東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第七十四話 災いは口で止める

 雨上がりの幻想郷、時期が時期だから仕方がないが湿気が多く少し蒸す。それでもお天道さまが照りだしていないだけマシか、これで日照りになっていたらあたしの着物じゃちと暑い。

 今ですら額に薄っすらと汗を浮かべている。着物の肩口をかなり緩く、鎖骨が見えるくらいまで開いているがそれでも暑く感じられる。これ以上開けなくもないが、そうするとあの一本角の鬼の真似のようで‥‥躊躇してしまっている。

 嫌いだからというわけではなく、笑ったり腕を動かすだけで下がるほどに開いた肩口。引っかかる大江山二つがありながらあそこまで下がるんだから、あそこまでの山ではないあたしがあそこまで開いて山歩きなんてしたら歩く間に素っ裸だ。

 我が家での寝起きや夜伽の事後ならともかくとして、さすがにお山のど真ん中で素っ裸になれるほど立派な形はしていない、そんな姿を晒すのは隣を歩くこころにも悪いし今はどうにか我慢しよう。

 

 飛べば早いが飛ぶと五月蝿い。

 生真面目天狗の椛もそれなりに五月蝿いが、話は通じるし文句を言いながらも通してくれるので問題ない、問題なのは他の天狗、こっちに見つかるともっと五月蝿く面倒臭い。能力使って注意力でも逸らせば気付かれることなんてないが、出来れば今日は使いたくない。色々見たい面霊気を物見遊山に連れ回しているんだから、出来る限り自然な形で色々な物や相手と会い見てほしいと思ったからだ。

 会わせてほしいとお願いされて会わせてあげると答えたのだ、色々と出会う機会を作ってあげたいと思っての行動。らしくない人の為の行いだが、この子ならいいかと思えた。真っ直ぐぶつかってくる相手にはあたしは弱い、最近そう気づいた。おかげで汗をかくハメになるとは考えてなかったが、先行投資だと思えば安いものだろう。見知ったモノから感じ取り、それを何かの形で見せてもらえるならば悪くない投資だと思える。

 

 お山に入ってすぐはそこそこの会話もあったのだが、今は互いに静かなもので、表情こそいつも通り冷ややかな無表情だが、頭の面は姥を見せ額には光るものを見せるこころ。

 あたし以上に疲れているはず、こっちはまだ山歩きに慣れているがこころは箱に収められていた娘だ、飛ぶくらい雑作もないが歩き登るとなると、力のある年経た付喪神といえど足にくるのだろう。そろそろ一服つけるかね。旅路の道草目的地である玄武の沢はもう少し先のはずだが、近くに川があったはずだ。川遊びとするには少し早いが足先浸けて涼を取るには丁度いい。

 

~少女冷却中~

 

「これで冷えた胡瓜でも流れてくればいいんだけど」

「胡瓜って流れてくる物なの?」

 

「河童ごと流れる事があるのよ、そのまま湖まで流れる者もいるわね」

「河童の川流れ、ことわざが絵で見られるのか」

 

「天狗の仕業も鬼が笑うのも見られるわ」

「なんだか有り難みがないなぁ」

 

 二人で並んで岩に腰掛けて足先を流れに浸す。休憩ついでに煙管を咥えてこころの座る逆側に煙を吐き出す、香りを気にする花のや目に痛いと文句を言うジト目とは違ってお面相手だから、そう気にすることもないと思うが見た目は素敵な少女。

 女の子相手に煙を吹きかけるのもどうかと思い少しの気遣い。こころの周囲にもあたしの煙のように漂う物があるというのも気が引ける理由の一つか、被った際に煙草臭いと言われるのは少し心苦しい。

 

「少し涼んだしそろそろ行こうか?長居すると怖いのが来るわ」

「アヤメが怖がるモノ? そんなに怖い?」

 

「怖いわよ、ガミガミ五月蝿い説教妖怪がこのお山にいるの」

「説教妖怪‥‥口だけお化け?」

 

 誰が説教妖怪の口だけお化けですか、と背後から声をかけられる。姿を見せる前に言葉を投げかけてくるんだから対して間違っていないと思うのだが、このお人は気に入らないらしい。

 少しだけ眉を寄せて目を細めながらあたしの横に立つお人、足元から舐めるように見上げる。

 可愛らしい中華風の靴に生足を通してスラりと立つ姿、浅い緑のミニ・スカートは今の角度からだと覗けば見えそうだ。視線に気がついたのかこちらに対して正面を向く相手、その際に臙脂色で茨の刺繍が入った前掛けと左手首の鎖が揺れた。

 

