東方狸囃子   作:ほりごたつ

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早く春になってほしい、花見はいいものです そんな話


第六十五話 優雅に詠え、墨染の桜歌

 なんとか今年は間に合ったようだ、どこまでも続くような長い長い階段に同じく長く並び続く桜並木、白混ざりの薄ピンク色した花びらが風に乗って見惚れるほどの花吹雪となっている。

 顕界の季節はすでに終春。桜の花は散り何処を見ても葉桜だが、この白玉楼は今が見頃。気候や気温が顕界よりも涼しいからか毎年決まって見頃がずれる。

 おかげで毎年二度の花見を楽しめる機会があるわけなのだが、どうにもこっちは忘れがちで冥界の桜見は毎年恒例の行事とは言い切れない。

 今年は神社での夜桜見物に幽々子がいたこともあって忘れずに来ることが出来た、忘れたままなら諦めるが今年は思い出せたのだ。まだまだ見頃なはずだし折角ならとこうして訪れてみている。

 

 昨年ここの葉桜から感じた力強い新緑も良いものだったがやはり花も良い、生命の息吹を感じられる新緑とは真逆で散り際に輝く美しさ、これにも眼を見張るものがる。

 散り際どころか散った後の者達しかいない白玉楼でこう考えつくのも面白い、ちぐはぐで咬み合わないものでも案外楽しめるものなのだと気付かせてもらえた。

 普段なら登るのも億劫な長い階段も視界に広がる桜の海のおかげで随分と楽しく感じられる。そのうち足運びが面倒になり飛ぶ事にはなると思うが、そうなるまでは一段一段ゆるりと登ろう。

 

 階段の終わり、白玉楼の入り口である門の辺りには身構えてこちらを睨むあの従者が見える事だし、今ゆっくりと向かっていますよと態度でわかるようダラダラと歩こう。

 たまにしか訪れないこの死者の地でたまにしか見られないあの従者の通せんぼ、こっちがいるならあっちもいると思うが気にせずに花見をしよう。

 ちなみに通せんぼされたからといって完全拒否の姿勢をされているわけでなはい。あの従者が通せんぼしている時は決まってワケがある時で、そのワケさえ消えれば歓迎してくれる。

 そのワケも大概決まっていて仕える主とその友人に関わることくらいしか思い当たらない。前回は起こした異変のすぐ後で、はしゃぎすぎてテンションが下がらないから今行くと食われるぞと、お優しい拒否をされた。

 今回も似たような心配事からくるお節介な通せんぼだろう、今日は一体何があるだろうか。面倒事にならなければよいが。

 

 最近は食への執着心が強いように感じられるここのお嬢様。今日もきっとその食への執着心からの心配なのだろう、それならば態度で示されなくてもわかっているがそれなら足止めなどしない。

 それなら別の理由で通せんぼか。冥界の端から白玉楼に向かって桜の散り具合が進んでいる事にでも関係するのかね。

 能力のままに死を操って桜の見所、旬を殺したりでもしたんだろうか。桜並木のところどころで幽々子の側で舞う蝶々が見られた。

 まあいいか、実際に会ってみればわかる事。取り敢えずはあの式をたらしこんで屋敷の中へと入るとしよう。

 

「今日は身の回りの介護はいいの? 冬でもないし起きているからやることもないの?」

「そんな所だ、今は入らない方がいい」

 

 普段のこいつならあたしの言葉に何かしらの反応を見せてくれるのだが今日は反応が薄い、冗談を言い合う余裕もないくらい真剣な表情で門を守る八雲の式。

 異変でもないのに何をそんなに身構えるのか、風が吹き舞い飛ぶ花びらの吹雪の中あたしの足止めをする 八雲藍。

 

「理由は教えてくれないのかしら?」

「先日から幽々子様の機嫌が悪くてな、紫様が窘めたものだから余計にむくれてしまわれた」

 

 いつでもいつまでも飄々としているあの幽々子が機嫌を損ねているとはまた珍しい、それに入り口で通せんぼしているのがあの半人半霊の庭師でないのも珍しい。

 季節外れに葉を見せる桜といい珍しい事が続いているが、屋敷の中に入れればもっと珍しい物が見られそうだ。

 しかし中に入るにはこの忠実な式をやり込めないとならない、はてさてどうしてみせようか。

 

「それじゃ紫さんを窘めてあげるわよ、藍も一緒に行きましょう」

「さすがにそうもいかない、紫様からお叱りが終わるまでは誰も入れるなとの命を受けている」

 

 一緒に中へ連れていければ通せんぼ、足止めし続けていますという体でどうにかなると思ったがさすがに甘くない。

 真剣だが穏やかで、だけれど少しだけ困っている表情。苦笑しながらあたしの提案をやんわり拒否する藍。これくらいでどうにかなる者なら紫の式なんて務まらないだろう。

 それでも表情や笑みからなんとなく予想させてくれる辺り、主の方よりもいくらか融通が聞くし気も利かせてくれる。

 

