東方狸囃子   作:ほりごたつ

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ウマイラーメン屋と聞いて食べたけど、それほど美味しくないって事ありますよね
そんな話


~面霊気行脚~
第七十二話 聞く耳よりも見る目が大事


 雨雨ふれふれなんとやら。シトシトと振り続け大地を潤わせる雨の中、里の外れの寺へと向かい歩幅小さくちょこちょこ歩く、派手な舞台の舞台裏、そこで面霊気と交わした地底参りの約束を叶えてやるかと、蛇の目を差して楽しくお迎えに上がる最中。

 しばらく前から降り続いている雨のせいで水たまりがところどころに見える道、歩き慣れた里の濡れ道を泥を跳ねないよう歩幅を小さく踵からついてちょこちょこ歩く、仕草だけ見れば愛らしいお嬢さんといった様相だが、見知った者達からすれば何を可愛こぶってと鼻で笑われる姿だろう。

 そんなあたしの事を良く知る相手がいつもとは違った出で立ちで先を歩いている、粋を感じる和装で揃え耳も尻尾も隠した姿、見慣れた姿の生足出して肩で風を切って歩く姿ではなく、シャンと背筋を伸ばして見えて何か別の者にも見えそうになる。

 

 寺では素の姿でいるのにわざわざ変化して歩くなんて何かあったのだろうか、番傘指して歩く背中からではどんな表情でいるのかわからない。

 季節からの贈り物と思い雨も傘も鬱陶しいとは感じなかったが、気になるものの邪魔になると少し煩わしくも感じる、けれど文句を言ったところで雨はやまないとわかっている‥‥見失わなければまあいいかと追いつくのは諦めて、通りの先を歩く御方を気が付かれぬよう遠巻きに追いかけた。

 

 知る人が見ればバレバレで意味などない気がするのだけれど、何故あの御方は化けているのか。化かす手合でも見つけて遊んでるのかと眺めていると、視線には気がついているのだろうが気にかけられず、ある店へと入っていった。

 あの店は確か貸本屋、あの御方が贔屓にしている店だったか。この人里でわざわざ化ける理由がわからないがあの店に行くときはなんでか化けているな、まあいいか。出てきた所を捕まえて少し調子を聞いてみよう。

 

 指して待ち詫びる雨の中、蛇の目に当たる音を聞き里の角で一人立ちんぼ。地底の町でこうしていれば声をかけてくる男もいるが、さすがに地上それも人間の町。尻尾と耳付きに声をかけてくる男なんていない。男はいないが女はいた、小さな体躯で頭でっかちな人間の小娘。この貸本屋の娘と見た目だけ同年代で中身は随分と年寄り臭い少女。

 稗田の大屋敷の現当主、物忘れずの稗田阿求

 

 雨の中立ち尽くしてなにしてるんですか、と問いかけられたので雨の中立ち尽くす事をしている、と意地悪に言うと寄らない眉間を無理矢理に寄せて皺っぽい何かを作り睨まれた。

 少女が皺なんて作るものじゃないと、空いている片手で片方の眉を押し返す、雨の中で体を冷やしても大丈夫といえるほど丈夫な体でもないくせに、構ってないでさっさと帰れと眉を押す。

 けれど雨模様の空気で冷やし固くなってしまったその眉は動かそうとしても中々動かず、少し困って笑ってしまう。何を笑う事がありますかと詰め寄りながら、小さなくしゃみをして止まる九代目のサヴァン。くしゃみするなら早く帰れと傘の外へと追いやって渋々帰るまで睨まれ続けてしまい、周囲から変な目で見られてしまった。

 モテる女は困るね、全く。

 

「そんなに邪険にしなくとも、旧知の者じゃあなかったかのぅ」

「しつこいナンパじゃなければね、お茶くらいならいつでもご一緒するんだけど」

 

 丁度のタイミングで現れた化けた姿のある御方、今日以外の今までのナンパ話も全部見聞きした上で聞いてくるんだ、邪険にする理由なんて知っているだろうに。情熱的な物言いで迫る阿礼乙女、言ってくる誘い文句はいつも決まっていて『貴女を書かせて下さい』そう言われる度にテキトウにいなして断ってきていたのだが、最近その文句が変わってきていた。

 まあその辺りは後々で、語る話の本人は既に自宅へ帰ったわけだし。

 

「お高くとまりおって、つれない女じゃのう」

「素敵なお相手ならきちんとお相手するわ、今みたいに。それで姐さんはどうしたの?」

 

 気に入りの貸本屋、行くなら本以外にはないとわかっているが聞いてみる。わざわざ化けて行く辺り、妖怪の姿では聞きにくい事でも聞いて回っているのかもしれない。

 探っている内容次第ではそれなりに首を突っ込んでも良さそうだ、飽きたら途中で道を逸れて行けばいいだけだ。それくらいで叱られるのも叱るのもどちらも慣れているから問題ないはず。

 

「何か稀覯本でも、と偶に顔を出すんじゃが中々当たりは引けんでのう」

「毎回当たっちゃ外れてるのと変わらないわ、偶に当たるから面白いのに」

 

