迎えに上がってここを降り、その道中で出会って小話。
帰りも同じで逆回り、それでおしまいの簡単なエスコート。
そうなると踏んでいたが、思った以上に楽しい二人旅となっている、いや、今は三人旅なのか。こころの抱える見慣れた木桶、そこから覗かせる緑の頭、今日もいつも通りの奇襲を受けて、通例通りに逸らして捕らえた。
あれは何? とこころに問いかけられて、何に見えるか聞き返してみると、案の定木桶と答えてくれた。その返答は木桶本人にも聞こえていたようで、狙う獲物が増えたと喜んで見せてくれた。
抱えて降りていく間で互いに自己紹介を済ませたようで、木桶の正体がつるべ落としだとわかると、演目にはないけどよろしくねなんて可愛い挨拶が聞こえていた。
地底の方でもそれなりに広まっているようで、新聞は読んだと、キスメもこころの事を少しだけ知っていた。あの清く正しい伝統ブン屋はどこまで届けているんだろうか、元上司に脅されて配っているのかもしれない。いなくなっても尚影響力を見せるあの連中、他の者に嫌われるわけだと小さく笑った。
舞台の話に花が咲いて初舞台は散々だったとこころがぼやくと、初舞台なのに私を呼ばないからそうなる、なんてつるべ落としが言い出した。
キスメに舞台の演出能力があるなんて知らなかったが、これから出会える地底のアイドルといつも一緒にいるくらいだ、その手の事に案外長けているのかもしれない。
少しだけ関心して、次は呼ぶから協力してねと伝えてみると、初舞台以外じゃあ意味がないと含み笑いで言われてしまった。
笑みが気になり少し考える。真面目に受け取り考えてみるが思いつかずに首をひねると、今なら首もすぐ取れそうだとつるべ落としのらしさが見えた。
初舞台だけに意味があるつるべ落とし‥‥ああ、なるほど。こけら落としと掛けたのか、そうと閃いて答えを述べると、気がつくまで時間がかかりすぎだと鬼の首を取ったような顔をされた。
取られてしまって少し座りの悪い首を撫でる。
アヤメが引っ掛けられた、面白いと火男面の妖怪に言われて更に座りが悪くなる、立つ瀬が段々小さくなる感覚を感じながら大穴をゆるゆる降っていく、いつもならそろそろ出会う場所。
少し周囲を伺うと、日光を浴びて輝く網の上で寝転ぶ金髪が見えた。
「いたいた、ヤマメ。ちょっといい?」
「お、アヤメじゃないか。また違う女を連れてどうした?」
「違う女連れが妬ましい? ヤマメもあっちみたいになるのかしら?」
「パルスィだけでお腹いっぱい、丸いのはスカートだけであたしの腰は括れてるさ、で?」
「この子は秦こころ、能楽師の面霊気。能の元ネタに会ってみたいとお願いされて連れてきてみたのよ、この茶色いのは黒谷ヤマメ。土蜘蛛さんよ」
「ヤマメ、宜しく。土蜘蛛ってあの土蜘蛛?」
「地上で暴れてた能楽師か、記事はあたしも見た。演じてくれたなんて光栄だね、わざわざ顔見せに来てくれるなんて尚の事光栄だ。歓迎するよ、ゆっくりしていきな」
「ゆっくりしようにも地に足がついてないから浮ついてしまうわ、降りない?」
「浮ついて漂ってる輩が何を言うんだい? まあいいか。能なら先にも行くんだろうし、暇つぶしには都合がいい」
漂っちゃあいるが浮ついては‥‥いるか、頼られて懐かれて普段の自分よりもだいぶ浮ついてる。お陰で隙をつかれて写真を取られた、少しの会話でバレるくらいに浮ついてるみたいだし、少しは気を引き締めるか。
ヤマメはともかく次の相手は油断したままだと恐ろしい、ましてや妬まれる要素を連れてきているんだ。天狗の忠告を素直に受け止めて、この子に何事もないように気を引き締めていきましょう。
ヤマメの張った滑落死防止兼餌狙いの罠を避けながら、見えない底を目指して降る。降る途中の話題は同じ能の舞台の軽い小話、表情を変えず火男面を被り元ネタと話す面霊気。
