東方狸囃子   作:ほりごたつ

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距離感って大事 そんな話


第六十六話 ご近所付き合い

 今日も今日とて静かな迷いの竹林、耳に届くのは風に揺れる葉の音と焼けた炭に垂れ落ちたタレの香ばしい音、フンフンと可愛らしい声色くらい。

 即興で鼻歌を歌う夜雀女将の声、それに合わせてゆらゆらと尻尾を揺らす、今夜の夜雀屋台のお客は二人ほどでどちらも妖怪のようだ。

 片方は見慣れた太くて長い縞尻尾をいつもそうしていますとでも言うように揺らし、煙管を燻らせ女将の歌に酔いしれている、もう一人の方は黒くふわっとした毛足が特徴の尻尾、女将の歌に合わせて同じように揺れてはいるがその動きは小さい。

 

 炭火で香ばしく焼かれているヤツメウナギの蒲焼き、そのタレが炭に落ちてジュッと音を立てるたびに二人の耳もピクリと動く、縞尻尾の方はその髪色と同じ灰褐色で少し丸みのある小さめの耳、黒尻尾の妖怪も髪と同じ色合いの黒く尖った大きな耳を頭の上に生やしている。

 長椅子に座る二人の耳がピクリと動く度に、夜雀女将の表情に穏やかなものが浮かびその愛らしさをより強いものにする、微笑みながら蒲焼きを焼きフンフンと鼻歌を歌う姿、同姓といえど中々にそそるものがあるように思える。

 狸ですらそう考えるくらいだ、隣に座る者はもっと荒々しい事を考えているかもしれない。なんたってニホンオオカミなのだから。

 

 種族こそ違えど、その体を構成する部品は同じようなところに同じような物が付いている二人、種族くらいしか違いがないように思えるがその立場には大きな違いがあった。

 方や妖怪の賢者相手に嫌味を言い放ち鬼を顎で使う常識知らずな化け狸、方や竹林に隠れ他者に姿を見られぬようにひっそりと暮らすニホンオオカミ。

 

 身体に共通点は多くあるがこの立場の違いは明確であろう。 

 そんな立場の違う者同士が今夜は珍しく席同じくして酒を飲んでいるようだ、違う者同士で何を話しているのか女将の歌を聞くついでに聞き耳を立ててみよう。

 

 

「しかし今泉くんがあたしを誘うなんて珍しい事もあるわね。しかもおごってくれると言うし、何? 相談事? 恋わずらい?」

「相談じゃないわ、それと今泉くん言わないで‥‥少し前に草の根ネットワークの仲間から話があったのよ、その時のお詫びという名の尻拭い」

 

 あたしの隣で今泉くんと呼ぶなと食って掛かってきた狼の妖怪、今泉影狼の所属する草の根ネットワーク。弱い妖怪の情報交換を目的とした組織。

 少し前に人里で教わった暴れずひっそりと暮らす妖怪達の組織名、組織と言ってもなにかこう企みのあるものではなくて、友人同士で作った倶楽部活動みたいなものらしい。

 

 その草の根ネットワーク‥‥長いから草の根でいいか、その草の根仲間からあたしに粗相を働いてしまったと聞いたらしく、今日は草の根竹林担当の今泉くんのおごりで飲んでいる。

 粗相なんてされた覚えが全くないわけだが‥‥何をしたと思っているのだろうかあのろくろ首は。特に何事も無く、というより何事か起きる前に会話を切って立ち去ったはずだが。

 

「詫び入れされる覚えがないんだけど? 今泉くんの友達はあたしに何かしたかしら?」

「だから今泉くんはやめて‥‥脅したりなんてされなかったのに態度悪くして怖い顔させちゃったから謝っといて、そう蛮奇から頼まれたけど覚えないの?」

 

 言うなと言われたが、今泉くんが言いやすくて彼女を下の名で呼ぶことはない。下の名で呼ぶよりも今泉くんと呼んだ方が反応が面白いというのも当然あるが、それを差し引いても名で呼ぶことはない。

