東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第六十二話 喧騒を描く

 人妖混じえた馬鹿騒ぎ、今はもうその喧騒も懐かしく思えるくらいになっている。

 とはいってもそれほど日数がたっているわけではない、あの馬鹿騒ぎの中心だったある妖怪の絶望行脚、そこから始まったあの異変。笑いも不安も起こったが事がわかれば他愛ないもので、ちょっとした失せ物探しについてきた大き過ぎるおまけのせいで始まった馬鹿騒ぎだった。

 

 あのお人が語ってくれたように今回の楽しい異変もすぐに収束し、今は幻想郷の外れにあり参拝する者のいない神社で人集りが出来るという新たな異変に直面している。

 妖怪や魔法使いなど歓迎できない参拝客しか来ない妖怪神社で唯の人間の人集りなど、先日までの馬鹿騒ぎが可愛いと思える大異変だ。そんなあり得ない博霊大異変を起こしたのも、前回の乱痴気騒ぎを起こした妖怪を中心にしているものだというのだから、なんとも言えないものがある。

 

 人々が集まり視線が一点に向けられる光景、その光景は異変の時のモノとさして変わらないもので、諦め半分にええじゃないかと騒いでいた者達が一点を見つめええじゃないかと声援を送るけれど、言葉に込められた心は異変の時のように諦めといったものではなく、本当にいいものを見て賛辞する心になっているように見えた。

 視線の先は小さな舞台、妖怪神社の境内で神事の際に飾られれる紙垂の下で表情を変えず仕草を変えて華麗に舞い踊る物へと集まっている。

 いや、元物といったところか、その身はすでに妖かしと成り果てている。

 

 小さな鼓の拍子に合わせ靭やかに舞う姿は艶やかで、見つめる観客たちの表情をコロコロと変えていく、見つめる者達の顔をあれこれと変化させる者は表情を変えられないという所が少々滑稽だが、だからこそ誰かの表情を変える術に長けているのかもしれない。

 何も見せない無表情というより何にでもなるための無表情、声に応え期待に答え踊る姿からはそのように感じ取れた。 それでも感じ取れただけで確かなモノは今は見えない、今のあたしの位置からではその無表情は見えないのだから気にすることなく集中しよう。

 舞に合わせて鼓を叩くその名の通りの囃子方、舞台の袖に隠れて座り肩に構えた鼓を叩く。

 この能舞台の囃子の一つ、今のあたしは裏方だ。

 

 

 心が消える人々の刻、丑三つ時の人の里、そこで舞うのは付喪神。

 あの騒がしい舞台の最終演目は舞台の始まりを告げた場所で行われた。

 最後の演者はあっちこっちで喧嘩を売って人気と共にまた名を上げたあの博麗の巫女と、狐の面を被り表情を変えずに佇む面の付喪神。

 最後の舞台に上がるのは思った通りにこの巫女か‥‥

 異変なのだ、この巫女が解決しないで誰が解決するのか。

 誰がどれほど頑張っても最終的にはこうなる事が多い、そして結末もほとんど同じ。

 この舞台もいつも通りに同じ結末となるのかね、あの面霊気がどれほど頑張り場をひっくり返せるか、最後まで楽しく舞台を見つめよう。

 

 騒ぎの首謀者と対峙する巫女を遠巻きに眺め、そんな事を考えていると近くで同じように眺める者達が数人、一人は巫女の相棒みたいな少女、人間代表の魔法使い 霧雨魔理沙。

 巫女と同じく異変解決を狙う人間が、この異変を起こした者とこれから解決する者を悔しそうな表情で見つめている。あそこにいるのは私だったのに、私であればよかったのに、そんな事でも考えているのか仲の良い友人を見守るというより好敵手を見つめる様子だ。

 気持ちはわからなくもないが今回が出番がなくなってしまっただけだ、その内に今のような視線を向けてもらえるように今後も精進したらいい、成長し上を目指せるというのは人間だけの特権なのだから。

 

 そんな普通の人間とは違った表情を見せる元人間が二人。

 霊長類を越えた阿闍梨 聖白蓮と、宇宙を司る全能道士 豊聡耳神子。

 穏やかに見つめる二人の姿はなにか見守るといった様相だが心中まで同じとは思えない、方や仏陀の教えを守り伝える者でもう片方はその教えを利用した者。

 異変の元凶と相対した時には、

 

「怖気づいたか? 巫女もお前らも構わず掛かって来いよ! 法なんて捨てて掛かって来い!」

 

