東方狸囃子   作:ほりごたつ

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旬とは違うが そんな話


第六十八話 時々で変わるモノ

 コポコポと小さな音をたててカップと揃いのティーポットから注がれる黄金色の紅茶、注がれるとともにこの空間、通されたこの客間中を華やかな香りで包んでいくそれ。

 慣れた手つきでそれを注ぎ当たり前のように配膳してくれる、初めてこのお屋敷を訪れた時にはいなかった瀟洒な従者。いつからいるのかなんて知らないし気にかけた事もないが、今はこうして居場所を得て我が物顔で屋敷の管理を任されている人間の少女。

 そんな人間の少女、十六夜咲夜の歓待する仕草を眺めながらソファーに腰掛け煙管を燻らせる。

 香りも楽しむ紅茶を前にして煙を漂わせるとは無粋な事だとは思うが、カップの前に配膳された灰皿が吸っても構わないと言ってくれているように思えて、気にしないことにした。

 

 普段は気にせずその辺で火種を踏み消しているが、さすがに絨毯敷きの客間でそうはしない。灰皿まで用意してくれているのだし変に考えずそちらを使わせてもらう。

 カツンと一回音を立て燃え尽きかけた火種を落とす、小さな銀の灰皿だが目測を誤ったりする事はなく綺麗に灰皿内へと火種を落とした。

 そう出来る場所でそうする、それが今はこの灰皿に捨てるという事なだけ。それも出来ないようなら吸うべきではないし吸ってもいいものでもないだろう。

 一服つけて一呼吸置いた後、火種の収まる灰皿を下げると共に注いでくれた紅茶が手元に配膳された。綺麗な黄金色の紅茶、今まで出された物はもっと赤みがかっていたり香りが独特な物だったりしたが、これは澄んだ黄金色を浮かべ香りをたたえている。

 

 何か爽やかな果実を思わせる香り、鼻先でそれを一嗅ぎして口に含む。嗅いだだけのそれよりも口内で広がる香りは一段と強いものに感じられる、爽やかな香りなのに舌先に広がるのは少ししぶみの強い味わい。けれどその渋みが香りを引き立てているように感じられた。

 

「美味しい、味わいも好みだし香りもいい。同じ紅茶よりも幅があるものなのね」

「お口に合いましたならばようございました、今回はダージリンという茶葉の夏摘みの物を淹れてみました」

 

 ダージリンの夏詰み茶葉ね、日本茶も色々と種類はあるし新茶の時期ともなればその風味も味わいも違ったものが味わえるが、それよりも細かく分かれていそうな口ぶりだ。

 けれど夏詰みと言うくらいなのだ、色々な季節で摘み取った茶葉で味や風味が変わるのかもしれない。日本茶も奥深い物だと思っているが、西洋の茶も同じく奥が深いものだ。

 何も言わずにもう一口含み、静かに味わっていると瀟洒な態度を崩さない完璧な従者が補足の説明をしてくれた。

 

「夏詰み、専門用語でセカンドフラッシュと申しまして果実のマスカット、白葡萄のような華やかな香りを持ち強めの渋みが特徴の茶葉です」

「セカンドということは他にもあるみたいね」

 

「はい、ファーストやモンスーン、オータムルなど同じ茶葉でも取れる時期等で呼び名も風味も変わります」

 

 面白いものだ、初物や旬といった物とは違い様々な季節で味わいを変え楽しめる物。譲ってもらった茶を気に入るまではさほど気にもしていなかったが、たかが茶葉とは言えない楽しさがある。

 あの柑橘類が香る茶葉も時期や季節で変わる物なのだろうか、だとしたら入手するのは難しい物の様に思えるが。そんな物を気前良くくれたのだとしたら、きちんと感謝しないといけないな。

 

「色々あるのね、前に譲ってもらったこれもそんな類の物だったの?」

「それは私が個人的な好みで着香したもの、それほどの物ではなかったのですが気に入って頂けて嬉しく思いました」

 

 持参した茶葉の缶をコツンと軽く叩いてみる、軽い金属音を響かせて中身がないと知らせてくれる缶、飲み切ったと伝えてみると僅かに口元を綻ばせてくれる咲夜。

 それにしても咲夜が自ら着香とは、味も香りも良い茶葉だったし中々に趣味が良い物を作るものだ、以前に振る舞った事がある妖怪兎からの評価も良かったし、本当にあの姉の元に置いておくには惜しい従者。

 

 あっちのもふもふした従者にも感じた思いだが、この幻想郷では主がアレだと従者が立派になるような仕組みでもあるのだろうか?

