東方狸囃子   作:ほりごたつ

90 / 218
恨みは強く、誤解は解きにくく そんな話


~日常~
第八十五話 狸を襲わば穴三つ


 庫裏(こり)に上がってお茶でもと誘いを受けたが丁重に断り妖怪寺を後にした、預かった大事な面は無事に送り届けたし、これから旅の土産話を聞きながらのお茶になるはず。それに混ざるのも悪くないと思ったが、座りの悪さを感じていたため遠慮をする形となった。水蜜から身内と呼ばれて素直に嬉しいしそのつもりで聖に文句を言ったが、あたしとしては未だ身内の輪の中に入ったとは思えなくて、帰ってきたというよりもお邪魔している感覚のほうが強い。

 外の世界で一度は混ざって般若湯を飲んだこの寺の輪。その輪に入ることは容易だろうが輪に溶け込む事はあたしには出来ないと考えて、連れ歩いた妹面の土産話を聞いて上げてと言って寺を後にした。アヤメも一緒に、なんてこころにまで引き止められたが、褒められすぎて調子に乗りまた南無三されてはたまらないと笑って言うと、あらあらなんて住職に笑われた。見送りの最後、いつでも戻ってきていいと言ってくれる聖、楽しかったからまた連れていってほしいと言ってくるこころ、それぞれにまたねと返答し自宅へと戻った。

 

 自宅に戻り荷解きや整理をして軽く寝た、疲れてはいないが一人静かな時間というのはやはり心地よく、騒がしかった案内道中を思い出しながら静かな部屋で眠りについた。

 目覚めるとすっかり日は落ちていて、少しの昼寝のつもりが結構な時間が経ってしまったようだ。ちょっとのつもりががっつりと、誰しも感じたことがあるはず、こんなつもりじゃなかったのにと。

 案内の出立の時にもその気なく水蜜を怒らせて、戻ってきた時もそんなつもりではなかったと水蜜に言ったなと考える。思えばヤマメにも言われたしパルスィにも似たような事を言われた‥‥持ち味ね、本当にこれも持ち味にしてしまおうか?

 いや、やめておこう。こんなのを持ってしまったら自分自身が面倒に感じて嫌になる。他者に面倒を押し付けるのは楽しいがあたしに振りかかるようなのは勘弁願いたい‥‥友人達から言われた事を気にするようになり深く考えてしまう事が増えた、パルスィに窘めてもらった部分だがこれは性分の延長だ、中々正せる物ではない。

 

 けれど友人達のおかげで今そうなっていると客観的に見られるようにはなった、これもあたしの変化であの兎の言うしっぺ返しの一つかね。厄介な言葉を残してくれた兎を小さく恨み、静かな部屋で煙管を燻らせた。

 普段から静かで葉が揺れる音くらいしかしない真夜中の迷いの竹林。勿論あたしや今泉くん等、ここに住まう者達の生活音などはするがそれは音がして当たり前、生活音を気にしながら生きる者などいないためそこは言及出来ないだろう。今の時刻は針が天辺から三回から四回くらい回った頃だろうか、我が家に時計はないが見上げる夜空に輝くお星様の位置からざっくりとした時間ならわかる。

 

 最近は夜遊びする事も減ってしまってこの位の時間には帰宅し床についている事が多いが、今日は寝起でまたすぐに横になる気にはならず、何も考えていない頭を小さく掻きながら呼ばれている住まいの外へと歩み出たところ。

 帰宅途中に立ち寄った夜雀屋台で腹も満たしてきているし、これといってやることもないから構わないのだが・・お呼びでない急な来客、誰が来たのかと聞き耳を立てると、毎日聞いている風に揺れて葉が鳴る音が消えてしまう。

 あたしの生きる音しかしない本当に静かな夜が訪れた。

 

 ここしばらくはなかった懐かしい来客のおかげで心地よい竹の調べが消えてしまう、誰かは知らないが忘れかけた頃に来るなんて、それに来るなら自然に紛れないとバレてしまうだろうに。

 念入りに準備をし過ぎて不自然さを纏う者達、久しく相手をしていないがやり口は変わらないのだなと、昔来ていた者達を思い出して笑ってしまった。

 

