東方狸囃子   作:ほりごたつ

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結果も大事、でも間も大事 そんな話


第六十九話 過程を尊ぶ

「ハァ‥‥なんなの? 読書をしに来たのか読書の邪魔をしに来たのか、後者なら帰ってくれる?」

「両方の場合はどうしたらいいの? 貸出はしてないんでしょ?」

 

 書の世界に閉じ籠もるばかりでこちらの事など視界の端にも捉えてなかった相手から、邪魔をするなら帰ってくれと冷たい事を言われてしまう。それでも珍しく相手の方から話しかけてきてくれて少し嬉しくなり、そう思ってもいないテキトウな事を折り混ぜて返答してみる。

 返答を受けても同じように溜息を返されるばかりで、それ以降の会話とはならず、想い人に振られてしまったような淋しさを覚えながら書に目を通す。

 

 随分前からこの大図書館の主殿の正面に座り、時折イタズラな視線をここの主殿に浴びせつつ書を読み耽っている。手にとっている本は紅茶の歴史という本、ここに来る前に咲夜から多少の知識を授けてもらったためかなんとなく読みたくなった本。

 この大図書館の司書殿にお願いし二冊ほど見つけてもらった本の内の一冊、一冊は既に読み終えて魔女殿に返却している。そちらの本は紅茶の種類というもっと初心者向けの内容で、すんなりと読み切ることが出来た。残念ながら内容はそれほど頭に入っていないが。

 興味のある今ならと思いお願いして探してきてもらったのだが、やはり種類だとか収穫地だとか細かく分類されるようなものは面倒で興味を持ちきれなかった。

 細かい物が苦手というわけではないが物による、口にしてウマイと感じたり眺めて美しいと感じるような物ならどれほど細かくとも調べあげうんちくを語れるくらいにはなるのだが‥‥紅茶の事なら咲夜か、人里の大屋敷のあれにでも聞いたほうが早いと結論づけてしまい、どうにも頭に入らなかった。

 

 こんな些細な事でも覚えているのは大変だと思えるのに、あの人里の物忘れずは全部覚えているというのだから大した者だ。もうだいぶ前、先代だった頃に数度食事をしたり他愛無い会話をした程度だというのにあたしの事を覚えていたし、あの一族には記憶力という箪笥に仕舞いこんでもすぐ出せるコツのようなものでもあるのかね?

 いや、単純に能力故か。それならコツを教わってもあたしでは真似出来ないな、それならこっちの魔女に聞いてみるか、方向性や内容は違えども同じく蓄える者なのだ、何かコツのような物でもあればそれを盗んで後に活かせるかもしれない。

 

「先生一つ聞いてもいいかしら?」

 

 こちらを見る素振りもせず返答してくれる様子もない、それほど書に集中しているのだろうか?いやそんな事はないだろう、あたしがブーツで軽く蹴りコツンと鳴った机には目を向けた。

 なら言葉を間違えただけか、珍しく素直に教えを請おうと考えて先生等と言ったのがまずかったか?先生の顔色を伺い眺めていると焦れたのか口を開いてくれた。

 

「謙虚な姿勢が気持ち悪い、それに私は弟子を取った覚えはないわ」

「じゃあなんて言ったらいいの? もっと気安くパチェとでも?」

 

 何かこう聞きなれない言葉を聞いた気がするが気のせいだろう、あたしの耳には届かなかった。

 パチェと呼んですぐに本からあたしへと視線を移す動かない大図書館殿。

 なんだ、気にでも触ったのか?

