東方狸囃子   作:ほりごたつ

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あの子がほしい、この子と変えて そんな話


第八十二話 演目巡りの酒の席

 遅い昼餉を軽めのもので済ませて部屋で一息入れている今現在、やることもなく煙を吸っては吐き出している。皆で食事を済ませた後に、いつもの様に洗い物も済ませるかと思ったがそれはお燐に止められた。新品の洋服なんだから汚れが飛んでシミになったら大変だ、見慣れるまではあたいがやるから。そう言われて言葉に甘えた、着慣れた着物なら汚れくらいすぐに消せるが今の姿は自分でも見慣れず、はい元通りとは戻せないはずだ。

 

 言葉の通り洗い物はお燐に任せて、今晩の宿泊用に充てがわれたいつもの部屋へと向かい、荷物を解いて着物を行の長い衣紋掛けに通す、ついでに開襟シャツも衣紋掛けにかけて気楽な姿になり、着物から取り出した煙管を咥えて微睡んでいる。

 今夜の宿の予約も取れて特にやることもなくなった今。こころはお空とこいしに連れられて地霊殿の中をウロウロと歩き調度品を眺めたり、ステンドグラスを見上げては立ち止まっていたりしていた。珍しい物を見つめるようなこころ、あたしから見ればそう珍しい物だと思えないが、それは見慣れてしまったからだろうか。

 

 壁にかかる自分の着衣を眺めて思い出す、着物を譲ってくれた相手には会わせたが今の格好を見立ててくれた人にも、面白そうだから後で会わせろと言われたなと。帰りに会わせてもいいがそうなるともう一泊が確定するだろう、あの人の場合は会うと言ったら酒場で酒宴ってのか決まり事だ。こころがどれくらい酒が飲めるのか知らないが、あのウワバミ姐さんに勝つことは確実にないと言っていいだろう。あの人に付き合う事は出来るが勝つまで飲むなどあたしでも無理だ、こころの心が折れて潰れるまで飲まされる姿が想像できた。それは後が面倒だと思い、今のうちに会いに行った方がいいと結論づけた。

 

 あたしとしてはもう一泊でも何泊でも頼んでもいいし、さとりも許してくれるだろうが、こころの帰るところがうるさそうだ。同じく居候している正体不明も遅くなるとうるさいと言っていたし、実際に遅れて帰ったらありがたいお説教をされるぬえの姿も見た。

 叱られるのがぬえなら構わないが今回はあたしが誘った立場、遅れて説教食らうのはこころではなくあたしになるだろう。聖人住職のお叱りはありがたく受け止めるが、一緒になって説教してくるあのネズミ殿からの言葉は回りくどくて面倒臭い。

 

『門限は破るもの、君ならそう言うんだろうね』

『守るつもりがないのなら、最初から門限を守ると言わないほうがいいよ』

 ネズミ殿のそんな物言いから始まるお説教が想像できてしまう、片側の口角だけを上げてあたしにそう吐き捨てるネズミ殿、稚拙な妄想だが似合って見えて少し可笑しい。

 それはともかくとしてそろそろ勇儀姐さんのところに会いに行くか、当初の目的である演目の元ネタに近い相手でもある。会えるなら機会多く交わすなら言葉数多く、そうした方が妹面も喜ぶだろう。壁に掛けたシャツを肩にかけて部屋を出る、まずはこの屋敷の中にいる失せ物面を探すところから始めないと。

 

 失せ物はすぐに見つかった、というよりも自分から見つかりに来てくれた。部屋を出て少し歩くと姦しい集団が寄ってきたからだ、こいしとお空に手を引かれてあっちこっちを眺める面の集合体。火男面を被る辺り結構楽しめているようだ。演目の相手に会いに行くかと声をかけてみると、福の神の面に変わりこいしとお空の手を握ったまま駆け寄ってきた。

