東方狸囃子   作:ほりごたつ

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考え過ぎはよろしくない そんな話


第七十八話 演目巡り 四番手

 普段のこの辺りなら、コツンコツンという、ブーツと地面が反響しては消えていく音を聞きながら進んでいくのだが、今日はその音は聞こえない。

 聞こえるのはワイワイとした少女の笑い声と、四人分の騒がしい反響音。いつもならどこかで水が落ちて波紋を広げている音も聞こえるが、そんな静寂の音なんて聞こえるわけもなく‥‥洞窟はいいなと思いに耽る事も出来ない。

 

 それでも偶にはいいか。楽しそうな声を反響させてワイワイと進んでいく少女四人、キスメを抱えたヤマメと並び、何かを話しかけながら歩みを進める面霊気。

 二歩分くらい後ろに下がり歩む三人を眺める、ヤマメのおかげで思い出せた立ち位置、横並びとはいかずに側で眺められるくらいのあたしの正位置。そういえば何事にもこれくらいの立ち位置できていたなと、今更ながらに考える。

 話題の中心や喧騒のど真ん中にはおらず、一足分離れて物を考えながら歩けるこの位置。性に合い心地よい位置取り、声も動きも聞こえるし触れようと思えば触れ合えるとても都合のいい距離間。

 この位置で満足して長く生きてきたはずなのに、いつから前を歩く喧騒に混ざって生きるようになったのか。それが当たり前と思うようになったのか、思い出そうとしても思い出せず思考が空回りするだけだった。

 

 煙管を燻らせてちんたらとついていくと、先を歩むこころが歩みを遅めてあたしの隣で合流する。隣に並びあたしの顔を見上げて歩くこころ、何も言ってこないが見上げる顔が愛らしく、少し強めに頭を撫ぜる。火男の面を浮かべてくれる可愛い面霊気。そういえば誰かを迎えに行くなんて、この子が初めてだったなと思い返す、誰かに会いに行く事も誰かと出かける事も多くあるが、誰かを誘い迎えに上がって出かける事なんて今までなかった。

 浮ついて舞い上がっていたのはこれが原因かね、頼られてもテキトウなところで見切りをつけて、程々のところで何事も済ましていたくせに。少し頼られたくらいで調子にノってしまって自分の調子もわからなくなる幼稚な思考、気心知れた相手に窘められるまで自分で気がつくことも出来なかった阿呆。

 

 この間、妖怪兎に言われたありがたい助言を思い出す。

 

『そのうちに今までよりも酷いしっぺ返しがくると自分でもわかってる癖に』

 

 しっぺ返し。

 

 なんとなくそれを思い出してしまって、隣に並んでいる頭を撫でる手を止めてしまう。一瞬あたしの方を見ようとこころの顔が動きかけるが、気にされることなくまた前を向いて歩き始めた。

 求められればそれに程々に答えて、求められなければ動くことなくそのままにしてきた。それくらいの距離感で満足してきたし満足だと思えていたのに、今はなんとも。

 モヤモヤした物が頭の中でついて回り、振りほどけないでいるけれど、切り替えられる時間はもうなく、次の目的地が見えてきてしまった。旧都の入り口、次の尋ね人である橋姫の守る橋。

 今の心境のままで顔を合わせて何を言われるか、心に関した事ならあたしよりも数段上手なあの友人。

 顔を合わせてボロが出て笑われるか、それともこのモヤモヤも妬んでもらえるのか、どうにも思考が纏まらないままに、想い人へと歩み寄っていった。

 手すりの欄干に背を預け何処か遠く、ないはずの空を見上げて佇む橋の女神だった者。誰ともなく待っている姿が絵になって足を止めて眺めてしまうが、ヤマメが声をかけてこちらに気づかせ視線が向けられた。

 さすがに目線を逸したりは出来ず、薄笑いを浮かべて少し遅れて歩み寄ると丁度自己紹介の始まる頃だった。

 

「秦こころ、面霊気です。橋姫さんに会いに来ました」

 

 会って早々見知らぬ相手を警戒するような、疑惑を見る目で睨まれる中、礼儀正しい挨拶をする。あたしからこころにこうしろと言ったわけではなく、この橋に来るまでの間に、ヤマメが話した橋姫の事を自分で噛み砕いて勝手にこうなってくれただけ。

 何を思ってくれたのかは知れないが、今まで引き会わせてきた者達とは随分と態度が違う、それを後ろで眺めているヤマメとキスメも笑っているし、しばらくはこころに合わせて動いてみよう。纏まらない頭で考えるよりは、雰囲気にノッてしまったほうがいい気がした。

 頭を垂れて表情がわからないこころを、薄く口を開いたままに睨んでそのまま止まっている橋姫。そんな思考の止まった橋姫にこころが次の言葉をかけた。

 