そんな相手と笑顔で話す演目の元ネタ 黒谷ヤマメ。
話すのに邪魔になると木桶を受け取り降っていくと、邪険にされたキスメから妬ましいのね、わからなくもないと変な情けをかけられた。含み笑いでこちら望むキスメ、何を言うかと思ったが‥‥言われてみれば自覚出来なくもないと感じた。
言われるまで気が付かなかったが確かに少し妬ましい、ここに来るまであたしにしか見せなかった面。それをあたし以外の誰かに見せる姿、それが少しだけ妬ましいと感じられた。
ただこれはヤマメに対して感じるものではなかった、ヤマメが誰に対してもこうなのは知っている、アイドルと呼ばれる通り誰にでも笑顔を与える明るさ、それはあたしも感じるし心地よいと知っている。そんな心地よさにいるのだ、こころが陽気になるのは理解できた、それでも思うこの気持ち、何に対して向けられた嫉妬なのか‥‥モヤモヤは晴れず底に着いた。
「アヤメ、ヤマメは面白い」
「世間話で褒めてくれるなんて中々ないね、いい友人じゃないのさアヤメ」
「可愛いでしょ? お気に入りよ」
「お気に入りとは、パルスィが聞いたらどんな顔するかね。これも中々なくて楽しそうだ」
「パルスィって?」
「これから向かう次の元ネタ、おっかない橋姫さんね」
橋姫と聞いて般若面に似た面を被るこころ、般若とは少し違った様相で歯を食いしばっているように見えるが牙はなく、髪は乱れ、目は血走っている。世間一般では橋姫はこういう認識なのかと面白くなり思わず笑ってしまった。
笑う顔を見て橋姫に似た般若面に変化するこころ、本人とはかけ離れたイメージで思わず笑ってしまった、そう素直に述べて謝るととりあえず納得はしてくれた。ただもう一人、ヤマメの方からも何かあるらしくて珍しく食ってかかられた。ヤマメに手を引かれ二人と少し距離を置く。
「良くないねぇアヤメ、気に入らないなぁ」
「悪かったわ、素直に謝ったじゃない。それでもダメかしら?」
「ダメだね、こころは許したがあたしが気に入らないし、もう一人も多分気に入らないと言うね」
「もう一人? キスメ?」
「面の方よ、人の顔見て笑うなんてちょいとばかり失礼だ。親しき仲にもっていうだろう?」
「面ってパルスィ? 本人を笑ったつもりはないけれど」
「そのつもりはない、それで痛い目に会う事も多いんじゃないか?」
「そうね、出掛けにもやらかしたわ。そっちも綺麗に済ませてはいないわね」
出掛けに怒らせた船幽霊を思い出す、まるであの時を見ていたかのように問い詰めてくるヤマメ。
これほど言われなければならないほど怒る事だろうか、怒らせたあたしが言うのもなんだがそれほどの事には思えないが。
「そうだろうさ、悪い癖だ。浮ついてるから余計に悪く見える、友人として忠告しとくが、そのまま会えば嫉妬にヤラレるね」
「能力は逸らせるから問題ないけれど、それでも言い切るのね」
「言い切るね、普段なら鼻につかないが‥‥今日は別だ、ただ笑っているだけじゃあないからね」
「何かそう感じるものでもあった? よくわからないわね」
「本来なら言う事じゃあないがついでだ‥‥らしくないのが鼻につく、まぁ好みの問題さ」
「らしくないってのは自覚してるわ、そのせいで鼻につく、か。難しいところね」
いつもに比べれば随分と素直で甘くしおらしい、自己判断するならそんなところか。だがそれくらいならいつもの事で特に変わったとは言えないが、なんだろうか。
歯切れ悪くはっきり言わないなんてそれこそ気に入らないけれど・・こういった思考は段々と苛ついてくるな、少しくらい当たり散らすか。蒔いた種だ、刈り取ってもらおう。
「あたしも気に入らないわね、言いたいことがあるなら言えばいいのよ。ヤマメもらしくない」
「そうさね、なんだ自分でもわかってるじゃないか。言いたい事は言うのがらしさだろうに」
