東方狸囃子   作:ほりごたつ

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中編です
3話構成と言いましたがもう少し伸びるかもしれません




第七話 主従と約束時々昔話 ~中~

「帰ってきたら自宅で待っていて、藍を使いに出すから話は藍にして頂戴。それと、久しぶりに顔を見たのだからもう少しかわいい顔が見たかったわ」

 

 最後にそう言い残し八雲紫はスキマに消えた。

 そんな事を言われても、昔から顔を合わせれば面倒事か厄介事しか持ってこないのが悪いのだ。ただでさえ寝起きだったのだから、いい顔なんぞ出来るはずもない。

 

「ぼやく暇があるならさっさと支度してお使いを済ますとしますか」

 

 ゴソゴソ着替え、早速妖怪のお山へと向かい飛び立った。

 妖怪のお山にはぽっかり空いた大穴がある、そこが広大な地底世界への入り口である。徒歩で一周ぐるっと回るのに十分くらいはかかろうかという広い入口、どこまでも続くように底の見えない穴だが太陽の光は地下深くまで届いている。横穴なんかも多く空いていて、中には外の世界に通じる道もあるなんて話も聞くがそれは眉唾ものだろう。妖怪でも生きては戻れないかもしれないという危険さで、公には立ち入りが禁じられている場所だ。

 

「出来れば何事もなくおねがいしますよっと」

 

 危険という話は数々聞いたが、特に気にする事もなく降っていった。

 ゆるゆると降っていく。

 暫く下がり続けてみたけれど、周りの景色は変わらない土の壁。陽の光が届いているためか、話で聞くほどオドロオドロしい感覚もなく危険な場所という感じもしなかった。

 気負いすぎたか。そう思い、少し気を緩めるとそういえばと想い出すことがあった。

 

 地霊殿に行くならば確実に通るだろう地底の繁華街。

 あそこには面倒な相手がいるんだよな‥‥会えば間違いなく喧嘩を売られるとわかっているのがいるのだ。以前に喧嘩を売られた時はうまいこと化かして逃げおおせる事ができたが、それからしばらくは顔を合わせていない。

 

「忘れてくれて……ないわね、きっと」

 

 思考が漏れ口に出るが、独り言を聞いてくれる相手はいない。

 

「ちょっと見てこいって割には面倒なお使いだよ、あの時だって‥‥」

 

 誰も居ないのをいいことに口数が増えていく、内容はあの妖怪の事ばかりだ。

  

「自殺者にしちゃゆっくり下っているし、文句も個人宛てばかりだね。お姉さん」

「死ぬ気はないし、ただの独り言よ。盗み聞きは趣味が悪いわ」

 

 不意に声を掛けられた、周囲を見渡しても誰も見られないし殺気や敵意も感じられないが誰かしらいるのだろう、見えない相手にそう告げて降りるのをやめ煙管を取り出し一服つけた。

 無視して進む事も出来る雰囲気だったが、悪意のない相手に少し興味が湧いた。

 

「なんだい、人間かと思ったら狸か。地上の妖怪が何の用だい? 此処から先は危険だよ?」

 

 声と共に姿が現れた、綺麗な金髪に茶色系で統一された召し物の女。スカート部分がふんわりと丸みを帯びているのが特徴的な女。両手で抱えた桶からも強い印象を受けるけれど、あれはなんだろうか?

 

「ご忠告ありがたいわ、でも地霊殿に用があってね。行かなきゃもっと危険な事になる」

「地底より危険って、最近の地上は物騒になったのかい? 昔よりは楽しい世界になったってことかね」

 

 地上と聞いて大穴の入り口を眺める妖怪。

 何かを思い出すように見上げる横顔を見て、なんだろう、どこかで似た雰囲気を知っているような気がする、そう思った。

 そうして少し考えて思いつくモノがあった、土蜘蛛だ。大江山の鬼退治をやってのけた天晴な人間が長いこと床に伏せっていると聞きつけて、死なれる前に顔くらい見てやろうと見物に行った時にいた法師だ。襲いに行って返り討ちにあい逃げていったまでは見ていたが、襲われた侍のやる気がこっちに飛び火したもんだから、あたしも慌てて逃げたのを覚えている。

 

「いや、暮らしは相変わらずさ。昔の貴女みたいに厄介なのに目を付けられてるってとこよ、土蜘蛛さん」

「おお、忘れられたものと思っていたけど覚えているのもいるんだね。あたしは黒谷ヤマメ、言われた通りの土蜘蛛さ」

 

 知られている事に驚いてはいたが特に気にせず笑顔で自己紹介してくれた、人間が恐れとともに伝え、いつしか忘れ去られた恐ろしい妖怪と思えない明るい声と笑みが返ってきた。

 

