東方狸囃子   作:ほりごたつ

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ちょっと無理があるかも そんな話


第七十一話 されど誰も去らず

 あの後しばらく屋敷の主と歓談し楽しい時間を過ごしたが、最初に待っていた妹吸血鬼の方は朝方まで目覚めず、帰路に着くギリギリでの再会となった。

 なんでも最近出来た人間の方の友人に合わせて起床時間をずらし始めているらしく、屋敷の者にも内緒なのだと小さく耳打ちしてくれた、最近朝帰りなんてしていなかったものだから、少しだけボヤケた頭と耳にはその甘いささやき声が心地よく、豪華な天蓋を見上げる形で横になっていたが気が付くと落ちていた。

 

 嗅き慣れない甘い匂いに刺激され目覚めてみれば、あたしの体躯には少し小さいベッドの中央で丸くなっていた、上掛けも掛けられ枕も近くに置いてある。寝落ちしたあたしを気遣いこうしてくれたのだろう、教えた覚えのない気遣いを見られて嬉しくなった。ただ一つ腑に落ちないことがある、何故に素っ裸なのかと言う事。さすがに寝ながら着物を脱ぐほど器用な寝方は出来ない、慣れない他人のベッドだからといってそこまで寝乱れる事もないはずだ。

 なら脱がされたか、これも教えた覚えはないが誰の仕込みだろうか?友人関係を思い巡らせてみるが、こんな事を仕込むのはあたしくらいしか思い当たらない。仕込んだことを忘れたか?

 いやいやこんなに笑えそうな仕込みを忘れるほどボケてはいないはず。

 

 上掛けを剥がし生まれたままの姿で周囲を望むと、ベッド横の小さなソファーで膝を畳んで眠る小さなお友達、その横には短い衣紋掛けに掛かるあたしの着物、これはあたしの仕込みじゃないな。あたしの教えなら共に裸でベッドで眠れと教えるはずだ、なら誰か他の友人からの教えを実践した結果脱がされたという事か。

 取り敢えず目覚めたし着物を着込んで起こすとしよう、色々な意味でお礼も言いたい。

 

「フラン? おはようフランちゃん」

「ん‥‥おはようアヤメちゃん、良く眠れた?」

 

「寝覚めに少し驚いたけど、甘い匂いでよく眠れたわ」

 

 愛用の白い着物に袖を通す前、肌着代わりの緋襦袢に袖を通し羽織った辺りで声をかけると、まだ日も高い時間だというのにすんなりと目覚めてくれた。

 早起きの練習が役だっているようだ、この行動が習慣になれば日中に行動する吸血鬼なんて面白い物が見られるかもしれない。姉の方は日焼け止めクリームを塗れば日中も出歩けるというくらいだ。甘く感じた匂いはフランの匂いというよりもこの日焼け止めの物かもしれない。人間のお友達と遊ぶなら日中だろうし、日中なら屋内でも塗っておけと過保護な保護者達に言われでもしているのだろう。幼子の見せる甘さとはちがった、何か薬品のような人工的な甘さ。日の当たらない場所にいながら日光対策をしてやるなんて……動かないくせによく動いてフットワークが軽くて妬ましい友人になったものだわ、魔女殿。

 

「甘い匂いなんてする? よくわからないよ?」

「自分の匂いは自分じゃわからないものよ、あたしも自分はよくわからない」

 

「アヤメちゃんは煙草臭いよ、でも嫌な感じじゃなくて燻した感じ?」

 

 獣臭い、ではなかっただけいいか。

 煙草臭いのは自覚しているしそれが自身の匂いだというのも自覚している、燻されているのも周囲に煙を漂わせてばかりだからか、生きながらに燻製だなんて笑えないが。

 それでも燻すか、そういや拵えた燻製をここに持ってきたことはなかったな、門番やメイド長なら問題なく口にしてくれそうだが魔女やこの姉妹はどうだろうか?

