東方狸囃子   作:ほりごたつ

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内弁慶、少し違うな そんな話


第八十四話 力も方便

 一度戻れば慣れたモノで、特に意識したり強く思わなくとも人と狸と好きに変われるようになった、お燐のように好きな風に形をとれるようになったと思ってもらえればいいだろう。

 数度目の眠りに落ちたあの後は地霊殿の主が先に起き出して、眠ったままのあたしを用意してくれた部屋へと戻してくれたようだ。冷えたベッドに寝かされて体温を少し奪われた辺りで目覚めた。

 

 昨晩脱衣場で脱いだまま回収せずにいた着衣も洗われて畳まれていた、上はともかく下はさすがに恥ずかしかったが全身丸っと洗われた後だ、今更恥ずかしがったところで大して意味はないものだと思い直した。

 お空の熱でも利用しているのか、すっかりと乾いているそれに着替えようとしたが、そこで自分の姿の違和感に気が付いた。床に降りると視点が低く視界には黒い鼻先が見える、そこから視線を足元に移すと可愛い前足が見えた。

 いつまでも四足でいても仕方がないと思い、見慣れた人の姿を成してから大きく寝起の伸びをした。特に疲労感などはなかったが慣れない四足の姿勢でいたからか、なんとなく肩が凝ったような気がして軽く首と腕を回し調子を伺った。

 コキコキという音が体の内で聞こえてコリが取れたような感覚を覚える、そのまま少し体を動かして体の確認を済ませた。確認などするまでもなかったが、見回しても変になっている様な箇所もなく問題なく元に戻れた。

 いや、こっちが後の姿だから元の狸の姿から成ったが正しいのか?しかし今の人型の姿のほうが過ごしてきた年月は長い。まぁいい、どっちにしろ愛らしい自分の姿には変わりないんだ。

 

 洗ってくれた下着を身につけてスカートを履いていく、綺麗に縫われていて引っかかることなどなく、尻尾もすんなりと表に出せて昨日よりも抜群に履き心地がいい。昨晩は色々あって礼を言えなかったが、今日の出発前にはきちんと礼を述べておこう。

 シャツを羽織ってボタンをとめていく。全部キッチリととめたりはせず、丁度胸の位置にある第一ボタンは締めずに胸元は開いたまま。よくよく見れば普通のシャツよりもボタン数が少ない縫製のようで、ズボラな自分にはその数の少なさが丁度良く感じられた。

 着物など、持ち込んできた荷物を用意してくれたらしい風呂敷に包み持ち運びやすくする。この辺りの気遣いまで出来るのに他人を嫌い遠ざけるここの主、本当に宿をやれば儲かりそうだなと思ったが、混浴で騒がしくなったここの風呂を想像しこの考えはダメだとさとった。

 帰り支度を済ませて玄関ホールへと向かう。あたしとこころ、どちらが早いかわからないが帰り支度が済めば部屋から出て向かうだろうホール。着いてみればあたしの方が遅かったようで、ここの姉妹とこころにやっと来たなどと言われてしまった。

 あたしを待つ間もなにかお喋りをしていたのだろう、向かう途中楽しそうな会話が聞こえていた。たった一晩で随分と仲良くなったものだ‥‥いや、一晩もあれば十分か。館の主以外は好奇心旺盛で懐こい者しかいないのだ、気さえ合えばすぐに打ち解け、笑い合うなんて雑作もないのだろう。

 ジト目で睨む姉の方に優しく抱きついて小さく、ありがとうさとり様とスカ-トの感謝を言葉にせず伝える。口に出して言って下さいと言い返されたが、今朝までは物言わぬペットだったからその名残で話せないなんて伝えると、話さないくせに口の減らないペットなんてありがたい評価を頂いた。

 心の端に少しだけ残した照れくささ、暖かで安心できた抱かれ心地についても感謝してみたつもりだったが、そっちも上手く伝わってくれただろうか?伝わってくれたなら嬉しく思う。

 

 またすぐ来ると伝えるといつ? と即答したのはこいし。面を手にしたせいか見つけやすくなり、少しだけわかりやすくなった妹妖怪に気が向いた頃と伝えると、それならこっち向いたまま帰ればいいのになんて笑って言われた。

 帰りを惜しむのと再度の来訪、両方を思われているようで嬉しくなり本当にまたすぐ来ると言い直した。こころの方も再度来たいようだがそれは寺次第であたしから何も言えないが、いいというなら何度でも連れてこようと思う。折角の縁だ、切らしてしまうにはちと惜しい。

