東方狸囃子   作:ほりごたつ

86 / 218
変えると慣れるまで大変 そんな話


第八十一話 演目巡りの旅の宿

 各々の第一声。

――アヤメ可愛い! スカートだ! どうしたの!?――

――シャツ姿、見慣れないけどそれもいいね―― 

――おめかししてデートかい? 相手は誰だいお姉さん。部屋はどうしたらいいんだい?――

 

 こんな感じで、自分で考えていた以上に褒められて気分がいい、自然な笑みを浮かべながらクルリと周りスカートを翻らせる。調子にのって二回転なんてしたから結構な高さまで翻ったが、同姓しかいないし気にはならない。

 お尻見えた! と元気な声で言われたが、ちゃんと履いているから大丈夫と伝えると、履いてるなら大丈夫か! とこれまた元気よく返答された、相変わらずで可愛らしい。

 ここまでの評判は上々だったが一人だけ何も言ってこない奴がいた、第三のジト目で見つめてくれて何か言ってくるかと思ったが、何も言わずに読んでいた書物に視線を戻したここの主。

 皆の様に褒めることはなくても何かしらの反応は見せて欲しい、書斎の机に備えられた大きめの椅子に座るさとり。その椅子に狙いをつけて足早に近寄り背後を取る、第三の目に見られているが気にせずさとりの肩から顔を生やす。

 そのままの姿勢で何かを書き留めている羽根ペンを目で追っていく。書物の内容には興味が無いので、ペンの動きにだけ意識を向けながら耳打ちするような小さな声を掛けた。

 

「着物は気に入っているし大事にしているわ、でも暑さに負けたの」

「‥‥覚りの心を読まないで下さい。綺麗ですよ、似合っています」

 

「ありがと、見立ててくれた人もきっと喜ぶわ」

「誰かにお願いしたんですか?あの店なら水橋さん‥‥ではないんですね、勇儀さんってそういうのに疎いイメージでしたが」

 

 やっと褒めてくれた、それに気を良くし肩越しに笑みを浮かべる。けれど聞き逃せない単語が数点聞こえてきてあたしの耳がピクリと動くと、その動きに合わせて小さくチャラと聞こえる。まだ聞き慣れない少し耳につく音だが文字通りだ、気に入ったし気にしない事にした。

 勇儀姐さんの趣味、あたしも最初は疑ったが、実際に選んでもらうと意外と気に入ってしまい素直に買ってもらえた。後で払うかもしれない代償は高いモノかもしれないがそれはそれとしておこう、聞き逃してはいないがこのままだと言い逃がしてしまいそうだ。 

 

「パルスィの見立てならお揃いを選ばないわよ、その言葉も伝えるべき?」

「出来れば忘れてくれると嬉しいですね」

 

「温泉にでも浸かってまったり出来れば、綺麗に忘れられそうね」

「今日も泊まると考えているなら素直に言えば――わかりましたよ、今晩の部屋は用意しますしスカートの方も見ておきましょう、夜に着替えたら渡して下さい」

 

 あの嫉妬の元神様とお揃いのインナーを強調出来るように、開襟シャツのボタンは下から二つだけしか止めていない。ルーズに着崩していているせいか偶に下がって肩と鎖骨が見えてしまうが、そういうものだと気にしていない。

 ジト目妖怪の角度からは見えないが今も下がっていて、脇を晒し二の腕辺りでだぶついているシャツ。どこかの巫女のように脇も肩を晒している今の姿、そんな自分の姿を見て、やる気のなさ以外でも共通点が出来たと少し面白く思えた。

 そういえばあの巫女のところでお燐の姿を見かけた事もあった、捕まえて巫女の亡骸でも狙いに来たのかと聞いたがただの日向ぼっこだそうだ。地底でも地上でも太陽ならなんでもいいのかと、少し笑えた事だった。

 

「いつも話が早くて助かるわ、ありがとう。さとり様」

「正確には話していませんが‥‥伝われば会話だろうって‥‥覚りでもないくせに、以前に飼う気はないと言いました。様なんて心にもない事を言っても無駄です」

 

 本当に話が早くて助かる、そして最近気がついたこともある。今晩の部屋は用意しますなんて言っているが何時来ても用意されていると気がついた、それもあたしの癖に合わせて。