 妹は素直に食べてくれそうだが、残り二人はいい顔を見せてくれそうだ、機会があれば持ってきてみよう、作って誰に渡すか考える事はあるが、誰にあげるかを考えてから作るというのは初めての事かもしれない。

 なんて事はないがそう悪くないな。

 

「燻すか、後でお土産作って持ってくるわ。食べてもらえるかしら?」

「お土産? なにをくれるの? 美味しい?」

 

 美味しいか、自画自賛するのもどうかとは思うが差し入れて悪い評価をもらったことはない、結構な人に試食してもらったが全員からそこそこの評価を頂いている、そこを踏まえれば美味しいと言ってもいいがなんとも言い切りにくい。

 味覚なんて十人十色なもので千差万別あるものだ、十人がウマイと感じても一人がマズイならマズイ物にもなる。マズイと言われても構わないが、期待させて下手な物は出したくない。自らハードルを上げてしまったか、まぁいいかやるだけやろう。

 

「燻すで思い出したのよ、手製の燻製。いつもはお魚だけどフランちゃんならお肉のがいい?」

「血以外は甘いものくらいしか食べないけど、アヤメちゃんのなら食べてみたいわ。それに燻製ならなおさら食べてみたい」

 

 中々嬉しい事を言ってくれるようになった、一瞬誰かの仕込みかと勘ぐってしまったが全部が全部そう考えてしまってはこの子に対して失礼というものだ。ならばあたしに向けられている言葉の心地良い物はフラン自身で考えた言葉と捉えておこう。

 幼子に願われる、太陽の丘でも感じたがこういう想いを向けられるのも存外悪くないな、小さな藻のから向けられる真っ直ぐさは邪気のない無邪気さが感じられて心地よい、実際は幼子よりも数倍なんて日じゃない時を生きているはずだがこの子がそうは感じさせない。容姿見たままの雰囲気でいるこの愛しい吸血鬼、それに求められるなら気合も入るというものだ。

 しかし燻製なんてそう珍しいものじゃないが、わざわざ強調して言う事か?ただのリクエストを強調しただけなのかもしれないが。

 

「燻製食べたことない? 血の味はしないからないかもしれないわね」

「見たことはあるけど食べたことはないわ、魔理沙も話してたし食べてみたい」

 

「魔理沙なら保存食とか詳しそうだものね、茸とか」

「うん、にしんの燻製なんて言ってた。海のない幻想郷でにしんなんて物知りだと思ったわ」

 

 海のお魚の話ね、確かに物知りな事だ、外の世界を知らないであろうあの普通の魔法使い、大方流行らない道具屋辺りで入手でもしたんだろうがその自慢でもしたのかね。

 外の世界から来たこの屋敷の者に外の話を自慢してもそれほど意味はないと思えるが、それでもフランの見聞を広められるならなんでもいいか、知らないことなら何を知ってもいいだろう、よくも悪くもタメになる。

 

「にしんねぇ、こっちに来てから海魚なんて見ないわね。当たり前だけど」

「にしんの燻製って『人の気をそらすもの』って意味があるの。アヤメちゃん知ってた?」

 

「初耳ね、それも魔理沙から聞いたの?」

「これは前から知ってたお話の物、島から出られなくなった10人が一人ずつ殺されて最後には誰もいなくなるの」

 

 ちょっとした推理小説、もしくは怪奇談といったお話だろうか。よくありそうな話だが殺されていくのに最後には誰もいなくなる、か。最後のやつが犯人で自殺でもして迷宮入り、そんな感じかね。謎を謎のままにして終わらす曖昧なミステリー、中途半端な結末に思えるがあたしとしては嫌いじゃない話に聞こえる。人の気をそらすものなんてお誂え向きな物まであるし、少し聞いてみようか。

 

「ちょっと面白そうね、どんなお話?」

「正義感の強い人間が気持よくなるために法で許された殺人犯を殺していくお話よ」

 

「ふむ、犯人もその殺人犯に含まれるから最後には誰もいなくなるのね?」

「そうなの、アヤメちゃん賢いね。魔理沙も異変の後で答えてきたけどあっちは別のお話だったわ」

 

 正義なんて曖昧なものに動かされる快楽主義者、自分のものさしでしか物を測れず濁った眼鏡で世を見る歪んだ快楽に溺れる者。それが己の欲望を満たすためにものさしの正義で測れない者達を裁く、たまにいる変わり者の話か。

 