 背中に五つの視線を受けながら地霊殿を後にして、帰りに受け取れと言われた鬼の秘宝を頂戴しに行く。店に入ると少しだけ疲れた表情を見せる猫の店主、無理を言って済まなかったと笑顔で伝えると、贔屓にしてくれている姐さんの頼みは断れないと笑ってくれた。

 山では恐れられ疎まれた鬼の大将。こっちでは丸くなったのかねと少し考えたが‥‥同じく地上を追われた妖怪が多い地底なのだ、なにか追われた者同士で通じる思いのようなモノでもあるのかもしれない。少しの世間話を交わしてこれが頼まれた品だと笑って秘宝を渡される。

 

 しっかりとした皮で誂えられた小さな革のバッグと細長い筒。厚手の革でしっかりと縫われたバッグは入れた物が減らない逸品だそうで、打たれた銀のコンチョを革紐で括って封をする形。ベルトループまで縫われていて、この辺りの細かい注文が実に姉さんらしいと感じられた。

 細長い筒は煙管の長さに合わせられた物。元は矢筒の支えだったと思うが、少し長めの煙管には調度良いモノだった。ついでだったので、通すベルトも見繕って貰い買っていくことにする、出されたのはバッグと同じ色合いの濃い茶色の革ベルト。

 飾り気のないシンプルなモノで、色味だけがバッグと足元のブーツに合わされたそれ。ブーツはここで買ったものではないがそこも見てくる辺り、さすが地底で名の通った仕立て屋さんだと感じられた。

 少し多めの代金を渡すと遠慮されたが、見立ての代金と無理を聞いてもらった分だと言って強引に受け取らせる。姉さんからも多めに貰ったらしく、気前がいい客ばかりでありがたいと笑ってくれた。それが気持ちの良い笑い方で、これからはあたしも贔屓にしそうな店主だと思えた。

 連れたこころの方にも一言二言の言葉を投げ掛ける主、こころの袖に付けている黒のカフスボタン。そっちを付けている辺り大将より狸の姉さん寄りだなと笑う店主、気にしていなかったが、言われれば二つとも同時に渡してこっちを先に手に取ったなと少し嬉しくなった。

 名前を伝えてまた来てもいいか尋ねると、客としてなら当然、世間話の相手としても喜んでと言ってくれた。快く言ってくれる店主に嬉しくなり、必ずまた遊びに来ると伝え店を後にした‥‥

 店主に背を向けふと思う、知っている地上の店主とは真逆の態度、この商売気の1/10でもアレにあればもう少し繁盛するだろうにと。いや、1/10では変わらないか‥‥あの男が十人いても全員座ったまま動かなさそうだ。

 

 また帰りに、なんて手を降って別れた地底の入り口三人娘。その誰にも会うことはなく、特に見るものもないまま大穴から抜け出て地上に戻った、行きは雨降りで曇り空だったが出てきた今は綺麗な青空。浴びる日差しが少し強くなってきた季節で、今まで通りの着物なら暑く感じていたくらいの陽気。今は新しい格好のおかげで随分と過ごしやすい、これなら真夏でも楽にいられるだろう。善いものを頂いた、体で払う以外のお礼もしっかりと考えておこう。

 行きは色々見せたいと素の状態で歩いていたが、帰り道に面倒事があっては困る。能力であたし達に向かう意識を逸らし飛び上がって帰路に着く。

 帰る途中で河童と狼の集会場が視線に入る、向い合って将棋を指す二人の姿が見えた。ああしていつも通りの勝負をしているって事は万歳楽はどうにかなったのだろう。口うるさい方の仙人様から聞いたあの姿を見た椛は何を思ったのか、後でまた訪れた時にでも聞いてみようと思った。

 

 何事も無く人里まで戻り、昨日は迎えに来た妖怪寺まで送り届ける。参道の前で降り立つといつもの様におはよーございます!と山彦の挨拶が聞こえる、元気の良い挨拶はされて気持ちがいい、笑顔で挨拶を返し寺の中へと歩んでいった。

 寺の門戸を潜ると庭を掃除する船幽霊の姿が見えた、出てきた時には怒らせてしまった相手。目は合ったが何も言ってこない明るいはずの船長、こころに先に戻るように伝えて、錨から箒へと持ち替えている船長に声を掛けた。

 