 側の二人も話を聞いていて遊びに行くならついて行くと騒ぎ出した。また飲まされて吐いてもいいなら連れて行く、そう言うと次は吐かないもったいないと強気な言葉を言い放つ妹妖怪。

 本人がそう言うのならと姉妖怪に一言断り、三人を連れて地霊殿を後にした。

 姉に連れて行くと伝えた時に、以前妹妖怪に粗相をされた肩の辺りを睨まれてしまい一瞬目を逸らした。あたしが気にすることじゃないはずだが、悪い気がして目を逸らした。

 四人でジト目に伝えた後、酒場へ向かう道中に妹妖怪からごめんなさいと耳打ちされた。ベロベロだったが記憶はあったらしい、気にしていないと微笑むと謝り損だったと笑われた。態度はともかく気持ちは良いので何も言い返さなかった。

 

 四人で歩いていつもの酒場、どこもかしこも騒がしい店内だが一角、一際騒がしい場所がある。顔を動かさずに目だけで見ると案の定目当ての人が笑っていた、片手を上げて軽く振ると気づいたようで手招きされる。気安く混ざれる酒の席があるのはありがたい事だ。

 珍しく周りに男を侍らせて豪快に笑う一本角のウワバミ妖怪、知らぬ顔もいるにはいたがほとんどは見知った男ばかりで、姐さんのお気に入りの相手が来た、とあたしを指さしてからかう以前に殴り飛ばされた若い鬼もいた。

 お気に入りだから手を出すなと若鬼を脅す姐さん、あたしから誘うならいいのかと若鬼の手を取り聞いてみるとどうやらそれもだめなようだ。話す姐さんの視線は耳の鎖に向いていて、枷に掛けた冗談らしい。

 繋がってないのだから問題ないと若鬼に向かって色を見せたが、狸の姐さんに乗るのはいいが調子に乗ると後が怖いと笑い、重ねた手を離された。

 

 ここまでの流れを何も言わずに一部始終を見ていたお供三人は何も言ってこない、こころは色を学ぶという理由があるから静かでも理解出来るが地霊殿の二人が静かなのはおかしい。思い出したようにちらりと見ると、すでに酒宴に混ざり楽しく笑っていた。

 地元の酒場の宴会だ、何も言わずに混ざることなんてなんてことはないのだろう。あの二人はあっちの飲兵衛連中に任せて、あたし達もシラフから混ざるツカミはこれくらいでいいかと笑い、残るこころを席につかせて鬼主催の酒宴に混ざった。

 

「地霊殿の妹に地獄烏、それと能面妖怪か‥‥毎回違う女を侍らせて浮気者になったもんだな。まぁいいさ、面妖怪の話は聞いてる。失せ物の次は演目の相手探しか、ご苦労な事だ」

 

「姐さんだって男侍らせて、攫うなんて言ったその日に浮気してるじゃない」

「探してはいない、アヤメに連れてきてもらって会わせてもらってる」

 

「そう言うな、本命あってこその遊びだろうよ‥‥しっかし『もらってる』ねぇ、そうかいそうかい。随分と懐かれて羨ましい限りだなアヤメよぅ」

「皆可愛いからつい連れ回して見せびらかしたくなるのよ、抱かれるのもいいけど、元気に抱きつかれるのもいいものよ?」

 

「昔なら懐かれて困るなんて言っていた奴が、変われば変わるもんだな、えぇ?」

「何事も楽しむべしと、世を楽しむ邪な仙人様に教わったのよ。それよりも本題に入ってもいいかしら?」

 

 言いながらあたしと勇儀姐さんの間に座る狐面の背中を押す、押されて勇儀姐さんの方によろけるが笑って受け止めてもらう狐面。体制を直すことなく上半身を預けたまま自己紹介を済ます面霊気。体ごとぶつかる自己紹介、勢いがあって気持ちが良いねと笑う一本角。

