東方狸囃子   作:ほりごたつ

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慕われて頼られて そんな話


第七十九話 演目巡り 目録外

 感情の見えない瞳で何を見るのか、旧地獄街道の町並みをまるで珍しいモノでも見るように眺めて隣を歩く、感情豊かな無表情。被る面はしばらく前から火男のまま変わらないから、楽しんでいる事は感じ取れた。

 因みに先日の様な大所帯とはならず、今はまた二人に戻って街道を歩いている。大穴の入り口からさっきまで一緒だったヤマメキスメは、先程のまでの尋ね人だったパルスィの橋で別れる事となった。元々が面白半分の暇つぶしでついてきたのだろうし、特に言うこともなかったので気にせず、また帰りにとだけ告げると、三人揃って片手を振ってくれた。

 放った言葉に対して言葉以外で返してくれるのも面白い、仕草だけで伝わるモノもある。何かを返すのに難しい言葉は使わずとも、意外と簡単な事で意思の疎通が図れる。

 隣の面も教えてくれた事、中々に面白い。

 

 土蜘蛛橋姫と続いて次は華の三日月大江山、そう考えていたのだが勇儀姐さんは見当たらず、通りを歩く雄の妖怪を捕まえて聞いてみると今はどこかへ出ているそうだ。

 どこへ行ったか知らないが帰ってくるまで待つのも暇だ。どうしたもんかと考えて思いついたのは地霊殿、演目巡りの内にはいないと思ったが来たついでに顔を出そうと考えた。

 思い立つ日が吉日とも言う、用事はないが行ってみよう。こころと二人歩みだそうとしたけれどあたしの前で動かない雄。暑さに負けて開いたままの着物の肩口、その中央を鼻下伸ばして眺める雄、正直な視線は嬉しいが今はこころもいるしその気もない。

 お兄さん、ありがとう、そう言って頬を撫でながら冷たく笑う。殺気など込めていない唯の謝辞のつもりだったが表情から勘違いされたのか、一目散に逃げられた。

 

 肩口を直し少し考える、センスのいい着物をくれた相手に夏服の相談をしてみよう。

 主体で着るのはこの着物だが、他の少女達のように身軽な物を持っていてもいいかもしれない、そう考えての思いつき。見立てついでにまた貰えれば考える手間もない、悪くない考えだとニヤニヤ笑いこころの手を引いた。あたしの笑みを見て怖いなどと付喪神に言われたが、女は怖いものだと教えると難しいがそれが色なのかと何かを納得してくれた。

 

 狐の面など被ってくれて、そう真面目に捉えては覚えるのはまだまだ先だと、薄く笑って面を眺めた。コロコロ変わるこころの面、色々見てきて最近わかってきた。

 例えば今の火男面、楽しい時や面白い時など喜ばしい感情の時に見せる面。連れ歩く中でよく見せてくれる面で、案内役としてはありがたく感じられる陽気な面だ。

 次に多く見るのは猿の面か、何かに悩んでしまったりどうしたらいいかわからなくなった時に被る面。個人的にはこの面が一番気に入っている、疑問疑惑を解きたい時に被って近寄って来る姿。中々に悪くない。他にも真剣な時に被る狐面や悲しさを表す姥の面、福の神や般若なんてのも見せてくれるが常日頃は女の面だ。貴族の女が微笑んでいるような面、何事もなく落ち着いている時はこの面で過ごしている。

 もうすぐ地獄街道の町並みも見慣れてこの女面に戻るだろうが、これから会わせる相手にはどんな表情を見せるだろうか。こころの心を読む相手、感情の見えない瞳VSジト目になるが両者の表情がどうなるか、少し楽しみだ。

 

 右を見ればアレは何?

 左を見ればソレは何?