 と煽られた二人だったが、さすがに多対一で叩きのめしては後に響くし、他者の介入を基本的には禁じる弾幕ごっこという破れない決まり事もある、どこぞの三姉妹とかあのへんは頭三つで一括りとすれば多分抵触しないだろう。

 ともかく幻想郷で生きる以上は破れないルール、しかも弾幕ごっこと合わさって提唱されたスペルカードルールの発案者である巫女がいるのだ、大それたことはしないだろう。

 実際の心は読めないが、態々禍根を残し巫女と対立する気はないのだろう。 

 二人の元人間がやんわりと断り今の巫女と付喪神の一対一となったわけだ、その場の雰囲気に流されず一時の感情で動かない辺り、さすがは導く者達と言えるだろう。

 

 異変の終わりを静かに見守るこの三者は気にしなくとも問題ない、問題なのはあたしの側で戦いを眺めて微笑むこの妹妖怪の方だ。

 人に散々心配させておいて変な面を被り楽しげに笑っている、元々はあたしの空回った思考が原因の一人よがりな心配事だったから強くは言わないが、それでもその面については言及してもいいだろう。一体なんだその面は‥‥どこか地獄の閻魔様を思わせるような、もっと幼い子どものような顔をした白い面。

 こいし曰く拾い物で、持っているとなんとなく気持ちいいらしいが‥‥そんなアヤシイ物があるなら何故あの時に言わなかったのか叱りつけると、あった事は聞かれたけれど持っている物は聞かれなかったとほざいた。

 あっけらかんとそう話すこのはた迷惑な覚り、何も言えずに開いた口が地に落ちて転がるほど呆れてしまった。

 

「それで、その面はあれが探している物じゃないの?」

「拾ったのは私よ? だからもう私の物よ、それにこれが揃わないほうがアヤメちゃん好みになるよ?きっと」

 

 失せ物探しに方々向かう忙しい面霊気、しかも落としたのは自身の本体であるお面。

 見た目はともかくこいしの感情に影響を与える力ある妖器だ、それなりに重要なものではなかろうか。まあいいか、本当に必要ならこいしを手にかけてでも取り戻しに来るだろう、現状そうならず数度の小競り合いのみだ、それなら万一の時が来るまで何もせずに見守ろう。

 そんな思考をかき消すように、見上げる空では破邪の札と面が激突し音を立て小さな火花が上がっている、さながら小さな花火大会といったものだ。

 騒がしく美しい風景の中で、珍しくこいしから言われた言葉を再度考察する。

 

 あたし好みとはなんだろうか?

 そもそも何があたし好みになるんだろうか?

 無意識にテキトウ言ってコレ以上の言及から逃げただけかもしれないが、今のこいしはくっきりとしていて無意識化の存在とは呼びにくい。

 ならそう意識してあたしに放った言葉だろう、それなら掘り下げてみる価値はありそうだ。

 

「どういう意味かしら?」

「このお面はなにかワクワクする物なの、きっとあの子にとって重要な所だと思うわ。同じ感情を見せない物同士だからなんとなくわかるの。そしてソレが取り戻せず不安定なまま足りない付喪神、アヤメちゃんの好みでしょ?」

 

 同じというが視界に捉えられないだけでこいしは表情も感情も豊かだが、あっちは感情はあるが表情は変わらない者。変化はあるが見られない者と見られるが変わらない者、真逆にいるように思えるが本人が言うのだから似ているんだろう。

 それよりもこいしの言った言葉だ、あの面霊気は今でも十分に好みではある。失くした面を探して歩く中で最初に出会ったあの入道付きの尼公のある一言のおかげで。

 それが今よりもあたし好みになるとは?

 

 一輪が放ったある言葉を真に受けて、絶望の淵にいた者が最強を目指し誰かれ構わず喧嘩を売り歩くようになったのだ、変わらないはずなのに表情には喜を浮かべ動き回る付喪神。

 憑き物のくせに憑き物のとれた雰囲気を纏うとは面白い妖怪だ、一輪に勝ちそのまま寺でマミ姐さんともやり合ったようだが結構いい勝負をしたそうで、珍しく姐さんが気に入っていた。

 

 わざわざ余計な何かをしなくても十分に楽しみを与えてくれて、あたしにとって良き者だとは思うが、こいしの言う事も気になる。こいしの言うワクワクするというのがなんなのか、感情豊かなあたしにはわかりようがないけれど、それが足りずに安定を保てないあの付喪神が今後どうなり、何を考えていくのか。

 それを見ていくのもまたお楽しみと言える、ここはこいしに乗っかるとしよう。

 

