東方狸囃子   作:ほりごたつ

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振り返ってどう変わったか、変わってないのか 




~日常~
第六十三話 優しい兎、狸を噛む


 山沿いから暖かな光とともにお天道さまが顔を出し、新しい日の訪れを告げる頃、寝心地がいいとは思えないせんべい布団を畳んで納戸へとしまい、小さなあくびをする妖怪が一匹。

 最近は白み始める朝まで飲み明かすような事も減り寝間着で寝付くようになった狸、以前は素っ裸で寝付くばかりで着物も脱ぎ捨てられていたが、今は衣紋掛けに通されていつでも綺麗にあるように大事にされている着物、真っ白で薔薇の刺繍が映える着物が朝の風に揺らされて少しだけ袖を揺らしている。

 

 それでもあの屋台には顔を出しているようで、少し前からただいまと暖簾をくぐるようになった、笑顔でお帰りなさいと迎えてくれる女将に感謝してもよいだろう。

 本当なら眠りから目覚めたのだから着替えて身支度を整えるべきなのだが、さすがにそこまでの改善は見られず、寝間着のまま竈に火を入れ湯を沸かし始める。

 一人分としては少し多く感じられる湯量、なんとなくだが今日は朝から誰か来るような気がしたらしく、あの小賢しい目覚ましの分もと多めに湯を沸かしたようだ。

 カタカタと音を立てながら小さな湯気を漂わせ始めた鉄瓶を眺めながら寝起きの煙管を燻らせる、多少の生活改善は出来ているが煙管だけは欠かせないものらしい。

 竈のそばで煙を漂わせながら朝の日差しを浴びて少しずつ体を起こしていく、お日様の光とは不思議なものでどれほど眠くとも浴びれば心地よく、気持ちを揺り起こしてくれるもの。

 この化け狸にもその効果があるようで、段々と眠たそうな表情から、よく見るやる気の感じられない表情へと変わっていった。

 

「忠告通りの姿を見るとは、天気が悪くなるからやめてくれよ、アヤメ」

 

 口の悪い目覚ましウサギに朝の挨拶よりも早く悪態をつかれたのはこの住まいの主、囃子方アヤメ 霧で煙な狸の妖怪である。たまにはと朝日と共に目覚めて、今日あたりに来るような気がしていた口の悪い目覚ましウサギ、因幡てゐの分も湯を沸かし茶の支度をしていたのというのに・・・辛辣な言われようである。

 

 珍しいことをするんじゃなかったわとてゐを睨むが、睨まれた方は全く気にしていない様子で自身の湯のみを手に取り卓についている。

 六つ並んだうちの二つが持ちだされ、先に座るてゐの前に置かれると、沸いた鉄瓶と茶葉の詰まった缶を手にして卓についた。

 

「開口一番で気分が悪いけど支度はしてしまったし、たまには朝から振る舞ってあげるわ」

「自堕落の権化が朝から茶を振る舞ってくれるなんて、長生きはしてみるものだわ」

 

 少し寝ぐせのついた頭をポリポリと掻きながら二つの湯のみに茶が注がれる、純和風な湯のみには似つかわしくない薄い橙色の茶が湯気を立て香りを広げた。

 注いだお茶を手渡すと香りで普段との違いに気が付いていたてゐが、不思議そうな顔で少し問いかけた。

 

「紅茶なんてどうしたのさ、缶は前から見ていたが中身は煙草だろうと思ってたわ」

「戴き物の紅茶よ、たまには日本茶以外を味わうのもいいでしょう?」

 

 新しく出来た友人達の住まうあの赤いお屋敷で、少量をお願いしたつもりが一缶まるごと譲ってもらえた柑橘類の香りがする紅茶、気まぐれで淹れては香りと味を楽しんでいるものだ。

 残りも僅かになってきていたが今日はその『きまぐれ』に当たる日だったらしく、二つの湯のみからは爽やかな香りが漂っていた。

 

「日本茶派だけどコレも悪くないね、眠たい朝の目覚めにはいい」

「でしょ? 残りも少ないからゆっくり味わってほしいわ、次はいつ手に入るかわからないし」

 

 注いだお茶の味と香りを楽しみながら、少し微笑み感想を述べる不定期に訪れる朝の茶飲み友達、残りは確かんわずかだが、あのお屋敷に伺って咲夜にお願いすればいくらでも譲ってくれそうな気がするが、そうするのは少し気が引けた。

 前回は友達料としてもらったようなものだし、何より自身があの咲夜を気に入ってしまった、気に入った相手に物乞いのようなことはしたくない、名前で呼んでとお願いされ代わりに自身も名で呼ぶようにと願ったのだ、気安い相手に物乞いなんて恥ずかしくて格好が付かない。

 

「それならゆっくり頂きましょ、なんだか大事な物らしいし。そんなに大事ならあたしに出さず一人で飲めばいいのに」

「たまにはいいと思っただけよ? お優しいうさぎさんからのあたしへの面倒見に対する感謝の印」

 

