東方狸囃子   作:ほりごたつ

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女児三日会わざれば刮目してみよ そんな話


第七十話 主たる者

 待ち望んでいた吸血鬼の登場、とはならず待っていなかった方の吸血鬼が先に起きだしてきた。

 それでもこっちも友人には変わりない、邪険にする理由などないわけだし、呼び出しに来てくれたメイド長の後をついて歩く。向かう場所はお屋敷の天辺、時計塔の下に造られた小さな広間といったスペース。広間といっても仕切りや壁はなく、時計塔の四本の柱を軸に空間を開けた庭を見下ろす休憩所といった雰囲気だ。

 高みから見下ろせる場所にお呼び出しとはいかにも尊大な吸血鬼らしく思えて、あのお嬢ちゃんらしい場所に呼び出したなと薄く笑ってしまう。あたしの小さな笑い声に気がついたのか、前を歩く完全に瀟洒でありたい従者の歩みが一瞬遅くなる。

 別に主を笑ったわけではないよと要らない訂正をしてみるが、わかっておりますと要らない訂正を訂正された。普通の人間なら本当にわかっているのかと疑いたくなるものだが、この少女なら本当にわかった上での訂正だと感じ取れたので何も言わずに後を歩いた。

 

 それなりの距離を歩いたように感じられるがそれほど時間は経っていないようだ、妹の部屋に案内された時にも感じたがこの屋敷はやはり歪だ。メイド長の能力で無理矢理に空間を作り拡張し続けているらしいが、その影響下にあるから歪だと感じられるのだろうか。

 特に能力で干渉はしていないがそれでも感じる歪さ、性分で能力なんて普段から言っているせいで無意識下でも何か感じているのかもしれない。無意識なんてあっちの妹じゃあるまいし、と閉じた瞳を強調させてこちらに見せつけてくる妹妖怪を思い出しまた小さく笑ってしまう。

 二度目はさすがに面倒で何も言わずにいたがそれでも何も言われなかった、こういう時は口数の少ない従者でありがたい。

 指定された時計塔に着き、用意された椅子に腰掛ける。

 背もたれのない丸い座面だけの椅子、いつか尻尾が邪魔だと言った事を覚えていてくれたらしい、本当に優秀なメイドだ。

 

 少し待つ間に煙管を咥えて何も思わず煙を漂わせる、客間と同じく灰皿があるのだ。その計らいを大事にしたく思い、待ち時間を利用して少し煙を漂わせた。二度ほど吸って吐いてを繰り返した頃、あたしの吐いた煙以外の赤い物が周囲を漂う。赤い霧の姿で登場とは中々に派手でらしい現れ方だと、霧を眺めて薄く笑う。

 その笑みを消すように尊大さを乗せた声色で、ここの主様があたしにお声を掛けて下すった。

 

「今更アポイント等求めないが、せめて時間くらいは気にかけてほしいね。アヤメちゃん」

「今日の用事は咲夜宛てだったからはなっから気にしてないわ、レミィ。それよりもその手に持った籠が気になるんだけど?」

 

 眼中にないとは言わないが、今日は本当に咲夜目当ての来訪だったため起床時間など気にしていなかった。美鈴に言われなければ明るい内に帰ったかもしれない。

 そんなあたしの言い分を気にもとめず不遜な態度を変えない紅い吸血鬼、レミリア・スカーレット卿。身内がいない場では尊大で不遜な吸血鬼としていられるのに、身内の前ではすぐに綻ぶ可愛らしい幼く紅いお月様。

 

「咲夜と美鈴から聞いている、そんな事はどうでもいいさ。私は私に合わせろと言っているんだが? 竹林の昼行灯殿?」

「何その呼び名、何処で呼ばれているのかしら? 聞きなれなくて誰のことやら」

 

 言葉を交わしながら対面の席に着き携えた籠を隣の席へ置く、気になると言ってみたが中身は教えてくれないらしい。まあいいさ、持ってきたくらいだ、その内に披露してくれるだろう。

