東方狸囃子   作:ほりごたつ

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全裸回


第八十三話 旅の宿 眠りの頃と目覚めの朝

 宴会の場にいた男どもに随分と飲まれて、すっかりうるさくなった酔っぱらい連中を引き連れ、旧地獄街道のど真ん中をふらふらと歩いて帰る、地霊殿住まいの二人はずっと飲まされてもうすぐヤバイというところ。あたしとこころも鬼に飲まされ結構回っていてだいぶマズイ、あれからずっと膝の上、降りることは許されず盃に注がれては飲まされて、気分は良かったが付き合いきれなくなる寸前まで追い詰められ参った。

 断らないと知っている、断れない空気だとわかっていながら気にせず笑顔で注いでくる若鬼。随分と良い笑顔で調子に乗ってくれて、飲み干しては注いでを繰り返してきた。わんこそばじゃないんだ、少しは考えて欲しい。

 コレ以上は帰りが怪しいと言い出すまで注ぎ続けられた鬼の酒、普段飲むものよりもキツく強いものだったが、スルスル飲めたのは盃の効果からなのか、それとも心地良い膝の上だったからなのか。普段がこれじゃああたしの徳利は物足りないと伝えてみると、交換としての話にはノッたが徳利はいらんと言われてしまった。喧嘩で負けて手に入れられなかった物を喧嘩以外で手にしたくないそうだがそれではあたしが困る。

 さすがに貰い過ぎて今後姐さんに会いにくくなると言い返すと、それなら酒の席では好きに飲ませろと代わりの条件を出してくれた。それくらいはお安い御用だ。昔の賭けを断って以前の喧嘩に勝ってしまい姐さんがあたしの徳利を口にする機会は今までなかった、酒にはうるさい酔っぱらい妖怪の評価はどんなものか、飲んでもらう時が楽しみだ。

 

 途中看板に当たっては笑いゴミ箱を蹴り飛ばしては笑う集団、全員が千鳥足に近い状態で今晩の宿に戻る。酒の匂いが強すぎてペットたちが全て遠ざかっていく、地霊殿の入り口まで様々なペットが並んで遠のいていく姿。さながら海を割ったような風で、あのお山に住まう常識をかなぐり捨てた巫女のスペルのように思えた。今は酒にやられて常軌を逸した動きで歩く集団だ、喩えとしてはあながち間違っていないかもしれない。

 全員で入り口により掛かり倒れこむように館内へと入る、外では気を張り歩けていたが気が抜けて全員で雪崩れ込む形になった。迎えてくれた案内係と主、二本尻尾の視線がひどく痛いが動けないのだ、何も言い返せずただいまとだけ言ってそのまま目を閉じた。

 

 目覚めてみると静かな空間、シャツとスカートは脱がされて、パンツとインナー姿でベッドの中央で枕をだいて丸くなっていた。上掛けはベッドから落ちていた、どうやら蹴り落としたらしい。

 酒はまだ抜けきっておらず高揚しふわふわと浮いたような感覚を覚える頭、そんな頭を引き締めるように愛用の徳利を引っ掛ける。迎え酒なんて何時ぶりだろうか、鬼のものではない自前の酒の味は心を落ち着けるのに十分だった。

 少し落ち着き周りを見やるとテーブルの上、畳まれて置かれたスカートが目に留まる。手に取り広げてみると尻と腰の間、丁度尻尾の当たる辺りに綺麗に縫製された穴が見えた。脱がしてそのまま縫ってくれたようだ、後で必ずお礼を言おう。綺麗に圧してくれたようで宴会の場で付いた皺もなく、綺麗に畳まれたスカート。これだけ家事が出来るのだから料理も練習などしなくても十分に出来るのだろう、お燐の作る食事しか出されたことはなかったが、一度食してみたいものだ。

 

 綺麗にしてくれた物を風呂にも入らず着たくはなかったので、寝起そのままの姿で部屋を出る。廊下の角には案内係、遠くからでもこちらを睨んでいるのがわかるが焦点は合ってなさそう。雄だったのかね、それなら今のあたしは魅力的だろう?