 と、質問の雨あられが飛んでくるが、テキトウに返答をして目的地へと歩んでいくとほどなく着いた地底の町の中心部、町並みは古き良き日の本の国らしい長屋や造りばかりが立ち並ぶ地底世界。そんな中一箇所だけ西洋様式で建てられた洋館、地霊殿。

 地底の者達は、ここに住んでいる妖怪を忌み嫌い恐れて近寄らないって話だったが、この異彩を放つ造りの建物も近寄らせない雰囲気作りに一役買っている気がする。門戸を開き潜って踏み入ると、香箱組んで静かにしていた大型の黒い猫が瞳を開き立ち上がる。あたしと並べば腰よりも上に背中が来そうな大きな姿、後ろ足で立てばあたしよりも大きいだろう。

 

 自然界にいれば弱肉強食のてっぺん辺りにいる黒猫、それがあたしの太腿に頭を擦り付け甘えてくる。野生など失われた愛らしい姿、黒豹なんてジト目は言っていたがこの姿は猫だろう。

 猫にしては鳴き声も野太いし体も爪も大きめだが、甘える仕草やしなやかさはここの火車が猫の姿でいる時となんら変わらないものと思える。口をついて出たその火の車だが、屋敷にいる時は出迎えに出てくる事もあるが今日は来ない、趣味の拾い物にでも出ているのかもしれない。

 

 あたしに纏わりつく黒猫、少しでかくて威圧感があるからかこころが手を伸ばすことはない。さすがに妖怪で恐れるような相手ではないが、面としては爪を立てられたりしては困るのか、興味はあれど触れらないといった雰囲気。そんな面霊気の手を不意に取り黒猫の頭へと乗せた、嫌がることも暴れることもなく乗せられた手の動きを待つ猫。あたしの方を伺うこころ、そんな無表情を薄く笑って眺めているとこちらを見たまま手を動かした。

 ぎこちなく動く手が少し可笑しいがソレに対して笑うことなく薄笑いを崩さない、猫の方は少し困り顔だが首を撫でるとそのままでいてくれた。話さないペットたちも賢くて愛らしい者達が多い。動物は愛でるものですよ、ここの主から言われたこの屋敷のマナーの一つ。言葉で言わず仕草で伝える、これもその内の一つといえるかもしれない。

 ポンポンと軽く首を叩くとあたしたちより先に屋敷の中へと戻っていく黒猫、来訪を教えてやってくれとお願いしてみたがウマイこと伝わってくれたようだ。玄関から左右に伸びる通路、その右手側の通路に建て付けられた窓越しに動く大きな灰色が見えた。今日の出迎えはジト目の主ではなくあの案内係らしい、玄関扉を開くと案の定目つきの悪い鳥がいた。

 

「アヤメ、目が怖いこの鳥は何?」

「案内係のハシビロコウさん、目つきは飼い主に似て悪いけど、賢いのよね」

 

 あたしよりも高い位置にある嘴に手を伸ばす、体は動かさず目だけを動かしてこっちを見るハシビロコウさん。何度会っても威圧的で会話もないからか何故かさんとつけてしまう、それでも違和感がないから不思議だ。

 さすがに威圧感に負けたのかこっちには近寄らない面霊気、黒猫を撫でる時は狐面だったのに今は猿面だ。怖いという割には困っている時の面なのがなんとなく可笑しくて少し和んだ。

 

「主はどこかしら?」

 

 言葉を聞いてやっと動き出すハシビロコウさん、向かう先は書斎の方。客間ではなくそちらへ通してくれるくらいにはこの鳥にも信用されたようだ、言われず態度だけでもなんとなくわかった。

 こころの手を引き廊下を歩む、偶に強めに手を引いて歩む。少しだけある絵やツボなんかの調度品、それでもこころの心を掴むには十分なものらしく、立ち止まりかけてはあたしに引かれるこころ。同じ品物同士気になる何かがあるのかね。

 

「さとり、来ちゃった。入ったわよ」

「ノックもせずに扉を開けて‥‥言う事は入った、ですか。行動も言葉も間違ってないのが腹立たしいですね」

「さとり?」

 

「こんにちは、秦こころさん。ようこそ地霊殿へ、招いてはいませんが挨拶くらいはしますね。古明地さとりです」

 