 何処を見てるかと腰を折り顔を寄せてくる口だけ説教妖怪、寄ると共に胸元の花飾りが目につく、ふくよかな胸をさらに強調させる花飾り、誘っているのかと思い手を伸ばしてみると左手で止められた。右手を出して左手で止めるなんて抱き寄せられるようで、体を預けようとおもむろに立ち上がり左手も伸ばすが、こちらは右手で抑えられた、先から付け根まで包帯で巻いた目立つ右手。

 毎回触れられることを嫌がるくせに止める場合は使うのか、お高くとまって妬ましい。

 そんな風に紹介もせずじゃれていると、どうしていいかわからなくなったのか、好奇心に負けたのか、こころに背中をつつかれて話を進めてと促された。

 

「この人がさっき話した説教妖怪、茨木‥‥」

「茨華仙と言います、この山に住まう仙人です」

 

「茨木カセン? 茨カセン?」

 

「茨華仙です、この狸は嘘つきだと知っているでしょう? ならどちらが正しいかわかるはず」

「アヤメは嘘つく時は真実を混ぜると言ってた、ならどれが嘘でどれが真実?」

 

 真実を求める無表情に追い込まれているが、真相を答える前にあたしを睨む説教妖怪。途中で口を挟むから首を絞めるのだと薄笑いを浮かべて煙管を燻らせるつもりが、気が付かぬ間に煙管は右腕に奪われてしまっていた。

 睨んだまま視線で何かを促す説教の権化、こころの方へ視線を動かして何が言いたいのか?理解に苦しむ表情をしてみると、煙管を握る右手の方で小さくピシッと音がした。

 人質なんて仙人としては非道な行為だと思ったが、元を正せば非道なお人だったなと思い直して促された通り誤解を解く事にした。

 

「この人は茨華仙さん、お山に住む仙人様で妖怪に説教するのが大好きなお人よ」

「本当に?」

 

「多分本当よ、ねぇ? 仙人様?」

「あえて言うなら、お説教は妖怪だけではないわ。正すべきなら人妖関係ない」

 

 これくらいでいかがでしょうか仙人様?

 そう思いを込めて笑みを浮かべて睨み返す、納得してくれたようで追加の方便を自身で述べて煙管を放り返してくれた、大事な人質なのだから最後まで大事に扱ってほしい。

 

 

「そこが嘘なのね、わかった。華仙よろしくね」

「よろしく、秦こころさん。こんなのと一緒にいちゃダメよ、人を騙してばかりでいいところなんかないわ」

 

「あたしに似て素直で可愛いでしょう?華扇さん?」

「騙しに飽きて自分を誤魔化すようになったの?アヤメ?」

 

「華仙、アヤメは可愛い時もあるよ?マミゾウやぬえと一緒だと可愛い」

「へぇ‥‥こころさん、後学のためにどんな風に可愛いのか聞かせてくれる?」

 

「他の人の前だと嫌味な笑いしかしないけど、あの二人の前だと可愛く笑うの。とても楽しそうで可愛いから出来ればわt」

「こころの前でも可愛いはずなんだけど?おかしいわね?どの目で見てるのかしら?」

 

 顔の方は右手で米噛みを鷲掴む。面の方は左手で目を狙って鷲掴む。一人相手に両手でのアイアンクローをキリキリと決めていく、あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛と何か聞こえるが聞こえない体で聞き流す。態度でバレバレだろうが気にしない、見られるは今の恥聞かれるは後々の恥だ。この仙人様がこれを聞いて誰になんというかわからないが少しでも情報を減らす。

 両手で剥がそうと必死になってくれているがあたしも少し必死だ、逃しはしない。

 

 こころ、どうか安らかに。

 

 もう少し力を込めれば‥‥それくらいになった時、薄笑いで見ていた仙人様に右手の方を剥がされた。一本角の姐さんに比べれば非力だが、あの元気になる枡で常に酒を飲んでいるせいなのか、やたらと力強く感じられた。

 そのまま手首を返され体も反らされてしまい、口の軽いお面妖怪を開放してしまった。もう少しで静かに出来たというのに力業なんて‥‥この鬼め。

 

「大丈夫こころさん? 言った通り一緒にいると良くないでしょ?」

「キリキリ痛い、でも大丈夫」

 

 掴んでいた大飛出面から蝉丸面へとかぶり直してあたしを剥がした鬼と話すこころ、次何か話してごらんと右手と左手の指を伸び縮みしてさせてみせる。動きに気がついて一瞬目を泳がせたこころだが、狐の面をかぶりなおして真剣な顔で何かを語りだした。

 止めようと動きかけたが、浮いている包帯巻きの右手に止められて話し始めてしまった。

 

「それで可愛いから‥‥出来れば私といる時もそう笑って欲しい」

「そう。ありがとうこころさん、為になったわ。私もアヤメも、ね?」

 

