東方狸囃子   作:ほりごたつ

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覚えのない人から名を呼ばれ挨拶されることってある そんな話


第六十四話 里に紛れ草を食む

 すっかりといつもの雰囲気に戻ってしまって、あの騒がしいええじゃないかは幻想へと消え去った人里、少しの買い出しを済ませて一服ついでに橋に背を預けていると、なにやら面白そうな噂を耳にした。程々の力を持ってはいるが特に暴れたりはせず、己の住処で静かに暮らしている穏やかな妖怪たちの集いがあるという噂。

 これは興味深い噂話だと思えた、あたしも程々の力を持っているけれど自ら暴れたりすることはないし、己の住処では静かに穏やかに煙管を燻らせている妖怪だ、それならその集いに混じって交流したとしてもなんら不思議なことではない、ついでにその妖怪連中を眺め少し笑い合えればいい。

 

 思いついたら善は急げだと噂の出元を辿り、今は人里の端にある小さな長屋の戸を叩いている。なんでもここの住人は人里に暮らす者の癖に他者との関わりが薄い変わり者。

 いつからここで暮らしているのか誰も知らない、あの先生や妖怪寺の連中も知らないくらいの薄い関わり方で日々を過ごしているらしい、この幻想郷で変わり者なんて言ってもほとんどの者が変わり者に当てはまるから対して不思議なことではないが、気になるのはその在り方。

 人里で暮らしながら人と関わらない者なんて人間であるわけがない、朱に交われば嫌でも赤くなるのが人間なのにそうなっていないのだ、それならこの変わり者の正体は言わなくてもわかるはず。

 その正体が妖怪か幽霊か、そんな事は気にならない、些細な事だしどうでもいい。ここを訪れた理由、あの噂の妖怪たちの集いについて少しでも聞いてみたいと思ったからだ。

 ここの者がその集いに関わる者という確証はないが、確信はある。

 妖怪が暴れることを禁じられた人里なのだ、静かに隠れ住むならうってつけだ。

 そんな確信を動力にして戸を叩いているのだが、一向に返事はない。

 

「いないの? それともいるけど出ないの? どっちにしろ出るまで待つわよ?」

 

 二時間ほど戸を叩き続けてはたまにこうして声を掛けている、あたしの事を五月蝿がってたまらず出てきた隣の住人から今日は住まいに居ると聞いている、それならいつまででも待てる。

 気は長いほうだから多少待つのは苦ではない、飽きたらこの場で他の楽しみを見つけそれで時間を潰すだけだ、小さな風景でも楽しさを探せる目敏さがあって良かったと今は思っている。

 

「赤さ~ん? やっぱりいないの? いてよ? じゃないとあたしが馬鹿だと見られるわ」

 

 更に一時間が過ぎた頃、ようやく長屋で動きが見えた。小さくカタカタンと何かが開いて閉じるような音、これは多分戸を引いて締めた音。

 裏口でも動かして気を引いたかなと、裏に回ったふりをしてすぐに正面に戻る。すると案の定一旦外に出た尋ね人の背を見つけることが出来た、この手合は縄張りからは中々離れない。

 慣れ親しんだ自分の縄張りの方が動きを察知しやすいと理解しているからだ、噂通り程々以上の力と知性は持ち合わせているらしい。

 

「やっと見つけた‥‥ってどこに行くのよ? 顔も見せずに走り去るとか」

 

 声をかけた瞬間に走り出され、小さくなっていく背中を見送る。

 何をそんなに逃げるのか、余程の恥ずかしがり屋さんなのか?それならいいな、変わり者は可愛い者だったと新たな噂を広める良い取っ掛かりが出来る。

 逃げた先もどうせ人里の何処かだろう。少し縄張りの概念を広げて行動しているだけ、それなら焦って探さなくともそのうちに見つかるだろう。

 それに普段は関わらない者が焦りを見せて里を走る姿など目立って仕方がないはずだ、目撃者を見つけながら足跡を辿ればすぐに見つかる。

 道行く人に声をかけながら楽しいかくれんぼに興じる、赤と黒の二色を着込んだ何かを気にする少女を見なかったかと問いかけるだけで、あっちで見たそっちを抜けたと教えてくれる、親切な者が多く楽な追跡だ。

 聞いた話を統合し一番怪しいところへとちんたら歩いて鬼役が歩く、思った通り人里に掛かる橋の側、橋のすぐ脇に生えている柳の木の下で周囲を警戒する背中が見えた。

 