 竹林にいる賢い従者も立派な御仁だし、あの龍神様の使いも空気を読み何事にも柔軟な態度を見せる方だ。最後の人に限っては仕える主も立派な御方なのだとは思うが、如何せん会ったことがなくてわからない、そもそも本当にいるのかも知らないが。

 得意の逸れた思考の海を泳いでいると、瀟洒な従者からありがたい申し出がありこちらの世界へ釣り上げられる。

 

「宜しければ追加をお持ちになりますか?」

「いいの? 物乞いのようで気が引けるから出来れば入手先をと思って来たんだけど‥‥作り手が咲夜だとは考えなかったのよね」

 

「その作り手がいかがですか? と、申し上げているのです、作り手としては作ったものを気に入って頂けるのは嬉しい事。アヤメ様なら覚えがあるのでは?」

 

 咲夜の言う通りあたしにも多少の覚えはある、あたしの場合は味よりもそれを口にした者の顔を眺めてほくそ笑む方に思考が向かって行ってしまうが、それでも褒められて悪い気はしない。

 咲夜に振る舞った事はないが美鈴辺りにでも聞いたのだろう、あたしの料理の先生の一人だしそれくらいは話すだろう。なんだろう最近も同じように知らない所で知られて気を悪くした覚えがある、けれど今は特に不快感を感じない、見知った者相手だからだろうか?

 よくよく考えれば矮小で滑稽なモノの考え方をしたもんだ。知らない所で知られる等良くある事で気にする事でもないというのに、それを気にしてあのろくろ首や狼女に当たってしまった。

 随分とらしくない悪いことをしてしまった、詫び入れなんて覚えがないと言ったがこう思い直せばそれなりに感じるものがある。後でもう一度顔を出して一言言っておくこととしよう、言った所でと思えるが言わずにいるのも座りが悪い。

 相手の事は置いておいてあたしの座りが悪いままなのは非常に困るというものだ、人里に行けばいつでもいるのだろうしそのうちにでも再度のご挨拶をするとしよう。

 

「アヤメ様はなにかこう、一つの物事で他の物事を考える癖でもおありで?」

「思考が逸れている、よくそれで誰かと会話出来るな。なんて言われることもあるわね。何か気に触ったかしら?」

 

「いえそのような‥‥逸れる、ですか。ですが返答や仰りようから考えるとそれほど逸れているようには思えないのですが」

「逸れるのは性分で能力だからね、慣れているしそういうもんだと諦めてもいるわ」

 

 あの聖人や覚り妖怪に読まれて言われるのはわかるが、心を読むことの出来ない人間にまで言われるとは思わなかった。それほどわかりやすいだろうか、だとしたら少し厄介だ。

 相手に捉えどころを見せず掴ませない生き方をしているというのに、最近読まれる事が多くて立つ瀬がなくなってきているように感じられる。このまま放っておくのはマズイかもしれない。

 なにかやらかすかね、異変とは行かなくともあたしの在り方を再認識させるのに十分な事。後で少し考えてみよう。

 

「今も何かお考えになられているようですが、なるほど、逸れる性分というのも難儀な事のようですね」

「咲夜みたいに止められれば気が付かれる事もないんだけどね、それでも気に入っているからいいのよ」

 

「以前の妹様の粗相。あの時に時を止めた事、お気づきではないのですね?」

「粗相って足ふっ飛ばされた時?あの時に時間を操っていたの? 気が付かなかったわ」

 

 時間の流れを止められているのだ、気がつくはずがないだろう‥‥

 だが急に振られた話題、咲夜は何が言いたいのか?

 あたしの能力はすでに知っているはずで、今更聞き返す意味はないはず。

 足をふっ飛ばされた時にも言ったが時間が止められてもナイフや攻撃といった物は問題なく逸れる、それ以外に何か思い当たることでもあるのだろうか?

 

「あたしの能力と咲夜の能力、何か思うところでもあったのかしら?」

「そうですね簡潔に申し上げれば、アヤメ様の時間は止まるのですが能力は止まらないのです。そこが少し腑に落ちません」

 

 なるほど、言いたいことはわかる。あたし本体の時間は止められているはずなのに、あたしから発せられる能力は止められず咲夜の影響下に置けない、それが腑に落ちないと。

 さすがになにがどう作用してそうなるのかなどと詳しくはわからないしわかった所で教えてあげないが、意外と単純な理由でそうなっているのだと言い切れる。

 

 例えば紫の境界で考えてみるが、あれも概念的な物で大概反則な能力でどうしようもないが、あたしの能力だと問題なく逸らすことが出来る。

 それは何故か?

 言った通り単純であたしが逸れると思っているからだ。

 あたしの能力も概念的なモノ、逸れると思っているから逸らせる。

 思い込みとまではいかないがあたしに届くことはないと確信できていればそれは届かない、あたしが思いつける干渉のされ方なら大概は逸らす事が可能だろう、仮に思いつけない手を使われたとしても、一度逸らせているから確信を得ているしその考えが揺らぐことはない。

 逆にあたしの能力が利かなくなった相手、勇儀姐さんの場合だがあれは姐さんの能力ゆえにだろう。怪力乱神なんてよくわからないズルい力をどう逸らせろというのか、イメージさえ出来れば逸らす事も可能だろうが小手先の事をしても笑いながら殴り飛ばされるイメージしか沸かない。

 力業で押し切られるとあたし自身理解させられているというのが余計にイメージ出来ない理由だろう、それくらいあの鬼はズルい。

 

 では咲夜の場合はどうか?