 昔から真正面の力業で世をはばかり、誰も彼もが恐れていた鬼の御大将、こころ程度の体躯がぶつかった程度では揺らぐことはない。このくらいでは手荒な自己紹介とは言えない、可愛い者が緊張からやらかした些細な事だ。

 笑って済ます侠気が気持ちいい、侠気なんて思っているのがバレたらぶん殴られるだろうか。豪快なくせに変なところは女性らしい姐さん、服の見立てなんかもその女性らしさの一つだろう。

 

「演目、大江山の鬼酒呑本人?」

「そいつは鬼違いだ、人里でお前を肴に飲んでたちっこいのがいただろう?あっちが本人、それでも似たようなもんには違いないな」

「演目のご本人とはいかないけれど、多分こっちの鬼のが鬼らしいわ。あっちは豪快というより狡猾だもの」

 

「っはん、間違っちゃいないが辛辣だなおい。一応身内だ、あんまり言うとその首取っちまうぞアヤメ?」

「純真で素直な子鬼とでも言うべきだった? 姐さんの前で萃香さんの嘘をつくほうが怖いわね」

「アヤメはよく嘘をつく、なにかダメなの?」

 

「この鬼のお姉さんは嘘が嫌いなの、嘘ついたら拳千発飲まされるわね」

 

 曲がったことが大嫌い、つまらない嘘やまやかしも嫌う怪力乱神の体現者、歩き笑う天変地異と言い換えてもいい。ただ、その割には嘘つきで詐欺師に限りなく近いあたしは然程嫌われていない、大昔の宴会であの口うるさい鬼と笑ったりからかったりしているが、本気で睨まれたこともない。

 わざわざ自分で突付いて藪から大鬼出すこともないと聞いたことはなかったが、なんで嫌われないのか?拳千発どころか万発もらってもいいくらいには口八丁で過ごしているのだが・・顔色から察する事が出来たのか、盃を飲み干した鬼があたし達に向かい酒臭い言葉を吐く。

 

「こころよぅ、アヤメがつくのはほとんどが方便だ。勿論騙す為の方便だが、それで痛い目見るのはほとんどいないのさ。それに痛い目見せてもそれ以上に返しているのも知っている。誰かを貶めるだけの嘘は、こいつはあんまりつかないんだよ」

「あら? いつでも誰かを小馬鹿にしてるわよ?」

 

「ほとんどはその場で終わって後腐れのないものだろう? なら構わないさ、気に入らないところは前に殴った二発でチャラだ。ついでに徳利貰えりゃあ良かったんだがなぁ」

「まだ言ってるのね、あげてもいいわよ?」

 

「あれほど二回戦を嫌がったのに、どういう風の吹き回しだい?」

「物々交換、代わりになにか頂戴。鬼の秘宝に煙管入れとか、かますとかないの?代用出来る物でもいいけど」

 

 酒虫入りの愛用白徳利、煙管と同じく千年以上も一緒に過ごし自身の一部と言ってもいいくらいのもの。湧き出す酒もあたし好みで本当なら譲るには惜しい物だったが、最近は酒に浸る時間が減り煙管の方が重要な物になっていると感じられた。

 そんな思いから物々交換を持ちかけてみた、会う度に飲ませろだの寄越せだの言われる物だ、何かしらの秘宝と交換するには十分な物になるはずだ。ついでに言えば見立ての礼代わりと言う感覚で言っている面もある。

 あたしの言葉を聞いて悩む様子を見せる一本角。条件が見合わないのか、代用できる物が思いつかないのか。どっちにしろ返答を待とう、ダメならダメで今度は仕立て屋さんで仕立ててもらうだけだ。

 

「さすがにかますなんてのはないな、ただ代わりになる物はある。『減ラズの空穂』ってのがある、簡単にいえば中身の減らない袋みたいなもんだ。煙草を入れるにゃいいんじゃないか?革作りだし縫っちまえばちゃんとした袋になるさ」