「囃子方アヤメ、狸で正解よ。ちょっとだけ長く生きてるからね、土蜘蛛も知らなくはない。で、なにか用? 侵入者は追い出すぞとかそういう話?」

「いやいやそうじゃないよ、生きてる来訪者が珍しかっただけだ。誰も拒みゃしないから楽しんでいくといいさ」

 

「歓迎どうも、テキトウに遊んでいくさ。時間がある時にお前さんともゆっくり話したいところだね。色々楽しい話が聞けそうだ」

「地底の妖怪と話したいとか、変わった地上の狸さんだ」

 

 明るいし口数も多い。これはもしかしたらと思い、お使いに付き合ってもらう事にした。

 

「面白そうな物に目がなくてね、気になる人や遊びは話を聞いてみたくなる。最近はそうだな‥‥弾幕ごっこって遊びがイイね、知っているかい?」

「あの綺麗な花火みたいなやつか。旧都でもよく見るよ、喧嘩変わりにやる輩が多くなった。代わりに血は見なくなったが焦げた妖怪を見るようにはなったね」

 

 収穫ありだ、ありがたい。

 最初からこうなら思っていたよりは面倒なお使いにならないかもしれないな。

 

「そうかいそうかい、こっちでも流行っているか。良いこと聞けたよありがとう」 

「どういたしましてだ。さて、そろそろ行くよ。先約があってね、遅れるとうるさいやつなんだ」

 

 またそのうちに、そう言うと先に穴を降りそのまま闇に消えていった。

 燃え残った葉を払い煙管をしまうと、あたしも後に続いて闇を進んでいくことにした。

 ちょっとした情報も聞けたし中々によい出会いだった。

 

~少女移動中~

 

 しばらく降り、陽の光が届かなくなるとようやく底と思われるところに着く。自生した苔が薄く発光しているくらいしか光がない、地底っぽさ満点の景色に身を混ぜる。穴の最深部に降り立ったついでに煙管を手に取り煙をふかすと煙を炎に変え視線の先に浮かべた。足元が照らされれば十分で、そのまま歩を進めていった。

 少し歩くと人工的な灯りが遠くに見えてきた、灯りが暗闇映えし美しく見えるが、実際は地上のルールに従えなくなった荒くれ者達が済む忘れられた都だ。

 聞いた話では雨が降ったり雪が降ったりするそうだが、空がないのにおかしなもんだ。

 都の入り口らしき所に差し掛かると橋が見えてきた。あれを渡れば都かね、と歩を進めようと足を踏み出した時だ、またも声を掛けられる。

 

「いよう、さっきぶりだ。無事に来れたね」

「ヤマメと親しげに話すなんて妬ましい妖怪ね。知らない妖怪と仲がいいなんてヤマメも妬ましくなったもんだわ」

 

 先ほど話した黒谷ヤマメと金髪緑眼の女性に話しかけられる。

 ヤマメと同じくらいの上背だがヤマメよりも少し華奢な体躯だ。それでも女性らしい凹凸が見えるし、短いスカートからのぞく足は綺麗でスラっとしている。ヤマメといいこいつといい見知らぬ妖怪には声をかける決まりでもあるのかね‥‥いや、ただ暇を潰せる獲物を見つけたってところか。

 

「妬まれるほどヤマメの事を知らないよ、相方をとったりしないから安心なさいな。ヤマメ、そっちのはなんだい?」

「この娘は水橋パルスィ、あんたなら橋姫って言えばわかったりするのかい?」

「勝手に人の事を話さないでよ、それに相方ではないわ」

 

 橋姫か、町や国の入り口とも言える橋を守護する女の神様だったはず。

 しかしここは妖怪の縄張りだ、神様なんて崇められることもないだろう。

 てことは嫉妬に狂った鬼神の方か、人が出たり入ったりするところで妬んでいたら忙しくて仕方ないだろうに。

 仕事熱心‥‥というより強欲と言った方が適切か、妖怪だしな。 

 

「橋姫ね。丑三つ時にカンカンと、頑張って祟ってる人間のろうそくに化けてみたのは中々楽しかったわ」

「呪術邪魔して笑うなんて肝が座ってるわ、妬ましいわね」

 

「妖怪なんだ、化かしてなんぼだろう?出会ったばかりで妬まれるほど考えてもらえるとは照れてしまいそうだね、あたしは囃子方アヤメという。化け狸だ」

 

 何を言っても妬まれてしまいそうなのでテキトウにはぐらかしておく。

 

「褒めてないわよ、物事をいい風にだけ捉えないで」

「そんなもん捉えたもん勝ちだ、言った側の都合なんて知らないわよ」

 

 そう言い笑うと、この世の全てを恨むような目で睨まれてた、これまた面白い娘を見つけたと思ったがヤマメに口を挟まれる。

 

「ちょっとの会話でパルスィがこんな目をしてるのも珍しいわ。アヤメも面白いね、橋姫相手に軽口かい」

 