 これもやはり単純で、時間を逸らすなんて思いつかずそのイメージが出来ない。

 だからこそあたしの時は止まる。

 けれどその後に飛んでくるナイフや攻撃はあたしに届かないと確信出来ている、だからこそ中途半端にしか能力が作用せず腑に落ちない結果となるのだろう、これを説明したとしても腑に落ちないままだとは思う。それでもこれがあたしなりの持論であり結論だ、求める答えとは違うものかも知れないが伝えて何かスッキリ出来ればいいのだが。

 

「あたしなりの考えだけど、多分あたしがそう認識出来るから逸らすことが出来る。そんな単純な事だと思うわ」

「つまりアヤメ様の受け取り方次第ではなんでも逸らせると?私自身の能力にも思うことですがそれはまた卑怯な能力ですね」

 

 自身の小狡い能力と並べて卑怯とは随分な物言いだ、咲夜の能力のように有無を言わさず行使出来るものではないというのに、それでも言われる通り卑怯な部類には入るかもしれないな、考え方や受け止め方次第では多分時も逸らせるはず。

 けれどそうなるまでにどれほど考察する時間がいるだろうか、時間の概念を完全に理解するなんてそれこそ死んでも無理な話だと思える、いや、死んで輪廻の輪から抜け出せれば感じ取ることが出来るだろうか?

 永遠の姫様辺りなら答えを知っていそうだが聞くのはよそう、パンクしそうだ。

 とりあえず今は話の道筋を逸らしてもう少し気楽な方へと誘導しよう、先の短い人間相手なのだから一分一秒をムダにするのは惜しい。

 

「卑怯なくらいで丁度いいのよ、平凡では幻想郷を楽しめないもの。非凡な者しかいないのだから、そこで暮らすなら少しくらい卑怯でないと。完全で瀟洒な人間にはわからないかしら?」

「以前よりお伝えしようと考えておりましたが、アヤメ様は誤解なさっておいでです。完全で瀟洒な者などこの世にはおりませぬ」

 

「そうね、完全な者がいたとするならそれはもう人や妖怪ではないわ。神様連中ですら曖昧なのに小さな人間が完全だとは言えないわね」

「わかっていながらそう仰られるのは皮肉かなにかでしょうか?そうであれば少し気に入りませんわ」

 

 半分は咲夜の言う通り皮肉だ、そうあろうそうありたいと日夜頑張る可愛い従者に向ける可愛らしい皮肉、そして残りのもう半分は、今のように不機嫌といった表情を露わにしてあたしを睨むような、瀟洒な姿を崩してみたいという思いつきから来る小さな悪戯心。

 半分なんて少し綺麗に言い過ぎたか、どっちにしろあたしの悪戯心から来る物に変わりはない、訂正ついでに言うならば、折角名前で呼んでくれるようになったのだからその態度も少しは緩めてほしいのに、というらしくない可愛らしい思いも少しは混ざっているかもしれない。

 それよりこのまま放置すると怖いな、異変に向かう姿は怖いと聞くしそれは見たくないし体感したくもない。怒らせたのは間違いなくあたしだ、ここはどうにかごまかすか。

 

「瀟洒な姿も凛として綺麗だけど、そうやって怒りを見せる姿もいいわね。そっちの姿なら別の方のお相手もいいかもしれない」

「なるほど、美鈴が苦笑いをするわけです。相手の心情も楽しむ姿勢、それが怒りでも変わらないのですね」

 

「感心してくれたの? なら嬉しいわ」

「関心半分呆れ半分といったところです、何故お嬢様が毎回キレイに化かされるのか体感してわかりました。厄介な方ですね」

 

 怒りの表情の次には呆れた表情を浮かべ苦笑する瀟洒な従者、出来れば感心して凄いものを見るような顔を見たかったがそこまで求めるのは贅沢というものか。

 それでもよしとしようか、普段見せてくれる全てをわかりきったような生意気な顔以外も拝むことが出来たのだ、仕える相手は人外でも自身は人間の少女なのだから、たまにはそれらしい表情をしないとそれが顔に張り付いてしまう。

 どこかの無表情な付喪神じゃないんだ、変えられるなら変えるべきだろう‥‥注いでくれた茶葉のように、その時その時で色々な顔を見せてくれたほうが眺める方は楽しめる。冷めてしまった紅茶を一気に飲み干し、二杯目の給仕を受けながらニヤニヤと笑みを浮かべるとそれを見られて訝しげな顔も見せた。

 そう、それでいい。

  


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