 この場にふさわしい言葉で話しかけてみるが、腹立たしいなんて開口一番からつれないジト目だ。それはともかくとして、気になったのはこころの面。こころを読まれて何を被るのか気になっていた、狐か大飛出辺りと考えていたが、予想通りの狐面。

 

「狐の面なのね、やっぱり」

「アヤメ、何かしたの?」

「何もされていませんよ、何もせず驚くこころさんを見て笑っているだけです。信頼し過ぎても後で痛い目を見ますよ、こころさん」

 

「痛い目にはもうあった」

「アイアンクローなんてわざとらしい照れ隠し、まぁ体感しているならわかるでしょう。今も狙われていますし、離れたほうがいいかもしれませんね」

 

 使いに出した黒猫を側に置いて、三つのジト目であたしを見つめる地霊殿の主。古明地さとり

 この間は目を見開いたり手伝いをしたりと見せない姿を見せてくれたが、今日は開幕から平常運転絶好調だ。こころの心を読み取ってそこからあたしに軽口を言ってくる。

 見知ったあたしからすれば当たり前の会話の流れだが、こころはどう感じるのか。表情を作ることは出来ず面で感情を表す少女、名前を言い当てられてからずっと狐面だが、何を考えているのやら。

 

「何故名前がわかったか、それを真面目に考えていますね。私は覚り、心を読む妖怪です。納得してくれたなら良かった、アヤメさんは面白くないようですが」

 

「すぐにネタバレしては面白くないでしょ?」

「アヤメ、やっぱり酷い」

「他人の心をなんと考えているんですかね、読まなくてもわかるから返答はいいですよ。今日は‥‥能演目の本人ですか、ではなぜわた……ついでなんですね」

 

 問いかけには即答してそっちじゃない方を考えてみる、返答から溜息を吐くジト目はとりあえず放置でいいだろう。

 他人の心とは欺いて笑い惑わして笑う為のもの、昔からそう考えている。ただ気まぐれで相手を思うこともある、そうした方が結果自分も笑えることが多いと知れたからだ。

 そう考えさせてくれた内の一人はここの地獄烏達なのだが、恥ずかしいから自分からは言わない。こう考えているだけでさとりにはバレているが、多分さとりも言わないだろう。言えばきっと面倒になるとわかっているはずだから。

 

「そうですね。今でも十分お母さんですから、私から言う事はありません。自分から言うのを止めることもしませんよ?」

「母親? アヤメが産んだのがいるの?」

「いないわよ、あたしの子にしてはあの子は真っ直ぐ過ぎるもの」

 

「アヤメが照れてる、マミゾウやぬえ以外にもそんな顔する人がいたの」

「そのお二人に向けるものとは違った思いですね、どちらかと言えば貴方を思う気持ちに近いですよ。こころさん」

 

 狐面を被りあたしを見るこころ、そんなに真剣に見つめられると真剣に考えないとマズイ気がしてくる。確かにここのペット達には親のような思いがある、それは心地よい思いで否定などする気はない‥‥けれどそれをこころに対しても感じるかというと、まるっきり同じとは思えない。

 何が違うのだろうか?

 同じく真っ直ぐに向かってきてくれる相手、そこに違いはないがなにか感じ方は違う。

 では感じ方の違和感を探してみるか。

 まずお燐、あの子も素直だ、ソレは一緒、けれどあの子の素直さは自分に対しての素直さだ、あたしに向けることはないが火車らしい畏怖なんてのも持っている。初めて会った時も、腕を拾ってくるからと理由をつけて逃げようとする狡猾さも見せた、自分の心に真っ直ぐな素直で可愛い火の車。狡猾さはともかくとして畏怖という妖怪らしさはこころも持っている、異変の元凶として暴れ感情を奪うかもと不安を煽る姿。本人の意図したものではないが、結果そうなる、そう出来る力がこの子にもある。その辺りが似て見えて、同じような思いを抱くのだろうか?