 そんな事を気にするような間柄ではないのだが、たまには素直に感謝を述べてみてもいいだろう、普段は互いに軽口ばかりで実のある話なんてないのだから。

 あたしの口から感謝なんて言葉が出るとは思っていなかったのか、紅茶の注がれた湯のみを口から離さずにこちらを薄く睨むてゐ、睨まれたとしてもこれもいつもの光景でなんら気にすることはない、睨むてゐに向かい穏やかに微笑んだ。

 

「大して時間が経っていないのに随分な変わり様だ、憑き物でも剥がれたかね?」

「憑き物なら寺で一緒に流したわ、月見て跳ねてもいいくらいに今のあたしは素直な狸さんよ?」

 

 両手を頭の上に伸ばして耳の横へとあてがいイタズラに笑う、この性悪ウサギにこんな姿を見せることなど少し前では考えられなかったが、なんとなく今は自然と仕草に出た。

 今ならあの灰雲の垂れ耳飾りがもっと似合うようになっているかもしれない。笑いものにされる姿以外が思い浮かばないため、自分から着けようとはさすがに思えないが。

 

「本当に、気持ち悪いくらいの変化だけど悪くはないね。そういう面を見せるアヤメもそれなりに面白いウサ」

「もっと素直に褒めてくれてもいいのよ?」

 

 今までに見せてくれたモノとはちがった呆れる表情を浮かばせるてゐ、なるほどこうすれば新しい表情を眺められるのかと何かを掴むあたし。口喧嘩では勝てないと考えていたが中々どうして、やりようによっては勝てない相手でもひっくり返せるもんだと楽しくなり声に出して笑った。

 

「訂正するわ、表面上は変化が見られるようになったけど根っこは変わらない。むしろ面倒臭さに磨きがかかったわ」

「磨かれたならそのうちに輝き出すかしら?てゐの大好きな神様みたいに顔が光って見えなくなるかもよ?惚れちゃう?」

 

 ハンと鼻で笑われたが、てゐがあの神様を敬い心から慕っているのは知っている、だからこそこの反応も読めていたし、あたしなんかでは比べるにも値しないとわかった上で言ってみた。

 話の流れで思い出した、随分昔に訪れた外の神様との世間話、その話の中にあったほとんど冗談と言えるお願いを叶えてみたくなったのかもしれない。

 外の世界であたしが居を構えたあのお山、そこから少し歩いた先、山間の町にある大きな神社。そこではてゐの大好きなあの神様が祀られており、挨拶や催し事の際に何度か足を運んだことがある。近くの連山に居を構え暫くの間お側で暮らす事に致しました、いつまでかわかりませんがお世話になります、挨拶回りに行ってから訪れる度に世間話をしていた美形の神様。

 その世間話の一節にとある兎の昔話があり、神様が兎との思い出話としてあたしに話をしてくれた事があった。

 

 四方を海に囲まれた島に生まれてしまい、外の世界を感じることが出来ない哀れな兎。どうしても島を出て島の外を見てみたいからとワニを騙して背を渡り対岸へと向かったが、途中でワニを利用する為についた嘘がばれ皮を剥がされた自滅の話。 

 あのウサギは口ばかり達者で島を出ても友を作らず、他者との繋がりを広げよう友人を作ってみようとは考えていない、寂しくて死なれては救った意味がないからもしもどこかで会ったなら妖獣同士仲良くしてやってくれと直々に話して下すった事があった。

 その時はたかだか小さな妖怪兎だ、今後出会うことなどないだろうしあった所で気がつかないと気楽に考えて、こちらこそそんな大先輩なら喜んで親睦を深めたいと言ってみたが・・まさか本人と出会い我が家で茶を啜る間柄になるとは。

 昔話の中では可愛らしく微笑んでいた兎を見ながら紅茶を啜り、世間とは案外兎のいた島よりも狭いのかもしれないと感じられて、一人で笑って訝しげな顔をされた事があった。

 

「アヤメはあの御方にはなれないよ、なれても兄神様の方だろう。どれ確認してあげるからそこに這いつくばりなさいよ」

「あたしの背を渡るとそれこそ火傷するわよ? 狸の背中はうさぎのせいでかちかちと燃えているんだから」

 

 うさぎが自身の嘘のせいで痛い目に遭う有名なお話と、狸が自身の行いのせいで酷い目に遭うお話。どちらも痛ましいお話で互いに嘘から始まる物語。

 だが結末は真逆の物で、うさぎの話の方は最後には救われて感謝する相手が出来たが、狸の方は笑われて蔑まれ死んでいくだけで救いのない話。うさぎと狸の両方共嘘から始まる似た話だが、その嘘には決定的な違いがある。なんのために嘘をついたのか、そこに違いが現れて最後の締めが変わったのだろう。

 兎は島を出たいという兎自身の思いから出たもので、狸の方は騙して笑いたいという身勝手なものだ、誰かを騙したことに変わりはないが、方や可愛い自滅で方や因果応報だ。結末に差が出ても仕方のない事だろう。

 

