東方狸囃子   作:ほりごたつ

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幕間 流れる星に願うのは

 あいも変わらず静かな店内、何時来ても客などおらず聞こえるのはあたしの足音と店主が何かをいじるカチャカチャという小さな機械音。極稀に売り物の上に座り本を読む見知らぬ妖怪もいるが今日はいないようだ、いればもう少し騒がしい。

 やることもなく久々にと思って来てみたが暇つぶしに選ぶ先ではなかったと今更ながらに考えている、退屈を埋めたいと考えていたのに退屈しかない店に来ても埋める物がない。あるのはよくわからないガラクタと非売品くらいか。中には結構な代物もあるんだとこの男は言うが、名前と用途しかわからないのにどんな判断基準で結構な代物だと判断しているのか気になるところだ。

 

 特に何かを見るでもなく、コツコツと厚手の木の板で貼られた床を足音を立ててウロウロしていると、煩いから帰ってくれと姿勢を変えない男の置物に言われてしまった。このまま放っておいてくれたなら飽きて帰ったかもしれないが、帰れと言われると帰りたくなくなるのは何故だろう、天邪鬼でもないくせに。

 言葉を無視してガラクタ商品の置かれた棚に目をやる、最初に目についたのは黄ばんだ軽い素材で囲われて一片にガラス板が貼られた箱のような物。持ち上げてみると意外と奥行きがありそれなりの重さのあるコレ、ガラスと言っても中が透けて見えるわけでもなく水槽やその類ではないとわかった。白い部分を軽く指で叩いてみると乾いたコンコンという音が返ってきた、音からして中身は空洞らしい、一片はガラスが貼ってあるし空洞になっているようだし何かの観賞用の入れ物なのかと考えたが、途中で考えるのをやめた、聞けば早い。

 カチャカチャと手元しか見ていない店主にコレはなにかと問うてみると、いつも見せる無愛想な顔のまま簡単な説明をしてくれた。

 

「森近さん、これはなぁに?」

「ん、それは『CRTディスプレイ』と言って電気信号を映し出す為の画面だね」

 

「電気信号? 電気そのモノではないの?」

「電気を変換してそれを信号にするんだ、そしてその信号で画面に絵として映し出すのさ。残念ながらその『CRTディスプレイ』だけでは絵は写らないんだけどね」

 

「他に必要な物があるって事ね」

「ああ『コンピューター』という機械と繋がないと何も写らないんだ、電気信号はその『コンピューター』から送られるものだからね」

 

「コレだけじゃただの汚い置物ってわけ、相変わらず不便な物ね。外の機械って」

「揃えば便利な物のようだよ、式神が込められていて難しい計算や調べ物に重宝するらしい。使ったことはないからどれくらい便利なのかわからないけどね」

 

 式神ね、そう言ってまたコンコンと指で叩く。中が空洞なのは込められた式神の住居スペースにでもなっているのかもしれない、この小さな箱の中で忙しなく動き計算や調べ物に勤しむ式神を想像する。思い浮かぶのはあの尻尾の多い式、コレに入るサイズの小さな九尾が箱の中を縦横無尽に走り回り主の命をこなしている姿を妄想する、大きくても小さくてもやることは変わらないなと可笑しくてフフと小さく笑ってしまう。

 

「そう叩かないでくれないかな、非売品だが壊れては困る」

「ごめんなさい、でもこれだけで動かないんじゃ壊れているのと変わらないんじゃないの?」

 

「それに繋げられる物が見つかるかもしれない、そうなった時に壊れていたら恨むよ」

「男の恨みも怖いのかしら、味わってみるのも一興だけど森近さんじゃ淡白そうね」

 

「君を恨んでも晴れそうにない、無駄な事などしたくないからもう触らないでくれよ?」

 

 はいはいと軽く手を振りディスプレイから手を離す、離すと同時に話す事がなくなりまた静かな店内に戻ってしまう。ノリが悪いこの男が饒舌になるのは商品説明をする時くらいのものだが、饒舌になるための商品がこの店は少ない。