 そう思った瞬間にプイと顔を背けて廊下の先へと消えていった、はしたないとでも思われたのかね、それならハシビロコウさんはメスだったか。それなりに色香はあると思っているし声も掛けられる、それで引っ掛からないのだ、きっとノーマルな同姓だろう。

 振られてしまってやり場のない肢体、自分でもわかるほどに酒臭い体。とりあえずコレを流すかと素足でペタペタと赤×黒のタイルを歩く、なんとなく黒のタイルだけを踏んで歩きたくなり小さく飛んで進んでいく。何枚か飛んで廊下の角を曲がりそのまま続けて進んでいく、露天風呂の方を眺めるとまたさっきの案内係。ピョンピョンと飛ぶ姿をああして見ていたのかと少しだけ恥ずかしくなり飛ぶのをやめる。ピョンピョンからペタペタへと足音を戻すとまた何処かへ歩いて行った、こういう時は言葉を話さない者相手だと少し困る。あたしの姿を見て何を思ったのか、結構気になる事なので後でさとりにお願いしてみようかと考えた。

 

 平仮名で『ゆ』と書かれた暖簾を潜る、客を取っている旅館ではないが何故か下げている暖簾。もう随分前に妹の方と結託して取り付けた暖簾だ、キャイキャイと二人で取り付けている間、ずっと姉の視線を浴び続けていたのは意外と心地よいモノだった。

 脱衣場へと踏み入り備えられたカゴへと着衣を脱いでいく、とはいっても二枚しか着ていないし時間など掛からず。他の籠には衣類は見えず今の客はあたし一人、酔を覚ますには静かな方がいい、カランと戸を開け浴場へと進んだ。底にカエルの描かれた手桶に湯を組み頭からざばっと浴びる、真上や正面から勢いよく浴びせると耳に入り困るので、下を向き後頭部から湯を流す。人によって洗い始める場所は違うだろうがあたしは頭から洗い始めそのまま下へと下がる洗い方。

 頭が洗い終えると次は決まって左腕、左利きではないのだが何故か決まって左腕。洗い方に関わらず何故か左に関する物や事が多い、煙管を持つのも左だし失った腕も先に生やしたのも左だった。買ってもらった物なのにスカートのスリットも左でカフスも左耳だ、そういえば外すのを忘れていたが引っ張られても取れないんだ、姐さんが絞めた物だし安々とは取れないだろう。銀で錆びないしまぁいいか。

 考えながら左腕、肩、右腕と順に下がって洗っていく。そのまま胸、腹、背中と洗い下半身も左足から洗っていく。全身くまなく洗い終えて泡だらけのまま最後は尻尾。もふもふと評判なのは嬉しいが手入れが結構大変な尻尾、濡れてもそれほど細くはならず、濡れても立派だろうとあの九尾に自慢したことがあった。

 

 そうだなと強めに毛を引っ張られ言葉なく窘められた事があった、濡れてふわふわがショボショボになるくせに、態度は変わらない金毛九尾の妖獣様。あまりいない年経た妖獣仲間として気安い相手で会えば楽しいが、主のせいで気安く会えないのが残念なところだ。

 尻尾の手入れも済ませて泡を綺麗に流しきるとようやく湯に浸かる時間、しばらく浸かって酒も抜けると昼間の会話を思い出す。狸の姿なら一緒に寝てもいいですよ、久しく戻っていない姿。外の世界であの鬼酒呑と殺り合い、ギリギリのところで生き延びた後にマミ姐さんの所へ泣きついた時以来戻っていない。

 何千年前何百年前になるのかわからないくらい昔で本当に姿を取れるか怪しいが、思いついてしまったし幸い誰もいない、ダメ元でやってみるかと湯から上がって鏡の前に立った。昔野山を走っていた頃を思い浮かべ目を閉じる、そのまま形を戻すように小さく印を結ぶとポフンと音と煙を立てて懐かしい形が鏡に写った。

 けれど思い描いた姿とは少し違っていて、全身灰色で白混じりのもふもふとした毛並みに角の取れた三角耳。目の周りには眼鏡をかけているような柄で少し濃い灰色、眉間も同じく少し濃い灰色、黒いのは鼻先と爪くらい。大事な縞尻尾も昔は白と黒はっきりしていたはずだが、今は薄い灰と濃い灰の縞柄。

 ただの狸ではなくなったからか、普通の狸とは色合いが少し違う、まるで焼いた灰でも被ったような色合いの狸が鏡に映し出されていた。それでもかわいい丸顔はそのままで、西洋では灰かぶり姫なんてのもいるくらいだしと姿の変化に気を良くしていた。

 ポーズまでは取らないが後ろ足で立ってみたり、後ろを向いて尻尾を揺らしてみたりしていると、気が付かなければよかったモノに気がつく。いつの間にか開けられていた浴場の戸、そこにいるのはジト目三つで睨むここの主と酒宴には来なかった二本尻尾のペット。さすがに固まった。