「あたしの好みを把握するなんて目敏くなったのね、妬ましい」

「私にそれを言うのは酷い皮肉よ? でもまあいいや、続けるともっと酷いこと言われるもの」

 

 閉ざされた瞳を強調しながら嫌味を返され少しだけ笑ってしまった、笑顔を見られ何か言い返されるかと思ったが追求はなかった‥‥続けるともっと酷いと自身で言った通りに理解されている、つれない妹妖怪はやっぱり変なところだけ姉に似ている。

 

 それよりもそろそろ空が佳境のようだ、巫女のスペルで封魔の陣が展開され、そこに付喪神が蒼い霊気を纏い突っ込むという、双方の力での押収が終わり最後の見せ場となる頃合い。

 先に仕掛けたのは面霊気、周囲に浮かぶ面で巫女を翻弄し上手く取り付いた。

 先ほど見せた巫女の陣のように付喪神の面が周囲に広がり立ちのぼる、面での霊気奔流を使った結界と言える場を作り上げ巫女に容赦なく攻撃を放った。

 手数を増やしながら攻撃を叩く度に被る面を変える様はさながら華麗な舞のようで、神事で使われてきた、ありがたい面から生まれた者の面目躍如といったところだ。

 

 最後の締めに薙刀を振るい巫女を一閃、面《おもて》を切り最後のキメといった立ち姿だが、一閃で全て演じ切ったと思い込み最後の詰めを誤ったらしい。

 最初の手から最後の決めまで、きっちりもらったように見えた巫女が何事もなく佇み静かに睨む、現状を把握出来ていないのか、表情を変えずに困惑する付喪神に巫女の手荒い拍手が返された。

 

 困惑し動けない面霊気にふわりと寄ると音なく捕らえる、瞬間巫女の姿が光と共に薄れていくと透けた形《なり》でお祓い棒を一払いする。

 それが合図だったのか捕らわれた面霊気に破魔札が襲いかかる、枚数を数えるのが馬鹿だと思えるほどの大量の札、それを力尽きるまで身に浴びて手荒い拍手から少しの時間もかからず墜落していく面霊気。 

 見得とはこう切るものだと見せつけるようにまたお祓い棒を一払いすると、薄れた巫女の雰囲気が戻り普段のおめでたい姿となる。

 この幻想郷に生きる大妖怪連中の誰もが敵わないのはコレがあるからだろう、ありとあらゆるものから宙に浮き干渉出来ずされず浮いたモノとなる能力と、代を重ねて精錬され高められた博霊の力。

 

『空を飛ぶ程度の能力』と自称したかこの力、巫女自身はちょっと浮くだけの空を飛ぶ程度よ、などと可愛く言うが反則も反則だ、全てから浮いて干渉も出来ない。

 無効とか反射といった物理的なものではない、概念から捻じ曲げるえげつない能力。一体どこの誰がこれに抗えるというのか。

 そこにいるのに手を出せない、不透明な透明人間状態なんて黒白の魔法使いはぼやいていたが言い得て妙だ。

 

 同じようにそこにいるのにいないこいしとは似て非なるもの。こいしはまだ干渉出来る余地が十分にある、このえげつない巫女と比べたら可愛いそうだというものだ。

 ちっぽけな人間の少女だというのに全くもって人外だと感じるが、普段の巫女はまんま少女で人間だ。

 食べるし飲むし笑うし怒る、やる気はあまり感じられないがやる時はやる博麗の巫女。

 少しだけ共感できるところもある人間、か弱く手強い唯の人間少女。

 八百万の代弁者 博麗霊夢。

 物事にあまり執着しないあたしが随分と気に入っている人間の一人。

 

 最後の舞台の幕が引かれいつも通り黒白と軽口を交わす巫女。

 それを気にかけず、墜落していく面霊気を追うのはこの舞台の最後を眺めていた宗教家達。

 あの妖怪に対してか今の争いに対してかは知らないが何か思う所があるようで、墜ちた彼女を大事な物だと言うように優しく抱き上げていた。

 考えを対立させる二人の癖に、仲良くあの娘を支える姿はどこか絵になり身内のような風に見えた、互いに良い身内がいる者達だし面倒見も良い。

 それに寺にはあの姐さんもいる、このまま任せても問題など起きようはずがない。

 そう考えこいしを連れて帰路に着こうとしたが、舞台の演者から声をかけられた。

 

「いつものように宴会するから、後で顔出しなさい」

「また料理人代わり? 嬉しいけれどそう度々振る舞うつもりはないわよ?」

 

「違うわ、それともう一匹にも声をかけておいて」

 

