東方狸囃子   作:ほりごたつ

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困ったときに頼れるのはいいものだ そんな話


第六十一話 喧騒を歩く

 寺に踏み入り尋ね人を探してみたが姿は見えず、目当ての入道雲達とは会えなかったがその代わりにとっ捕まえた船幽霊から少し話を聞くことが出来た、なんでもこの騒ぎを利用して幻想郷で仏教を広めようと珍しく力業で布教活動をし始めたこの寺の住職。

 説法(物理)で法を説き仏陀の教えを伏せる、そんな聖の姿は神々しく美しい物に見えたらしくあの入道雲達もそんな姿を目指そうとのっかりはしゃいだのが寺での騒ぎだそうだ。

 

 仏教よりも道教を。

 そう考えているあの残念な皿割り尸解仙が話題に上がってきた住職の話を聞きつけて、小さな宗教戦争を仕掛けに来たらしい。そして丁度よくその場に居合わせたあの妹妖怪が混ざり、話が面倒な絡まり方をして宗教対立の様相ではなくなったというのがこの寺で起こった事だそうだ。

 なんだか本当に聞きたい大事な所が抜け落ちていてよくわからない話になってしまったが、それでもこいしから聞いた話よりは得られる物があり多少の進展はあった。

 仏教側も道教側も元を正せば思いは同じ治世のための布教活動、方法がほんの少しだけ手荒に見えるが人外のやることだから和やかにとはいかないだろう。方法はともかくこの喧騒を歪だと捉え収めようと動く者がいた事に少しだけ安心し、少しだけ感心した。

 危ない橋の上で危ないバランスを保ち何かのきっかけがあればすぐに壊れるこの幻想郷で過ごしているくせに、自身の目標のために動きその結果どうにかできればいいという考え方、これがいつかの紫が話していた妖怪の理想郷としての在り方に見えて、こんな者達がいるのなら万一深刻な事態に陥っても幻想郷はまだまだ大丈夫だろうと安心出来た。

 

 本心は兎も角として、端から見れば誰も彼もがこの騒ぎをどうにか利用し美味しい汁にありつこうと考えているようにしか思えず、なんともらしい動きぶりだと声を出して笑ってしまった。

 人気の引いた静寂しかない寺の庭、そんな所で高笑いする者がいてもいいと何も気にせず笑っているとそんな声に呼び寄せられたのか、あたしが会いに来たもう一人のお人が現れて少し話をすることとなった。

 

「やれやれ、ここの和尚やあの聖人は異変をどうにかしようとしとるのにお主は何もせんのか?」

「異変解決は人間がやればいいのよ、あたし達は解決する側じゃないでしょ? 姐さん」

 

 そりゃそうだと笑いながらあたしと並び、寺の庭に面した廊下に腰掛ける狸の御大将 二ッ岩マミゾウ大親分。

 誰も彼もが勝ち馬に乗ろうと浮ついているこの騒ぎの中で、唯一溶けこまずに静かで落ち着いた雰囲気を纏いあたしにお小言を言ってくる辺りやはり何か目星を付けているのだろう、なら少し話して幾許かでもそれを掬えればいいのだが。

 

「おぬしも騒ぎにのっかりにきたのか?それとも別の何かかの?」

「あたしは唯の賑やかしよ? 表舞台は性に合わないもの、裏方なら内情に通じないと務まらないでしょ?」

 

 異変解決という表舞台は分不相応、そんな華形はあのおめでたいのやおめでたくないのに任せていれば勝手に解決してくれる、あたしは舞台裏でほくそ笑み、頑張る役者を眺めて笑えればそれでいいと考えている。

 けれど今までの異変ではあたしの目論見通り裏で笑えるような事にはならず、何かと巻き込まれ舞台に上げられてばかりだった、裏方が舞台に上がっても何も出来ずに恥をかくだけだいうのに、異変を彩るあの舞台役者達は皆一様に舞台を引っ掻き回す事ばかり。

 裏方仕事を考えない役者が多くてあたしとしては少々困りものだ。

 

「なるほど、それでここに来おったか。あの変わった覚りとも付き合いがあったとはおぬしも存外顔が広いな」

「こいしはついでよ? それでも親しい者の嫌な顔は見たくないしどうにか出来ればと思わなくはないけれど」

 

 少し泣いてしおらしくなってきたかと思えば、もう本調子を取り戻したのかと大声で笑われる。

 あたしを泣かした張本人だというのになんとも酷い言い草だ。それよりも今の言い草家から察すると姐さんもこいしと布都の小競り合いを見ていたようだ、それならその時の事を詳しく教えてもらおう。

