したなら頷いて」

 

 少しだけ本気の声で伝えると、湯のみを掴む寸前で手が止まり小さく縦に頷く天邪鬼。少しは面白いと感じさせてくれた相手だ、出来れば手荒な真似はしたくはないが大事な恩人が置いていっている物を壊すなら話は別だ。

 壊されるのが嫌ならあたしの湯のみを貸せばと思われるが、さっき注いだお茶がまだ残っているし、湯のみを洗って冷やしてしまっては移した紅茶が冷めてしまい香りが薄れてしまう・・そんな気配りから少しだけ脅した。

 

「理解したならいいわ。粗茶ですが、どうぞ?」

「‥‥マズイ茶だ、不味くて飲めたもんじゃないね」

 

「それは良かった、淹れた甲斐があったわね。それで落ち着いた所で貴女は誰かしら?」

「誰がお前なんかに教えるか、お前は黙って私に協力すればいいん‥‥」

「誰?」

「うるさい! いいから‥‥」

「名は?」

 

「……正邪よ、鬼人正邪」

 

 真正面から聞きたいことをしつこく聞いていると顔を背けてやっと教えてくれた鬼人正邪という天邪鬼、名前なんて知りたくないと言えば大見得切って教えてくれそうだったが、なんとなく真正面から聞きたくなった。

 先ほど少しだけ脅した効果が残っていたのだろうか、思ったよりも早く素直に名乗ってくれて可愛さを見せてくれる正邪。顔を背けるのは抗いたいが抗えない反抗心の現れかね、唯のイタズラ好きかと思えば力の差を弁えられる知恵はあるようだ、益々面白い。

 

「鬼人正邪ね、覚えたわ。あたしは」

「知っているからいい、囃子方アヤメ。妖怪の賢者に楯突いておきながら尚生き延び続ける化け狸」

 

「紫さんに楯突いた覚えはないし、正確には霧で煙な可愛い狸さんよ」

「自分でそう言うのかよ‥‥まぁいいあの八雲とやりあって生きているのは間違いないんだ」

 

「やりあったというよりも一方的にやられても生きてる、そう言った方が正しいわね」

「大差ないだろ、一々細かくて面倒くさいやつだな」

 

「間違った知識を持ってもらいたくないだけよ? 面倒だから面倒くさいってほうは否定しないであげるわ」

「その言い草がすでにだな、あぁ調子が狂うわ」

 

 親切にと思っていつもよりも丁寧に接してあげているつもりなのだがそれでも面倒くさいと言われてしまう、もう何をどうしたらいいのかわからないな、これは。本当に阿求に種族面倒くさいに変えてもらった方がいいだろうか?

 いやいや、そんな事を言い出したらまた嘘ついたと五月蝿くなるに決まっている。唯でさえ小煩い小娘なのに更に煩くなられてはたまったもんではない‥‥いや、意外と素直に書き換えてくれるかもしれない、そもそもその他扱いなんだから案外テキトウに思ってくれているかもしれない‥‥うん、きっとそうだろう、それならまた後で書き換えてもらうか。今代の内にもっと嘘を見つけると張り切っていたし、あれも嘘だったことにしてしまえばいい。

 いつのまにか顔に出ていた嫌味な笑い、それを見た正面に座る天邪鬼、そいつの呼び声でこっちの世界に引き戻された。

 

「おい、何を黙って企んでるんだ?」

「企み事なんてないわよ?」

 

「じゃあ今の笑みはなんだよ」

「強いて言うなら思い出し笑い?」

 

「何を思い出していた?」

「正邪と同じように口煩い可愛い小娘」

 

「な!? 馬鹿にす‥‥」

「割ったら殺す、理解したんじゃなかったの?」

 

 握りしめて卓に叩きつけられそうな湯のみを見つめ再度の注意、視線と声に負けてくれたのか静かに湯のみを戻してくれる可愛らしい天邪鬼。さっきから同じ事の繰り返しで可愛いがこのままでは話が進まない。