 灯りも音も消された我が家周辺。結界術か捕縛術か詳しいところは知らないが、この術のおかげで住まいの周囲は清められた空気に満たされ浄化された地と変じてしまい、あたし好みの淀んだ雰囲気は影を潜めてしまった。

 こうなると相手をしてあげるか追い返すか‥‥動かなくなるようにしてあげるかしないと元の暮らしは戻ってこない。今までの輩は勝手に諦めて帰ってくれたりはしなかったなと、よく来ていた頃を懐かしんだ。

 あたしとしては寝起の運動にもならないと感じていて、ささっと済ませてなにか他の事でもと考えているのだが、襲ってくるような動きはなかった。受け慣れた今まで通りの手口ならしばらくはこのままで動きはないだろう。

 苛立ちや焦りを覚えさせようと空気だけを変えて待つやり口、あたし達人外とは違ってそれほど長く生きられないくせに、待つというやり口で向かってくる闇夜に生きる人の者達。悪くない皮肉だと思うがこれが長引くとさすがに面倒だ。かといってわざわざ出向いて行って術中にハマるのもどうかと思えるし‥‥こういう場合はあれだ、持って生まれた能力をフル活用してどうにかするのが手っ取り早く間違いがない。

 つまらない小細工で我が家の周辺に施した術式、その術の効果を我が家以外の方向へと逸して今晩は追いかけっこや隠れんぼに興じる事にしよう。

 

 襲ってくるのだから襲われても仕方がない、それくらいの覚悟は持っている輩。暇つぶし代わりになると思い少しだけ楽しくなった、このまま退治されたり封印されたりしないのかって?大丈夫。

 術自体は何の問題もなく逸らせる、あたしを封印したいのなら紫の式術以上を持ってきてもらわないと封じられてあげられない。それにこういった手合は臆病な雇われ者で、力業で来る者達ではない事も今までの経験からわかっている。

 対妖怪の御用改とでも言えばわかりやすいか、俗にいう退治屋さんや払い屋さんと呼ばれる者達の中で戦闘よりも封や清めに特化した奴ら。攻め手より受け手に長けた者達でなんとなく自分に似た手を使う者達。

 彼らを差し向けた相手が誰なのか、特に敵対しているような個人は思い浮かばないが想像はつく。あたしを快く思っていない人里の者の誰かだろう、攫われた事に恨みを持ちそれを代替わりしても持ったままの者達だ。

 いくら危害を加えない妖怪だと言っても人間達からすれば捕食者で、攫われ知らない所で生活せざるを得なくなった原因のあたし。怨敵には違いない、恨まれて当然だと思う・・だからといってその者達に対して憎さや疎ましさを持つことはないが。

 妖怪だもの、憎まれ疎まれてなんぼだ。むしろこうして襲ったりしてくれたほうが冥利に尽きるというものだ。それにしても臆病な退治屋さん達だ、身構えて住まいに篭っているわけでもなく、只々煙管を燻らせているだけだというのに誰一人として襲ってこない。

 

 

 まあ致し方無いか、今までも散々襲われては丁重に追い返してきているんだ、慎重に動かざるを得なくなってしまったのだろう。今晩我が家を訪れているお客さんには攻撃的な退治屋さんが混ざっている気配はない。

 仕留められないなら封じよう、そんなところだろうきっと。それなりの術式を行使し本気で封じてくるのならそれなりに抵抗してみせるが‥‥今晩のこれでは拍子抜けしてしまう。

 大型犬を閉じ込めるのに固定具のない簡易の檻で囲ったようなモノ、少し動けば檻毎動けるような粗末な封印の術式だ。あの規格外の麓の巫女や胡散臭い境界の妖怪と比べるなどおこがましいが、せめてもう少しマシな術式の組める者を寄越してくれればちょっとは楽しめたというのに。

 興味もなくなったしもういいか、隠れ鬼の鬼役として隠れる者を見つけに出向くとしよう。考えてみればすでに術中の中なのだ、いまさらハマる術もない。出来れば楽しい夜にしたい、それなりの抵抗に期待してゆるゆると追いかけ始めた。

 この竹林に似つかわしくない清らかな気を纏う者、数は十人くらい? 清められた空気の中では鼻が聞かず匂いを辿りきれない、それでも虱潰しで当たればさほど時間も掛からずに終わるだろう、そう考えている内には終わってしまっていた。

