東方狸囃子   作:ほりごたつ

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旅の買い物も醍醐味の一つ そんな話


第八十話 演目巡りの中休み

 赤と黒のタイルが交互に並ぶ廊下を歩く、コツコツとリズムよくなる靴音を聞きながら洋館の扉を押し開いて外に出た。今朝から誰かと一緒のせいでなんだか久しぶりに一人の時間に思えて、随分と気が楽だ。

 一緒に来ている妹面はここの屋敷の主に一時預けて、これから一人で少しのお買い物、私も一緒に行くと言ってきたがさとりに読ませて協力させた。買い物ついでのサプライズ、夏服を見るついでに愛しい妹面に何か買おうか。そう考えるとさとりもすぐにノッてきてくれて、上手く誘ってこころの心を引き剥がしてくれた。妹思いの優しい姉妖怪はこういう時には扱いやすい、簡単に礼を言って一人で旧都の喧騒の中に向かって歩き出した。 

 さとりに興味を持ったこころの話が落ち着いた辺りで、何かこれからの季節を涼しく過ごせる夏服は思いつかないかと聞いてみたが、さとりも思いつかないらしく、どうせなら仕立て屋さんに聞いてみてはと代案を出してくれた。

 

 聞けばなんでも、勇儀姐さんやパルスィも御贔屓にしている店らしくてそれなりに腕もいいらしい、色々な洋服を手に取り、あれやこれやと話す姦しい鬼神二人を想像して思わず笑ってしまった。そんなあたしの妄想を映像として読み取ってさとりも笑ったため同罪だ、もしもこれが裁かれるなら二人仲良く裁かれようと笑ったままで伝えると、三つのジト目で頑なに拒否された。本当につれないジト目様だ。

 さとりに教わった通りに旧地獄の街道をちんたらと歩いていく、外と関わらないくせに仕立て屋さんなんてよく知っているなと思ったが、最近は買い物なんかでよく出歩くらしい。あのさとりが、と思ったが元を正せばどうにもあたしのせいらしく、他人事だと笑わないで下さいとお叱りを受けてしまった。他人事には違いないはずだが笑ってはならない理由があったかね、引きこもりの考えはよくわからない。

 

 店へと向う途中で数人から声をかけられる、エロい顔した男と下卑た笑いを浮かべる女。

 鬼との喧嘩をしてからというもの、やたらとこの手の輩から声を掛けられることが多い、男の方は一蹴して終いだが、女の方は面倒臭い。大概が勧誘話で、うちで一緒に客を取らないかという儲け話。見た目と気風が気に入られて誘ってくる事自体は嬉しく思うが、客を取るなら自分一人でやったほうが儲かるし、その気は起きないから誘いに乗ることなんてなかった。

 他にも声かけてくる者がいる、その内の狸の姐さんなんて言ってくる奴らは可愛い手合が多い。向かう途中でそんな相手、姐さんと声をかけてくる二人とも会った。

 

 若い鬼の男と紫の羽織が目立つ青年くらいの蛇の男。二人とも名前は知らないが面識はあるし酒の席も共にした事がある相手。勇儀姐さんとの弾幕ごっこ(物理)の後に始まった宴会でご一緒した二人だ、片方は弾幕ごっこ(物理)の前に殴られ店から飛び出した鬼で、もう片方は声をかけられていると勘違いした紫の羽織。

 地底の町で声をかけてくる男は大概が買い目当ての鼻下の長い輩ばかりだが、この二人からはそれを感じられず、気安い会話が出来る相手と考えていた。相手の方も同じようで、偶には色のある事でも言って誘ってくれてもいいのにと、科を作り少しからかった事があったが、星熊の大将のお気に入りに手を出す勇気はないとフラレてしまった。

 別に勇儀姐さんの女ではないのだが、そう言われては言い返す言葉もなく、毎回なんでもない世間話をしたり、一人酒の場合は飲み相手として付き合ってもらっている。今日は誰目当てかと聞かれたので蛇目当てだと微笑んでみると、狸に狙われたら本当に喰われるから勘弁してくれと笑われた、冗談も通じる面白い男たちだ。

 会ったついでに二人にも聞いてみた、夏服代わりにあたしが着るなら何がいいか。鬼の方はどこかの誰かさんみたいな肩口から下げて着崩した浴衣、裾も広げているとなお良しって笑いやがった。後で見ていろ実際それで迫ってやる。