「探し人は誰かしら? 良ければ手伝ってあげるけど?」

「親切なのね、気遣ってくれるなら消えてくれると嬉しい」

 

 こちらに振り返ることはなく、背を向けたままで返答をくれる赤髪の少女。

 この態度といい言い草と言い、なんとなくどこかで見たような既視感を覚えるが思い出せずにモヤモヤする。

 けれど既視感なんてそんなものだし深く考えずに今は要件を伝えよう、どうにか目的の話を聞ければ後は特に用事もない。

 

「お願いを聞いてくれればすぐに消えるわ、顔くらい見せてもいいんじゃない?」

「私は貴女に用事はないよ、囃子方アヤメさん」

 

 これには少し驚いた、あたしが一方的に名と存在を知っていることは多いが、逆にあたしが知られていて相手の事を知らないなんて事は今までほとんどなかった。

 この少女のように隠しながら生きているわけじゃないけれど、それでもだいそれた事はしていない、何からあたしを知ったんだろうか・・当然噂の集いだろうな、意外と実のある集いなのかもしれない。

 

「あたしの事を知っているのに貴女の事は教えてくれないの?」

「家で名を呼んだでしょ? なら既に知っているはず」

 

「あれはお隣さんに聞いたものだし、苗字しかわからないわよ?」

 

 戸を叩いた時に言われた言葉、赤さんいると思うけど変ねぇ。

 姓なのか名前なのか微妙なラインの言葉だったがお隣さんが言うくらいだ、その名で長屋に住まう者があたしの訪ね人だろうとカマかけて言っていただけだ。

 案の定彼女の事を指していたものだったらしく、隣人には名を教えるくらいの付き合いをするんだなと、関わり方の線引をどうしてるのか疑問に思った。

 

「知っているというなら当たりだったのね? 赤ちゃん?」

「そこで切られるとなんだか気持ち悪い……いや私が切れて気持ち悪いというのも変な話ね。赤蛮奇よ」

 

「改めて囃子方アヤメ、可愛い妖怪さんよ」

 

 赤なにがしさんではなくて赤蛮奇で一つの名前か、それでも更にこの上か下に続くかもしれない微妙なラインに思えたがまあいいか。自己紹介は出来たわけだし。

 出来れば楽しくお喋りをしてそのまま噂話の方も教えてくれると嬉しいけれど、態度を見る限り何故か距離を取られているようだ。

 何かこの少女にしただろうか?人里での騒ぎなど起こしていないしよくわからない。

 

「それで私には用事はないと伝えたけど?」

 

「そうね、じゃあ何か用事を作ってくれてもいいわよ? 何がいい? お喋り? じゃれあい? それとも‥‥」

「聞いた通り胡散臭くて厄介な狸ね、よく言われない?」

 

 初対面で随分な言われようだと感じると共にさっきの既視感の理由がわかってしまった、このやり取りにこの態度、あたしが普段紫にしている対応そのまんまだ。

 気がついた瞬間に先程よりも大きな驚きがあたしを襲った、まさか紫と同じような扱いを初対面の妖怪からされるなんて。

 知り合い程度の妖怪からは当たり前の様にこの対応をされるが、それは気にしていない。自ら紫を真似て笑うこともあったし厄介者扱いなんて慣れている。

 しかしそう見えるのだろうか?

 神社の夜桜宴会の席で友人から話された『どんどん紫に似てきて可愛くなくなっていくのよねぇ』という言葉が頭のなかで反響して随分とやかましい。あたしの能力で逸らされた心を読んで、五月蝿くなったと話したあの地底の主の気持ちが少しだけ理解できた。

 

「難しい顔をして何を企んでいるの? 私は貴女と関わりたくないんだけど」

「あたしはそんなに胡散臭い? そんなつもりは毛頭ないんだけど?」

 

「笑顔でそんな事を言う奴は胡散臭くて信用ならないか、媚びへつらう半端者だけよ」

 

 この者が言い放った衝撃的な言葉はこの際忘れよう、気にしても仕方がない。いつか藍からも付き合い方を考えねば等と言われたのも思い出し気が滅入る一方だ。

 それにしても本当に似た言い草で困る、こんな相手を見たら笑わずにいられないじゃないか。どうやってやり込めようかウズウズしてしまう。

 