 今までは枕一つでそれを抱いて丸くなって寝ていたが、少し前からは枕が二つ用意されている。添い寝用ではなくて抱きしめる用と頭用の二つ、初めて気がついた時は口を抑えて笑いを殺した。

 落ち着くまで口を抑えて、気が落ち着いたらすぐにさとりの部屋に向かい素直に感謝した。口ぶりではまたですかと言いながら用意はしてくれているなんて‥‥嬉しいやら恥ずかしいやら。

 

 ただ、おかげで可愛らしい問題も出来た、たまに、屋敷にあたしがいて妹妖怪も帰ってきている時の夜。あたしのベッドに潜り込んでくることがある。自分の部屋か姉のところへ行けと言っても、枕が二つあるから二人でいいのよと揚げ足を取って尻尾が抱きまくらにされる事がある。

 あっちの幼女の様に、妹拓が取れるほど強く抱きしめることはないからそのままにしているが、次の日の朝にそれを知った姉妖怪のジト目が少し怖くなって困る。

 そんな時は、妹思いで愛が強いのね妬ましい、などと言えば呆れていつもの目に戻るが、あたしの分だけ朝の紅茶が温くなったりすることがあってそれも少しだけ困りもの。

 

 それでも抗議したりはしない、そもそもお願いして泊めてもらっている立場であるし、その日の内に軽く謝ってくる事がわかっているから。毎回ではないが貯まった頃にやらかしてしまう気持ち、それは理解出来るものだったから。恋人同士でもない身内同士でも嫉妬するなんて面白いわ、それくらいの軽口は言うが罪悪感からかそれに対して言い返されたりもしない。言い返してくれたほうが楽しいのだが、それはバレているんだろう。いいところでいつもつれない主様。

 

「じゃあお礼に今日は一緒に寝てあげる?」

「狸の姿ならいいですよ? 見せるつもりがあるのなら、ですが」

 

「勘違いをしてるわね、別に恥ずかしくはないのよ?久しく獣の姿を取っていないから、可愛らしく戻れるかわからないけど」

「本気でそう返して来るんですよね、力のある妖怪は大概嫌がる事なんですが」

 

「あたしは自分を過大評価はしないもの、力があるとは思ってないわ。いつも素敵で可愛い矮小な一匹の狸さんよ?」

「唯の狸は鬼と殴り合いはしません、そして勝つこともありません」

 

「口が減らないわね、瞳の代わりに閉ざしたら?」

「癪ですが‥‥アヤメさんが考えた通りに言ってあげます、おまえが言うな」

 

 つれない主が珍しくノッてくれて嬉しくなり、肩越しにクスクスと笑ってしまう。少しの間はそのまま聞いていたさとりだが何かに耐え切れなくなったのか、あたしの口を手で閉ざす。

 瞳の代わりに閉ざされてしまったあたしの唇、しばらくは閉ざされた通りに静かにしていたがすぐに飽いてしまい、封印を解こうと閉ざしている封印を舌先で舐めた。

 ガタッと音を立てて震えるあたしの頭が生えた肩、それでも封印が解かれることはなく、仕方がないから解かれるまでは静かにしているようにした。

 

 静かになった口の代わりに自由が与えられている目を動かす、仕事を終えてまったりしているお燐とお空がこころに絡む姿が見える。

 絡むと言っても可愛い物で、こころの周囲を漂う様々な面を猫の姿のお燐が追いかけている、それを目で追うお空とこころ、言葉はなくとも騒がしいなと声を出せずに笑った。

 こう考えている思考もバレているようで、第三の目だけで睨まれる。目は口ほどに物を言うらしいが‥‥今の睨みからはうるさいから黙れと言われた様に思えた。喋っていないのに黙れとは‥‥難しい視線を浴びせられて変な感覚を覚えてくすぐったい。

 黙れというよりも黙らされている今現在、相変わらず唇の封印は施されたままだ。紫の術式よりも逸しにくい術式で、術者が解いてくれるのを待つしかないと思い、そのままさとりの座る机に開かれた赤い書物へ視線を戻した。

 