 フォローのつもりなんだろうがヤマメも同じように睨まれている、あまりからかうのも悪いしこのへんでやめておこう。

 

「気を悪くしたならすまないね、ちょっと楽しくなってしまった。さっさといなくなるからそう睨まないで」 

 

 緑の瞳が怪しく揺らいでいる、女の嫉妬は恐ろしいというが、事実そうなのだろう。少し妬まれただけで心に何やら浮かんできそうな感覚だ、体に悪そうな物は少し逸らしておいたほうがいいだろう。

 

「あんたなんか気にかけないわ、つけあがらないでよ妬ましい。フンッさっさと行ってもうこないでくれるとありがたいわ」

「ま、こんな娘なんだ、気にしないでくれると助かる。それでまたそのうち相手してもらえるともっと助かるよ、この娘は友達いなくてね」

 

 睨まれるヤマメ、睨むパルスィ。なんだいやっぱり相方じゃないか。

 

「気が向いたらまた来るよ、その時はもう少し自慢話を増やしてくるから、きっちり妬んでもらうとしよう」

 

 そう告げ都の中心へ向かって歩き出した。

 後方でなにやら話す二人の声がするが、またなにか妬んでいるんだろう。

 楽しそうでなによりだ、そういやヤマメの隣に桶入り少女がいたがあの娘はなんだろう。次にあったらそこも聞いてみるとするか。

 

〆〆

 

 橋を抜け町並みを歩く、そろそろ旧都の繁華街。

 一番活気があり一番危ない所だろう、生活の喧騒の他にも荒々しい会話があちらこちらから聞こえてくる。あたしにとってもこの辺りが一番危ないところだと言える、酒場に賭博、情婦にヤクザという場所だ、お酒大好き喧嘩大好きな人達がいないわけがない。

 弾幕ごっこについてはヤマメから話も聞けたし、実際に町を歩いている間に空で撃ちあう姿を二度ほど見られた。紫が思っている以上に浸透し楽しまれているのだろう。

 後は地霊殿への言伝を済ませれば無事お使い完了だ、先に見える酒場の門戸をぶっ飛ばして倒れる鬼になど引っかからず先を急ごう。嫌な予感しかしない。

 

「そこの紫色の羽織、ちょっと待ちな」

 

 以前にも聞いた覚えのある声がした、ああ、あそこで佇む蛇妖怪のに声をかけたのだろう、綺麗な浅葱色の羽織だ趣味がいいね。

 変な輩に声かけられて難儀なことだが頑張ってくれよ。

 

「待ちなって言っているだろう、聞こえてないとは言わせないよ」

 

 ガシッと左肩を掴まれる。

 振り向かず視線を左肩に移すと、輝くような金髪とそれをかき分けるように生える赤い一本角が見えた。

 

「声を掛けているのに振り向きもしないとは、随分じゃないかアヤメよう」

 

 結構な量の酒が腹に収まっているのだろう、艶やかな唇から酒精混じりの吐息が漏れている。

 ああ捕まってしまった、出来れば顔を合わせずなんて思うんじゃなかった。

 最初から意識しなきゃ良かったんだ。

 と、色々と後悔するがもうすでに遅い。

 

「どこであっても酒びたりね、姐さん」

「お前には言われたくないねぇ、酒虫付きの徳利持った狸なんて他にゃいないよ」

 

 そう言いながら豪快に笑ってはいるが目は表情ほど笑っていない。

 

 徳利の方も覚えているのか、忘れてくれてもいいものを。

 その言いっぷりはまだ狙われているんだろうね。

 お前は人気者だね、と徳利を一撫でし横の鬼へ返答する。

 

「これは勝手に居着かれただけよ、金も手間も掛からずありがたいけれど」

「そうだな、それは悪くないぞ。萃香のに比べれば大分弱いがいい酒らしいしな」

 

「鬼の酒と比べられたらあたしの酒虫がかわいそうだわ」

「そうだかわいそうだ、だからアヤメ。あの時の賭け死合の続きといこう、今回はすっぱり負けておいていっておくれよ?」

 

 ここにいるのは、会えばこうなるのはわかっていたのに。

 なんであたしはこの仕事を受けてしまったのか‥‥昨日の自分を恨んだが、あの場で断ればやりあう相手が変わるだけだと気付き、恨んだ自分を窘めた。

 恨み事の一つでも考えないとあのスキマに負けたようで憎らしい、なので少し考えを改めて。

 見知らぬ土地で旧友と出会い語らう、こんな機会をくれるなんてあの妖怪の賢者様はきっと素晴らしい方だ、きっとこうなるのも計算の内なんだろう!

 とても楽しいお使いだ、やりがいある仕事をありがとう!!

 と心から呪った。




今更ながらのお話ですが、原作は神霊廟辺りまで進んでいる世界観です。
過去の異変などは昔語りのような形で描ければと思います。

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