「ただいま水蜜、今帰ったわ」

「お帰り、もっと遅くなると思ったけど遅れると煩いのもいるからね。門限内で帰ってくるのはいい判断」

 

「船長に判断を褒められるなんて、悪くないわね」

「船旅じゃないけどこころの旅の舵取りしたんだもの、それなら褒めてもいいかと思ったの」

 

「なら素直に受け取るわ‥‥素直ついでにごめんなさい。昨日は言い過ぎたわ」

「格好と一緒に気分も一新したの? 姿といい姿勢といい、可愛いらしくなったね」

 

 昨日の事はもういいと言うように笑顔を見せてくれた水蜜。近寄りジロジロとあたしの姿を見る中で、回ってみたり背を見せてみたり、耳で光るカフスの事を話してみたりとあれやこれやと話していく。話を聞いてくれる表情は笑顔のままでそれに気を良くし色々と話した。

 見立ては鬼でシャツの中は橋姫とお揃いだと伝えると、あの力自慢にしてはいい趣味だと感心するような顔を見せた。地底に封印されていた頃に知り合う機会でもあったのか、あの橋姫とペアなんて妬ましいなどと珍しい冗談も聞かせてくれた。

 

「尻尾の穴は地底の主が縫ってくれて、体はペットに洗ってもらったわ」

「よくわからない顔の広さよね、知らない相手なんていないんじゃないの?」

 

「そうでもないわよ? 人里で暮らす妖怪とか、最近まで知らなかったわけだし」

「あの赤いろくろ首か、人の事言えないけどあれも生きにくい暮らしをしてるよね」

 

「五十歩百歩とかどんぐりの背比べって知っているかしら?」

「知ってるからそう言ってるの。私も私で生きにくいが、あれはあれで生きにくいだろうにねぇ」

 

 死んでからもう随分と経っていると思うがここは生きにくいなどと自分で言い出して、人里で隠れて暮らすろくろ首と己を比べる船幽霊。神妙な顔でこんな事を言うのが妙におかしくてこらえきれず、口に手の甲を当てて笑ってしまう。

 着物の頃なら袖で表情を隠して笑えたが今は隠せる部分が少ない、手くらいでは隠しきれないあたしの笑う口元。それを見て、一度死んで今を生き直している船幽霊から少しの言葉を頂いた。

 

「隠さなくていいのに、隠す必要なんてないでしょ?」

「なんでもないただの癖よ? 特に思う事はないけど何か気になった?」

 

「第一声でただいまと言ったのよ、おはようよりも先にただいま。身内みたいにね、それなら隠し事はない方がいいわ」

「そんなつもりでただいまと言ったわけじゃないけど」

 

「別にアヤメがどんなつもりでもいいさ、ただいまと帰ってきて気にせずお帰りと言えたもの。それなら身内と変わらないわ」

「‥‥お帰りなんて言われる事がないからどうにも、落ち着かないわね」

 

 よくわからないむず痒さを感じて頭をポリポリと掻いてしまう、指の動きに合わせてチャラと聞こえる。耳に付けられた新たな枷、繋がっていない枷ではあるが繋いでもいい先があるのはいい気分だ。さすがに出家して一緒に修行とはなれそうもないが、姉さんやぬえ、水蜜のように居候も悪くないかもしれない。なんとなくらしくない事を思い浮かべて返答に困っていると、背後に誰かの気配を感じた。敵意などとはまるで正反対の穏やかな気配、蓮の花のような香りを感じさせる優しい気配を纏う者。水蜜の慕う想い人 聖白蓮

 

「お帰りなさい。この度はこころの我儘に付き合って頂いて、ありがとうございました」

「ただいま、我儘なんて言うほどじゃないわ。我儘らしい事も言われなかったし」

 

「そうですか、それでもありがとうと言わせて下さい。能というあの子が生きる為のやり甲斐、それには今回の訪問が良い経験となるでしょう」

「経験なんて言われる事でもないと思うけど‥‥まぁいいわ。折角だしもっと褒めてもいいのよ?」

 

「そうですね、条約が結ばれ封印された地底。そこに好きに行けるアヤメさん。他の者では中々行けませんし、こころは運が良かった」

「今はあってないようなものでしょうに、土蜘蛛やペット達はたまに出てきてるわよ?」

 

 地上と地底相互の不可侵条約、互いに関わらず行き来しないなんて取決めだが、地上の神様が地底でやらかしてからは随分と緩くなった。地上の者達のほとんどが覚えていない、薄く残る噂話程度でしか聞いていなかった地底の妖怪連中。