「なら真顔でお願いすればいいのね?」

「そうやって相手を謀る、本当に面倒な相手。逃げられそうにないしもういいわ、何の用なの?」

 

 どうやら諦めてくれたようで譲歩する姿勢を示した、こんなところまで似ていると少し気持ち悪く感じるが自分自身を気味悪がっているように思えるのでこの捉え方はやめておこう。

 背中を向けたままに首だけを回した少女、まずはその辺りから聴き始め上手く話題を逸していこう。

 

「裕福な暮らしぶりとは見えなかったけど、随分綺麗に回るのね」

「え? あぁ私はろくろ首だから、察しの通り生活自体は質素な暮らしよ」

 

 ろくろ首とは回るんではなくて伸びるんじゃなかったかと一人悩む、悩み顔から察してくれたのか飛頭蛮やデュラハンとも呼ばれる種族だそうで日の本の国で一番有名なのがろくろ首なんだと。

 首に関わる種族なら一緒くたでも構わないのか、随分おおらかな種族としての価値観だと思いながら説明を受けた。

 

「それで?」

「そうそう、忘れかけてた。ほら妖怪の集いなんて噂話、あれの詳細を知りたいのよ」

 

「集い?‥‥草の根ネットワークの事か、貴女には意味がないわよ?」

 

 名称を聞けたはいいものの即答で拒否されてしまった、それでもこの言い方からすると関われればそれなりに楽しめるかもしれない。

 意味がないと言い切られたのだ、関わってほしくない何か、関わらせたくない何かがあると見える。

 

「意味がないか、変わった言い草ね。断るなら関係ないとか言うものじゃない?」

「関わっても意味がないのよ‥‥閻魔、死神、鬼に花、竹林の連中に吸血鬼、おまけにこの間の異変でも一緒にいた聖人達。あんなのと一緒にいる貴女には私達弱者の集まりに混ざっても意味がない」

 

 確かに言われた連中全てと何かしら関わっている、あの連中よりも厄介な地下の友人達なんていうのもいるが、それについてはこの場では気にしなくていい事だと思うが。

 一緒にいるがあたしはどちらかと言えば弱者の目線にいる者だ、厄介事に関わりたくないし面倒は勘弁願いたい。ただちょっと絡まれたりする悪運が強いだけなのだから。

 それでも気がかりなことがある、知らぬ相手に交友関係がバレているのは気味が悪く腹立たしいものだ。

 

「ならいいわ、噂の方はもういい。最後にもう一つだけ教えてくれないかしら?」

「教えてという顔してないわよ、断れそうにないし言う通り一つだけなら」

 

「何処にいるのかしら?」

 

 閻魔様やあのサボり魔、そして鬼や花。この間の乱痴気騒ぎで一緒になった友人達、この辺りはともかくとして何故抜けるのか。

 人里を縄張りにしてその縄張りから出ないろくろ首が、竹林とあの屋敷の友人達の事を知っていて何故妖怪の山の事だけが知られていないのか?そこが気になった。

 変に詳しいくせに変に疎い、アンバランスな知識量が気になり一言カマをかけた。

 

「湖と竹林にもいるわ」

「なるほど、ありがとう。今日はもういいわ、楽しいお喋りをありがとう」

 

 読み通りではあったが予想外ではあった、世間は狭いと思っていたが知らないところや知らない物はまだまだあったようだ。

 湖はともかく竹林の方は少し気にかけてみるとしよう、いると言ったくらいだ。目敏く探さなくとも今日のかくれんぼのようにそのうち見つかるだろう。

 力を入れて探し出し、もし彼女たちの関係をにヒビが入るような事があればてゐへの借金が嵩む一方になってしまう。竹林住まいの友人としてあの兎は怒らせたくない。

 

「もういいなら消えてくれると嬉しいけど」

「そうね、名残惜しいけど今日は帰るわ。縁があればまたそのうちに」

 

 いくら似ていると言われてもスキマが現れる事などはなく、背に視線を感じながら人里を後にした。それから何度か里で彼女と出くわしたが話しかけてもつれない素振りをされてしまう、そんなに斜に構えてばかりではいつか痛い目に会う。経験者としてそれを教えても良かったが、思っただけで何もしなかった、あたしに似ているなら痛い目に合わないとわからないタイプの者だと思えたからだ。

 後々にその痛い目にあうが、それはまた別の話。




蛮奇のボスBGMかっこいいですよね、輝針城も良曲ばかりな気がします。

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