 それよりも会話の続き、内容は神社で強引にやらされた弾幕ごっこの時の事、ここの住人も眺めていたあの時の門番とのじゃれ合い、それを煽るようにあの耳と足だけは早い新聞記者が言い放ったあたしをもじった二つ名。

 的を射た悪くない二つ名だとは思うけれど、自身で名乗った覚えもないしそう呼ばれていると思う節もない。言われた所で気にするところはないけれど、どうせなら正しい知識を持ってもらいたい、少し訂正しておくか。

 

「どうせ呼ぶなら正しいもので言ってほしいわ、自らブレるのは好きだけど他人にズラされのは好まないの」

「年配者の割には細かい所を気にするな? 二つ名程度でブレるほど若くはないと思えるが」

 

「あたしはいつまでも愛らしい狸の少女よ? 年寄り呼ばわりしていいのはあたしより年上の連中だけ、お嬢ちゃんではまだ早い」

 

 普通なら逆だろう、そう思えるがその辺りはあたしのひねくれ具合から察して欲しい。尻の青いお子様にババア扱いされるほどの年寄りではないつもりだし、幻想郷の年配者から見ればまだまだ若い半端なお年頃のあたし。

 それでも年長者から言われるならそっち側に立ってもいいと感じられて反論なんてしないけれど、このお嬢ちゃん相手だとまだまだ若い気でいさせてくれる。自身の若さを確認できるのは若手と絡む楽しみの一つだと考えているからこそ、若手と絡む時は若く見られたいという我儘な考えだ。

 

「そうね、昔の名残と今の二つ名。合わせて考えるなら夜霧の昼行灯って感じかしら?」

「夜霧とはまたロマンチックな呼び名を付けるな、愛らしい少女の部分がそうさせるのか?」

 

「過去の行いを踏まえてよ、あたしを恐れる時間と状況がそのまま夜霧だっただけの事」

 

 外の世界での話まで遡る事なのでこの場では割愛しておこう、この紅い霧のお嬢ちゃんも特に聞きたいといった様子ではない。

 少しだけ霧の部分に引っかかっているようには見えるが、それは吸血鬼の性質からくるものだろう。自身の姿を霧に変えられる種族としての特性、あたしからすれば羨ましい特性だ。好きに霧になれればいつでも馬鹿し放題なわけだし、今も羨ましいと思うが‥‥本当にほしい特性かと聞かれるといらないがね。大好きな煙を燻らせる機会が減ってしまう。

 

「それで夜霧の昼行灯殿、問いかけに対する返答は?」

「レミィに合わせろって問いかけ?当然ノーよ、聞くまでもないでしょ?」

 

「そうだろうな、私の能力で視てもそう言われる姿が視えた。ここまでは変わらない事実で運命通り」

 

『運命を操る程度の能力』ね、実際どんなものか見たことはないが文の取材と妹から少し伺うことは出来た、妹は将来の出来事がわかるように話すあいつの口癖なんて笑っていた。言う通りそう振る舞っているだけの可能性も否定しないがそれだけと言う事はないだろう。

 文の取材の方では、このお嬢ちゃんの周りにいるだけで運命の巡りが変わってしまうらしい。例えばお嬢ちゃんと一言会話を交わしただけでもそこを境に運命が変わり生活や立場が大きく変化することもあるなんて話だ。珍しいものに出会う確率も高くなるらしいが、もし本当ならあやかりたいね。聞いた二つから考えれば他者の運命に介入できてその将来を定められるらしいが、本当の所はどんなものやら‥‥ぜひとも詳しく聞きたいものだ、それこそ痛い目を見せてでも。

 

「あたしの先が見えるなら教えてほしいわ、白馬の王子様はいつ来るかしら。女化し込んで待っていないと」

「残念ながら教えられないな」

 

「意外と意地悪ね、悪魔だから意地悪で当然なのかしら?」

「悪魔は正直よ? 人間やアヤメなんかとは比較にならないほどの正直者、だから教えられないと正直に教えたのさ」

 