 あたしとしてはこのままでも構わないが、正邪としては話を進めたいだろう。イライラさせて本当に湯のみを割られ本気で殺らなけれならばなくなる前に話を進めようか。

 

「それで、正邪は何をしに来たのかしら?」

「聞きたいか、そうかそうかやっと話が聞きたくなったか」

 

「勿体ぶって、そんなに面白そうな事?期待してもいい?」

「そう焦るなよ、まだ事を大きくしたくないんだからさ」

 

「随分風呂敷を広げるわね、企画倒れにならなければいいけれど」

「フンッ……そこまで言うなら聞かせてあげるわ! 私は幻想郷をひっくり返したいのさ! 強者がのさばり弱者が嘆く今の幻想郷が気に入らないんだ! もっと弱者が生きやすい弱者の支配する幻想郷に変えたいんだ! 弱者が見捨てられない楽園を築きたいんだよ!」

 

「ひっくり返す、ね」

「そうさ、この世界をひっくり返すんだ! これは下克上! 高い所で笑っている連中、そいつら全てを引きずり下ろして世界を変える下克上だ!」

 

 ただの捻くれた小物かと思えば随分とでかい野望がある、立ち上がり拳を掲げ下克上を宣言する反逆者。個人的には正邪の気持ちもわからなくはない、初めて紫と会った時に感じた思い。

 はるか頭上からあたしを見下ろしていた大妖怪の紫を、あたしの手の届く位置にまで引きずり下ろした時に感じた思い、あれはなんとも言えない気持ちのいいモノだったが‥‥

 それでも完全に同じ思いとは言えないか、正邪は弱者の代表として立ち上がろうとしているがあたしの場合は完全に個人的な考えだ、仮に正邪も成功したとして背負うものの重さがあたしなんかとはだいぶ違うだろう。

 小さな形と小さな力で大きなモノを狙う反逆の天邪鬼、非常に面白い事を考えるが成功させる目処は立っているのかね、言うだけでは何も変えられない、それに見合う物がなければ下克上など成せないと思うが。

 

「言う事はご立派ね、そう言い切れる何かもすでに手元にあるのかしら?」

「今はまだない、が算段はついている。後は最後の詰めの段階なのさ」

 

「最後の詰めね、まぁいいわ。あたしにそれを話した理由も教えてもらえるのかしら?」

「もう言った」

 

「物事には順序があるのよ? 言うべき時に言わないと意味がないわ」

「わかってて言ってるだろ? いいさ、何度でも言ってやろう。お前は黙って私に協力すればいい、お前の周囲には力ある者が多いがお前は私達弱者の側にいようとする者だ、それなら私の気持ちもわかるだろう? どうだ、悪い誘いではないだろう?」

 

「わかる‥‥正確にはわかったかしらね」

「何を曖昧にする事があるのさ、気持ちもわかるし立場もわかるんだろう? なら迷う事なんてないはずだ」

 

 迷う?

 いいや違うな、迷ってなんかいない。

 確かに正邪の言う通りどちらかと言えば強者よりも弱者の側に立っていたいし、強者に対する反抗する心も以前は持ち合わせていた、少し前までのあたしなら迷わず正邪の誘いにノッただろう、下克上なんて面白そうな事ノらないわけがなかった‥‥が‥‥

 思い浮かぶのは恩人の顔、消えいく妖怪全てを思いこの世界を作り上げたいと、普段は見せない真剣な表情であたしに想いを語ったあの妖怪の賢者。

 

『幻想が死に、現が全てと成り果てているこの世界とはちがう新しい世界を創りたい、その楽園を見守り一緒に育てて楽しめる相手が欲しい』

 

 あの時は深く考えず、ただ面白そうという身勝手な思いで手伝ってしまった紫の真剣な願い、そして願われたのにあたしの身勝手から出た理由で断った切実な申し出。

 断った時も悲しい表情で一言分かったわと言うのみであたしの身勝手に付き合ってくれた、消えかけたら拾ってくれという無理な願いも聞き入れてくれて優しい笑みで迎えに来てくれた紫。

