東方狸囃子   作:ほりごたつ

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天狗の仕業じゃ そんな話


第七十六話 演目巡り 二番手

 休憩ついでにしばし河童と戯れて体の調子を整える、調子といっても疲れの貯まってきていたこころの足を少し休める少しの時間。先程は小川の流れという良い冷却材があったのだが、この崖からは川は遠い。

 それでも水は確保出来て流水に当てて冷やすことは出来た、ウマイこと褒めて気を良くさせた河童ちゃん。彼女の『水を操る程度の能力』のおかげで十分な休憩が取れた。

 小さな穴を掘ってそこに水を流してもらい簡易の冷たい足湯代わりを作り、そこでこころの足に浮かぶ火照りを取り払った。最初は気前よくジャブジャブと操ってくれた河童だったが途中から穏やかな流れに変えてくれた。

『気持ち良い、ありがとうにとり』と無表情なままで感謝を述べる面霊気の素直さにでも心打たれたのかもしれない。そんな二人の横で煙管を燻らせて、素直な手合に弱いのは自分だけではなかったと、少し安心しながら煙を漂わせた。

 あたしの周囲を漂う煙と遠巻きに見える滝の水飛沫。その二つを見比べて何か思いついたのか、新しい蒸気機関の構想があるんだけどと好奇心の塊となってあたしに迫ってきた発明馬鹿。

 

 あの時の恨みは忘れていないのよ? 穏やかに微笑んでそう言ってあげると、ひゅい!と一声上げて大きく肩を落とした。技術の向上の為に頑張る姿は輝いて見えて眺めるにはいいのだが、その技術の犠牲になる気は毛頭ない。

 過去に一度痛い目を見ているから尚更だ。それでも突き放してばかりでは可愛そうだと思って、痛みのない技術改革を思いついたら協力してやると伝えておいた。

 やれるものならやってみろという遠回りな煽りだったのだが、期待されていると勘違いでもしてくれたのか、頑張るわと気合を入れて何かよくわからない図面を引き始めた。

 こうなるともう周りは蚊帳の外になってしまうので、休憩を切り上げて本来の目的地である地底へと続く大穴へと向かった。

 

 わざわざ侵入者扱いされるお山に来るよりも、あの妖怪神社の裏手から降りられるようになったと聞いているが、あっちは魔界やら別の地獄やらにも通じている噂がある。さすがに知らぬ土地のエスコートは出来ないと思い普段のルートで行くことにした。

 こっちのルートでないとヤマメやパルスィを見つけるのが面倒だというのがデカイが。

 カリカリと何かを書いては消す音が五月蝿くなった崖を離れもうすぐ大穴という時に、面倒な相手に見つかってしまった。

 烏天狗、見慣れた新聞記者二人ではない見知らぬ生意気そうな天狗様。腕組みしたまま頭上で浮かびこちらを見下すその表情、様にはなっているが・・さて、これからどうなるか。

 

「侵入者、それも妖怪二人など。哨戒天狗は何をしているのか」

「見知った哨戒天狗なら任務を忠実にこなしているみたいだけど」

 

「貴様の知る者、あの犬走りの娘か。あやつは毎回素通りさせおって、天狗の風上にもおけぬ」

「手土産持参だから素通りではないけれど、それに貴方の風上ってどこなの?天魔?」

 

「知れたこと、我々の長であらせられる天魔様に他ならぬ」

「そう、つまらない烏ね」

 

「アヤメ、誰?」

「ただの烏、時間の無駄だから行きましょ」

 

 会話の最中も態度を変えず降りてくることもない矮小な烏、新聞記者の二人以外と話す機会など滅多にないので少し‥‥と思ったが案の定無駄だった、良く聞くつまらない天狗様の一人だった。

 興味も消え失せてこころの手を引き歩みを出そうとすると、見えない何かで視線の先がえぐり取られる。

 