 言いたいことだけ言って飛び上がり振り向きもせずに去るおめでたい巫女、何についてどこまで感づいているのか、あたしや紫の事を胡散臭いだの厄介者だのと散々に罵るが自身も十分に胡散臭いじゃないか。

 育ての親にでも似たのかと巫女の背を見送りながら笑い、言われた通りもう一匹にも話を伝えようと、面霊気を抱え飛ぶ寺の住職の後に続いた。

 

 

 ポンと小さく最後の拍子を打つ。

 それに合わさり大見得を切るこの舞台の主役、表情豊かなポーカフェイス 秦 こころ

 自分の舞台を華麗に〆て喝采を浴びる付喪神、小さな舞台といえど客衆の前まで寄っての決め姿だ、裏方からその姿はまず見えない。

 それでも拍手と歓声だけでこの舞台の成功を感じ取れた、異変の後の宴会で巫女から請け負ったこの依頼、どうにか上手くやり切れたらしい。

 

 依頼された当初は乗り気ではなかったが、同じく裏方として動いた姐さんの口車にのって良かったと今は思える。

 しかしあの巫女は興味なさそうにしていたがやはり宗教家だった、騒ぎの本人を利用して見事自分の利益に繋げてみせたのだから。

 神社は潤ったわけだし利用された付喪神も声援を受けてまんざらではなさそうだ、誰も損をしないうまい話に纏まって悪くない依頼だった。

 

 異変の後の宴会で色々と聞いた話、まずはこの異変の真相から語るべきか。

 発端は何度も話した失せ物探し、六十六の面から成ったあのこころという無表情な少女、そもそもは異変を起こす気はなかったらしい。

 失くしてしまった一枚の面の力が暴走してしまい、思いがけず異変となってしまったのが今回の起こり。

 彼女自身もこの状況は耐え難い物として捉えていて、最初は失くした面を取り戻し異変を終わらせようと探しまわったそうだが、色々な人妖と出会う中で己の欲望や理想のままに異変を楽しむ者と出会い、考え方を少しずつ変えてしまったそうだ。

 失くした面の副産物で面白き事を面白く楽しむ幻想郷の妖怪らしくなった反面、最初に出会った相手のせいで明るくなったが知性が落ちた気がすると、あの残念な尸解仙にまで言われるようになってしまう辺りが面の足りない不安定な面霊気らしさだろう。

 

 そんな変化を面白いとは思ったが危うさも感じた、いつかのこいしに感じた危うさ。

 それと似たようなモノを感じたが今回は空回りする前に別の者が話を切り出した。

 あの異変の最終幕でその辺りを感じ取ったのか、放っておくとまた異変となり面倒になると思ったのか、宴会の場であの紅白が能面の妖怪なら能面らしく少し舞うなりして自分を取り戻せと言い出した。

 能が見たいと言葉が逸れて伝わったのか言われた面霊気の方は気を良くし、それならこの神社でやりたいと紅白に願った、神社で能の奉納となれば見物客も見込めると巫女も了承しお披露目となったのだが‥‥

 人里に済む人間達にはこころの演じる能楽自体が難しすぎて、逆に不安を煽ってしまいさらに神社への参拝客が減ることとなった。

 

 ここであたしともう一人の狸の大将に話が振られてきた、化かしてでもいいから舞台を成功させろとの依頼、依頼といってもお願いというような可愛い物ではなくほとんど命令だったが二人ともこの依頼を受けた。

 姐さんの方は舞台が上手く回らず気を落とす面霊気が気になり‥‥といった親切心から受けた話らしいが、あたしの場合はいつかの冬の異変で奪われずに済んだ徳利の借りを返す、という名目で依頼を受けようと考えた。

 それでも蒸し返しては怖い、徳利の事は考えただけで口に出さず最初は聞き入れない姿勢を見せて渋ったのだが、周囲を囃し立てるのと調子に乗るのは得意でしょ?ならあんたが適任だと思った、と巫女から正しい評価をされてしまい断る気が逸れてしまった。

 巫女からの評価に満足してというのは当然秘密のままに、この辺で折れておかないとあとが怖いと依頼を受ける形とした。

 

 出鼻こそ頼まれたものだったがやってしまえば面白いもので、中々に良い舞台だったと舞台袖から眺めていると、歓声を受けても表情は変わらず頬をわずかに赤らめて声援に応えた能面少女が、仕事を終えたあたし達の方へと歩み寄ってきていた。

 