 中身は何かと少し読んでみると、右の隅から○月☓日・第12……と縦書で書かれているのが見える。書き出しの雰囲気から日記帳か手記のように見えてそれ以上覗くのはやめた、見せるための書物なら一緒になって読んでいくが、他人の綴っている日記を読むほど無粋ではない。

 読んでいいと言われても進んで読むことはないだろう、誰が何を考えているか……それを考えるのが楽しいわけで。私は今こう感じている、私にはこう見えたというのを本人から聞いてしまっては面白くなくなると考えているからだ。肩越しにそれが覗き見える今の立ち位置、口は閉ざされているが目は閉ざされていない。見てもいいというさとりからの言葉ない言葉なのだろうが、あたしはそれをヨシとしないので自ら両の瞳も閉ざした。

 こうなると残りは聴覚しかないわけで、意識しなくても耳だけが敏感になり色々と聞こえてくる、さとりが何かを書き留めてシュッとページを捲る音。漂う面を追いかけるトットトッという身軽な四足の跳ねる音。ファサッと柔らかな何かが羽ばたいて送る風の音、後はあたしの尻尾にじゃれついて楽しそうに笑う声。どうやら帰ってきたらしい、こころの天敵であたしの尻尾の怨敵、妹妖怪。

 

 帰ってきて良かったわねと、閉ざした両の眼を開き肩越しに見えるさとりに目を見やる。近い距離で目が合いその瞬間にウインクすると小さくため息をついて、書き綴っていた書物を閉じた。

 パタンという音と共にあたしの口の封印が解かれる、あたしの吐息ですっかり蒸れたその手をハンカチで拭うさとり。匂いは嗅ぐなよ、きっと煙草臭いと思うから。そんな事を考えたら拭った手で耳から垂れる鎖を引っ張られた、何かのスイッチではないのだが。

 変なところだけ妹に似ていると念じてみると、言われたジト目が睨んできた、睨み返すとすぐに手放したが、次は妹の引っ張る番になるようで。指で弄んだり引っ張ってみたりと存在をアピールしてくれる帰宅したての妹妖怪、今日はいつもよりも認識しやすい。耳のカフスがいい餌になってくれた。

 

「妹妖怪捕まえた。こころ、今なら復讐出来るわよ?」

「今はもういい、代わりの面があるから‥‥被りたくないけど」

 

「こころちゃんを連れてきたのはアヤメちゃんか、言った通り好みになったでしょ?」

「そうよ、演目のご本人巡りのついでに今晩はお泊り。お姉ちゃんにはフラれたから、こいし、一緒に寝ましょうか?」

 

「何々泊まってくの! こころも一緒!? あ、こいし様おかえりなさい!」

 

「閉ざした口を開くと一気に騒がしいですね、開放しないほうが良かったでしょうか」

「もう一度封をする? 次は手じゃあなくて唇がいいわね。目も閉ざしてあげるから、後はさとりに委ねるわ」

 

「狸のお姉さん‥‥本当に待ってますが、さとり様……?」

「放っておきなさい、お燐。待つフリをして内心で私を笑っているだけです」

 

 内心はさとりの言う通りニヤニヤと笑っているが、見た目だけなら目も閉ざし待ち続けているかわいい少女、のはずだったのだが両の頬を手で潰されたは、瞳を開くと妹妖怪達に左右から押されている。さとりの体に近い右側からは黒いフリルの付いた手で押されていて、逆の左側からは袖口に黒のカフスボタンを付けた手で押されている。このままだと愛らしい唇に皺が寄ってしまう、精神面ではお前らほど若々しくないんだ、皺は簡便して欲しい。

 それにしてもこの二人、いつの間にそんなに仲良くなったのか。何度も喧嘩していたのに、喧嘩をすればするほど仲を深めているなんて、お姉さんは妬ましいわ。

 

 頬を潰すのに飽いたのか、今度は人のスカートを捲って遊びだす始末、今まで静かだったお空も我慢の限界を迎えたのか混ざってしまい、一緒になってふわりと捲られる。

 二、三回捲られた辺りでお空が何か騒ぎ出した、アヤメ! 足が三本ある! あたしと一緒だ! なんて嬉しそうだ。あたしは女でついてはいないから本当なら二本、真ん中の一本は毛深い縞柄の足で本当なら尻の間の辺りから見える物。