「どういう……そういう事?」
「そういう事さ。何を気にして猫を被っているのか知らないが、今のあんたは気持ち悪い。面倒臭いのは変わらないが、そこに気持ち悪さも混ざってる、これは気に入らないなぁ」
そもそも怒っていたわけではなかったか、あたしに気が付かせる為に一芝居打ったわけか。嫌われたくないと気にして言葉を選び、らしくないなぁなぁな空気で来てしまった。
橋姫の面は唯の切っ掛け。深い意味はなく取っ掛かりに使っただけか、嫌われたくないと考えていた対象が被ったわけだし丁度いい取っ掛かりになったと。
それにしても気持ち悪いね、もう少しマシな言い方もあるだろうに。煽ってくれてありがたい、なんて言い返すかね。
「気持ち悪いとは酷い言われよう、さすがのあたしも傷つくわよ?」
「おう、傷つけ傷つけ。痛みで泣き出すくらいのがちょうどいいさ、気持ちの悪いもんなんて流しちまいなよ」
「ならヤマメの胸でも借りようかしら? あたしよりは小ぶりだけど、こころやキスメよりマシよね」
「文句を言う奴にゃあ貸せないね、その気もないのに言うもんじゃない」
「その気があればいい、そう聞こえたわね。ちょっと本気で狙おうかしら?」
「この間はパルスィにくっついて離れなかったのに、今度はあたしか。浮ついてるねぇ」
「どうせ浮つくなら最後まで、ついでにあっちの二人もパルスィも頂いてもいいわね」
「発情期にでも入ったか?欲張るのはいいが保つのかい?」
「男でもなし、保つ保たないじゃあないわね」
「いやそうだが、さすがに見られながらはちょっと‥‥キスメ!こころ!助け‥‥」
鎖骨が見えるまで下がったままの肩口、それをもう少しだけ落とし科を作ってヤマメに迫る。騒ぐ口を右手でそっと塞いで左手で腰を抱く、警戒心はあれど意識を逸らされていては抵抗できまい。ヤマメの声を聞きつけてキスメとこころが近寄ってくるが、それで止まっては仕掛けた意味がない。腰を抱き塞いだままに壁により掛かる、自由な両手であたしに向かい糸を放つがそれも逸らす。巣篭もりの為の繭でも作るように両手から伸びていく糸の線、あたし達を中心に円形に逸れて、ウマイ事こころ達の視界を塞いでくれただろう、この辺りでいいだろうか。
「ヤマメはやっぱり可愛いわ、焦るなんて乙女みたいね」
「暗がりで襲うのは慣れてるが人前で襲われるのには慣れてないよ。でも、いつも通りに戻って何より」
「いつも通りならこの辺で終わるんだけど、折角だしどう?」
「あんたとは違って、妬み話を増やしてからパルスィに会おうなんて考えないよ、それにやり過ぎるとあの面も五月蝿くなりそうよ?」
言われて背後を振り向くと、逸れたままに揺れる糸を潜ってきた面霊気がすぐ側にいた。ちょっとだけ本気で迫ったからか全く気が付かなかった、どんな面を被っているのか頭の方に目をやると狐の面で顔を隠している。
てっきり大飛出の面でも被っているかと思ったが、何を真剣に見ているのか。少し恥ずかしくなり問いかけてみると、元ネタも見たし次はそれらが見せる色も見たいと言い出した。
予想外の物言いにヤマメと二人で笑ってしまった、何事も勉強か‥‥
熱心なのはいいけれど、見るだけではわからないわと、ヤマメと二人で捕まえてどうしようかと怪しく笑う。猿面被って顔を隠して‥‥何かされると身構えられるが何もせず、ヤマメと視線を合わせて開放する、良いところでお預け食らう気分はどうか?
問いかけてみたが答えはない。
顔も隠して言葉もない。
ズルい逃げ方ね、と薄く笑い伝えると般若面に変わり周囲に浮かぶ面に追い掛け回された、いつも通りでも嫌われる事なく相手をしてくれる、ヤマメのおかげで確認できた。
地底に潜む明るい土蜘蛛のありがたいお節介、ヤマメと二人お面の群れに追われる最中、小さく感謝を述べるといつもの様に笑ってくれた。