東方狸囃子   作:ほりごたつ

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とりあえずひとりめ そんな話


第七十五話 演目巡り

 非常に嬉しい事だが少し困っている、互いに一言ずつ交わしただけのはずが随分と懐かれた、おかげで手を取るどころか腕を取られていささか歩きにくい。急ぐ旅路でもないから歩行速度が下がることは問題視してはいないが、片腕を取られたままでは雨上がりで泥濘んだ足元が少し怖い。

 転ばないよう引っ掛けないようゆっくりと歩いているが、歩き方も真似された、いつもより歩幅を小さく踵から歩く姿が変に見えたらしく、何故そう歩くのかと聞かれて、着物に泥が跳ねるのが嫌だからと素直に答えた。

 するとこころも同じように歩き出した、離れて歩けば気にしなくてもいいよと伝えてみたが、近くを歩くから真似して飛ばないようにするんだそうだ。

 この面霊気、可愛い。

 

 当初の目的地は玄武の沢だったのだが、ここまで歩いて小さな違和感を覚えてしまって目的地を変更していた。向かう先はお山の滝を望む崖、季節であれば桜も望める白狼天狗と発明河童の集会場。妖怪二人で侵入したのに姿を見せないあの子が気になり探してみることにしたのだ。

 こころに少し寄り道してもいいかと尋ねると二つ返事でいいと返してくれた、伺った事に対して二つ返事が返ってくると気持ちが良い。

 腕に絡んで火男面を被るこころ、その姿が愛しくて腕を解いて肩を抱くと福の神の面に変化した。本当に色々見せてくれて可愛らしい相手だ。

 体をくっつけたからか、二人の周囲を回るようになった様々なこころの面、内側から見ると能面の裏面しか見られないが、この子の視点を感じられて少し嬉しくなった。

 

 寄せ合い歩いて見えてきた。将棋盤と赤い番傘だけが常に置いてある天狗と河童の憩いの場、遠巻きに眺めてみると見慣れたどでかいリュックが見える。

 探し人の内一人はあそこにいるようだ。それでも少しおかしいな、生真面目天狗がいるならわかるが河童だけで何をするのか。

 あっちの子の能力ならここでサボりながらでも好きなだけ覗き見出来るが、発明馬鹿は何をしているのか?気になったので注意力を逸しそろりと近づくことにした。

 

「何してるの?」

「ひゅい!?!?」

 

 こころに物音を立てないよう仕草で知らせて行動に移った。

 崖から玄武の沢を望むようにしている河童 河城にとり 

 その背中から近づきリュックごと持ち上げて声を掛けた、案の定驚いてくれてあたしの事を確認しようと顔を左右に振っている。

 けれどどでかいリュックが邪魔をして上手く確認出来ないようだ。仕方がないと持ち上げたまま顔をこころのいる方へと向けられるようにした。

 

「あ! 付喪神!」

「アヤメ、この緑色は何?」

 

「アヤメ!? 後ろにいるのはアヤメか! 下ろせこの野郎!」

「野郎じゃないから断るわ。こころ、これが狂言演目『冥加さらえ』の元ネタ。河童太郎」

 

「河童。皿は? 冥加さらえならこいつもきれい好き?」

「帽子の下じゃない? あたしも見たことないわ。水を汚す土蜘蛛に喧嘩売るくらいだし、きれい好きだと思うけど」

 

 本体の方は放置して話のほうに集中する、皿は見たことないし帽子の下も見た事がない。それでも河童なのだからあるんじゃないかと考えている、気にすると暴れるから帽子を奪おうとしたことはないが。いつかの蛍の少女の尻みたいに、気になっても別の物で満足出来ればそれはいいやと思える。盟友に口悪く態度悪く接する面白い河童、小さな興味よりもそっちが気に入ってしまい皿はどうでもよくなっている。

 ヤマメを嫌うところはなんとも言えないが、好みや嗜好は誰にでもある。それは仕方がない、それでもヤマメと繋がりがあるあたしの方は構ってくれる、他人は他人と冷静に線引出来る河童ちゃん、そんな冷静さが気に入る理由の一つでもある。

 

 いい加減にしろ! という掛け声と共にどでかいリュックからこれまたどでかい機械仕掛の手が伸びる、ギュンと二本生えた鉄の腕、片手であたしを取り押さえて力いっぱいに引き剥がされる、もう片方はそれを見つめてぼんやりと立っているこころへ伸ばされていく。

 お互いに自己紹介も済ませてないのに、手が早いわね妬ましい。

 こころに向かっている手を逸してあらぬ方向へ向かわせると、あたしを捉えていると意識している心も逸らしてすんなりと脱出することが出来た。出会いからいきなりとはこんなに喧嘩っ早くはない子なのだが、何か理由でも出来たか?