 単純に気に入らないからだ。名を知っているくせに、そう呼ぶなと言ってもしつこく堅苦しい言い方しかしてこないこの狼女が気に入らないから、あたしもわざと名で呼ばない。

 同じ竹林仲間のくせに。ご近所さんくらいの認識でいるくせに、変なところだけ遠くに置いたままなのが面白くなくて頑なに名で呼ばない。子供のような発想だがこういったものの距離感は案外大事なものだと考えている、だからこそ呼ばれるまで呼ばない。

 それはともかくとしてあの時のあたしは怖い顔なんてしただろうか、確かに見知らぬものに内情を知られている事を面白くないとは感じ少しだけ睨むような事はした。

 あれくらいなら怖い顔とは言えないと思うが、普段誰とも関わらない者からすれば怖い顔に見えるのかね。

 

「怖い顔?‥‥あぁ、知らない奴に友人関係バレてたのが気に入らなくてちょっと睨んだ時の事ね」

「囃子方さんの友人関係を聞いてから睨まれれば、ご機嫌伺いくらいされても仕方ないと思うけど?」

 

 あれはあの時の例えで出された連中がちょっと悪かっただけだ、あたしにも可愛らしい友人は大勢いる。

 よくわからないあいつや寺住まいの皆に狸の親分、地底のアイドル土蜘蛛に妬みの権化橋姫。月の頭脳や永遠の姫様だって友人と呼べるし今泉くんと似たような風貌の白狼天狗やその上司、いい性格した河童もそうだろう。

 なんだか名を上げてみたら言われる通りアレな友人達ばかりになってしまったが、呼び名が悪いだけで実態は皆可愛いさを見せる人たちばかりだ。そう怖がる相手ではない‥‥はず。

 可愛らしい友人という括りで地底のペット達の名前が真っ先に出なかったのは、あの子達は友人というより違う目線で見ていますという心情の現れか、自覚はあまりないけれど。

 それでも皆恐れるような者達ではないと思うのだが、相手を知らず一方的に恐れ近寄らないなんてなんというか勿体ない生き方をしているな、なんの話を元にして恐れているのか知らないが、尾ヒレ背ヒレの付いていない彼女たちはとても可愛らしい人達ばっかりだ。この際だ少し訂正しておいてあげよう。

 

「確かに一緒にいる事が多いけど、アレらもそんなに恐れる相手じゃないわよ? それに、そんな言い方をするなら今泉くんだってあたしを誘うような間柄になるんじゃないの? それなのに別枠扱いされないのはおかしいわよ?」 

「私は囃子方さんと仲がいいってわけじゃないでしょう? ただのご近所さんよ、ご近所さん」

 

 確かに特別に仲がいいとはいえないけれど敵対しているわけじゃない、同じような距離間の友人ならあの花の大妖怪がいるが、あのお嬢さんはここまで余所余所しい感じはしない。言うなれば対等な目線で語れる相手という感じか。

 そうか、最初から感じていた違和感の原因はこれか、同じ目線で酒を飲んでいるはずなのに見ているものがズレているような違和感、普段下から見上げられる事なんてないものだから気がつくまで時間がかかった。

 なら折角気がつけたわけだしこの違和感は取り去ってしまおう、楽しい席で違和感なんぞあってもまずくなるだけだ。

  

「草の根ネットワークってそんなに卑屈なの? 赤蛮奇もお詫びなら自分ですればいいのに」

「そういうわけじゃないけど、静かに暮らすなら踏み入れずに済ます事が多くなるだけよ。蛮奇は人里に隠れているから余計に構え過ぎている気もするけど」

 

 人間から浮いた存在が人間の近くに隠れ住み溶け込むために努力する、その結果が距離を置いて眺めるだけの暮らし。言っちゃ悪いが全くもって溶け込めていない気がする、寧ろ浮いているように見えてしまってむず痒い。

 それでも彼女たちはウマイこと隠れて暮らせていると思っているわけだし、なにから切り出せばいいかね。どうしたもんかと軽く悩みコップの酒を煽ってみると、ここまで静観していた女将が口を挟んできた。