「この山に無断で立ち入り何事もなく出られると思うな、狸風情が」

「そういえば椛に会っていないから知らせていなかったわね、入るわよ。いや、入った‥‥かしら?」

 

「貴様の事は聞いている、言葉巧みに飄々と‥‥通すわけには行かぬ」

「これでも口下手であがり症なのよ? 熱烈な歓迎をされたら照れるわ」

 

「黙れ」

 

 言葉と共に見えない塊が音を巻いて迫る、先ほど地面を抉ったモノ。

 天狗の操るモノを踏まえて当たりをつけるなら風の拳といったところか、先程は爪で引っ掻いたようなモノで今度は握った拳のようなモノ、見えない拳があたし達に迫ってくるが殴り抜ける方向が逸れる、あたし達の頭上を過ぎて周囲の立ち並ぶ背の高い木々を揺らし葉を散らすだけで拳は消えた。

 

「面妖な、狙いを外す類の術か」

「そうね、外れているわね」

 

「アヤメ?」

「そよ風でも届けてくれれば涼しくなるのに、それもないわね。こころ」

「馬鹿にするなよ」

 

 あたし達を挟むように左右で空気が渦を巻く、散った木の葉を巻き込んで大きさを見せる風の渦。一つでもあたし達を飲み込む余裕を見せるそれ、ソレが天狗の目の動きに合わせて左右から迫ってくるが合わさる頃には掻き消えた。

 舞い飛んだ木の葉だけが後から降ってくる、ハラハラと周囲に降りてくる木の葉。二枚ほど掴むと鳥に化けさせて空へと放った、姐さんと違って葉での変化は上手くない。出来が悪く綺麗な烏とはいかなかったがそれでもバカすには良かったらしい。

 

「舐め腐りおって、化け狸に舐められては天狗の名が廃る!」

「顔が真っ赤で伝承通りね、鼻は伸びないのかしら?」

 

「なめるなぁ!」

 

 クスクスと笑っていると、伸ばして欲しい鼻が折れてしまったかのような天狗様。激高し直接向かってくる。さすがに空の覇者、動きは早いが早いだけでよく見える。あの耳も足も早い友人に比べれば随分と‥‥止まる早さ。

 風の拳を両手に纏い振りぬいてくるが、拳があたしに近づくにつれて風の勢いが死んでいく。勢いだけになった拳を避けもせず、交差する瞬間に軽く手を添えて払いのけた。

 優しく払いのけられて、マヌケな姿勢で脇を抜ける天狗様。何をされたのか理解できていないようで難しい顔をされている。

 何の事はない、風が散るようにあちこちへと方向を逸らしただけだが、賢い天狗様はどう捉えてくれたのか。後学のために聞いてみたい。

 

「女の子に殴りかかるなんて無粋ね、もっとマシな誘い方はないのかしら?顔はいいのに顔だけでは釣れないわよ?」

「黙れと言った‥‥何をした? 狙いを外されているのはわかる」

 

「狙って外れている結果だけしか見えないなら先はないわ、つまらない殿方は嫌い」

「アヤメ、結構凄い?」

 

「凄い事なんてないわ、か弱い少女よ?そう見えない?」

「か弱い人はそんな顔で笑わないよ」

 

 最早自分で意識などせずに出るようになった笑み、見せた相手の殆どにやめろと言われる微笑み方。なるほどあいつも言われ続けるのが面倒だから扇子でかくしているのか、そう思い元の持ち主を真似て着物の袖で口元を隠した。

 やってみて思ったがこれも案外様になるんじゃあなかろうか、少なくとも対峙するつまらない男にはそれなりの効果があるようだ。血が滴って見えてしまいそうなほど拳を握る力が強い。

 

 けれどどうしたもんか。つまらない男とじゃれあうほど飢えてもいないし、見せてくれた力から考える限りそれなりの大物にも思える。消してもいいが‥‥お山と事を構えると遊びに来る度にこうなってしまい面倒事しか残らない。