 あたしの心情はすでにバレているのだし、遠回しに聞くよりも真っ直ぐ聞いたほうが良い返答が聞けそうだ。

 

「その変わった覚り、こいしについて聞きたいんだけどいい?」

「儂は眺めておっただけだから教えられることはないぞ? それでいいなら教えてやろう」

 

 自分の考えた仮説を述べる、人心から集められた人気のせいでこいしが歪な変化をしかけていて危ない状態になりかけている、のかもしれないということ。

 それをどうにか収めるにはいまだわからない原因を断たなければいならない、けれどその原因の取っ掛かりすらつかめていないということ。

 どうにも纏まらず人に話すには心苦しい考えだったが姐さんなら気にせず話せる、良くも悪くもあたしでは気がつけない事を教えてくれるからだ。悩んだら人に聞く‥‥他者によく言う言葉だが自身に宛てがってもいい言葉だ。

 

「ふむ、おぬし面霊気を知っておるか?」

「面霊気? お面の妖怪、正確には九十九神だったかしら?」

 

 人に長く使われた器物に魂が宿り妖怪へと成り上がった者達だったか、九十九年を越えて百年目まで使われると器物に力が宿り妖かしと成す。百年目を迎える前にまだ使えるような物でも捨てて新しい物へと浮気する、新しもの好きな人間たちが作り上げた妖怪。

 よくある、思われて生まれた妖怪の一種だったはず。

 

「付喪神とも言うがそれじゃ。そいつが幻想郷にいるらしくての、なんでも面を失くして絶望の中を探しまわっとるらしい」

「付喪神が本体を失くすなんてまたマヌケな‥‥それが何かあたしの仮説と繋がるの?」

 

 本体を失くす付喪神なんて聞いた試しがない、文字通りに己を見失い絶望の中探しまわっている状況だと言えよう‥‥しかし姐さんは何が言いたいのか、イマイチ遠回りな言い方ではぐらかされているような気がしないでもない。

 あまり時間はかけたくないのだが。

 

「急いては事を仕損じるぞ? それに見落としとることがあるのぅ、そもそも損じる事などないと言うに」

「見落とし?」

 

「友人想って動くようになったのは良いが空回りするとは珍しいのぅ? アヤメよ」

 

 見落とし、空回りとは?

 いや、それよりも損じる事などないというほうが重要か、この流れでの損といえばあの妹妖怪の事しかない。こいしについての見落としとは何か?

 それなりに親しい間柄だ、そこそこの事は知っているはずで見落とすとは考えにくいが話だけではっきりと見落としだと言い切られる事、姐さんがこいしと親睦をもっているとは聞かないが、それでも言い切れる事とは?

 単純な見落としか?

 

「別に馬鹿にしたわけじゃあない、そう悩まんでもすぐわかるぞ? あの童子はなんじゃ妖怪じゃろう? なら妖怪とはなんじゃ?」

「妖怪とはそう思われて姿を成した現に在らざるモノ、成した姿以外には成れず変わりたくとも変われない凝り固まったナニカの塊」

 

「もっと単純じゃな。妖怪の、あの童子の何を心配してそう焦る?」

「それは」

 

 なるほど単純な話だった‥‥あの子はすでに妖怪なのだ、すでにそう成り果てたモノなのだから新しく別な何かに変わるはずもない。

 瞳を閉ざし心を閉ざし、意識の無い存在と化してもあの子は姉や家族を思う優しい覚りのままにある、覚り妖怪として力の変化はあるけれど妹妖怪としての本質は変じていない。

 ならあたしの考えたことは杞憂か、元が心を覗く妖怪なのだから他者の声から感じ取れるモノも強く、その結果以前の感情を取り戻しかけているだけ。どれだけ強く感情を取り戻そうとしてもそれは無理な事だ、あの子は自ら望んで心を閉ざしたのだから、取り戻したいと思う一時の心もいずれまた閉ざされる。

 

「すっきりしたか? おぬしは頭は回るくせにすぐに芯から逸れる癖がある、性分じゃから悪いとは言わんが‥‥から回るなら一度止まるのも手じゃぞ?」

「ぐうの音も出ないわ、でもおかげですっきりしたし憂いも晴れた。ありがとう姐さん」

 

 こういう時に肩を掴んで引き止めてくれたり、場合によっては背を押してくれたりといつまでたっても敵わないが、それもまぁ仕方のない事か、そもそも勝てる相手だとかそういうところにこのお人を置いてはいない。

 どうにもならず困った時には駆け込める所、欲しいところで少しの手助けをしてくれるあたしの唯一の拠り所だ、あたし程度が敵ってしまってはもしもの時に困ってしまう。

 