 今は出すべき場所がないから仕方なく下に垂らしているが‥‥おかげでさとりにお母さんらしくなったじゃないですかなんて言われてしまった、姉だったり母だったり随分と忙しい身だ。

 

 時間は昼餉を過ぎて少しした頃、それなら母でも姉でもどちらでもいい、年長者のそれらしく昼餉の準備でもしましょうか。この場から一旦抜けだすのにも使えるいい手だ。

 お燐を借りると念じてみるといつも一緒でしょうにと返された、少し不機嫌そうな声色。偶には一緒に並んでみる? そう念じると少し悩んで、それなら一緒に並ぶ前にお燐と一緒に練習しますと返ってきた。

 練習ね、付き合うなら当然お燐か、お燐なら手際もいいし良い先生役になってくれるだろう、主人には甘いから、強く言えなくて窘められそうにないのが残念なところか。

 それでもまぁいいさ、練習すると言ったんだ、満足するまで練習したらその時は並んで立つとしましょうか。お燐にしっかりと監督するように言っておこう、窘められなくてもほめて伸ばす方法もある。

 

「お燐、練習のお手伝いよろしくね」

「何言ってるんだいお姉さん? さとり様は料理出来るよ? 他の家事もお上手なんだ」

 

「台所に立つ姿なんて見たことないわよ?」

「あたいが覚えてからはあたいの仕事さ、最初にあたいに教えたのは誰だと思ってるんだい?」

 

 それもそうねとジト目に目をやる、珍しく視線を逸らされてしまった。出来るくせに練習なんて言い出して、本当はやる気がないのかね。人の事をやる気のない顔だと言うくせに、自分だってやる気がないじゃあないか。

 他人の思考を読み取ってズケズケと言い放つくせに、自分の事は殆ど話さないこの覚り妖怪。まあいいか、後の楽しみとして今は流すことにしよう。

 

 すっかり五月蝿くなってしまった地霊殿の一室、少し一服と言って一人で部屋を出る。扉を開いて歩き出す前、右手側から強い視線を感じた。視線の主は羽を乱れさせた案内係のでかい鳥、帰って来た挨拶でもされたのだろう、みすぼらしくてかわいそうな姿。 

 お前も大変だねと軽く撫でながら飛び出ている羽を数本摘む、さとりの使っていた羽根ペンとは違うがなんとなく筆を持つように握ってみる、そのまま筆を走らせてみたが何かが描けるなんてことはなく虚しさを覚えただけだった。

 握っている羽を指先で摘むように持ち替えながら待合用の客間へと向かう、皆して狭い書斎に押しかけたからか、やたら広く感じられる空間。自分一人しかいない狭く広い部屋のソファーに横たわる、倒れこんだ勢いのせいでスカートのスリットが開き足が露出する。

 脱いでいないのに見える足に違和感を覚えるが、赤い屋敷の門番辺りはいつもこんな感じで露出させたまま昼寝しているし、慣れれば気にならないのだろうか。それならあたしもそのうち慣れるだろうと気楽に考えて天井を眺める。

 

 そういえば一服しにきたんだと、煙管を取り出すつもりで右手の袖下の辺りに手を伸ばす。伸ばした手が空を切る、慣れきって見なくとも掴める物がそこにはなくて思わず目をやった。視界に映るのは白いシャツの袖口、腕から下がっている白い袖が無い分いつもよりも軽快に動く腕。そうだった今は着物じゃなかったと思い直させてくれた。

 着物の袖に入れたままで今は手元にない相棒、取りに行くのも面倒で仕方ないかと煙管の代わりに羽を咥えて歯で動かす。ピコピコと動く羽の先を見つめて考える、煙管がないのは困るなと。次は煙管入れとかます、それを通せるベルトでも買おうか、良い物が見つかるとありがたい。

 思考ついでにこれからのことも考える、昼餉のおかずは何がいいか?

 昼というには遅く3時のおやつには早い頃合い、何がいいかね?

 こころ以外の各々の好みは把握しているが、人数が人数だ。量を作らなければならず面倒臭い、人数もいるしささっと出来る簡単な物にするか‥‥妹や子に食わすなら簡単な物でもいいはずだ。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。