 蛇の方は普段はかっちりとした着物なんだから、夏服くらい足出したり肌を見せたりしてもいいんじゃないかと言ってくれた、こっちも下心が見えなくもないが、理由は筋の通った物に聞こえたのでそっちを採用することにした。

 

 仕立て屋さんの場所もついでに再確認して二人と別れた、別れ際に大将の相手に飽きたら宜しくなんて言い逃げていったが、その気もないくせに言うなんて誰かに似て口が軽くてなんだか笑えた。煙管を燻らせながら煙のようにふらふらと歩く、どこかの飲んだくれ幼女のように千鳥足ではないが肩を揺らしてふらふらと。なんとなく歩く姿を想像し、これも同じ中毒者かと、想像で描いた自分の背中を見てニヤけた。

 少し歩いて目的の店に着く、外から眺める感じでは吊るしの一揃えが多く並ぶ呉服屋といった感じだが、さとりの話では頼めば仕立てもしてくれるらしい。

 

 そこまで本格的な物はいらないと考えていたので、何か吊るしで良い物があれば、それくらいの軽い気持ちで店内へと入る。店に入っても迎える言葉はなく静かな店内にカチャカチャと何かを選ぶ音だけが聞こえた、先客でもいるのかと音の方へと目をやると、会いたいときにはいなかった赤い一本角の黄色星が目に入った。用事とはここだったのかとバレないように気配を殺し、あたしに対して向かってくる注意や警戒の意識を逸らして背後から声を掛けた。

 

「それだと姐さんの体には苦しそうね」

「うぉ! アヤメか、なんだい来たのか。これじゃ小さいかねぇ」

 

 手にとっているのは襟が大きめで白地の開襟シャツ、丈が短めで腰の部分が絞られたピタッとした縫製の物。姐さんが着れば確実に似合うだろう造り、普段着のそれとは違って着物の時のような趣味の良さが見える服だけれど‥‥姐さんの性格と体格を鑑みると少し苦しいような気がした、非常に我儘な、同姓から見ても羨ましいと思える体つき。そんな体の癖に大して気にかけず豪快に動くもんだから、耐え切れなくて弾け飛ぶボタンは数知れず。

 おかげで普段着は動きやすいあの運動着っぽいやつだけだ、何度か苦言を呈したが笑ってすまないというだけでまるで気にする素振りがない、困った我儘ボディの持ち主だ。

 

「またボタン飛ばして終わりよ?」

「そう言われると自分で着る気が起きないな、ならこれはアヤメに買ってやろう。気に入ったから後で着てみせろ」

 

「あらいいの? 確かにサイズはあたしのサイズだけど、白だと透けるのよね」

「透けるくらいがなんだってんだい、下着が見えて恥ずかしがる乙女でもないだろう?」

 

「コレしか着ないから下着の習慣がないのよ、冬場は寒いから下は履いたりするけど」

「おうおう随分健康的だ、なら中に着るのも選んだらいい。ついでに買ってやる」

 

 コレといって着物の合わせを直す仕草、緋襦袢は着るがその下は大概何も着けていない、なんだか窮屈で苦手としていて着け慣れない、なくて垂れてしまうほど大きくないしまだまだ張りもあるから問題ないと考えている。

 しかしありがたい申し出を受けた、あたしが見ても趣味の良いシャツでそれを買ってもらえるなら素直に甘えよう、お陰様で予算が浮いた。

 

「鬼の大将らしく気前がいいのね、惚れてしまいそうだわ」

「着ている所を見た後で脱がしてやってもいいぞ?」

 

「残念ね、今日は一人じゃないからゆっくり出来ないのよ」

「なんだ、またぬえか? それとも新しいのでも引っ掛けたか?」

 

「最近出来た可愛い妹よ、姐さんが人里で酒飲みながら見ていたと思う相手よ」

「ってぇ事はあの付喪神か、なんだい手が早いじゃないか。後で紹介しなよ、あいつも面白そうだ」

 

 忘れ去られた鬼だってのに、あの飲兵衛子鬼と二人して人里の飲み屋の二階を貸しきって、酒を煽って騒いでたという勇儀姐さん、多分こころの喧嘩も見ていたはずと思いカマかけてみたが正解だったか。姐さんの話を聞いたのは人里が騒ぎ出してからすぐで、見た目エロい妖怪がどんちゃん騒ぎしていると聞いてピンときた時だ、それからこころの喧嘩までしばらく日が空いていたと思うが、何日あそこで騒いでいたのか。