 特別話したい事もないから気にしていないが、こうも相手にされないのは女として廃る気がして何かないかと次を探す。周囲を軽く見回すと店主の座るカウンターの棚の中に置かれている物に目がいく。近寄り手に取ろうとしたが、視線だけで触れるなと窘められた為触れずに近くで見るだけにした。少し踵を浮かせて膝を折り両手で抱えるような姿勢になり、棚に置かれたソレをマジマジと眺める、中心に小さな球が配置されそれを輪が取り囲む形のソレ。

 あたしの知る物とは少し形が違ったが造り自体は一緒のようで聞かなくてもコレが何かはわかった、渾天儀という夜空に浮かぶお星様の位置測定に用いられる器械。

 それぞれの輪っかが古代中国の万有を示す六合やお日様・お月様・お星様を示す三辰を表していて、この輪っかを回して夜空の天体の位置を測定したり動きを観たりするんだったか。使ったことはないが陰陽師の偉いさんが使っているとの話を聞いたことがあった。

 

「森近さんに夜空を見上げる趣味があるとは思わなかったわ、以外と浪漫とかもわかるのね」

「渾天儀を知っているとは、君こそ以外と乙女だったんだな」

 

「千年単位で少女しているもの、ロマンチックな星空も好きよ」

「言葉に矛盾を感じるが妖怪の君に言っても仕方のない事か、良ければ今晩観測した結果を見ていくといい」

 

「嬉しいお誘いだけど、夜のお誘いなんてどうしたの? どこか悪くした?」

「残念ながらそういった誘いじゃないよ、今晩辺りが丁度流星雨の時期と重なってね、魔理沙や霊夢と毎年眺めているんだ」

 

「夜の誘いで他の娘の名前も出るなんて、淡白というのは訂正すべき?」

「人の話は聞くようにと誰かに教わらなかったかい?」

 

 残念ながら教わったことはない、生きる上で覚えはしたが四足の獣、それも妖怪化け狸に物を教えてくれる相手なんてほとんどいなかった。同族で年上の姐さんくらいか、色々と教え導いてくれたのは。それでも基本的には一人でどうにかしてきたしどうにかせざるを得なかった、外の世界では今のように毎日毎日誰かしらと楽しく話すなんてなかったように思える、最初は来たくて入った世界ではなかったが‥‥今は幻想郷に来られてよかったと素直に紫に感謝している。

 

「聞いてるわよ、それで何か準備したりするのかしら? 手ぶらで参加するのも、ね?」

「特に何もないがそうだね、そう思うなら任せるから何か用意してもらえるかい? 偶にはまともな物を食べている姿を見せないと魔理沙が煩い」

 

「他の女を出汁にして手料理を求めるなんて、伊達男にもなれるんじゃない。少し見直したしいいわ、あたしは胃袋を掴みましょ」

「食材なんてないから買い物から頼むよ、その辺りに魔理沙の置いていった籠があるはずだ」

 

 その辺りと目配せされた先には店にもこの男にもそぐわらない可愛らしい買い物籠、いつもは茸しか入ることのない星の描かれた布の蓋が付いたバスケット。言う事も魔理沙なら使わせる物も魔理沙の物か、まぁ仕方ないか。

 手元に落とす優しい視線が見つめているのも魔理沙の愛用している八卦炉だ、修理か手直し辺りで預かっているのだろうがあたしがいる間にその作業が止まることはなかった。どんな気持ちで作業しているのか知らないが、今晩来るあの黒白に渡したくて作業を急ぐのだろう。

 黒白の方は真っ直ぐな好意を見せる事があるが、不器用なこの男はこうやって気持ちを表しているのかね。乙女心がわからない鈍い伊達男相手ではあの子も苦労しそうだが、何かを言っては野暮だろうし気にしない体で言われた通り買い物へと出るとしますか。

 空の籠を見ながら考える、機微に疎い朴念仁に食わせるなら何がいいか?

 ウドでもあればいい皮肉になるが季節ではないから出回っていないだろう‥‥ウドがないなら人参辺りでいいか、馬にでも蹴られれば少しは気がついたりするかもしれない。




CRTディスプレイや5インチフロッピーディスクなんて見たことない世代もいるんだろうなぁ。



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