 白狼天狗がいない事と繋がる何かがるのかね。

 

「二人一片に手を出すなんて随分なヤリ手ね、にとり」

「うるさい! いきなり手を出してきたのはアヤメだろ!」

 

「太郎じゃないの? ああそこが嘘なのね、よろしくにとり」

「何一人で納得してるのさ‥‥もう何なの? 賭けの仕返しに異変の元凶連れてきたの?」

 

「いんや、こころがにとりに会ってみたいというから連れてきたのよ」

「へ? 私に? 何々なんなの?」

 

 あたしの能力で逸れてしまい掴むことが出来ないとわかると、少しだけ冷静さを取り戻して会話をする素振りを見せてくれた発明馬鹿。

 最初から熱くならずに話してくれればこちらもからかったりしないのに、ん?手を出したのはあたしからか?そうだったな、それならすまないな。よくある事だ、気にしないで話をしてほしい。

 細かいことを気にすると先々大物になれないぞ、態度やリュックと同じくらいどでかくなりたいならつまらない事は気にしないことだ。

 

「能狂言の演目、それの元ネタ巡りをしてるのよ」

「ふぅ~ん、神社で能を披露したって記事は読んだけどあんたの事だったのか」

 

「秦こころ、あんたじゃないよ。にとり」

「おお忘れてた、河城にとりよ」

「囃子方アヤメさんよ」

 

 知ってると声を揃えなくてもいいだろうに、ノリが悪いな。それより一人で何をしているのだろうか、聞けば教えてくれそうな雰囲気だ。

 演目の元ネタ巡り、これが有名人に会いに来たとでも聞こえたのか、普段もすぐに口を割るがいつもより機嫌良さそうに見える今なら容易に聞き出せるだろう。

 何か面白そうなことならいいが、発明関連の事だと下手に触りたくない、よくわからない話が長くて、あたしが言うのもなんだが面倒臭いから。

 

「自己紹介も終わったし。ここに一人なんて、いつもの対戦相手に振られたの?」

「椛は仕事中、ちょっと沢で探しもの」

 

「玄武の沢? あんたらの住まいで何を探させてるのよ」

「ちょっと大きめの魚がいるとわかってね、河童のソナーと椛の目をレーダー代わりに探してるのさ」

 

 ちょっと大きめねぇ。霧の湖にいるっていう噂話だけはよく聞くあの怪物魚とどちらがデカイかね、あっちは2尋から5尋くらいの大きさだと言われてて、目撃証言にばらつきがあるが見ている人は多い。

 実際に釣り上げてみせようと夜中の湖に来る人間もいるらしい、命知らずは何時の時代にもいるものだ。おかげであの闇の妖怪もお腹を空かす時間が減っているらしいが。

 餌を放って釣り糸垂らしている間に、自分があの宵闇の妖怪の餌に変わっていると気がつくまで後何人くらい必要かね。

 

 こう考えてみるとあの噂の出元は胡散臭いあいつ辺りだったりするかもしれない、腹を減らした闇妖怪。住居歴だけなら長いあれを不憫に思って上手く餌場を作った噂、なくもないが今はこれ以上はいいか、取り敢えずあっちは夢見る釣り人の証言としておいて、こっちの事を進めよう。

 

「大きなお魚、美味しい?」

「捕まえてもいないのにわかるわけないだろ、食べたいなら協力して」

 

「こころ、大きい物は大概大味で美味しくないわよ」

「余計なこと言って協力者を減らさないで!」

 

「美味しくないなら別にいいかな」

「美味しいかもしれないよ! アヤメのせいだぞ、どうにかしろ!」

 

 どうにかしろと言われても、あたしがどうにかする前に自分でどうにかすればいいのに。今だって一人でこんなところにいたんだ、理由を取ってつけたサボり中にあたし達に見つかった、そんなところだろうに。 

 それに手伝うといってもあたしとこころでは何もすることがない、あたしは逸らす物がないしこころも感情を操る相手がまだいない、捕まえるなら動きの方、泳ぎは河童目は椛、後必要なのは‥‥捕まえた後の調理か?

 そっちなら手伝えなくはないが、物は試しか。

 

「釣った後に捌いて振る舞うくらいなら」

「お、やる気になってどうしたのさ?」

「こころに食わせてみようかなって」

 

「大味で美味しくないんじゃないの?」

 

「マズイ物を知ったほうが美味しいものをより美味しく感じられるものよ?」

「わかった、アヤメがそう言うなら」

 

 それほど信頼されるようなことをしたかね、少し悩んで答えたようだが最後はあたしの名を使って答えを出した。ここまで信頼されると期待に答えたくなるが、まず捕まえられるのかが問題だ。

 見つけるくらいは苦にならないだろうが、捕まえるとなると相手は怪魚。河童連中の力業で肉が傷んだりしなければいいが、発明以外は雑だからなこいつら。

 とりあえず情報を仕入れるか。どんな物を作れるか、姿や形から何か思いつければいいけれど。

 

「見た人いないの?大きさとか見た目とか」

「仲間が見たよ、ほらアヤメに脅されたあいつ」

 

「にとり以外を脅すなんてしないし、まだしてないはずだけど?」

「私はいいのかよ‥‥ほらあの!人里で騒いでた!」

 

「あぁ、あの時仕切ってたあの白髪か」

「あの時? 白髪?」

 

 こころの起こしてしまった異変、本人が気にしてどうにか止めようと孤独の中を歩いてた頃に、この河童連中は笑いながら賭け事なんて取り仕切って騒いでいた。

 こころが知ったらどう感じるか?