「舞台への協力ありがとう、初見で合わせるとは二人とも演奏上手なのね」

「太鼓ならウマイぞ? 儂らの太鼓をお囃子に踊るお前さんも見事な物じゃった」

 

 のぅ? と促されそうねと頷く、狐の面を斜めに被り話しかけてきたのが狸二人からの褒め言葉を聞いて福の神の面へと変わる、どうやら顔つきは変えられないが面で感情を表せるらしい。

 福の神は嬉しく思う時の面。素直にありがとうと言わんか、と姐さんに煽られると無表情なまま頬を膨らませて猿と般若の面へとコロコロ入れ替えてみせた。

 それがどの感情を司るのかわからないが悪い顔ではないらしい、なるほど姐さんが気にいるわけだと笑うと姐さんも笑った。

 入れ替わっていた面が笑い声を受けて猿面だけに固定された、これは楽しい。

 

「それにしても能ってあんなだったかしら? 友人達の話にしては笑える話になっていたし」

「あれは儂とこころで考えた新しい形の演目じゃ。少し入れ知恵をしての、わかりやすく笑える物に仕立て直した」

 

 そうなのと問いかけると火男面を被り大きく頷く、この面ならあたしでも何を司っているのかわかる、田楽などで道化者が被る面だおどけたりはしゃいだりと陽気な感情を司るのだろう。

 よくよく見れば本当に表情豊かな無表情だ、思いついた言葉の矛盾に一人クスクスと笑うと、狐面をかぶり直したこころに歩み寄られ強い眼差しを向けられた。

 

「私の演じた能を友人の話って言った? 誰? 何?」

「鬼もそうだし土蜘蛛に橋姫もそうね、天狗や鵺も良い友人だけど地底ではなくあの妖怪寺やお山にいるわ」

「言われりゃぬえもそうじゃったか、儂らもそうじゃしこの地には演目の元ネタが多いのぅ」

 

 あの殺生石で有名な狐も能の演目になっているしあたしたち狸も狂言劇としてはそこそこ有名どころだろう、天狗面はすでにこころの周囲でその存在を放っているし河童も能や狂言として話にある、この演者にとっては話の元となる者達ばかりがいる幻想郷は中々楽しい世界かもしれない。

 そんな話を聞いて興奮でもしたのか、様々な面を周囲に浮かべ被るものも様々に変化している、これは見飽きないなとまた笑うと詰め寄り両肩を抑えられ、ちょっとしたお願いをされる。

 

「会いたいから連れてって、まずは土蜘蛛」

「構わないけど今からは無理ね」

 

「何故?」

「出待ちされてるんだから期待に応えるべきよ? 人気者さん?」

 

 狸二人の手で促すと歩みを進め再度舞台へと顔を覗かせるこころ、固まったまま少し眺めた後足早に戻ってきた。

 こういう気分の時はどんな面を被るのかと眺めていると、まったく予想していなかった面を被りあたしの前へと歩んできた。

 

「あまり見ないで、被りたいとは思っていないから」

「そう‥‥なんというか、視線を集めるのにはいい面だと思うわ」

 

 あたしの友人達の中にこの面に近い耳を持つ人がいるが、このなんとも言えない抜けた表情をする事はない・・・聖人違いのはず。

 いや、聞けばあの聖人がこころの本体となっている面の作者だと言うのだから、やはり本人でそれを模した面なのか?

 なら本人もこんな顔をするのだろうかと静かに悩み面を見続けていると、こころと姐さん二人に揺り動かされ思考の海から引き上げられれる。

 

「人心を一身に集める希望の象徴、こころが失くしてしまった希望の面。それを新しく作ったんじゃと」

「舞台のお陰で落ち着けるようになったんだけど、作りだしてもらった手前捨てるのも忍びないし……面だから感情とともたまにこう、表に‥‥」

 

 声援を聞いて再度顔を出した主演役者、それに気が付いた人間たちがまだかまだかと騒ぎ出す中、もじもじとしながら面を手で隠す様が可愛らしくて可笑しくて、思わず笑ってしまった。

 笑い声で気が付かれたのか、様子を見に来た舞台の地主に笑ってないで早くやれとお祓い棒で頭を数発小突かれてしまい、無理矢理に気を引き締められた。

 それを見て他の二人もニヤニヤと無表情に笑った。

 紅白の地主から、やる気のない演者は舞台を降りろと叱られたので少しだけ気合を入れて、演目のおかわりを振る舞い始めた。

 

 これから演じる追加演目は、少し前に騒がれた宗教家達の人気取り合戦をヒントにしたもの。

 こころが考え生み出した新しい演目『心綺楼』


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