空穂(うつぼ)ってあれよね、腰に付ける矢筒。ちょっと今の格好には合わないんじゃないかしら?」 

 

「あのままじゃあ合わないな、あの仕立て屋に注文つけといてやろう。今日は泊まりだろう?なら明日の帰りにでも寄って持っていけ」

「本当にいいの? なんだかあたしに甘くないかしら? 一晩くらいの代金じゃ足りない気がして後が怖いわ」

 

 あまりにも都合のいい申し出、言った側だけれど驚くほどに都合がいい。けれど都合が良すぎて怖い、この鬼相手に裏があるとは考えないがそれでも都合が良すぎる申し出だ。

 それほど徳利が欲しかったのかね、二回戦なんて言ってたのもあながち冗談ではなかったのかもしれない。まあいいか交換してくれると言うんだ、あたしが言い出した交換だもの、ノっからない手はない。

 明日の帰りにでも受け取れってことはそれまでに絶対に仕立てるようにと無理を言うのだろう、あの仕立て屋も災難なことだ。猫妖怪の主人だったが猫の手で足りなかったら何を借りるのか、聞いてみたいところだ。

 

「一晩? アヤメと勇儀で泊りなのか?」

「そのうちね、その気があればお泊りしないとならないのよ」

「嫌そうな言い方をするなよ、つれないじゃないか」

 

「体力どうこうより壊されそうで、そういうのも嫌いじゃないけどそれ以上に心配ね」

「……おお、そういう泊まりか。それも連れていってもらえるの?」

 

 無表情なくせに期待大といった顔をする面霊気、被る姿は狐面。本格的にそういう勉強でもしたいのか、連れていっても構わないけど物理的に面が割れても構わない?そう述べてみると蝉丸面を見せてごめんなさいと言い出した。

 謝るこころを眺めながら大笑いする勇儀姐さん、壊すほど無茶はしないがお前にゃまだ早いと笑いながらこころを撫でくり回す。勇儀姐さんの手の動きに合わせてこころの長い髪が舞う、酒も入っているしそれ以上はと止めておいた。

 以前の妹妖怪のように帰りに粗相をされてはたまったもんではない、姐さんの手を取り握ってまた浮気?と呟くと笑いながら強引に引っ張られた。あぐらを組む足の片方に座らせられ胸を枕に背を預ける、すわり心地も当たり心地もいい椅子だ。

 そういえばそんな事を前に言われたなと思い出す。勇儀姐さんとの喧嘩の後に、歩けなくなった姐さんを尻尾に座らせて歩いた時だ、女性らしい繊細な手つきで尻尾を撫でられた事を思い出し、勇儀姐さんの顔を見上げながら盃を持つ手にあたしの手を優しく添えた。

 

「まるでいつかの逆ね」

「ならこの足で地霊殿かい? それはまだ早いな。座ったばかりなんだ、もうしばらく座ってろ」

 

「あの時だとしたら、あたしは腕がなかったのよね」

「口移し、ってわけにはいかないな。こころに見せるにゃまだ早い、零すなよ?」

 

 鬼の秘宝、星熊盃があたしの口へと寄せられる。一升注げる大きな盃だが今注がれている量は1/3ほど、飲んでいる途中で引き寄せられたから中途半端に残る酒。姐さんなら一息で煽る量だろうがあたしには少し多い。

 注いでから時間が立てば立つほど味が落ちる盃だが、なんとなくゆっくりと呑みたくて少しずつ飲み干していく。飲む速度に合わせて傾けられる盃、剛力自慢の姐さんらしくない繊細さ。怪力乱神なんてよくわからない力を持っているんだ、繊細な力使いも出来るのかもしれない。

 ゆっくりと喉を潤していく鬼の酒はキツイが、旨かった。




仕立て屋さん、元ネタはピータラビットの一節「グロースターの仕立て屋」から。

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