 人間と並べられて語られるとは心外だが、言われても違和感ないくらいには嘘をついて騙しもしてきたわけだしまあいいか。悪魔が正直というのも本当のことだ、悪魔の契約は破れないなんて人間は言うがそれは悪魔からしても同じで破れない。約束を違えることなく人を堕とすのが悪魔、あたし達のように騙して墜とすものとは違うものだ。

 そんな正直者の悪魔が教えられないというのだ、本当に教えられないのだろう。それでも自身の事だ、気にはなるわけで‥‥一言で潰してしまうのは惜しいが話を進めるには仕方がないか。

 

「教えられない事については教えてもらえるの?」

「言葉遊びのつもりで仕掛けてみたけれど全く通じないのね」

 

「あたしを引っ掛けるには八百年は早いわお嬢ちゃん、それで返答は?」

「年配者からのアドバイス、ここは素直に受け取るとして返答だが‥‥教えられる。単純に視えなくなった、それだけよ」

 

 攻めてみる姿勢は好ましい、けれどまだまだ青く甘い、正直者が災いして引っ掛けにもなっていない、あんな言い方をされればすぐに気がつける、そんな事は自身でもわかっているだろうに。

 それでも思いついた手を使ってみるなんて可愛い挑戦者だ、これは見直すべきだな、ケツの青い悪ガキから手解きしてもいい少女くらいには見直せる手だった。普段もこれくらいであれば会話を楽しむ相手として面白いのだが、期待するから頑張ってみせてくれレミリア。

 しかし矛盾しているな、視えなくなったというのは少しおかしいように思える、あの問いかけまでは視えていたのに確信に迫ろうとすると見えなくなる、これはどういう事だ?

 そこに至る前と後で何か違いがあっただろうか?

 考えつくのはあたしの二つ名くらいだが、そんな物で影響下から逃れられるとは考えにくい、他の原因としてはあたしの能力が干渉した、それくらいのものだが特に意識してはいない、それなのに何故?

 

「今はまた視えるわ、何故視えなくなったのか苦悩する姿」

「それは今現在じゃないのかしら? 先読みではなく現在では意味がないと思うわ」

 

「勘違いをしているな、運命とは先だけではないわ。現在、過去、未来、全て巡って運命よ? なら現在が視えても私の能力はなんらブレたりしていない」

「なるほど、正しい解釈に思えるわ、でもあたしの先が読めない明確な理由にはならないわね」

 

 運命の解釈についてはお嬢ちゃんに一任しよう、その道の玄人が語る物の方が正しいだろうしあたしもこの意見には同意できる。

 それでも先が視えない理由には全く関わってこない、何か見落としがあるか?なんだ?視えないと言った理由、『先が視えない』ではなく『視えない』とだけ言った事に何か繋がりがあるか?

 

「視えないのは先だけなの? 現在は視えたようだし、過去も視えない?」

「今は先も視えるな、ニヤニヤと笑みを浮かべる顔が視えている。良かったな、謎解きは成功するようだ」

 

 今は、か。

 つまり、今ならば現在過去未来を見通せる状態になっているという事だ、なら先程だけが視えない状態になっていた? 

 一時的な未来視の出来ない時間、時間に関わる?

 それならあの従者も視えなくなると思うが、あの従者からそんな話は聞かないし、この主からも聞いたことはない。伝えてこないという可能性も十二分にあるが、今はその線はないだろう、その程度の事を言わないのならあたしに大して今は視えないなど無警戒な姿を見せないはずだ。

 ならば時間ではないのか?