 顔を出さなくてよかった、付き合っていたらキリがないところだった。

 

「勿論そのつもり、というよりその気で来たのにいないんだもの」

「そいつは悪かった、今日は朝からここにいてな? 中々決まらなくて困ったもんだ」

 

「朝ってもうすぐ昼餉だけど、何時間悩んでるのよ」

「来たら開いてなくてな、無理言って開けさせた」

 

「姐さんに優しく抱き起こされるなら羨ましいけど、どうせ叩き起こしたんでしょう?可哀想に」

「なんだい、やけに誘ってくるな? あんまりしつこいと攫っちまうよ?」

 

「今日はダメって言ったでしょ? それより服はもういいの?」

「気に入った一枚はアヤメに買ってやる事になったし、あたしのはもういいさ」

 

「あたしのってのはどういう事かしら?」

「自分のが決まらないからな、他人のなら決まるかもしれない。買ってやるから選ばせろ」

 

 つまりは着せ替え人形をさせろってことか、この口ぶりは断れないパターンだし逃げるのも無理か‥‥なら少し自分の好みを混ぜられるように譲歩してもらおうか、夏物買いに来て冬物買われても困る。

 

「ちなみに、何も言わずに選んでもらったらどうなるのかしら?」

「あたし好みになるだけさ、どれ試験代わりに選んでみるか」

 

 少し時間を寄越せと店の中で動き回る姐さんを眺める、それなりに時間が掛かりそうだったので一旦外に出て煙管を燻らせる。しばらく待っていると決まったらしい、店の中から手で招かれた、煙草を踏み消し中へと戻る。

 こんなもんだと店内で店開き、鬼の選んだ物を順に手に取っていく、最初に手に取ってみたのは着丈が短めの浴衣、濃い目の藍色で背中には似たような色の糸で施された鯉の刺繍。髭や目の周りと一部の鱗だけに金色の糸が使われていて、浴衣の色合いを豪華な物にしている。

 二枚目に手にとったのは洋装らしい、裾の周りにフリルの着いたミニ・スカート型のワンピース、色は黄でフリルは黒という作り。何処かで見た気がするが思いつかず、気にせずに手にとって肩に当てた時に見せた姐さんの笑顔、口角を釣り上げたらしくない卑屈な笑い。狙ったな、さては。

 後数点持ってきた洋服があるが、どれもこれも敢えて狙って持ってきただろうふりふりで可愛らしい物ばかり、着る人が着れば似合うだろうが‥‥さすがに着こなせる気がしない。

 

「却下、というか試験代わりって自分で言ってこれなの?」

「スマンスマン、こっちは唯の遊びだ。袖は通さないが、全てを肩に当てるのを見てるだけでも面白かった」

 

「持ってきてもらった手前、宛てがいもしないのは、ねぇ?」

「そういう変な律儀さはお前のいいところだ、こっちが本命さね」

 

 そう言いながら差し出してきたのはまたしても洋装、またかと思って広げてみると思った以上に悪くない物。一番大きな服から見ていくと、少し股上は浅いが丈はマキシ丈のロングスカート、色は黒で膝より少し上くらいからスリットの入った動きやすそうな物。

 もう一枚は黒のシャツ?かと思ったがそうではないらしい、どこぞの腋巫女の様に袖のない形でピタッとしたインナーが一枚。なんとなくあの橋姫を思わせる黒のインナー。

 

「上も下も真っ黒なのね」

「買ってやる予定のもう一枚があるだろう?」

 

「なるほど‥‥これなら悪くない気がするわ。試着してみようかしら」

「その銀縁のおメガネに叶ったかい?徳利は預かるから着替えてきなね」

 

 スルスルと帯を解いて試着室にかけていく、帯といっても細帯で止めているだけだからそれほどの手間ではない。着物も脱いで備え付けられた眺めの衣紋掛けに通しておく、浴衣があるくらいだ、着物用の(ゆき)の長い衣紋掛けも問題なくあった。

 緋襦袢を肌蹴させてふと気がつく、洋装で下着がないのはちょいと困る。カーテン越しに待っている姐さんに下着も何か寄越せと言ってみると、黒で臀部側が紐のような下だけが渡された、紐ではなく下着がほしいと文句を言うが尻尾が邪魔だろうと正論が返ってきた、なら上はと聞くとインナーで十分らしい。パルスィのお墨付きだそうだ、それなら安心。

 