「その通りじゃな、今日はその偶にじゃ、小当りがあったからの。一先ず満足して帰ろうかと思とったところじゃ」

「楽しそうね、一口噛ませてもらえない?」

 

 眉を吊り上げあたしを見つめる、これは失敗したかもしれない。こうイタズラな顔をする時はあたしに何か振りかかる時だ、もう少し掘り下げてから食いつくべきだっただろうか。

 美味しそうな餌が見え隠れしていて思わず食いついたが、なにやらきな臭い気がしてきた。少しの火傷で済めばいいが、多分にげきれはしないだろうな。

 

「構わんよ、小当りといってもあのこころの舞う能についてじゃ。そう難しい事もないわぃ」

「こころってあの面霊気か、能なんてこの間も盛況に終わったじゃない」

 

 お囃子叩いた能舞台、面白おかしい内容で観衆からもよい評判だったあれだ。鼓叩いて裏から見ていたがあの歓声と雰囲気は何も問題になるような事はないと思える。

 

「そうじゃの、じゃが新しい舞台を見ていない者もおる。そいつらからすれば未だに気味の悪いものなんじゃ」

「百聞は一見にしかずなんて言うのはどんな生き物だったかしらね」

 

「そう言うな。真っ直ぐに物を見れん者もおる、ここの店主のように変に知識があると余計に感じる物もあろう。いいからちょいと面を貸せ」

 

 振り向く隙もなく肩を組まれる、悪い予感大当たりとならなければいいがこうなってはこの場は逃げられない。仕方ない、聞くだけ聞いてから逃げるべきか判断するか。

 

~少女入店中~

 

 背中を抱えられて押される様に店内へと押し入れられると、本屋独特の匂いが鼻につく。紙の匂いとインクの匂い、貸本屋と屋号を上げてはいるが製本もやっているんだろうか。

 普段読みながら嗅ぐよりも強く香る書の匂い、周囲を見渡せば多数置かれている本棚。その上にまで高く積まれて、今にも崩れてしまいそうな本と巻物の類。

 さすがにあの大図書館ほどの蔵書量ではないだろうが、それでも一軒の店に置かれるべき量ではないと感じられる。ぐるりと周囲を見渡して本の海に飲まれそうになっているとあたしを挟んで会話が始まってしまった。

 

「調度良いのを捕まえてきた、後ろでお囃子叩いた狸じゃ」

「張本人に会えるなら話は早いわ、あの暗黒能楽について全部話して貰います」

 

「暗黒能楽? 腹黒狸が一枚噛んだ、面白可笑しい腹黒能楽なら確かに参加したけれど」

 

 言い逃れしても無駄ですよ。

 と、立派そうに見える桐箱から一本の巻物を取り出し広げ語りだす。貸本屋の主 本居小鈴

 机の端から端でも足りない長さの絵巻物らしく、奥の部屋へと通されてこれをしっかり見るようにと促される。興味なさげに覗いているとちゃんと見てと叱られた、本やら巻物については五月蝿いらしい。

 

「よくある妖怪絵巻じゃないの? 見知った相手が多いから翌々見ても驚きはないわよ?」

「そこじゃないんです、この絵巻の流れと神社で奉納された能演目の流れ。一緒だと思いませんか?」

 

「言われてみればそう見えるけど、それがなんなの?」

 

 大きな溜息と共に始まったご高説、いかに危険で大変な事なのかを声高に教えてくれた。この妖怪絵巻物、山怪散楽図というものらしく名の通り色々な妖怪が散り散りに動き踊り回る絵図なのだが、問題はその図ではないようだ。

 妖怪の絵姿の周りに書かれた悪戯書き、妖怪の文字で地獄絵図やら色々と書き足してある物。その一節に感情を奪う妖怪の能楽、『仮面喪心舞 暗黒能楽』と記してあった。

 この絵巻物と書き足された文字から、このままでは何か悪いことが起ころうとしているんじゃないかと姐さんに相談したそうだ、随分と信頼されて妬ましいわね姐さん。

 しっかし、あの能もそうだがこの絵巻物も大して悪いものではないはずだ、ただの悪戯書きがされた絵巻物にしか見えないがその辺は説明していないのだな‥‥さては着地点だけ舞台の当人であるあたしに投げる気か、自分だけ笑うなんて輪をかけて妬ましいな。

 

 けれどここで下手を打てばまた窘められるんだろうな、何を考えてあたしをとっ捕まえたのかなんとなく理解した、何も言わずに後ろで様子見する姿勢、任せるからどうにかしてみろと試されでもしているらしい。

 とすれば少しは真面目に当たろうか、姐さんに任されるなら期待に答えたくなるというものだ。それに下手をうち失敗して笑われその上で窘められてはさすがのあたしも立つ瀬がない。

 気合も入れたしやりますか、狸相手の化かし合い。期待は裏切るためにあると考えているが素直に応えるのもいいか、相手次第で話は変わる、たまにはまともにやりましょう。

 まずは問題整理から、今の彼女にとってはこの問題は異変に近いのだろう。ならまずは頼る所があると思うがそっちはどうなっているのか、確認しておいて損はない。

 