 

 

「可愛いじゃないですか、ずっとそのままなら飼ってあげますよ」

「霧だ煙だって言うからもっと怖いのかと思ったら、やっぱり狸のお姉さんでいいんじゃないか」

「自分でも以外なほどの愛らしさなのよ、これは中々‥‥そう思わない?」

 

「その格好でその口調は違和感しかありません、可愛いのに可愛くない」

「いつもの姿に戻らなくても話せる辺り、まっとうな狸じゃないってことかね?お姉さん」

「まっとうな狸なら今頃逃げてるわ、火の車なんて怖い妖怪さんだもの」

 

 そう言いながらまっとうなあたしは脱衣場へと向かい歩みだした‥‥が腹を両手で掴まれて捕らえられる、そのまま黄色い桶に尻を突っ込まれ綺麗にハマる。後ろ足をピンと投げ出して動きたくとも動けないマヌケな姿、それでも抜けないものは抜けないから足掻くのをやめて静かにする。

 不意に抱きかかえられ、背から液体を浴びせられる。そのままワシワシと泡立てられてもふもふがもこもこへと変わっていく、首から上は自由な為手の先へと目をやると笑顔で洗うお燐の顔が見えた、ペットに丸洗いされるなんて立場が逆だと思ったが今はあたしも四足だ、楽しそうだし身を任せよう。

 

「お姉さんは他の奴らよりちっこくて洗いやすいね、シャンプー出し過ぎちまったよ」

「だからこんなにもこもこなのね、他のがどれかわからないけど耳に泡を入れなければなんでもいいわ」

 

「喋っちゃダメだよお姉さん、今はあたいのかわいいペットなんだ。変なことを話すくらいなら、黙って可愛くしとくれよ」

「はいはい、もうなんでもいいわ」

 

 ワシワシと動く指に任せ力を抜いて体を預ける、多分比べているのはあのデカイ黒猫辺りだと思うがさすがにあれと比べられては体躯の差が酷いというものだ。それでも手慣れた手つきは心地よく酒は抜けたが気分は良いままだったので目を瞑っていると段々と眠くなってくる。

 首の下辺りをこしょこしょと洗われて限界を迎えたらしく、そのまま心地よさへと微睡んでいった。

 

 二度目の目覚めはやはり布団の中で、体が固定されて動けない状態。暗闇に目が慣れて段々と視界が開けるが布団の中だ、見える物など……間近に見える目と目が合った。いつものジト目ではなくどことなく優しさを感じられる瞳、いつもここのペットに向ける視線。

 なるほど、有限実行しているのか。有耶無耶なままで出かけて酩酊状態で帰って来たからか記憶が曖昧で困る。それでも今は何も考えることはないか、自分以外の体温を感じるのも心地よい。

 

「起きたんですか、まだ朝には早い時間です。変な時間から眠るから中途半端に目覚めてしまうんですよ」

「三度寝? 四度目かしら? なんでもいいわ、まだ寝るからおやすみなさい」

 

「目覚めて逃げるかと思えば素直なんて、可愛いじゃないですか」

 

 返答はしない、風呂場でペットは喋らないものだとペットの先輩に教えてもらった。薄めを開けて第三の目を見ると未だ見ているようで一瞬目があったが、ペットなら気にすることもないだろう。偶には飼い主に甘えて同じベッドで眠ることもあるはずだ。

 そのまま瞳を静かに瞑り、主の体温と小さく上下する腹と胸の中で数度目の眠りについた。   

 

 何度目かの目覚めは同じく主の腕の中、寝ながら姿が戻るなんてことはなく愛らしい狸のまま目覚めた。愛玩動物らしく愛嬌を振りまこうと主の頬をぺろりと舐めて朝の訪れを告げる、小さな反応は見せたが起きる気配はない。

 あの後も起きていたのかね、人の寝姿を無料見するなんて厚かましい主様だ。厚かましいなんてどの口が言うのかと一瞬考えたがすぐに思い直した、ペットならただ可愛がってもらい愛されればいいだろう。ならもう少しこのまま、主に付き合って暖かなベッドで横になろう。誰かの腕の中で小さくなるなど、とうに忘れていた感覚で慣れないが、それでもとても心地よく少しだけ切なく感じられた。

 




冬場に猫とかを抱いて寝ると暖かくて心地よい。
子猫だとまだ爪が薄くて、寝ぼけて掻かれると痛かったりしますけど。


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