 襦袢も脱ぎ下着を履いてスカートに足を通す、普段よりも随分と涼しい。スリットが思ったよりも高い位置、太腿辺りから入っているが涼しいから丁度いいだろう、インナーを着るとパルスィの言う意味がわかった、丁度胸の辺りでラインが付いていて厚手になっている。これなら問題ないだろう。

 最後に白の開襟シャツの袖に腕を通す、長袖だが生地は厚いものでもないし、暑ければ袖を折るなり返すなりすればいだろう。インナーもシャツも丈が短めでスカートの股上も浅いからか、ちらりと腹が出るが問題ない。寧ろ涼しくていい。

 備え付けられた立ち見鏡で整えて、とりあえずの着替えを済ませた。

 

「着替えてみたけど、どうかしら?」

「悪くないね、さすがあたしの見立てだ」

 

「そうね、姐さんやっぱり趣味がいいわ」

「おだてたな? ノッてやろう、これも付けとけ」

 

 手渡してくるかと思ったが渡されず、受け取ろうと伸ばした手を避けるようにして、あたしの頭の上へと伸びる姐さんの腕。

 左耳を摘んで何かをはめられるような感覚、少し強めに指で抑えられきっちりと固定されたそれ。何が着いたかと見てみると眼鏡の銀に合わせた銀のカフス、凝った意匠はないが、中央から短い鎖の垂れている物。お揃いのつもりかね。

 

「なんだか管理名札でも付けられたみたい」

「はっはぁ、値札なら買うんだがなぁ」

 

「そういえば片方だけ?」

「あたしが四つで萃香が三つ、この間顔を見せたあいつは本来二つだ。なら一つでいいだろう?」

 

「枷に嵌められるほど悪いことしてないわ」

「逆だ逆、繋がってない鎖なんだ、枷から外れた外法者さね」

 

「なるほど、それならいいか。折角の贈り物だし有りがたく頂戴しましょ。本当にいいの?」

「鬼に二言はないよ、決まりならそのまま帰れ。履いた下着を脱ぐ気はないんだろ?」

 

「残念だけど今日はダメね、またそのうちに来るから‥‥その気があればその時に」

「言ったな? 嘘は嫌いと知ってて言うんだ、服はその代金代わりにしてやるさ」

 

 言うだけ言ってお預けばかりが続いていたからか、気楽に返してしまって取り返しがつかなくなってしまった。

 まあいいか、それはそれとして楽しめりゃあいい、お空の起こした異変の時に散々裸は見られているし、包帯の換えなんかもしてくれた姐さんだ、今更恥ずかしがる事もない。

 その気があればと保険もかけた、その気がないと断るのなら嘘にはならないだろうし、そもそも本気なのかも定かじゃあない。

 

 服のお礼を丁寧に述べて、こころへの土産を探していると耳で揺れる鎖をちょいちょいと指で弄ばれる。何を探しているのか聞かれて妹への土産と答えると、これなんかいいんじゃないかと銀のカフスボタンを手渡された。

 あたしも気に入ったのでこれと似た黒のカフスボタンに決めると、自分の趣味はいいと自画自賛を始めた勇儀姐さん。本気で選べば趣味がいいのに、着られるサイズがなくて大変ねと少しの軽口を言ってみると、文句を言うなら脱いで行けと、笑いながらひん剥かれそうになった。

 笑って冗談だと言うが、自身の力加減を考えてやって欲しい。本気でひん剥かれるかと思った、人前だとちょっとと言っていたヤマメの気持ちがわからなくもない。

 替えの下着を数枚とインナーも数枚、ついでに浴衣も自費で購入し、着ていた着物を畳んで貰った紙袋に一緒に収める。帰宅したらしっかりと虫干しをして大事にしまおう、次の季節で楽しむために。

 笑っている姐さんに洋服のお礼と別れの挨拶を述べて仕立屋さんを後にした。

 

 店を出て少ししてから気がつく、勢いで買い物を済ませてすっかり忘れていたが、尻尾をどうしたもんか。

 手を振って出てきてしまった手前、格好悪く戻るのも気が引ける、とりあえず地霊殿までは飛んで戻ればいいとして、尻尾穴は‥‥さとりかお燐にでも頼んでみよう。お燐の服も多分尻尾用の穴が空いているはずだ、なんとかしてくれると祈ろう。

 問題は後回しにしておいてとりあえずだ、この格好で何を言われるか。見立てが鬼と知って何と言うか、そんな楽しみを胸に地霊殿への帰りを急いだ。 


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