「霊夢には相談してないの?」

「舞台の主催者だから、もしかしたらグルなんじゃないかと思って」

 

「あの神社は妖怪神社じゃからのう、致し方なかろう」

 

 白々しい相槌を打ってくれて名演技だわ。しかしどうしたもんか、思った以上に真剣な悩みのようだ。あの能楽師も巫女も、あたし達狸も全員グルだと全部話しても構わないが‥‥それは面白くないな、わざわざ化けての芝居を打つ姐さんをもう少し弄りたいし、あの面霊気の能を誤解されたままなのは惜しい、ふむ、疑惑を解くのにどっからほぐしていけばいいかね、まずはテキトウにコリをほぐすか。

 

「店主殿、能って何か聞いている?」

「庶民の文化を元に偉人たちが伝統芸能へと高めた物、昔の偉人のおかげで今でも残ってる物。そう聞いてます」

 

「ならそうなる前は?」

「猿楽という庶民の親しんだ楽しい物?」

 

「そう、じゃあ神社の舞台はどう見えた?」

「動きはコミカルで面白いものでした、ですが‥‥」

 

 ここで言葉に詰まるってことは、わかっているけれど得てしまった知識が邪魔をしている、そんなところか。推測だが先に絵巻物の知識を得てから舞台を見てしまったのだろう。

 先んじて得た知識、それから生じる先入観であの舞台は絵巻物を模していてる、ならあの能楽師は絵巻物の通り感情を奪う危険な妖怪だ。そう考えついてしまったかな、ならその危険に思う所も突付いておくか。

 面白いと感じられる物を斜に構えて見る必要はない、面白き物は面白く。これに似た様な事を言った偉人もいたっけか。

 

「面白く楽しめた、けれど不安がよぎる。と」

「はい、わかりやすくて楽しい物でしたが……」

 

「ならもう一回見てみたら? 次は違う演目でも。同じのを見ても気が晴れないだろうし、それなら違う演目、新しく考えられた物でも見てあの子が危険か確かめたらいいわ」

「新しい演目ですか?」

 

 新しい演目、姐さんの入れ知恵から思いついたあの面霊気が考え出した新生能楽心綺楼、内容はついこの間までやらかしていた人妖混じえた馬鹿騒ぎ。それをコミカルで滑稽にわかりやすくした笑いの起こる新演目。

 あれを見ればあの面霊気が危険な妖怪だとは思わなくなるだろう。確かに無表情で感情を奪う様に見えるかもしれないが、あの子が奪うのは視線と心だ。こころが心を奪うって所も一つの笑いどころだとは思うがその辺はいい。

 

「新生能楽『心綺楼』見る気があるなら口利きするわ、今も迎えついでに捕まったわけだし。百聞は一見にしかずって言うわよ?」

「そうですね、お願い出来るなら是非お願いしたいです。それよりお迎えですか?」

 

「演目の元になっとるこやつの友人、そやつらを見たいと話題の面霊気にせっつかれたんじゃと。寺に迎えに行く途中をとっ捕まえたんじゃ」

 

 自分だって演目の内だろう、尻尾かくして葉っぱ隠さず化けているくせに。これだけわかりやすいのにばれないのはなんでだろうか本当に、こちとら全身化けてもバレる時はバレるってのに。

 少し忘れていたところで口を挟んで存在アピール、出処を弁えてて妬ましいわ姐さん。どうにか弄ってやろうと思ったがもういいや、おかげで地底に行くのに口を暖める事が出来た。

 いいところで噛んで笑われるくらいなら、今の安心した店主を見て笑う姐さんの方がいい。

 

~少女退店中~

 

 阿求が言うほど酷い妖怪じゃなかった、最後にそう言われて本の匂いに包まれた店を後にした。

 バラしたくないところはウマイこと逸らすようになったじゃないかと、姐さんにも褒められて気分は上々だ。出足こそとっ捕まり押し付けられたと感じたが、新たな人との繋がりも出来たし試された物にも答えられた。

 

 ついでにこころにも土産話も作れて収まりのいい結果となったわけだ、後は地底の道中にいる元ネタに上手く紹介できれば御の字か。

 土蜘蛛辺りは快く相手してくれそうだが、口について出た妬ましいあっちはどうだろうか。また変なのを連れてと色々言われそうで怖いが、なるようになるか‥‥成ってから考えよう。

 雨雨ふれふれなんとやら、蛇の目に似ている緑の瞳が怖くありませんように。

 鼻歌紡いでちょこちょこ歩き、長いこと箱に収まっていたお面を迎えに動いた。

 

 

 




書籍物はゲームと違い詳しく書くとネタバレに思えてしまって難しいですね。
原作が面白いものなので書くのを少しためらってしまいます。
気にしなければならないほどの影響力なんてないから、気にしなくともいいんでしょうが、原作好きとしては難しいところ。


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