 

「どうせならその蛮奇さんも連れてくればいいのに。私はお客さん増えてバンザイ、アヤメさんは飲み仲間が増えてバンザイ、影狼さん達は繋がりが作れてバンザイよ?」

「そうね、その方がモヤモヤしないで済むわ」

「簡単に言ってくれるけどね、隠れ住むのなら繋がりなんて少ない方がいいのよ、それが大物に繋がるなら尚更」

 

 なるほど女将の言う通り、客が増えればあたしの会話相手も増える。ついでに草の根の話も聞ければ尚楽しい、悪くない提案だ。

 上手く事を運んであたしの誤解されたイメージを払拭し、新しい飲み仲間を増やせるのならそれに越したことはない、まずはこの隠れんぼ大好きな草の根連中を表舞台に引っ張り出さなければならないわけだが、どこから突付いていけばいいかね。

 というより、この幻想郷で隠れて住まうなんて選択肢がそもそも難しいと思うのだが……それはいいか、他人の暮らしぶりにまで口を挟むのは野暮というもの‥‥野暮という割にはあの因幡の迷惑白兎のように、他人の暮らしぶりに好き放題言う奴もいるがあたしはそこまで突っ込む気になれない。

 けれどあのイタズラ兎に大して少しは生活改善をすると言い切ってしまったんだったか、なら少しは態度を改めて他人へのお節介に興じてみるのも生活改善と言えるかもしれない。

 結果どうなるかはわからないが、思いついてしまったわけだし少し口出ししてみようか。

 

「大物ねぇ、なんでもいいけどもう遅いわよ? 興味を持ってしまったもの。赤蛮奇と今泉くん、それと湖にいる奴くらいは知っておきたいわね」

「こうなったアヤメさんって面倒臭いのよね。ご愁傷様ね、影狼さん」

 

 こんなに素敵で可愛らしい狸さんを捕まえて面倒くさいとは何事だ、と女将に詰め寄ってみるが気にかけられる事などなく小さく笑われてしまった。

 可愛らしく笑ってくれてこの女将は、と丁度耳の位置に生やした小さな羽を指先でつんつんと弾いてじゃれあう、そんなあたし達のやり取りを見ていた今泉くんが、不思議そうな表情で口を開く。

 

「確かに周りの人達は怖いけど囃子方さんは怖いって感じじゃないわよね、ミスティアの言うとおり面倒臭いけど」

「あら? そういう事言うと怖い狸さんになるわよ?」

「そうやって笑うから誤解されるのに」

 

 どこかの誰かを真似た笑顔、あいつを知っている友人達からは似ていると評判の顔だ。あたしとしてはあいつと同一視されるくらいの胡散臭さはないと考えているのだが、交流のない女将にすら言われてしまうほど今の笑顔は胡散臭いのだろうか。

 いつかこの笑顔を見て、変に似ていて気が滅入ると言われたことを思い出し小さな自己嫌悪を覚えてしまう。

 

「言われて気にするなら最初から真似なんてしなければいいのに、爪が甘いわ、アヤメさん」

「なんでか出ちゃう顔なのよね、思っている以上にアイツの事好きなのかしら?」

「誰の事を言っているか知らないけどミスティアのが一枚上手だって事はわかったわ。なんだ、囃子方さんも言われるほどじゃないのね」

 

 何処で何を言われているのか非常に気になるが折角和んだ空気、下手に問い詰めてこれを潰すのは気が引けるし言及しないでおこう。

 おかげで今泉くんも笑うようになった、なら今は楽しい空気の中美味しいお酒と手料理を味わったほうがいい。丁度ヤツメウナギも焼きあがった事だしこれを肴に飲み直しだ。

 とりあえず今あるものを楽しんでそれ以外は後で考えよう、小難しい事を考えながら飲む酒なんてウマイわけがないのだから。

 

 




正確には蛮奇っきは草の根にいないらしいですが、そこは二次創作ってことで。
影狼ちゃん可愛いですね、何故か今泉くんと呼びたくなる。

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