 

 寝起の姿で家から出てきてから寝間着のままだが、それで良かったと終わった後の姿を見て思う、返り血を浴びて真っ赤な体。折角買ってもらった新しい服を汚さずに済んで良かったと、静かな空間の中で歪んだ笑みを浮かべた。

 唇に飛んだ血を舐めてそのまま紅く染まる腕も舐め取る、不意に目についた飛び散ったナカミをほんの少し拾い上げ頬張りながら考える、旨くもないコレらをどうしようかなと。なるべく纏まるように追いかけたからか二人三人で出来た山は三つほど、少し悩んで思いつく。イタズラ兎のイタズラ跡地に埋めればいいと、掘った穴の再利用をしてどうにか片付けることが出来た。

 

 後はこの術式を切れば終わり、術者が動かないモノになっても効果を残す封印の式。思っていたよりも強い術式だったのかと感心したが、それでも大した影響はなく、祈りを捧げ力を捧げなければ解けないような小難しいモノだと感じられない。

 定められた結界の範囲を超えるだけで強引に解く事が出来るだろう、焦ることはない。ゆっくりと朝餉でも食しながら今日は何処へ出かけるか考えて、その歩みついでに切ればいい。

 

~少女移動中~

 

 結局あたしが出向いた先は先日と同じ人の里、かの者達を差し向けてきた里の誰かに元気な姿を見せてあげようと思ったからだ。誰かは知らないがいつも通りにいる姿を見せれば釣れるかと考えての来訪、けれど何も釣れずボウズとなった。

 寺では断ったのに別のところでボウズになるなんて、マミ姐さんやぬえ辺りに知られたら気持ちよく笑ってもらえそうだとおもった。

 そういえば、封印の術式は読み通りあっさりと破れた、踏み出せば切れると思っていたが反発されてしまって少し驚いたが。仕方がないと術の流れを逸らして術を掻き消した、ただ封じるという単純な形だった分強く掛けられたのかもしれない。

 

 つまらない小細工なんて昨晩は感じたが、能力を使わされるくらいに研鑽されたモノになっていた術式。しばらく訪れない間にまた力を付けたのかと感心させられた、本格的に襲われたら手荒い歓迎をしなければならない日が来るかも。

 それは面倒で出来ればそうならないといいな、なんてぼんやりと考えながら贔屓先でお茶を啜っていると、見知った顔が近寄ってきて例の如くいつもの世話焼きが始まりそうな雰囲気になっている。

 ありがたい事だが始まると長い、ここはあたしから先に話を振ってみてどうにか興味を失ってもらおう。

 

「先生が昼間、それも午前中からどうしたの? 寺子屋はいいのかしら?」

「いいんだ、たまには私も休みたい。それより何事もないんだな」

 

「何かないといけない? 相変わらずよ?」

 

 それならばいい、それだけ言って口を噤んでしまった人里の守護者殿。里の警備も任されていて誰からも信頼されている人だ、里の事なら大体わかるのだろう。

 今回差し向けてきた者達の雇用主だとは思わないが、何かを言いたいから寺子屋を休みにしたなんて嘘をつき、あたしの姿を探していたんだろう。

 あの程度ならどうということはないとわかっているはずだし、あたしの性格からすればその日の内に里へ来ると踏んでこの店近くを張っていた・・そんなところか。

 

「言われなくともわかるだろうに、本当に貴女は‥‥」

「よく言われるけどあたしは覚りじゃないって言い返してるわ、言葉にしてもらわないと何の事やら」

 

「……昨晩の者達、どのような?」 

「愛らしい狸を捕りに来た狩人見習いさんね、でも罠もなく檻も固定されてない。さすがに掛かってあげられないわね」

 

 心配でもしてくれていたのか最初はこちらの様子を伺う表情だったのだが、あたしの返答を聞いていつもの仏頂面へと戻っていく。これは話を持っていく方向を間違えてしまったか、心配してくれた優しい友人から世話焼き先生へとその顔を変えていってしまった。

 

「住処を荒らされるなんて自業自得だな、いつまでも誤解させたままだからそうなるんだ。わかっているだろう?」

「特に困っていないと言った気がするんだけど? 今もこうして健在よ? 元気なすが‥‥」

 