「今度は何にご執心?あの亡霊のお姫様は」

「歌だ、それも西行法師の読んだ歌をお求めでな」

 

 高名な歌人の歌をご所望とはさすがにお嬢様、雅なものに御執心なさる。

 桜の花を見ながらの歌会なんて紫も喜びそうなものだが何故に窘めるような事になるのか、詳しくは聞いていないが求める歌人は幽々子と同じ姓の者、そこからなにか繋がるものでもあるのかね。

 

「優雅で良い所に目を付けたと思うけど、なにがいけないのかしら?」

「そうか、アヤメは知らなかったか。西行法師は幽々子様のお父上なのだよ」

 

 お父上、身内か。ならば余計にいいじゃないか、亡き父の遺した素晴らしい歌を亡き者となって久しい娘が求める。中々絵になるモノだと思う。

 けれど紫が窘めなければならないモノ、ここの関連付けがイマイチ出来ないが‥‥これを語る藍も窘められても仕方がないという雰囲気だ、もう少し掘り下げてみよう。

 

「父上って勿論生前の父上よね? 生前の事を覚えてない幽々子がそれを求めたのがなにかマズイ、そんなところ?」

「私から詳細は述べられない、だが紫様が幽々子様に苦言を呈しているのは間違いない」

 

 こういう時に聡い者相手だと話が早くて助かる、あたしの言葉に否定するものはないと遠回しに教えてくれる。

 それに強調するようにわざわざもう一度紫が叱ったと付け足してくれたのだ、紫の心配具合を教えてくれている。

 本当に出来た式、こんな同僚と一緒ならあの主でも楽しく仕える事も出来たかもしれないなんて一瞬考えたが、誰かさんの扇子越しの表情を思い出しその考えは瞬時に捨てた。

 

「そう、それじゃあ心配症な紫さんにイタズラして煽るのはやめるわ。代わりにあたしも幽々子にお説教をしてみる、それなら入っても?」

「私が何を言っても入るのだろう? やはり足止めされてはくれないか、仕方がない‥‥紫様の命に背く訳にはいかない。私も同行しよう」

 

 話の矛先を幽々子に向けて紫の行動には関わらないと示してみるつまらない方便だ、それでも譲歩はしてくれた。

 なら藍の気遣いを無駄にしないように動こうか、大事な友人に関わるとあのスキマは怖い・・怒らせることはしたくない。

 

 一度だけ見たあの悲しい表情。化け物桜の下に埋まる者の話をした時のあの顔で今も幽々子を叱っているのだろうし、あんな悲しそうな紫は見たくはない。

 割入ったところで何かできるなんて思っちゃいないが、頭ごなしに叱る以外にもなにかやりようがあるように思えるし、上手くいったら紫の鼻をあかせる。

 悪くない化け勝負、少しだけ本気で挑んでみよう。

 

 十本の尻尾を揺らしながら白玉楼の庭先を歩み縁側に腰掛ける少女二人を望む、なるほどご機嫌斜めだ。いつもの嫋やかな姿とはちがいプリプリと文句を言う亡霊姫。

 見た目だけは可愛らしい仕草だが纏う空気が普段とは随分と変わっている、死の気配を含んだ蝶々を漂わせながら緩い怒りを見せている。

 近くでは初めて見るがあれが能力の片鱗か、幽々子の『死を操る程度の能力』から生み出された反魂の蝶々。

 おっかいないし出来れば知りたくないと思い、なるべく操る姿を見ないようにしていたが実際見れば静かなものだ、静寂しかない死を操るんだから静かで当然といえば当然だが。

 もっとこう物理的に縊り殺したりする物かと思っていたが、死なんて常にいる隣人だし存外穏やかなモノかもしれないな。漂う蝶々は静かで美しいナニカだと感じられる。

 それはともかく隣の紫が怖い、こちらを見る目もそうだがそこから語られるモノが怖い。

 隣に立っている藍に何故通したの? と語っているものだとわかる、これは藍に悪いことをした。後で毛づくろいするから今は勘弁してくれ。

 

「少女が少女を叱るなんて可愛らしい戯れね、叱られて怒る幽々子を可愛いと思えるなんてそろそろあたし死ぬかしら?」

「反魂の蝶がとまれずに周りに逸れていくもの、美味しい狸汁はまだまだ食べられそうにないのね」

 

 怖い顔したお隣さんは無視して叱られている幽々子にだけ話しかける、幽々子からゆるりと放たれた薄紫の蝶々があたしの周囲で舞い飛ぶが、体に触れる事はなく、鱗粉を撒いて漂うのみ。