「耳尖ってるね。橋姫は尖っているの?面に耳はないからわからない」

「確かに面に耳はないし、本人に聞けるのだから聞いてみるのが一番ね。それに名前くらい教えてあげても」

「‥‥水橋パルスィよ、これは何? どうしたらいいの?」

 

「この子が舞台で演じた本人、それに会いたいと言われたから連れてきたのよ」

「で、どうしたらいいの?」

 

「さぁ? 会わせる事しか考えてきてないし、何かお喋りでもしたらいいんじゃないかしら?」

「案内役の割に何も考えてないのね、役に立たないエスコート役ご苦労様」

「色々してくれたから役には立ってる、悪く言わないでほしい」

 

「‥‥何か仕込んだの?」

「何も、最初の挨拶から仕込みなし。逸材でしょ?」

 

 あたしに見せるよりも随分と穏やかな瞳でこころの方を薄く睨み、小さな溜息を一つ吐く、緑の瞳を揺らして佇む嫉妬の権化さん。そいつに見られながら溜息をつかれてしまい、何をどうしたらいいのかわからなくなったのだろう、猿面を被りあたしを見上げるこころ。

 雰囲気から助け舟が欲しいらしい、何か少し言ってみるか。

 

「何か話してあげるくらいいいじゃない、減るもんじゃなし。それとも待ち時間が長すぎて色々忘れてしまった?」

「忘れた事もあれば覚えている事もあるわ、覚えているのは強い記憶。私の記憶‥‥わかるでしょう?」

 

「そう言われればそうね、話す様なことじゃあないか。嫉妬の話を聞いて楽しいのは人間くらいで、それも中年の女辺りだものね」

「橋姫は難しい、妬み嫉みを演じるのは私にはまだ難しい」

 

「そう、橋姫は難しいものよ。相手を知ってそれを妬む。相手の事を知った後は突き放すだけでその後はなくなる事ばかり。相手を変えての寄せては引いて。その繰り返しが続くばかりで、報われる事はない」

 

 妬みとは相手を知って自分よりも優れているところに感じる劣等感。裏返して考えれば、相手のいいところに目をつけられて嫌味を述べる言わば遠回しの褒め言葉、あたしが使う場合は後者の意味で使っている‥‥けれど、今はパルスィの言う方でしか捉えられず上手く使えない気がしている、寄せては引いての繰り返しか。そのつもりなく在り方を言われたようで耳が痛い。

 

「でも、パルスィの周りにはヤマメとかキスメがいるわ?」

「こいつらが変わっているだけよ、呼んでもいないのに来てくれて。行動的で妬ましい」

 

「アヤメも呼んでないのに迎えに来てくれた、妬ましい?」

「妬ましいわね、素直な思いを向けられて妬ましいわ」

 

「可愛いでしょ、もっと妬んでくれてもいいわ」

「口だけの相手は妬まない、妬むモノがないもの。どうしたの?らしくないわね」

 

「ヤマメにも言われたわ、気持ち悪いなんて言われて泣きそうだったのよ?」

「気持ち悪いはともかく泣きそうに見えるのには同意するわ、何を思いつめているの?」

 

 空元気にもならない空元気はバレバレで‥‥心の機微に関しては見透かされても仕方がないか、隠しても気が付かれていただろうし今は隠す術も思い浮かばない、ならいっそと思ったがさすがに人が多すぎる。テキトウにごまかしてこの場を乗り切れればいいか、気持ちの面では負けてしまうが口数でどうにかすれば、離れるくらいは出来るだろう。

 

「思いつめるなんて事はないわ、今はこの子の事で胸いっぱいよ?」

「人をなんだと思ってるの?口だけの相手は妬むモノがないと言ったのよ、それともその程度ということかしら」

 

「それはない、けれど」

「言い切るのか言い切らないのか‥‥歯切れが悪いわね、やっぱり気持ち悪いわ」

 

「それはどうも、ならあたしは放っておいてこころを構ってあげて」

「そうね、会いに来てくれたわけだし、橋姫らしく妬んであげるわ」

 

 こころを置いて輪を離れる。

 猿面被ってこちらを見てくるが戻るに戻れず橋の逆側、手すりに腰掛け煙管を燻らせる、こちらを見ていたこころにパルスィが何か話しかけてあたしを見る目はなくなった、おかげで少し落ち着いた。

 さっきも思ったこの風景、声は届くし姿も見える、触れたくなったら行ける距離感。だけれど今は行く気にならず行こうと思えず‥‥いつもなら言いたいことをズケズケと言ってあの輪に混ざっていくが、今まではなんと言ってあの輪に戻っていたのか、それが思い出せなくてかける言葉がない、なんだろうねこれは。

 楽しそうに笑う友人達を眺めながらモヤモヤの理由を考える、けれども逃げる事で精一杯だった頭では当然纏まらず、モヤモヤは募るばかり。本格的にドツボにはまりかけた頃、輪から離れた鉄輪持ちがあたしに声をかけてきた。