 両手のひらを先生に見せながらいつかのようにおどけて見せる、いつものお小言ならここで溜息を吐き捨てて立ち去ってくれるのだが、今日は腕組みしたままズズイとにじり寄り・・

 腰掛けるあたしの頭に勢いを付けた堅い物が上方向から落ちる。頭の天辺から足先まで衝撃が奔った、衝撃で体が沈み動けなくなる。会話の最中にもらったからか口内を少しだけ噛み血の味がする、昨晩味わったモノよりもマズイ味。

 

 鉄っぽい味が昨晩のことを思い出させてくれる。頭には痛み、視界にはお星様が広がっていて石頭の顔はよく見えないが、昨晩久方ぶりに味わって思わず出た歪んだ笑みをこの先生に見られていたらどうなっていたのだろう・・

 想像するに容易い景色、見たくない景色が浮かんでしまって・・痛みとソレを払うように頭を振って紛らわせた。

 

「‥‥お星様が見えるわ……」

「そうか、だがまだ昼だ。それにお前は私の教え子じゃない、先生と呼ばせるワケにはいかない」

 

 衝撃から俯くような形になったため、そのままの姿勢で本気で愚痴る。ど真ん中、丁度頭の天辺へと叩きつけられた守護者の頭。所謂頭突き。

 先日南無三された位置とほとんど同じ場所に頭突きをもらい、痛みに耐え兼ねて腰掛けたまま両足で地団駄を踏む。耳を畳み頭を擦るあたしを腕組みしたまま見下ろす人里の守護者殿。これはきっとこのままお説教の流れだろう、同じように寺子屋の子供が叱られている風景をもう何度も見てきた。

 寺子屋の子供と同列に見られるにはあたしは少々育ちすぎだと思えるが、この場では子供並に体を小さくして痛む頭をさすっていた。縮めた体そのままで下から見上げて怖い教師に問いかける。

 

「するならすると言ってくれても‥‥今まで何も言ってこなかったのに、いきなりどうしたの?」

「今までは襲われても何事もないし、すぐ逃げるから放っておいたが‥‥そろそろいいんじゃないか? アヤメ」

 

「久しぶりね、いつ以来? 名前で呼ぶなんて」

「要らぬ誤解が広がる前、人の血を浴び肉を食らうなんて記事を真に受ける前だ」 

 

「それもあながち間違いではなくなってしまったのよね」

「匂いでわかる……里の外、それに今回も襲われた側だ、だから今は何も言わない」

 

「白沢って目以外に鼻も多かったかしら?」

「体は洗ったようだが腹から臭うモノもある、明日の晩は満月だ。今の私は人よりもアヤメ達に近くなっているんだ、その手の匂いには敏感になる」

 

 ほんの少しかけらを口にしただけ、腹は満ちていたし食欲からというより興味からほんの少しだけ口にしたモノ。それでも匂いでわかるのか、叡智を司る神獣様とは凄いものだ。

 口では何も言わないと言ってくれるが顔は怖い、それもそうか人喰いが目の前にいるのだから。人の守護者としては見知った相手でも警戒せざるを得ないのだろう。

 敵意とまではいかないが嫌悪感を見せる相手に何を言ったらいいか、悩んでいると先に言葉を吐かれた。

 

「臭うと言っても微かなものだ、好んで喰ったというものではないとわかる……わかるが」

「言わなくてもいいわよ、軽率だったわ。里に慧音がいるのは当然でバレればそんな顔をされるとわかっていたけれど‥‥すっかり持ち味になったみたいね」

 

「何の話だ?」

「こっちの話、気にしないでいいわ。それよりどうする? 追い出す? それとも退治?」

 

「退治は済ませた……それにさっきも言ったが里の外での事なら私が言う事ではないし奴らは自業自得だ、自ら命を捨てる者達の面倒までは見きれないよ。ただそうだな、前のように慧音と呼んでくれるなら‥‥それらしくしてくれると嬉しいな」

 

 自身の頭を指さしながら真剣な表情であたしに言葉を伝える慧音、頭突き一発で済ませていい事でもないと思うが人の側に立っている慧音が言うのだ、それならあたしが言い返すことではない。