 それにお山の面倒事よりも厄介な幻想郷の管理人が出てきそうだ、そちらの方が困る、楽しく暮らしているのに紫と事を構えたくない、なってしまったなら首の一つくらい熨斗つけて返してもいいが‥‥そうか、バレなければいいのか、残さなければバレようがない。どう足掻いてもバレる相手にはバレるが山の奴らにバレなければどうとでもなる……それでいいか。

 

「黙りこみ、何を企む」

「企み事をしている相手、そんな隙だらけの狸に手をこまねいている方をどう消せばバレないか‥‥悩んでいるの」

 

「貴様!?」

「全部散らすか全部喰うか、どちらも手間で‥‥そうね、死んだ後でいいからさっきの。風の渦のようなもの起こせないのかしら? 放り込めば楽だわ」

 

「アヤメ、怖い顔になった」

「妖艶、とか他にも言葉はあるわよ? こころ」

 

 軽く下唇を舐めたくらいで怖い顔とは言い切れないと思うのだが、見せる側と見る側では感じ取り方も変わるのだから致し方無いか。

 それよりも問いかけの返答がなくて困る。死んだ後の尻拭いを自分でしろなんて言われることはないはずで、返答に困るのはわかるけれど‥‥何か言い返してくれないと張り合いがなくやる気が出ない。

 最初の物言いからつまらない事を言ってくれたのだ、風上は天魔などと、風上とは我々天狗とでも言って挟持を見せてくれれば見なおしたものを‥‥上司の名前をすんなりと出してくれて、自身の考えからの行動ではない御役目で動いたと言い切ってくれた。

 つまらない男だ。

 出来れば最後くらいは格好いい所を見せてほしい。

 そうすれば人相通りの伊達男として綺麗に屠れるのだが。

 

 手を考えているのか、距離を取ったまま何もしてこない伊達男予定。無言で見つめ合うのも飽いてきたしこころを待たせるのも悪い、そろそろ仕掛けるかという頃に一つの小さな音が鳴る。

 カシャッという機械音、常に口うるさい友人がその音が鳴る時だけ静かに鳴る音、相手は違うが初めての出会いもこんな風にいきなり現れたな、そう懐かしみ音の方に目をやった。

 

「あややや、これはこれは大天狗様。こんな所でこんな手合と睨み合うなんて何か事でも?」

「射命丸か、仕事をしない哨戒天狗ばかりでな。偶には我が出向いたのよ」

 

「それはそれは熱心な事です、ですが貴方様では届きませんよ?あの狸には私の風も届きません」

「体感している、それでも二人がかりならあっちの面くらいはどうにかなろう」

 

「あちらも先日の異変を起こした大妖です、敵に回すにはいささか面倒」

「ぬぅ、下手に手を出せばお山に被害が出るか。ならばどうする?お主の風も届かんのだぞ?」

 

「簡単なこと、哨戒天狗のように見逃せば良いのです。下手に手出しできず見逃し続けておりますが、それでもあの狸が問題を起こした事はない、大天狗様のお耳にも届いているでしょう?」

「しかしだな……」

 

「それに二人がかりなどと、天魔様に続く貴方様らしくない‥‥それを記事にしなければならないなんて」

 

 姿を見せてくれたはいいが、こちらを見ることも言葉をかけることもなく大天狗と呼ぶ男に媚びへつらう新聞記者。大天狗二人ならともかく文がいては手が出せない、相性が互いに悪いのだ。

 風をどうにかする大天狗は好きな様にあしらえるが、どうにかする風そのものを操る文に使える手が思いつかない。

 けれど話の流れからすれば身内の応援というよりもこちらの手助けといった空気。面白がって記事にせず見逃してくれるとは、なにか一物あるかね。

 

「大天狗様が見逃すと仰ってくれるのでしたら、私がどうにか致しましょう。知らぬ者ではありませぬ、穏便に何事もなかったとしてみせましょう」

「信用してもいいのだな? その写真、処分させてもらうぞ」

 