 そんな紫に少しでも恩を返そうと、言ってくる面倒事は文句を言いながらも全て聞き入れこなしてきた‥‥その程度で返せる恩ではないと感じているし、今後も今のままに何を言われても願いは叶えてやりたい‥‥例えこの身がどうなろうとも。

 

「楽しそうなお誘いでありがたいわ」

「そうだろう、なら同士だ。ひっくり返す者(レジスタンス)の同胞として歓迎しよう」

 

「歓迎も嬉しいけれど、ダメね‥‥申し訳ないけど断るわ」

「なぜだ? 断る理由がどこにある? お前は弱者でありたいんだろう、それなら」

「前提から間違っているのよ、弱者でありたいけれど弱者ではないのよね‥‥それに気に入らないところもあるわ」

 

「気に入らないだと?」

「紫がどんな思いでここを作ったのか知りもしないで、今の立場が気に入らないと我儘言うだけの小娘。自身の力のみではどうにも出来ないと理解出来る頭がありながら、利用することしか考えていない」

 

「何をわかったような‥‥」

「そうね、わからないわ。はなっから気に入らないと決めつけて他者を理解しようとしない天邪鬼、理解者が欲しいのなら己も他者を理解しようとするべきよ?」

 

「もういい! 黙れ! 少しは期待した私が愚かだった、お前の言い分はそれを成せるだけの力を持った者の言い分だ! やはりもお前もそっち側か! それなら弱者であろうとするな! 力ある者が弱者の振りして愛想振りまいて! お前こそ弱者の気持ちなんて何もわかってないだろう!」

 

 弱者の気持ちか、大昔はわかったろうが今になってしまえば最早思い出せない気持ちだな。

 正邪の言う通り力なき者達から見れば鼻につくのだろう、力はあるくせにそれを表に出さずさも矮小な者ですよと言い回る姿。ひどければ馬鹿にされていると取られて怒りを買うかもしれないな、つい最近も神様に言われたし案外正邪の言う方が正しいのかもしれない。

 

 けれどそんな事はどうでもいい、あたしがあたしのしたいようにして何が悪いのか。文句があるならそれこそ言ってくればいいのだ。物言いに対して力を振りかざすほど愚かでも若くもない、年経た狡猾な狸なのだ。力よりも口や頭で勝負してきたしこれからもそうしていくつもり、気に入らないなら言い負かして欲しい‥‥正邪にそれが出来るかはわからないが、今のままの考え方ではムリだろうな。勝ち目がなければ逃げるだけだ、まるで昔の自分を見ているようで‥‥少しイラつく。

 

「正邪、そもそも強弱がどうだいうのがあたしにはどうでもいいのよ? 最後に一つ言っておくと一番気に入らないのは同胞と呼びながら黙って協力しろという部分。あたしにお喋りするななんて、死ねと言われるのと同義だわ」

「最後ね、八雲に私を差し出すか。反逆を企む小物の天邪鬼だとでも言って差し出して、その尻尾を振って見せろよ。首が飛んだら揺れる尻尾に噛み付いてやるから」

 

 交渉決裂してから一気に天邪鬼に戻るなこいつ、他人を煽る術も心得ていて質が悪い。はたして何人がこいつの口車に乗せられ利用されるのか、まぁどうでもいいか‥‥自分で判断して乗っかるのだろうしどうなろうが自業自得だ。

 それで、どうしたもんかね。気持ちのよい煽り方をしてくれたこの天邪鬼の処遇、あたしを強者扱いしてくれるくらいだ、感じる通り力はそれほどないのだろう。言う通りに差し出せば多少の恩を返せるが‥‥やめておこう。

 ここの大家が自分で言ったんだ。

 

『幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ。』なんて。

 