 退治された余韻の残る頭をさすり、言われた言葉に対してどうするべきか悩む。そうしてくれるなら・・あらぬ誤解を解いてくれれば、か。

 恐れ疎まれ箔が付くなんて言って放っておいたが正直どうでもいい事でもある、ここまで引っ張った事自体がおかしい些細な誤解。けれどそれなりに時が経ってしまっていて撤回するにしても面倒だ、何をしたら旨く弁解出来るやら。

 誤解を生んで広めてくれたあの煩い天狗に訂正記事を頼んでみるか、ネタの提供をしておけば今後何かで使えるかもしれない。

 

「じゃあ訂正記事を書いてもらう? 血に怯える可愛い狸さんだったとでも書いてもらうわ。それでいい?」

「いや、妖怪の噂を妖怪が広めても疑いを晴らすには苦しい‥‥そうだな、阿求に書いてもらえ。聞けば断り続けているみたいじゃないか、人も時も丁度いいな」

 

「阿求ってことはあの妖怪図鑑? アレに書かれても読む人なんていないじゃない」

「書かれたという事が大事なところなんだ、力のない阿求と言葉を交わし書に残す。そんな形を見せるだけでも十分」

 

「誤解を解くのに繋がるとは思えないんだけど?」

「コレ自体には誤解を解く力はない。ただアヤメの人となりを知れる物があって、そこから相手取るとどうなるかわかれば‥‥結果人死にも減るはずだ」

 

 言わんとしていることはわかるが随分とあたし達寄りの物言いだ、普段であればもっと人に近い言い草でそれが堅苦しさに見えるのだが、今日は話のわかる気安さが感じられる。

 全て話さずともわかる聡い相手、なんとなくあの尻尾の多い狐様に近い物言い。合理的で無駄がない人外の考え方、満月が近く白沢らしさが強いと言っていたがこの辺りもそうなのだろうか。

 叡智を司るとはいっても所詮獣か、あたし達となんら変わらないように見える……いや、無理をしてあたしに合わせてくれているだけかね、半人半獣だが元々は人間だった。

 なら今の考え方は人には厳しい考え方で人の理に背く思考だ、これほど譲歩されたのに棒に振っては角が立つ。角を立ててから再度頭突きされてはたまったものではないし、ここは素直に話に乗ろう。

 

「それで慧音が満足するならそれでいいわ、話を通しておいて貰えるかしら?」

「ああ、それには及ばない。既に伝えてある、というよりも以前ならそこも見越して断られたりしたものだが、鈍くなったか?」 

 

「考え過ぎは良くないと思い知ったのよ、けれどさして変わらないわよ? 誰かさんのように月一で変わってちゃ忙しいし」

「口ぶりは変わらずか、なんなら歴史の改ざんを手伝わせてもいいぞ?」

 

「それならこの話も無かった事にするわよ?慧音?」

「減らない口をなきモノにしてもいいんだが?アヤメ?」

 

 それは勘弁と言い逃げするように立ち上がる、店主の爺さんに勘定を払うつもりで財布を探すがスカートのポケットには入っていない。

 そうだった、まだ着慣れていない格好だったな。荷解きして着物の袖に突っ込んでそのままだと思い出した、仕方がないから今日はツケでいいかと頼むと珍しくダメだと断られる。

 久々に二人で茶でもしていけと座っていた席に戻されて、慧音の隣に座らせられる。逃げるのではなかったのかと問いかけられ、正直に財布を忘れたから奢ってと両手を合わせてお願いしてみた。他の誰かにお願いする場合は科を作るなり色香を振り向くなりするが、慧音にはそうはしなかった。炭焼き上手なあの人間にヤキモチを焼かれるのは勘弁願いたいからだ。

 

 焼き物上手のヤキモチなんてどれほど熱いかわからない、そんな事を考えていると慧音にその笑みをやめてくれと失礼な事を言われてしまった、教師らしく包むような笑顔でいるのに口ぶりは辛辣である。

 手で隠すことなく慧音に見せた笑い顔、胡散臭いものではないはずだがどんな笑みに見えたのか、気にはなるが詳しく聞くのはやめておいた、まだまだ日の高い時間でお星様を眺めるには早い。どうせ眺めるなら久々に席を同じくして笑う、世話焼きな友人の笑顔のほうがいい。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。