東方狸囃子   作:ほりごたつ

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プロジェクトスミヨシ そんな触り


~紅魔組小話~
第六十七話 見上げて笑う


 長く放置されて苔むした河原の岩のような緑に、なにかを焼いた灰色を混ぜた風な肌の色をしている。首には黒いスカーフを巻いてちょこまかと動き、その動きに合わせてピンと尖った耳を揺らしている。髪や体毛は生えておらず、その頭には小さな二つの角を生やしている。

忙しなくあちらこちらで動きまわり、お屋敷の中にも外にもいる何かをしているナニカ。

 小さな箒に跨ってどこぞの黒白よろしく飛び周りながら、時計塔の針の先から文字盤の隅まで一つ一つ丁寧に磨き上げている。

 その仕事ぶりだけを見れば真面目で勤勉な者達と言えよう、合間合間に雑巾の投げ合いをして笑っている姿はあたしには見えないものとして。

 

 それで、結局のところアレは何者なんだろうか?あたしの周りで角を生やしている奴なんてあの大酒飲みの妖怪連中くらいしかいないが、ならあれもその一種なのだろうか?

 人間よりも小さな体躯でぱっと見た限りでも結構な数がいるようだ。子鬼で大量にいるという特徴、これらから考えるとあの神社にいるへべれけ小鬼の亜種なのかもしれない。

 それならこの連中も霧のように消え広がったり出来るのだろうか、あの酒臭い幼女ならともかくこっちの子鬼からはそれほどの力は感じられないが。

 しかし同じだとしたら困るな、あんなアルコール中毒の子鬼が大量にいては困る。あっちはまだ可愛らしい幼女だがこっちの子鬼はあまり可愛いとは言えない外見だ。一緒にしたとバレたら後で怖いかもしれない、とりあえずあのへべれけ幼女の亜種という仮説は捨て置こう。

 

 ふむ、それならばなんだというのだろう? 他に角を生やした者なんて‥‥あぁ人里にもいたか、一日限定で頭に角を生やして興奮する者がいた。色合いも人里の方は薄緑だしこっちの子鬼も緑色っぽい様な色合いをしている、とすれば幼女の方ではなくてあっちの先生の方の亜種か?

 いやいや流石にそれはないだろう、人里の世話やき教師の緑部分は叡智の神獣白澤だったはずだ。

 時計塔を磨き上げるための雑巾をそこらにぶん投げて汚れを広げるような子鬼、そんな軽率で非合理定期な行動からは叡智といったものは感じられない。それにコレとあの堅物教師を一緒にしたのがバレたら、あの授業内容よりも堅い頭から一撃もらうハメになる、それは避けたいからこの説もなかったことにしよう。

 とすれば、本当にあれはなんなのだろう?それなりに長生きをしてきて色々見ているつもりだが思い当たるものがない、仕方がない‥‥考えてダメなら聞いてみよう。この屋敷に住まう小さな友人にあたしが送った言葉だが、送って使えなくなったわけではないのだ、素直に答えを聞いてみよう。 

 

「あれなんなの?」

「ホフゴブリンですか、見た目はあれですけど働き者で助かってます。妖精メイドなんかよりよっぽど頼れますね」

 

 ホフゴブリンというのかあの子鬼。

 しかし、ついこの前に訪れた時には居なかったはずだがいつから屋敷で働いているのだろう。この門番が気を許すくらいなのだ、悪い子鬼ではないとは思うが。

 

「あの八雲紫が呼び寄せたんですよ。外の世界へ出稼ぎに行った座敷童子の変わりと言って、聞いていませんか?」

「座敷童?……あぁコレだのこんなのだのと言われて、人里を追い出されたのはここの子鬼なのね」

 

「そうですそうです。退治されて数を減らしていたみたいで困っていた所をお嬢様が拾いまして、それからうちで働くことになりました」

 

 何時だったか人里でちょっとした騒ぎとなったことがある、人里の住居に住まう座敷童達が次々と立ち去りいなくなっていく事件。

 里から妖怪がいなくなるなんて有難いことだと思えるが座敷童の場合は居てくれた方が都合が良い、愛くるしい彼女たちは住まう屋敷へ富を授けるからだ。

 