 それならこいつも受け入れられるべき妖怪だろう、あとは受け入れてもらう側の考え次第。

 痛い目に会えば気がつくかもしれない、それは一度消えかけたあたしのように結構な痛みかもしれないが、ひねくれ者はそれくらいの思いをしないと理解しない。それに正邪が何をしても幻想郷は揺るがない、あの巫女がいる限り‥‥正邪が何をしでかすか聞き出すことは出来なかったが妖怪の起こす事、すなわち異変だ。異変なら人間が解決するのが幻想郷の常であり必然だ、それならこの場であたしが手を出さずとも勝手に解決されるだろう。

 それに一度興味を失ったはずなのに再度興味を惹いてくれた者だ、ただ殺したり差し出しては面白くない。出来れば面白可笑しい物を見せてほしい、狸相手に風呂敷広げて期待させてくれたのだから最後まで裏切らないでほしいものだ。

 

「帰っていいわよ、湯のみを割ることもなかったし。正邪は約束を守ったのだからあたしも守るわ」

「見逃すだと!? 何様のつもりだ? 散々人の事馬鹿にしやがった癖に、ちょっと突かれたくらいで甘い顔見せやがって、さぞかし満足だろうな!」

 

「何様かと問われたし敢えて言ったげるわ。霧の怪異、惑わす煙と呼ばれて人の世を乱れさせ真正面から鬼に勝った化け狸、正邪の言う通り強者の側にいながら弱者の振りする狡猾な狸よ」

「今度は開き直りやがったか、結局そんなもんなんだ!力振りかざして言いたい事言ってくれてよぉ! 理解する振りして……誰も彼も皆そうだ! 私の味方などいない!」

 

「そうとしか見ないならそう接してあげるわ矮小な天邪鬼、死ぬ気がないなら消えなさい。あたしは悪魔じゃない、妖怪だから約束はすぐに破るわよ?」

「そうやってせいぜい高い所から見下してればいい! 後々後悔しても遅いと思い知らせてやる! 八雲にも言っておけ、私は正邪! 鬼人正邪だ! 逆襲のあまのじゃくを舐めるな!」

 

 入ってきた時以上に力強く戸を開けてくれて勢い良く外していく天邪鬼、倒れる戸を構うことなく夜の竹林へと消えていった。一瞬で消えた背中を少し見送り戸を直すと、何事もなかったように静寂に包まれたいつもの我が家。

 飲みきられて空になった湯のみ二つを手に取り流しで洗い再度湯を沸かす、一人分にしては多めの湯量。何時から見ていたのか何を聞いていたのかわからないが多分いるだろう恩人の分の湯も沸かす。居なきゃ居ないで構わないが居たら居たで私の分と言ってくるのが目に見えているから、そのつもりで湯を沸かしお茶を淹れて卓に座る。煙管に詰めた火種を一度紅くさせると案の定現れた。

 

「逃しちゃった、ごめんなさいね紫さん」

「何を謝るのかしら? 捕まえる気もなかったくせに」

 

「共犯であたしもアウト? それならいつでもあげるわ、出来れば紫さん自身の手だと嬉しいわね」

「何の事? まだ何も起きてないわよ、普段静かなアヤメのお家が少し煩いから顔を出してみただけ」

 

「そう、じゃあ忘れて頂戴。出来れば考えていた事も一緒に忘れてくれるかしら?」

「それこそ何の事かわからないわね」

 

「お優しい大家さんでありがたいわ‥‥紫さん、今なら式になってもいいわよ?」

「藍で間に合っています、それに自身がどうなってもいいなんて考える浅はかな狸はいらないわ」

 

 浅はかな狸なんて言われてフラれてしまっては何も言い返せない、何のことかわからないなんて言ったくせにしっかりと覗いていて、心情をわかった上で断られてしまった。

 それでも気にしない、あれはあたしの思いで誓いだ、曲げない覚悟があるのは手強いと神様にも太鼓判を押されたし、返しきれたと満足するまではこの誓いは曲げない、もしも曲がる時は終わる時。それくらいの気持ちでいればまだまだこの世に憚れるだろう、濃い目に入れたはずのお茶が何故か甘く感じるがそれは気にせず湯のみを空けた。




正邪可愛いですよね、ゲスロリなんて言われてますが。


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