 それなら何か言い返してくれた方が会話の取っ掛かりになるというものだ、そのまま流れに丸め込んで上手く会話を誘導出来ればと考えるが、それほど甘い相手ではなかったりする。

 

「否定されないし、それでいいのかしら? それなら気にせずそのまま呼ぶけれど」

「なんでもいいわよ、それより本当に邪魔をしに来たなら帰ってくれないかしら?」

 

「邪魔をする気はないけど、結果として邪魔にはなるかもしれないわね」

「なら帰って。私は過程も大事にするけど、それに伴う結果も大事にしているの」

 

 呼び名はともかくとして、魔女らしいようならしくないような曖昧な物言いをしてくれる、魔女なら結果よりも過程に重きを置くものだと思っていたが、この七曜の魔女はどちらも大事ときたもんだ。どちらも良いならそれに越したことはないがそれでも言い切るあたり、この魔女殿は一般的な種族魔法使いとは違う考えがあるらしい。

 

「過程も結果もなんて贅沢ね、欲張りな魔女様だわ」

「そう? 合理的で当たり前の事だと思うけど」

 

「結果はともかくとして、研鑽し続ける過程に重きを置いているイメージがあったんだけど?」

「普通ならそうでしょうね、研究した結果は研究した通りにしか起こらないもの。それを踏まえれば過程は大事ね」

 

 やはり考えは間違いではなかった、魔女代表とも言える相手に肯定してもらえたのだから正しい見解だと言い切っていいはずだ‥‥ならもう一つの方、結果についても考えてみるか。この魔女は研究と言い換えたがそれは過程の事だ、予測した過程通りに出た結果が何故重要なのか。

 合理性を求めるなら先のわかっている結果等さしたる意味はないと思えるが、それも重要視している理由、少しだけ気になる。

 

「結果は既に読めているんじゃないの? そして大概読み通りになる、なのに結果も求めるなんてどういう事?」

「今日は饒舌なのね、珍しい。まぁいいわ簡潔に一言だけ、たまに予想外の結果が出るからそれを見るのもいいと感じるようなった。それだけよ」

 

 読みきれている結果しか出ない物に対して予想外と言い切るのはなにか理由があるのだろう、なんとなくだがわかる、普段と変わらないあたしに対して饒舌で珍しいなんて言うのだ、その五月蝿い口を閉ざせと遠巻きに言ってくるくらいの理由があるはず。

 この魔女殿が言いたがらない理由とは?

 物事に対して冷静に当たり判断下すこいつが煮え切らない逃げ方をする理由、段々面白くなってきた。

 

「予想外の結果が出るなんて、魔女として失敗じゃないの?研究過程で間違いでもした?」

「間違いくらいは誰でもするわ、私でも間違う。間違っていたから気が付けないこともあったということよ」

 

「あった、という事は今はそう思っていないんじゃないの?」

「言葉の端々を拾って誘導しないで、貴女のそういう直接的な意地の悪さ‥‥私は苦手なのよ」

 

 案の定誘導には掛かってくれないか、なんとも聡い相手で同時にやりがいのある相手だ、それでも少しずつヒントを残してしまうのは確信というか図星というか、答えに近づいているからだろうか?

 間違いは誰でも起こす、当然だ、メイド長との話じゃないが完璧な者などいない。誰でも間違いは起こすだろう、大きいか小さいか程度の差こそあるだろうがそれは間違いない。なら間違っていたから気がつけなかったというモノ、これは一体なんだろうか?

 あったというくらいだ、過去に起きたもの自身で体験したもの辺りか。

 美鈴の話と言い淀む姿勢からなんとなく着地点は見えてきているが、これはあたしから言うより魔女殿の口から言わせたい、その方がきっと面白くなるはずだ。

 

「直接的で意地が悪い、いつかも言われた気がするわ」

「貴女の足が消えた時ね、あの時はスッキリしたわ」

 

「随分な言われようで傷つくわ、泣きそうだから大好きなお友達に慰めてもらおうかしら?」

「心にもないことを‥‥妹様ならまだ目覚めないから美鈴にでも泣きついて」

 

「フランちゃん、とは呼んであげないの?」

 

 あたしが見ていた着地点はほぼほぼ正解だったようだ。少し苛立ちのような気恥ずかしさのようなモノを顔に浮かべる魔女殿を見られるなんて思ってはいなかったが、存外悪くない表情だ。