 

「静かなアヤメなんて、天気が悪くなるからやめてほしいわ」

「なら何を話したらいいかしら? なんでもいいはずなんだけど、何も浮かばないのよね」

 

「ヤマメに言われた事を気にして一人悩むなんて、寂しい姿が絵になるわね妬ましい」

「妬むモノなんてないんじゃなかったかしら?」

 

「演者の前だもの、橋姫らしい事を言っただけ。実際は妬む要素なんて色々あるのよ。それを見て何か羨ましいと感じられれば、それは妬ましいモノ」

「随分と雑ね、わかりやすくて妬ましいわね」

 

「使うなら正しく使えと言ったはずよ」

「そうね、言われたわね。忘れてないなんて覚えがいいのね妬ましい」

 

「まだ雑ね、まぁいいわ許してあげる」

「手厳しいわね、それでも許してくれるなんて寛大で妬ましいわ」

 

 こんな風に話していたっけか、少しだけ思い出した。つい最近の事だというのにこうまで思い出せないとは、成ってから考えようなんて出発したてに思ったが、いざ成ってからでは考えられず困ったものだ。

 それでもおかげで少しはわかった、確かに要素は色々だ。妬み嫉みに限らずとも他の物でも色々あってそれでいい、それなら自分はこうと考えずに色々な面があってもいいかもしれない。らしさなんてそれくらいでいい気がしてきた。

 

「そもそもヤマメのお節介で吹っ切れた癖に、何を思い返すことがあるの?」

「聞いてきたの? お節介のついでのつもりか‥‥話ついでに言ってしまえば友人のお節介のせいで悩ましいのよ」

 

「お節介で悩むなんて、繊細なのね妬ましい」

「珍しく相談を持ちかけて見たけれど、いつも通りで変わらない。安定していて妬ましいわ」

 

「アヤメもいつも通りに返してくるじゃない、何がおかしいのかしら?」

「言われてみれば何も変わらないわね」

 

「強いて言ってあげるわ、無理に考えて安定させようと情緒が不安定になっただけね」

「それはつまり」

 

「必要のない無駄な足掻き、偶に見られるけどそれも性分なの?」

「‥‥性分ではなかったけれど、最近板についてきてるわ。困りどころね」

 

「あら、しおらしい姿が見られて周りは面白いかもしれない。それも持ち味にしてしまいなさいよ」

 

 ゲンナリとして自分に呆れていると、何処か楽しそうにほのかに微笑んであたしを見つめるパルスィ。腕組みして顔をわずかに傾けて上目遣いで舐める様に見られている、面白いか。

 あたしとしてはまたか、という残念な気持ちでいるのだが・・しかも今度は自身の事で空回り。前回のように読めない誰かの事でから回るならまだしも、自身の事でこうなるなんて。情けないったらありゃしない。

 

「顔色も少し悪いわね、鉄輪を巻いて川に浸かったわけでもないのにね」

「形相も変えたほうがいいかしら?」

 

「でもダメね、アヤメが川に浸かっても流れを畳に変化させるだけだし」

鰥夫(やもめ)を狙うほど飢えてないないわ、ヤマメは狙ったけれど」

 

「お盛んね、妬ましいわ」

「パルスィも‥‥って、何度もやる手じゃないわね。何度もやったら飽きられるもの、いつでも驚きを提供したい化け狸として、マンネリはダメよね」

 

 そのしおらしい姿も驚きの一つ。だから皆に披露しなさい、と先に輪に戻るパルスィに手招きされる。なるほど、狙った物ではなくても驚きは提供できるのか。少しだけ腑に落ちないモノを落とすように、小さくケンケンと片足飛びをしてよくわからないモヤモヤを腑に落とす。何が落ちたかわからないが、それだけでスッキリ出来たのですんなりと少女の立てる喧騒の輪に戻れた。

 橋姫と橋姫面の間に割り込んで両手に橋姫携えて、妬み嫉みも混じえたどうでもいい世間話の輪に混ざる。話す内容が些細な事なのだ、難しく考える事なんてなかった、しっぺ返しなんて身構えたが、案外些細な事かもしれないと楽観的に考えておくことにしよう。

 橋の女神に橋から見える美人狸に例えてもらったわけだし、今は気を良くしながら姦しくしていればそれでいい。

 

 

 余談だが耳は尖っているものだそうだ。

 とがらせるのにはどうしたらいいか、そう聞かれて困る橋姫は少しかわいく見えた。

 




鉄輪とは橋姫伝説にあるもので、火鉢の中に置く台座のようなもの。
理科の実験でアルコールランプを使い何かを温める時に台、みたいなやつです。

畳に変化や橋から見える狸ですが、下井手川の狸という昔話です。
落ちに補足なんてアレですが、自分も調べるまで知らない話だったので。


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