 家に居るだけで金が貯まるなんてなんて羨ましいことだろうか、我が家にもぜひ住んでもらいたい。

 富や名声というものにそれほど頓着してはいないがもらえるものはもらっておきたい、あって困るものではないし昔のようにそれを種に金貸しをしてみてもいい。そういえば外の世界であの時に貸していた金は結局返って来なかったか。まぁいいか、返す相手のあたしがいなくなったわけだし借りた奴らも死んでいる。

 それに幻想郷では金はあまり重要視されていないし、借りてまでなにかをするような輩もいない。商売にならないのではやるだけ損だな。

 すこし話が逸れてしまった、本筋に戻す。

 

 それで座敷童、彼女たちが抜けてしまった分の穴埋めとして紫が呼び込んだのがこの子鬼達。

 紫が海外から呼び寄せたホフゴブリン達、姿こそあれだが働き者で人の生活に富を与える。人間にとっては有益な妖怪だったのだが……その見た目がまずかった。

 

 あたしから見ても決して可愛らしいとはいえない姿で、その感覚は里の者達も同じだったようだ。

 何もせずともその姿だけで子供は泣きだしてしまうし、大人も気味悪がって近寄ることはなかった。あのおめでたい巫女に退治してくれと依頼する者まで出る始末。悪さなどせず、寧ろ善いものを呼び寄せるホフゴブリンを退治などと思ったが、巫女の方は乗り気であの説教臭い仙人と一緒になって里から追い出す事となった。

 

 座敷童の代わりとしてバランス取りに呼んだのに追い出して大丈夫なのか、そう考えたがそれは杞憂に終わった、いなくなった座敷童達がすぐに帰ってきたからだ。後々巫女に聞いてみれば彼女たちは外の世界で流行りとなっている町興しに呼ばれただけで、一時的に外の世界に行っていただけらしい。

 神社にいた仙人様は帰ってきたばかりの座敷童を見かけたらしく、素朴な可愛らしさだった彼女たちがなにかキラキラと、一皮向けて大人びた姿となって帰ってきたように見えたそうだ。

 

 そんなわけで座敷童も戻り里は今までどおりとなったのだが、代わりにすっかり忘れ去られたホフゴブリン。幻想郷で幻想となり消えたかとおもっていたがまさかここで働いているとは。

 同じ海外産の妖怪として見捨てることが出来なかったのかね?いやここのお嬢様は趣味が良い……あの名付けの趣味から考えればホフゴブリンを可愛いと思っても可笑しくはない。

 恩情からと考えるよりも、この子鬼達を気に入り屋敷に置いたと見るほうが後々からかうネタになるし、今はそう考えておけばいいか。

 

「あのアヤメさん、今日はどうされたんです?妹様ならまだ寝ている時間ですが」

「起きるまで美鈴で遊ぶ、というのは半分冗談として今日は咲夜に用事よ」

 

 要件を伝えながら綺麗に飲みきり空になった紅茶の缶を見せてみる、以前に譲ってもらってから気まぐれで淹れては楽しんでいた柑橘類の香る紅茶。

 今日はこの茶葉の入手先を聞きに訪れてみた、頼めばまた譲ってくれるのだろうが以前に述べた通りそれはしたくないし、自分で入手できるならそうしたいと考えたからだ。

 

「咲夜さんだけではなく妹様にも会ってくださいね。新年になってからアヤメちゃんが来ない、と少しご機嫌斜めですので」

「あたしのせいでご機嫌斜めなんて可愛いらしくて嬉しいわ。またお痛されては困るし、少し顔を出すわよ」

 

 可愛いなんて言ってみたが思いの外嬉しく感じられるのは何故だろうか、真っ直ぐに会いたいという思いを向けられているからか。

 大した事はしていない、ただ友達の作り方を教えたり互いのことを話してみたりと他愛のない話しかしていないというのに。少しの事でも機嫌を損ねるくらいには思ってくれている、なんとも可愛いお友達だ。

 そういえばあの子は友達の作り方を誰かに実践してみたかね、実践する相手といってもあたし以外にこのお屋敷を訪れる者がいるか知らないが。

 