 正義なんて我の強い者が浮かべる我儘を強めた物だろうに、それに他者から認められてこそ正義だ、行いを正義だと言い張りたいなら、その正義を示すものを残し語らせないと意味がない。

 内容を読まなくともなんとなく動機や犯行が見えてしまった、正義などない唯の殺しのお話とそれほど差がないお話だろう、興が削がれたがついでにもう一つの方も聞こう、聞いておいて聞かぬなど失礼だろう。

 

「同じような内容で魔理沙は違う話をしたのね」

「魔理沙の話は民謡だったわ、10人の子供が事故とかで少しずつ死んでいくの。最後の一人は自殺しちゃうのよ」

 

「似てるけどこっちは悲しいお話ね」

「このままだと同じで最後には誰もいなくなるまで同じ、でも魔理沙はこの民謡の本当の意味も教えてくれたの」

 

「本当の意味?」

「最後の一人は自殺しない、最後の女の子は結婚してその後は何事も無く暮らしたって」

 

 洒落ている事を言うな、あの魔法使い。言う通り、それが本来の意味なのかは知らないが最後に残る一人に救いを見せるか、本人からすれば小粋な冗談を返しただけなのかもしれないが、長く孤独にいたこの子が聞けばそのまま救いに聞こえる言葉。

 引きこもり、内へと閉ざしていた目を外へと向けさせる切っ掛けにはいい言葉だろう、なんだ、壊れないお友達はあたしが初めてではなかったじゃないか。その気なく導いて去るなんて格好いいわね妬ましい。

 魔女殿が仲介して繋げたのはそういったモノもあったからか、この子を引っ張りだした張本人に面倒を見させるなんて実にらしい合理的な考え方。

 小狡い面も見えて面白い考え方だ。

 

「ならフランちゃんは誰かと結婚しないとダメね、式には行くからちゃんと呼んでよ?」

「相手がいないわ、神社の巫女を薦められたけど‥‥あの巫女じゃあ何事もない暮らしなんて出来ないもの」

 

 幻想郷の騒ぎの中心には必ずいるあのおめでたい巫女、確かにあれと結婚しても何事もない暮らしとは無縁だろうな、民謡の通りといくわけがない、そもそもこの幻想郷で暮らす時点で何事もないなんて無理なことだ。

 この屋敷の中ですら、ホブゴブリンにチュパカブラ、月へ向かうためのロケット制作と突拍子もないものばかりが揃っている。住んでいる者が突拍子もない連中しかいないのだから当然か。

 それでも穏やかに暮らしている者はいる、あの寺の皆は比較的穏やかに暮らしている部類だし草の根連中も関わらず隠れて静かに暮らしている、あんな暮らしならと思わなくもないが好奇心の強いこの子には無理な話か。

 ソファーに対面に座り何事もない暮らしをするにはどうするべきか、お友達を無視して深い思考を巡らせていると肩と腹に衝撃を受け現実世界に引き戻された。

 

「考え事は後でして、今は楽しく遊びましょ?」

「押し倒して遊びましょ? なんて誰に教わったの? お姉さん、そういうのも嫌いじゃないけどまだ早いわ」

 

「これも魔理沙に教わったのよ、やれば喜ぶって言ってたわ」

「喜ばしいけどその気はないのよね、モヤモヤさせられるばかりで困りモノだわ」

 

 羽織っただけの襦袢もはだけ、寝起きの姿に戻されるがそこから先は何あるわけもなく。

 教えるならその先もと、一瞬考えたのだがあの黒白は少女だったか。それなら背伸びのつもりかねと、ニヤニヤと笑うとフランに頬を摘まれた。

 この笑顔は嫌いらしい、これは誰の考えだ?

 魔女殿か?

 人形遣いの差金か?

 いや、イタズラに笑い人の頬を摘んで上げ下げしている姿はこの子の素直さからくるものだ。

 面と向かって嫌いと言われるのは初めてだ、自己を表に出せるようになったのか。

 方法はともかくとして、この子の成長が見られて嬉しく思い優しく笑えた。 




今までの紅魔館書籍の流れで元ネタ書籍の方を。
調べて知ったのですが魔理沙のセリフの元ネタの民謡、結構な皮肉混じりですね、でもまぁ昔話なんて残酷な物ばかりだし、そんなもんなんですかね。


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