 如何様にも、頭を垂らしフィルムを抜き出して放り投げる新聞記者。フィルムをぞんざいに扱う姿なんて初めて見るが、そのおかげで面倒事から開放された。

 フィルムを風で切り裂いて、こちらには何も言わずにひと睨みだけして飛び去る大天狗。完全に気配が消えた辺りで表情を変えた新聞記者があたし達の前に降り立った。

 

「助かったわ、しつこいナンパで困ったの」

「ナンパが嫌ならされないように出来るでしょうに、今日は隣にもう一人いるんだから」

 

「この子の為にと思ったけれど、こうなるとは気にかけてなかったわ」

「自分の考えに正直なのはいいけど、連れ歩くならそっちを考えなさいよ」

「か弱い娘を育てた母の言葉、重いものねぇ」

 

「天狗の記者、久しぶり。舞台の新聞ありがとう」

 

 誰が母かと強い剣幕でこちらを睨む。こころの方には、

『大したことではありませんよ、こちらこそ面白いネタの提供ありがとうございました』と正反対の表情で感謝を伝える射命丸 文

 

 耳も足も早ければ切り替えも早いな、そう関心していると不思議な事に気がついた。珍しく山にいる事もそうだがどこから聞きつけてきたのか?

 風の噂を聞くなんて言葉もあるがあれは比喩だ、蛍の子のようにただしく虫の知らせが聞き取れるようなものではない。助けてもらっておいてなんだがちょっと気になり問いかけた。

 

「千里眼でも身につけた? 仕事が減って椛が泣くわよ?」

「何の事? はたての念写に写ったから盗られる前に先に来たのよ」

 

「はたて? なんでまたライバル記者の念写なんて」

「能舞台の記事が当たったからね、自慢しに行ってそのままお茶してたの。そうしたらアヤメの不意打ち念写の話が出て、今何してるかって話になったのよ」

「ライバル記者なんているの? やっぱり五月蝿いの?」

 

 よく知らない相手から五月蝿いと言われて固まる清く正しいパパラッチ。仕込みいらずでとても賢く、とても可愛らしい。

 しかしはたても災難だったな、一緒にいなければ面白い記事に出来たかもしれないのに。行動力は文のがあるし物理的な早さも文の方が早い、はたてが文より先んじて知る方法の念写を利用されては追いつくことなど出来ないだろう。

 

「それで、どんなポーズしたらいい? お礼に取られてあげるわ、こころも一緒のほうがいいかしら?」

「可愛こぶってるところを撮っておいて後で使いたいけど、さっき見てたでしょ」

 

「あらそうね、残念だったわ。この子と一緒に可愛らしく撮ってもらいたいのに」

「いけしゃあしゃあと‥‥まぁいいわ。共同で記事にする話はついてるし、今のも綺麗に撮れているでしょ」

 

「フィルムがないのにどうやって……」

「念写も便利みたいね……はたてに自慢した事謝ってくるわ、それじゃ楽しみにしててねアヤメ。こころさんも、発行でき次第届けます。では」

 

「アヤメ変な顔、どんな気持ち?」

「複雑だけど、面を被るなら火男かしらね‥‥文字通り天狗の仕業ってやつにやられたわ」

 

 やらかした、フィルムがないとわかったからこそからかってやったのに、話だけで姿を見せないはたての方で油断した。念写で来たんだ念写は続けているはずだったのに、まあしかたがないか。あたしの詰めの甘さが原因だ‥‥甘いついでだ、もういいや。

 開き直ろう。

 

 火男面と聞いてそれを被り近寄るこころを抱きかかえる。猿面に変化してしまったが火男面に戻るよう頬ずりして髪を撫でた。

 素直に面を戻してくれて嬉しく思い、抱きしめる力をほんの少しだけ強めた。

 どうせならこっちを使ってくれれば、多分今のあたしは可愛らしく微笑んでいるから。


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