「あたし以外のお友達でも出来れば、少しは機嫌も直るかしら?」

「あれから二人ほど妹様にご友人が出来ましたよ、アヤメさんの教えたお願いの仕方で見事ご友人が出来ました」

 

 おおこれは予想外だ、あの引きこもりな妹に新しい友人が出来るとは。出来ればいいとは思っていたが実際に出来るとは思っておらず、やるじゃないかと感心させられた。

 それであの可愛らしいお友達が新たに作った友人とは誰だろうか、出来るならあの子の成長に役立つ友人達ならよいけれど。

 

「二人も出来るなんて仕込んだ甲斐があったわね。それでどこの誰がお友達になってくれたの?」

「あざといやり口を仕込まれて心配しましたが、成功したので私からは何も言いません。仕草自体は可愛らしいものですしね‥‥気になりますか?アヤメさんも妹様の事を気にかけておいでですし、気になりますよね」

 

 あたしの仕込みに不満はあるけれど、ね・・読み通り可愛さを全面に出したあの挨拶は成功したようで、特にお叱りはないようだ。

 それよりも気になるのは後半の物言い、珍しくイタズラな笑みを浮かべてあたしの顔色を伺う素振りを見せる居眠り門番。友人の事を気にして何が悪いというのか。

 自分がお友達になってとお願いされた時には、私は従者でお友達にはなれませんと断ったくせに。少し悲しげな妹を見て自身も心を痛めたくせに。

 

 思い出したら少し蒸し返してやりたくなってきた、が、抑えておこう、この場合はからかわれているというより感謝されている気がする。この門番の軽口など珍しいものだし、今はそれを聞けた事に満足しておこう。

 

「大事なお友達の事よ?心配にもなるでしょう?」

「照れ隠しが下手ですね、ですがそれくらいの方が妹様と過ごされるにはいい。新しいお友達、魔理沙さんとアリスさんの方はまだまだ素直とは言えませんし」

 

 ああそうか、照れていたのかあたしは。こういった事で照れるなんて殆ど無くてどうにもくすぐったい、以前にこうなったのも美鈴と弾幕ごっこをした後だったか。

 あの五月蝿い新聞記者と飲んだくれ幼女に褒められて照れた事があった、おかげで照れ顔なんて写真に取られるし・・この門番は出会いの時からあたしに対して面倒しか寄越さないな。

 まるでどこかの胡散臭い妖怪のようだ、雰囲気だけなら胡散臭いやつの式の方に近いんだが。とりあえずその辺はいいか、後半の方が気になる。

 

 魔理沙とアリスか、大方魔法使い繋がりからあの図書館で知り合ったのだろう。ここの魔女殿がわざわざ紹介するなんてないだろうし‥‥たまたま出くわして声を掛けた、そんなところか。

 この二人ならいいかもしれないな。

 

 常に上を目指して研鑽し、あたし達妖怪と弾幕ごっこでは対等以上に渡り合う普通の人間の魔法使い、その向上心は見習うべき物があるし何より彼女は明るく真っ直ぐだ。

 屋敷に引きこもって色々と餓えたあの妹には良い刺激となるだろうし、そのうちに外へと連れだしてくれる様になるだろう。楽しそうに笑う妹の姿を神社辺りで見られる日が来そうで悪くない。

 

 もう一人の魔法使いもいい影響を与えてくれそうだ。前述した黒白とは違って、どちらかと言えば図書館の魔女殿に近い落ち着きや冷静さ、それを身内以外から感じるのもいいだろう。

 それに彼女の場合は人形劇という形で人里との交流もある、見た目だけなら同い年くらいの子供がいる里にでも連れだしてくれれば、今まで見られなかった物も見られるというものだ。

 万一何かあっても彼女なら大事になる前に止めるだろうし、普段見せない本気を見られるかもしれないし、それはそれで楽しめるかもしれない。

 

「あたし以外は魔法使いばっかりね、ここの魔女みたいにもやしっ子にならないといいけど」

「辛辣な物言いですね、ですが二人に妹様を紹介したのはパチュリー様なんですよ、そう聞けば少しは評価が変わりませんか?」

 

 それはそれは珍しい事もあるものだ、あの引きこもりの魔女殿が自分のこと以外でなにか行動を起こすなど思っても見なかった。

 本や知識にしか興味ないと思っていたが、友人に気を使う事もできるらしい‥‥いや、姉の方とは長く友人関係を続けているらしいしそれくらいの気配りは出来て当然か?