 そんな地底の連中があの異変で地上に再度の興味を示してたまに来ては遊び歩いているらしい、なんでも受け入れる幻想郷なのだからわざわざ線引なんてしなくとも……そう考えて好きに行き来しているが、緩くなった今も言い出す人外がいるとは思わなかった。

 それも妖怪と人の間を取り持とうとしている相手から言われるとは‥‥意外だ。

 

「それは地底に住まう者達ですし、封印された無法の地にいる者と地上の者を比べるのは」

「見もしないで物を言うなんてらしくないわ、それに友人を馬鹿にされたようで気に入らないわね」

 

「友人……そうでしたね、言い過ぎました。私を慕ってくれている皆が封印された地底、少し偏った視点になっていましたね」

「この間の異変ではっちゃけ過ぎたんじゃないの?力も方便なんて言って暴れてたけど」

 

「あれは‥‥そうですね、少し調子にノッてしまいました。柄にもなくお恥ずかしい」

「柄にもないなんてことはないんじゃない? ぬえや水蜜にするお説教、その時の姿そっくりだったわ」

 

 瞳を瞑り両手の平を縦合わせる、そのまま穏やかにいざ南無三と優しく呟く。それを見てあたしの正面で困り顔をするガンガンいく僧侶、この仕草がガンガン行く前と後に必ず見られる仕草。

 仏の教えでは右手と左手にはそれぞれ意味するものがあるらしい、なんでも右手は仏様の象徴で清廉なモノや知識を司るって話。変わって左手は衆生を意味する手で自分自身のあり方を表すんだそうだ、左ばっかり使うあたしは俗世にまみれているのかね。

 まあ仕方ないさ(まみ)だもの、仏様の仰る輪っかの中で多を謀り俗世に溺れ不浄にまみれて生きる妖怪狸。寺住まいの者から身内なんて言われたが、身内と言われるほど清い者ではない。

 

「私も世に生きる者、偶にはハメを外すこともありますよ」

「ハメを外すね、ハメを外して怒られたのもいるのに‥‥他人には言うけど自戒することはないのね」

「アヤメ、私は別に‥‥」

 

「身内なんでしょ? なら隠し事なしにするわ、友人を悪く言われて黙っているほど穏やかじゃないのよ?」

「いいのです村紗、仰る通り他人には厳しく物を申して自分の事は棚上げにする。言われるまではそう捉えられませんでしたし」

 

「僧侶に説法なんて柄じゃないけど、百聞は一見にしかずでしょ? こころから百回聞くか一回見て来なさいよ」

「フフ、そう言えるほどあの子に良くして下さったのですね。やはり預けて正解でした、親分さんの見立て通りです」

 

 心からの嫌味として言ったのだが理解されてないのだろうか、あたしとしては謝るなりしてもらいたいところなのだが微笑んで佇むだけ。いつもの住職なら真っ先に自身の不徳を認識し謝ってるが・・

 少し苛立ち聖を睨むあたしの肩に、船幽霊の手が掛けられる。聖に代わり何か言ってくるのかね、今は水蜜よりも聖自身からの言葉が欲しいところなのだけれど。

 

「悪く思わないでくれる? 身内に対してはいつもこうなのよ。意外と我儘で結構鈍いの」

「外から見ればおおらかで、内から見れば鈍いか。なんとなくわかったわ、なんだか怒るのが馬鹿らしい」

 

「聖人なんて言われてるけど、聖も普通に生きてるだけだ。間違いくらいあるわ」

「そうね、お祖母ちゃんに友達を悪く言われた。それくらいに思っておくわ」

 

 穏やかに微笑んだまま、誰がお祖母ちゃんなのかと問い詰められる、単純な年齢で言えば多分あたしの方が上のはず。年寄りに年寄り扱いされるのが気に入らないのか、穏やかに怒気に近いモノを見せる妖怪寺の魔住職。

 普段ならこれくらいでは怒られないが、これも身内に見せる姿なのだろうか。綺麗に手を合わせ目を瞑る聖、その(たなごころ)は右手と左手どちらのものなのか判別する間もなく、いざ南無三の声と共にあたしの頭に衝撃が奔った。<input type="hidden" name="nid" value="40910"><input type="hidden" name="volume" value="89"><input type="hidden" name="mode" value="correct_end">




道中BGMの法界の火が格好いいです。
これからボスだとわかる曲、お気に入りの内の一つですね。


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