 ふむ、やはりあたしの能力くらいしか思い当たらない、このまま考えても埒が明かないし一度試してみるか。

 

「今も先は視える?」

「また視えなくなった。正しい描写を言葉で表すなら、巡り続ける同じモノを見続けさせされている感じね」

 

「そう、原因はわかったわ。後は何故そうなったのかだけね」

「結論が出たなら教えてくれよ? 私も能力で視えない理由が知りたい」

 

 想定通りあたしの能力が干渉しての未来視の防止だった、後は何故行使していない状態であたしの能力が干渉したかだけれど、それについてはよくわからないというのが正直な所。

 視えなくなったと言われた時は丁度言葉遊びを仕掛けられた時、それを面白いと感じる同時に潰すには惜しいとも考えた。ここにあたしの能力がブレる要素は‥‥ないな、自分でもよくやる遊びで何を警戒するのか。

 警戒からではないのか?

 もう少し前に戻るか、言葉遊びを振られる直前、レミリアが自身の正直性について述べた時、あたしの運命が視えなくなる直前。この時のあたしは‥‥なるほどこの時か?

 

「結論が出たようね」

「あくまで推測だけれど、あたしの能力が干渉したのは間違いない。そしてあたしの意識化にないままに発動したから自覚がなかった」

 

「無自覚で発動? そもそもお前の力がよくわからないからなんとも言えんが」

「本来ならそう意識して認識しないと駄目なのよ、それも発動したのは多分レミリアの能力、他者の運命の巡りを変える作用を受けてその時だけ勝手に出た、本来の能力とは違った形、逸れて発動した、そんな感じだと思うわ」

 

「それはそれは、意地の悪い能力だな」

「あら、意地が悪いのはお互い様でしょ? 正直に教えられないと答えてくれたけど、全てを話したわけじゃない‥‥これも意地が悪いわ」 

 

 言葉遊びはもう一つ隠されていた、こっちは良い引っ掛けだった、正直に教えられないと答えてくれたがそこには疑問が残るのだ、あの場に至るまではあたしの運命は見えていた、それならあの場から視えなくなる運命も視えていたはずで、それを教えてくれる事はなかった。

 これはウマイ隠し方だ、あたしが興味を惹かれるだろう自身の話へと誘導し上手く隠した、遡り考察しなければ気が付かなかったかもしれない、手解きしてもいいなんて言ったが訂正しよう。

 ここの主レミリア・スカーレットは十分に楽しめる相手になってくれた、たかだか数度あたしに引っ掛けられたくらいで自分でも手を考えられる知性のある者。素晴らしい屋敷の主様だろう。

 

「隠し通せたと思ったが、時間を与えすぎたのか?」

「時間もそうだけど能力の相性のおかげかしらね、それでも楽しめた素直に見直したし褒めるべきね」

 

「アヤメの口数は残念ながら減らせていないが、一杯食わすくらいは出来たようで満足だ。呼び名も変わり今日は気分がいい」

「可愛くレミィではなく尊大にレミリア、畏敬の念を込めてそう呼んであげるわ。主殿」

 

 フンと鼻を鳴らしながら立ち上がり優雅に羽を広げる、今までは背伸びした姿にしか見えなかったのだが今は様になっているように思える。あたしがそう認識したからだろう、たかだか数十分の会話でこうも見方を変えさせてくれる。

 見た目は未だ幼い紅い月のお嬢様だが伊達に500年も吸血鬼をやっていなかったか、あたしを見下すようにテラスの手すりに立ち上がり反り返る姿、妖艶で綺麗な姿だ、血を差し上げようとはまだ思えないがな。

 もう少し成長してくれないと身長差があってあたしの首筋には届かないと思うし、登場と共に持ち込んできていた鳥かごに向かいガッツポーズをする辺りがまだ早いと思わせる理由だ。

 ツパイというらしい新しいペットだというが、あれはマミ姐さんの言っていたチュパカブラなんじゃなかろうか。可愛いでしょうと自慢してくれる主の姿は可愛いが、ペットの方はお世辞にも可愛いとは呼べない姿。

 これを可愛いと呼ぶのだ、ホブゴブリンの方も可愛さから気に入って雇用しているって考えもあながち間違いではないのかも、自慢気に話しながら羽を広げる主様を眺めてそう考えた。


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