 もしくは気配りからではなく別の目的からか、自身の研究に充てる時間を確保するため他の誰かを宛てがった、とか。

 後者の考え方のほうがそれらしい気はするがここは前者で捉えておこう、その方が心地よく感じられる。

 

「あの魔女殿がそんな事するなんて、友人として付き合うとそれくらい温かい人だったりするのかしら?」

「どんなイメージを持たれているかなんとなくわかりますが、あれでもお優しい所もあるんですよ?今もお嬢様のお願いを聞いてモノ造りに励んでおられますし」

 

「モノ造り?次回の霧を撒くための装置でも作ってるの?」

「さすがに霧ばかりではないですね‥‥今回は乗り物。ロケットだとか、完成したら月に行くんですって」

 

 苦笑しながら否定され答えを教えてくれるのはいいけれど、月ってあの月か。まだ日が高く薄くしか見えない月を見上げてみると、隣の門番も同じように見上げる。

 あそこに行くんだそうですと目的地も教えてくれるがやっぱりあの月で正しいらしい、いつか紫が散々な目に会い逃げ帰ってきた所と聞くがそんなところに何しに行くのか。

 

 

「少し前に八雲の式が顔を出しまし、月に向かった時の話になったそうで。次は霊夢さんなしで行くんだとか。まぁいつもの、お嬢様の暇潰しですよ」

「それで行くための乗り物を魔女に作らせている、と」

 

「資材も資料も足りなくてまだまだ本域とは言えませんが、それでも少しずつ形になってきていますね」

「まぁいいんじゃない、好きにしたらいいわ」

 

 暇潰しついでに紫の鼻をあかすって感じか、無理な事だろうな、資材や資料が足りない段階で頓挫しかけている計画なのだ、その程度の計画であの紫が驚くはずはない。

 紫の事だ、このお屋敷でしていることなんてお見通しで今は泳がせているだけだろう。そうしたほうが後々何かを有利に出来る、そんな事でも考えているのだろう。

 本当にあの賢者様は人も悪いがタチも悪い、がそういう所が面白い。

 

 ここのお嬢様は紫本人ではなく、藍から話をされたのが気に入らなかったなんて言っていたし。遊び半分見返し半分で閃いたんだろう。話す美鈴も本気で行くとは考えていない口ぶりだし、何かと思いつきで動く主に振り回されて何処の従者も大変だ。

 

 

「やはり乗り気にはならないんですね」

「そりゃあそうでしょ、思いつきに乗っかる程若くないし暇もないわ」 

 

「老獪さなんて普段見せないくせにこういう時だけ、ずるいですね」

「老獪だなんて人聞きの悪い、あたしはちょっと長生きしてるだけの可愛い少女よ?」

 

 そうですねと笑顔のままに答えてくれる門番殿、あたしも笑顔でそうよと言い返し、その少女っぷりを惜しげも無くアピールし振りまく。

 緩くクルリと回転し着物の袖を舞わせると、話し込んで忘れていた茶葉の缶が手元を離れて飛んでしまった。拾いに行こうと足を出すと一匹のホフゴブリンが缶を拾い上げ手渡してくれた。

 やはり勤勉で真面目な働き者のようだ。受け取りながらありがとうとウインクしてみたが反応は薄く、小さな会釈だけされて足早に去られてしまった。

 

 

 去る背中を見送るように視線をあげると、屋敷の入り口にメイド長の姿が見えた。

 今日の来訪理由も思い出したわけだしこのまま屋敷に入るとしよう、門番仕事の邪魔をし続けるのも悪い。 

 邪魔といえば以前に中華鍋の件で話を振ってみたがそれについては何も言われなかったな、まだ来てないのか邪魔にはならなかったのか。

 

 

 帰りにでもまた聞いてみよう、門番に中に入ると形だけの許可を貰いゆっくりと屋敷へ向かう。

 中華鍋の件やあの草の根湖担当の話、その辺りも後で聞いてみよう。後の楽しみに期待して屋敷の玄関を目指し歩みだした。


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