 大方の予想は出来るし興味ないといえば嘘になるがやめておこう、多分こころはあたしが見たくない顔をするはずだ、表情は変えないとわかっているが雰囲気や仕草でわかる事もある、無表情だからこそ余計に伝わるその辺り‥‥

 折角可愛らしく懐いてくれたのだ、どうせならこのままにしておきたいし、にとりといがみ合う姿も見たくはない、この河童もいい友人だ、出来れば穏便に済ませたい‥‥

 

 ……なんて、随分と甘くなったものだな。

 

「能の舞台の時に出店を出してた河童よ、霊夢に怒鳴られていたあの子」

「ああ、あの河童」

 

「そうだけど? あれ?」

「何か変? 間違っていないと思うけど?」

 

「いや? あれ? まあいいか、それでなんだっけ?」

「目撃者」

 

 ちょっと強引に逸らしたがばれないならばどうでもいい、賭けを仕切っていたのは多分おかっぱ頭の河童だろう。でも白髪の子もいたし、それほど無理のあるやり口ではないが・・後で胡瓜でも渡せば忘れるだろう。

 こころの方は納得したようだしとりあえず安心か、他人の荒事を避ける為に能力まで使って誤魔化すとは・・少し甘すぎるか?まあいいか、成るように成れ。

 それより続きを聞かないと、話が全く進まない。

 

「大きさは七尺くらい、全身に毛が生えていてカワウソみたいな感じみたい」

 

「それ、お魚なの?」

「ん~?‥‥最近会った人から聞いたことがあるような‥‥」

 

「華仙から?」

 

 いつの話だったか、毛だらけの魚の話。

 

――正確には魚じゃないのよ――

 

 なんて言っていたようないなかったような‥‥

 

――鼓打つなら雅楽はわかるでしょ? 同じ名前で可愛い姿なのよ――

 

 なんだっけかな、思い出せずに気持ちが悪い。

 鳥っぽい動きでこころの能のように舞うあれ‥‥ああ、思い出した。

 

「たぶん万歳楽ってやつ、縁起の良い珍魚なんて言ってたが可愛い姿で魚じゃないとか」

「可愛いの? それも食べるの?‥‥私はいいや」

 

「こころがいらないならあたしもいいわ、捕まえたら見せてくれればいい」

「私もそれでいい」

 

「何二人で納得してくれてんのさ、折角の機会だって‥‥」

「にとり」

 

 あの異変で儲けたと元凶に伝えてもいいか?

 元凶は異変解決しようと絶望の中で頑張っていたが、銭勘定をして笑っていたと教えてやってもいいか?

 耳打ちして問いかけてみる、言葉はなく首を横に振るだけで答えてくれた可愛らしく小賢しい河童。そのままの姿勢でニヤニヤと笑い、見つけたら教えてと告げると同じく縦振りだけで教えてくれた。

 何かを察しかけているこころの方にも少しのフォローをしておくとしよう。

 

「何の話?」

「見つけたらあたしだけに教えろって話」

 

「ズルい」

「こころを驚かそうと思って、お面をコロコロ変える姿。面白くてたまらないもの」

 

「嘘? さっきの笑い方は嘘をついてる笑い方」

「よく見てるわね、正解は愛しくてたまらないのよ」

 

 狐面から般若面に変わり途中までは正解に近づいてきていたのだが、最後の言葉で福の神と火男を行ったり来たりするようになった。鋭いがまだまだ未熟でちょろい、そこが愛しい。

 

 捜索自体はすぐに済むだろうし、捕物の方もどうにかなるだろう。最悪住処を荒らされて異変だと騒げば、異変の解決にあの子達が来るはず。そうなってくれれば後はにとりの報告を待つだけ。

 言ったとおりにあたしの方に先に話してくれるだろうし、それからこころを連れて再度の物見遊山に来ればいい。

 

 

 その頃にはあたしの方便が効かなくなっているかもしれないが、それはそれで面白そうだ。

 全部バレて裏切られたと嫌われるか、他の皆のように呆れを見せてくれるか。

 その辺りはなってみないとわからないが、出来ればこのまま愛おしい者であって欲しい。

 

 ……甘くなるのもいいかもしれないな。




心綺楼にとりが下衆でいいですね。

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