 先ほどのメイド長といい今日は吉日だな、普段は見せてくれない顔ばかりが見られてあたしの顔もほくほく顔になりそうだ。

 それでも少し言い過ぎたか、あのメイド長は呆れですんだがこのままだと焼かれるか凍らされるかしてしまいそうで怖い。なにか和めるモノを探さないとならない。

 

「妹様に対してはそう呼んでいるわ、いない時は気にしていない。貴女もそうでしょう?」

「そうね、否定はしないわ。でも顔を合わせている間はかかさず呼んでいるわよ、パチェ?」

 

「何故わざわざ今呼ばれたのか、意味がわからないのだけれど?」

「なんとなくよ?呼んでいいと言われた後に友人の呼び名の話になった、だからなんとなくパチェとそう呼んだ。それだけよ」

 

 他意はない、ただの思いつきで呼んでみただけの事。そうなのだが魔女殿には何か引っかかることでもあったのか、食って掛かるとは珍しい。

 いつか、あたしの足が吹き飛ばされた時も同じく食って掛かって来たか。環境も立場もあの時とは少し変わったが、お互いの立ち位置だけが変わらず面白い。

 いや、立ち位置も変わっていたか。あの時はパチェなどと気安く呼べる間柄ではなかったしそう呼ぶつもりもなかった、大して時間も経っていないのに存外変わるものだ。

 魔女殿の言う予想外とは違うものだが、これはこれで面白い。ついつい意地悪く笑ってしまう。

 

「ハァ‥‥意地の悪い物言いにその笑い方、妹様には変化を与えたくせに貴女は変わらないのね。アヤメ」

「そうでもないわ、今し方変化を垣間見たところよ?あたしもパチェの変化も見られてすこぶる楽しい気分だわ」 

 

「私の?」

「初めて会ってから何年経つかしら? 覚えてないけど初めて名を呼ばれたわ、言葉を借りるなら予想外の結果が出て面白いわね」

 

 なんということはない小さな変化、それでも嬉しい変化と言い切れるもので結構喜ばしいものだ。名を呼ばれた事自体もそうだがそれを指摘されて気がついた時の魔女の顔。

 初めてあった時の吸血鬼お引っ越し異変で見せてくれた眼差しそっくりだ。あの時のように殺気こそ込められていないが、目に力を込めて睨む姿はあの時見せたままの眼差しだ。意味合いは違えどもこれも予想外の結果と言っていいだろう。

 いつから聞き耳を立てていたのか知らないが、ここの司書殿もあたし達を遠巻きに眺めて微笑んでいる。魔女殿からは見えない位置取りでわざわざ姿を見せるとは、この司書殿も一癖ありそうだ。そういえばこの司書殿には何かと世話になっているが、名も聞いていないしちゃんとした挨拶もしていないな。後で暇が出来たらきちんと話してみよう、こっちもそれなりに楽しめそうだ。 

 

 それにしてもこの魔女の顔、今日一番の収穫かもしれないな。フランが起きてきたら自慢しよう。あたしにもお友達が出来たわと愛称で呼び紹介してみよう、これは酷く楽しみだ。

 

「私達に手荒な歓迎をしてくれた先代の巫女がいた頃よ。それほど昔ではないわ」

「いや、そこはどうでもいいのよ。重要なのはそっちじゃないわよ? なに、パチェが言ってくれた事なのに恥ずかしがっているのかしら?」

 

 早く起きてこないだろうか、これほど誰かの登場を待ち侘びることなんて滅多にない。

 普段冷製で落ち着いている者ほど、それが崩れてから戻るまで時間が掛かるものだが、相手が相手だ、すぐにいつもの顔になってしまうかもしれない。

 出来れば今すぐにでもたたき起こしに行きたい所だが、さすがにそれをしてしまうと全員の機嫌を損ねる結果になりそうだ。

 

 魔女殿の言葉ではないが結果も大事にしないとこの過程を楽しめない、今はこの状態を少しでも長く続くようにあれやこれやとからかって楽しもう。

 仮にフランが起きてくる前に冷静さを取り戻しても、あたしの前で妹をちゃん付けで呼ばせるという手も残してあるし、焦ることはないだろう。


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