 少し違う気がする、こころの真っ直ぐさはお燐の真っ直ぐさとは違うように感じられる。

 

「アヤメさんが悩む姿、何度も見てますが何かこう視点が面白い。自分の事なのにまるで自分は蚊帳の外にいるような感覚ですよね」

「主観で考えるよりもこっちのが纏まるの、癖よ癖」

 

「悩み事、さとりならすぐわかりそう」

「わかりますよ。アヤメさんもわかっているはずですが、この人は厄介な思考をしてまして‥‥結論はわかっているのに何故そうなのかと深く考える、私からすればそれは滑稽で面白いんですよ」

 

 あたしが真剣に悩む姿をジト目のまま薄く笑い眺めるさとり、そんなあたし達を女面を被り見比べるこころ。お前の事なのに落ち着き払ってくれて、冷静ね妬ましい。

 さとりも人が大真面目に考えているというのに滑稽とは辛辣だ‥‥だがまぁいい。あたしも他人の心を面白がっているんだ、逆に面白いものとされる事もあるだろう、気持ちがわかるから反論はしない、寧ろ共感者として一緒に笑いたいくらいだ。

 お燐との差異は考えた、なら次はお空か。こっちは比べる必要がない気がする、こころは聡い。あたしの心の機微に気がつくくらいに聡い、対してお空は全力で自分の事をぶつけてくるだけだ。まるでお空がアホの子だと聞こえるが実際アホの子だ、アホの子で馬鹿正直すぎてそれがたまらなく愛おしい。さすがにこころはそうとは思えず‥‥けれど同じような愛しさは感じる、腑に落としたはずのモヤモヤが登ってくる感じがした。

 

「フフ‥‥お母さんが困っていますね、こころさんから何か言ってあげては?」

「アヤメは母と呼べるほど包容力がない、でも頼れるよ」

「褒めてもらったのか貶されたのか、お母さんよくわからないわ」

 

「こころさんは素直に褒めていますよ、母は認めるのにこっちは認めないなんて確かに包容力がない。振り回されてお互い大変ですね」

「わかった上でのその口ぶり、またこいしと一緒に遊ばれたいのかしら?」

 

「本当に……誰かに鈍感と言われたことはありませんか? ここまで気がつかないなんて、アヤメさんって案外お空に近いんですね」

「それはお空と同じくらい可愛いって意味かしら、やっぱり飼ってみる?」

 

「お断りします、愛でても可愛さの見えないペットはいりません」

 

 つれない飼い主様だ、狸の姿はそれなりに可愛いとマミ姐さんの太鼓判を押されているが、断られてしまっては見せる必要もないか。それよりもだ、二人して包容力がないなんて。

 確かに雄狸と違って包む風呂敷は広げられないが、それなりに面倒見は良い方だと思っている。今日もこうして連れ回しているし、あっちは妹に振り回されてこっちはこころを連れ回して、言われる通り結構大変かもしれない。

 本当にお互い‥‥ね。

 

「気がついたらついたで一瞬でやる気のない顔をして、だらしないですよ? 妹さんが見ています」

「しっかり者の妹だから姉がぐうたらでも大丈夫、放っておいても強く生きてくれるわ」

 

「何の話?」

「ここの放蕩娘の話よ、さとりの妹でこころの面を拾ったあの子」

 

 あの覚りか、と狐と蝉丸をコロコロと見せる付喪神。

 何度かやり合っても全て負けてしまい、面を取り返えせなかった相手だったはず、今回の来訪では姿を見てないがこっちにいるのかどっかに出ているのかもしれないね、何回かに一回はこの屋敷で会うけれど、今日は会わない日になりそうだ、あの案内係の羽毛が乱れていなかった、いるならあの鳥はボサボサになっているはず。

 顔をあわせないで済みそうよ、そう伝えると女面に戻り安堵する妹分。ジト目の方はそれを見て少し難しい顔をしているが、どっちの肩を持つ気にもならず何も言わずに黒猫を見る。

 目が合いこちらに寄ってくる猫、お前は何も気にせず愛でられるだけでいいわね。言葉にはしないがそんな気持ちで頭を撫でる、気持ちよさそうに目を細める猫。

 会話が出来ない相手にはそんな顔をするのに、とジト目に横槍を入れられるが気にせず撫でてこの場を濁した。  


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