「儂に感謝するくらいに物事にも真っ直ぐに当たればもっと早く本筋に目がいくじゃろうに、話ついでにそのまま性根を正してもよいかもしれんぞ?」

「あら? あたしにとってはこれで真っ直ぐなのよ? ものさしのほうが曲がってるんだわ」

 

 言ってくる人次第で年寄りの冷や水にしか聞こえない言葉だが今は心地よい、素直に捉えてしまったら恥ずかしさで赤面してしまいそうだから少しの軽口で返す。

 負け惜しみにしかならないというのもわかっている、なにかを言い返した所でそれも全てお見通しなんだろうし。

 

「相変わらず口の減らん妹分じゃのう、ついでに教えとくともう直騒ぎは収まるじゃろうて。後は箱の底にあるモノを見つけて終わりじゃ」

「マミ姐さんが言うならそうなるんでしょうね、それならもうしばらくはこの騒ぎを楽しむことにするわ」

 

 言うだけ言って足早に立ち去る、不意に言われたある言葉に顔がにやけてしまいどうしようもないからだ。多分振り返っても意地悪な笑いを浮かべたままあたしを見ているんだろう、ほんとうに意地の悪い姉で妹としては非常に困る。

 こいしの事で相談に来たつもりだったが、余計なモノまで手渡されて恥ずかしいったらありゃしない、しばらくは町の騒ぎにのっかり頭を冷やすとしよう。

 

 ニタニタと笑いながら騒がしい町並みを歩くと、随分と盛り上がるところがある。

 俺は私はと何かに囃し立てられて声を飛び交わす騒ぎが聞こえてきた。

 騒ぎ声の聞こえる方へと目をやると、なにやら妖怪の山の河童が数人集まっておりおかっぱ頭の河童が立て看板を高く掲げている。

 どうやら何か催し事を取り仕切っているようでしばし盗み聞いてすぐにわかった、河童連中が今回の人気取り合戦に便乗して誰が勝つか賭け事をしているようだ。

 

 賭けの対象は、あの異変解決大好きコンビを筆頭にして妖怪寺の魔住職と修行僧の入道雲達、それと太子に布都という者達……多分儲けの調整なのだろう、あのお山の発明馬鹿河童も名を連ねていた。

 当然人気は異変解決大好きコンビの二人で今回の賭け事も一番二番人気だ、ついで太子と白蓮和尚という堅実な勝ち馬。一輪と布都はすでに力比べを済ませていたため賭けたとして先がないと思われたのだろう、河童についで不人気馬となっていた。

 発明大好き河城にとりは実力をまだ見せていないが何故か一番の不人気、そりゃあそうだ調整の為の当て馬なんだもの、人気が出ては河童が困る。

 中々狡いことを考える、と自分たちの儲けの為にウマイこと話を振って賭けさせないそばかす河童を眺めて思いついた、うまい話の裏側からあの河童を引っ張りだしてやろうと、小賢しい悪巧みなら乗らない訳にはいかないと悪ノリしてみることにした。

 あたしは当然にとりに賭けた。

 期待していると伝言を頼むと眉間に皺を寄せてわかりましたと言ってくれたお河童、聞いたにとりがあたしの言葉をどの様に取ってくれるのか楽しみだ。

 あの河童がやる気を出して勝ち進もうが無様に負けようがそれはどうでもいい、あの河童が何を思うか‥‥それだけが楽しみで仕方がなかった。

 

 

 ここからは余談だが、あたしが去った後の妖怪寺でもう一度人気取り合戦があったらしい。

 復讐じゃ! と声を荒らげやる気に満ち満ちたあの尸解仙が再度の人気取りに現れたのだ。

 けれど復讐相手の一輪は寺にはおらず空回り、そんな姿を笑って煽った姐さんが一輪に代わり一勝負と相成った。

 皿が投げられ叩き割れ狸が走り馬鹿にしては笑う、そんな攻防を数度繰り返した後、ここ一番というところで姐さんがスペルの宣言をした。

 

『八百八狸囃子』

 マミ姐さんが分身して相手をタコ殴りにする中々に派手なスペルカード、実際は幻想郷の同胞たちが姐さんに化けてタコ殴りという物だが今回だけは特別仕様だった。

 呼び出された狸連中の中に一匹だけ色合いの変わった灰褐色の狸がいて、二ッ岩の大親分達に混じりやたら張り切り煙管で叩いていた狸がいたらしい。

 その時の事を間近で見ていたある店の爺さんが後の天狗インタビューで話していた一言。

 

「やる気のないのが取り柄なんて言うくせに珍しい事もあるもんだ」

 あの霧で煙な可愛い狸さんもたまにやる気を出すらしい。




黄昏作品だから戦う、そんなことはありゃあせんのです。

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