 これに触れたら穏やかに死ねるのだろうか、ほんの少しだけ手を伸ばしかけて止める‥‥これは危ない、死に魅せられるところだった。

 死ぬにはまだまだ早過ぎる、あたしは憎まれて疎まれるモノだ。今後もまだまだ世にはばかりたい。

 

「歌なんて雅な趣味に興味を持つのはいいと思うけど、叱られちゃったのね」

「そうなのよ、ここは桜の名所。なら花の歌を多く読んだ歌人に興味を持ってもいいと思えるでしょう? それなのに紫がガミガミ五月蝿いの」

 

 両の目を閉じ少し顔を上げて何か両手で棒を持つ仕草。いいですか紫、今の貴女は説教臭いのですよ?なんて言い出して話が長くなりそうな仕草。

 どこかの説教好きな偉いさんの物真似をしながら、同じく説教臭いお隣さんに見せつけるようにする幽々子。同じモノを管理する立場だからかとても上手な物真似だ。

 あまりに似すぎていて隣のスキマ妖怪がきゃんと鳴くようにならないか横目で見たが、呆れるばかりでそうはならないようだ。

 

「物真似なんて出来たのね、でも似過ぎて嫌だわ。話のクドイ幽々子は嫌よ?」

「今クドいのは私じゃないわ、隣の境界の閻魔様よ」

 

 そう言って境界の閻魔様を睨む、白黒つける事とは縁遠く感じるが万物に白黒つけている境界を好きなように操れるのだ。なるほど境界の閻魔様とは中々にウマイことを言う。

 しかし幽々子の言葉を受けても態度を変えない辺り本気で心配しているのだろう、幽々子の冗談を笑うあたしを見る目が恐ろしい。

 そろそろ何かしでかしてみるか。失敗したらサヨウナラが待っている、後がない分の悪い化かし合いだが・・拾ってもらった人に返すと思えばあたしの命を種銭にしてもいい。

 

「幽々子の求める歌人の歌、あたしも少し知っているわよ?」

「あらそうなの? 私が知らない歌かもしれないし、教えてほしいわ」

 

「春風の 花を散らすと見る夢は 覚めても胸の さわぐなりけり」

 

 下手に詠えばスキマ行き、嘘でも付けば蝶々に集られて地獄行き。なんとも居心地の悪い場で歌を詠んでみたがどうやらいい方向へと向かったようだ。

 知らない歌ね、どういう意味なのかしら?と興味を示してくれた幽々子と、何か安堵したような表情を浮かべる紫。

 一手目は取り敢えず成功、次はどう繋いでみせようか。

 

「春風が桜の花を散らす美しさは息を飲むものだ、まるで夢の中の景色のよう。夢から覚めても乱れて散る花の情景は忘れられず胸をざわめつかせる。こんな歌だったかしらね」

「散り際を偲ぶものではなくて散り際の美しさだけを読んだ歌に思えるわ、綺麗な歌ね」

 

「散り際は確かに物悲しいけれど、だからこそ美しい。それはもう戻らない過去を憂う心から得られる美しさ。だけれどあたしはこう感じるわ、偲ぶなんて悲しい心は忘れ、今見える美しさを堪能しよう‥‥あたしはそう感じるわね」

 

 あたしの感想を述べてみる、感想というより歌を利用した遠回しなお説教か。説教と言うより気遣いと言った方が伝わりやすいだろうか・・思い出せない亡き父を思うよりも、今の事を隣で心配してくれる友人に目を向けてあげなさいという気遣い。

 隣のお説教妖怪には伝わってくれたようだが執着心の強い亡霊姫はどう感じ取ってくれるか、はてさて‥‥

 

「過去に執着するのも楽しいけれど今に執着されるのもいいものね、今はアヤメの読んだ歌で満足するわ」

「そうよ、昔より今を楽しまないと。昔のご飯より今のご飯のが美味しいものが多いわ」

 

「それもそうね‥‥今日は料理上手が二人もいる事だし、今は美味しいご飯を食べて過去を気にしないようにするのがいいわね」

 

 どうにか別の物へ執着心を向かわせたがちょいと例えがまずかったな、わざわざ自分の首を締める結果になってしまった。

 幽々子の返答を聞いてすっかり穏やかな雰囲気になった紫も笑っているし、遠巻きにしていた白玉楼の庭師も話を聞いていたようで顔を青ざめさせている。

 多分大丈夫、妖夢は買い出しに行くだけで重さ以外は苦ではない。

 幽々子の言う二人は多分縞尻尾と九尾を揺らしている二人だ、ちらりと九尾の方を見ると門で見た苦笑をまた浮かべている。

 自らが言い放ってしまった言葉を撤回するのは格好がつかないし仕方がない、幽幻の住人相手に有言実行するとしよう。

 少し涼しい白玉楼、桜を眺めてつつくなら何がいいか?

 と、尻尾十本で悩みながら台所へと向かい歩いた。

 


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