「その狸は別の狸だろう、ならアヤメの背中は燃えていない。誰かを背負っても焼く心配はないよ」

「海水浴びて泣いた兎から冷水浴びせられるとは思わなかったわ」

 

「あたしゃ年寄りだからね、冷水は十八番ウサ。それにあの話の最後に兎は予言するんだ、予言通りにあの御方は姫と結ばれる事になった」

「背負うより手でも繋いだほうが軽くていいわ、重荷は背負うと碌な事がないもの」 

 

 人生の大先輩からとてもありがたい冷水を浴びせられて背中の炎は消されてしまった、あとに残るは燻るものとほんの少しの火傷の痛みくらい。

 自信の発した言葉で思い出した昔背負った重たい荷物、一度捨ててから二度と背負えず、今は背負いたいとも思えない荷物だがお陰様で荷物の中身は確認出来るようになった。

 

「手を引くよりも背負ったほうが大事な物なら安心できるもんよ?」

「重みに耐え兼ねて潰されるよりも、手を離して打ち捨てる方が後腐れなくていいわ」

 

 背負いきれない物ならはなっから背負わず、それでも手放しきれないから手を掴み引いて歩く。我ながら女々しい物言いだわと呆れるところだが、言わずとも感づくだろう。それくらいすぐに理解する経験値がこの兎にはある。

 予想通り、そんなつもりもないくせにと同じように鼻で笑われいつもの口調で窘められる。

 

「皮を剥がされ海水を浴びる、そんな事になりたくないなら最初から関わらなければいいのさ、中途半端が一番悪いってわかってるかい? 自分にも相手にも半端は悪いってものさ、結構な年寄りなんだ、それが理解出来るくらいの事はあっただろう?」

「朝からお説教とは参ったわね。それにあったからこそよ、あたしは臆病で矮小な寂しい狸さんなの」

 

 嫌味にもならない負け惜しみ、それでも口さえ動かし続けていればその内に根負けしてくれてどうにか逃げ切れるだろうとおもったが、今朝の先輩兎は予想以上に手厳しい。

 幻想郷で知り合った中では一番付き合いの長い年長者、そんな相手が今までで一番真剣な表情を見せ静かな物腰のまま、凄みのある声色でさらにご高説を垂れ流してくれた。

 

「優しく言ってもきかないのはわかっているから少しばかり酷く言うが、あの御方を引き合いに出されてはあたしも引かないよ」

 

 完全に藪蛇だったと俯いて小さく愚痴る、そんな言葉を聞いてか聞かずかてゐの口撃に拍車が掛かり止まりそうもない状態へとなってしまった。

 どうにかしてこの場を収めたいとほんの少し考えるが、身から出た錆なのだから甘んじてお叱りをいただこうと何もせず次の言葉を待った。

 

「これはアヤメが望んだお説教、物語の狸じゃないくせに因果応報だなんて思っているから要らぬ説教するハメになる。いつまでも昔を引きずって、今もこんな体たらくでいるつまらない古狸。そのうちに今までよりも酷いしっぺ返しがくると自分でもわかってるくせに、見直そうともしない馬鹿な友人は手がかかってしょうがない」

「言い返す言葉もないけど早々楽には切り替えられないものよ?」

 

「切り替えられないのならそのままでもいいさ、後で痛い目見て泣くのはお前さんだ。その時に泣きつく相手がいるなら泣きつきゃあいい、だがあたしのところへ来たなら更に火傷するだけだし、アヤメの頼る相手も同じことを言うはずさ」

 

 全くもってその通りで本当に参る、いつも叱って窘めてくれるあの人もさすがにそこまで甘くはない。それに何度も何度も頼りたくはない、あっちにもこの兎にも。

 今回のこれはいい分岐点なのかもしれない、新しい表情を眺められるのかなんてさっきは思えたが、今まで見られなかった表情ってのは見せたくなかった表情だ。

 見せる前にどうにかなれば、そんな風に考えて軽い提案を続けてくれていたのかもしれない。本当にお優しいうさぎさんだ、優しすぎて耳が痛いがありがたい事だ。

 

「潰れそうな重荷なら分けて運ぶなりすりゃあいいんだよ。それが出来るくらいの器用さはあると思ってるし、持ち運ぶ荷物を選んで厳選したって構わないわ。それに近道探しは得意なはずだ、頭使って考えろ」

「お陰様で今も近道させてもらったし、少しは生活改善するよう善処するわ。ありがたい説法の代金代わりになるくらいには」

 

「言ったね? あたしゃがめついからきっちり取り立てるよ?」

「月の異変でもきっちり取り立てられたし、逃げ切れないなら逃げないわ。絶対にバレないような葉っぱのお金くらいは考えるけれど」

 

 それは楽しみだとイタズラに笑う因幡の白兎、自分で自分の首を締めたと悪態をつきたい心が少し、背を押してくれる友人に感謝する心が大半。

 耳と一緒に胸も痛いお説教をありがたいと考えられるようにしてくれた、朝の茶飲み友達に感謝し冷めてしまった紅茶を口に含んだ。




新しい異変も終わり、作中の季節も一巡したので気分一新お説教から。

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