「予想外だけれど確かに為になったわ。こころ‥‥ごめんね? ありがとう」

 

 謝罪と感謝を伝えながらこころに歩み寄りそっと左手を近づけていく、顔の辺りに近寄った時に一瞬だけ身構えられるが動きは止めずにそのまま頭へ。

 優しく撫でて抱き寄せてもう一度感謝を伝えてみた、狐面から猿面へと変わり最後に福の神で止まる変化。何度か会ってどの面がなんの感情を司るのかは理解出来てきた。

 福の神のまま変化しないということは‥‥真っ直ぐに伝えられたモノに真っ直ぐ返すというのも心地良い、そう感じられて嬉しくなり微笑んだ。

 

 こういう時は誰かに見られていても気にならないものだ、こちらを眺めて笑みを浮かべる底意地の悪い仙人様。何を考えて笑みを浮かべるのか、普段なら気にするが今はこころが可愛いので放置してみる‥‥と、無視は気に入らないのか口ぶり綺麗に嫌味を吐いてきた。

 

「アヤメも角が取れて丸くなったわね、甘い物の食べ過ぎかしらね?この後里で甘いものでも、そう考えていたけど間に合ったわ。ご馳走様。」

「本当に足りるの?買い出し分は即平らげそれだけでは足りなくて、かわいいペットにまで買いに向かわせる華扇さんが」

 

「な、なんで知ってるの?」

「団子屋も行くけど甘味処の方は贔屓なの、竿打(かんだ)とは贔屓仲間よ? 聞いてないかしら?」

 

「あの子は何も‥‥餌付けしてるわね」

「買い出しだけでお駄賃もないなんて可愛そうだと思って、会う度におすそ分けしているだけよ? あんなに買って一人で食べて、本当に丸いのは誰かしら?」

 

 こころを抱いたまま腹の辺りでこう丸く、片手で半円を描いて仕草を作る。耳まで赤くして口を開いてくれた仙人様、仙人様が口うるさくなる前からこちとら口一本なのだ。

 地底の宴会で仙人様の身内、あの呑んだくれ幼女にも言ったが、説教はともかく謀ることで勝とうなどと500年早い。胸に埋まるこころには見えないしいいかと、いつも以上に意地悪く笑ってやった。

 

「まあいいわ、アヤメの話も聞けたし引き分けにしてあげる」

「引き分け? あたしは言いふらしてくれてもいいのよ? 可愛さ振りまいてくれるなんてありがたいわ、華扇さん」

 

「こころさんは力業で止めたくせに‥‥」

「こころの言葉で改悛したの、この子には素直になるわ。その方がこの子もあたしも可愛いもの」

 

「霊夢や魔理沙にばれても‥‥」

【説教以外もクドくなったの? 華扇さん、そんなにクドいと昔の事を思い出してしまいそうよ?】

 

 完勝、気持ちが良い。最後の一言は小狡いと自分でも思うが言っただけで実践するつもりは毛頭ない、この狭い幻想郷でわざわざ隠していることだ。隠さなくても力業で口止め出来るお人が閉ざすだけにしている事。

 理由はわからないがそこまでしているのだからあたしがバラしていいことではない、それにこのひと自体は嫌いじゃない寧ろ好きだ。

 口うるさいのは玉に瑕だが、他者を気に掛ける優しさは昔から変わらずあって安心出来る。

 

【最後の言葉はこの子には届いていないから大丈夫】 

 

 最後だけは能力を使いあたしの言葉を逸らした。

 こころの耳には届かないように、余計な思いを抱かないように。折角知り合った優しい友人だ、偏見から入ってほしくはない。

 今後触れ合っていく中で知れる機会があればその時でも知ればいい、入れ知恵するようなことではないと考えてあえて逸らした。

 

「今日は見逃してあげるわ、大穴の看板も気にしないでいい」

「直々に許可を貰えるなんてこころも喜ぶわ、今日はこの子は主役だし」

 

「よくわからないけど華仙、ありがとう?」

「お礼はいいのよこころさん、元々禁じたのは私ではないし」

 

「では何故華仙が許可を? アヤメみたいに嘘?」

「そうね、聞きたいわね。仙人様ならきっと難しい事もおしえてくれるわ」

 

 こころの問いかけでたじろいでしまうようではまだまだ、その程度であたしに口喧嘩を売って来たのかとニヤニヤと笑ってやった。

 何か言いたそうだが、無表情な顔に疑問を貼り付けた面霊気に押され下がっていく仙人様。

 もうしばらく見ていたいが、あまりからかって怒らせるのは怖い。

 こころの意識を今日の目的へと逸し、仙人様にまたねと告げた。




もぐもぐしている華扇ちゃん可愛い



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