第六十話 喧騒に思う
つい最近数が増えたからか意識して視界に入れるようになってしまった食器棚。
さすがに千客万来誰でもどうぞとは言わないが、こんな何にもないあばら屋で良ければ暇つぶしにでも来るといい、もてなしはほとんどしないが、荒らさないのならば拒否もしないし否定もしない。
六つに増えた湯のみから自分の物ともう一つを取り出してお茶を淹れながら考える。
しかし珍しい事もあるものだ、普段なら無意識のうちにお茶を振舞っているばっかりでこう淹れようと意識したことは今までなかった、意識できない無意識の住人相手だというのに、意識してもてなそうと考えられるとはなんだかちぐはぐでこそばゆい。
あたしか妹のほうかわからないが意識せざるを得ない何か。
細かいところはよくわからないが何か変化でもあったのだろうか?
お茶を啜りながら少し考えてみたが自身の中にはコレといった変化は感じられない。
ならば妹の方に変化があったのか?
両手を羽のようにパタパタとさせて最近の事を勝手に喋り出し楽しそうに笑う、そんな妹妖怪も悪くないのかもしれない。
「それでね、なんだか皆私の事がわかるみたいなの。楽しそうなことをしてたからちょっと混ざっただけなのに、なんで急に気が付かれるようになったんだろう?」
「自分から姿を見せていたわけじゃないのね、なら何かしら?」
心を読む第三の眼を閉ざし自らの心も閉ざした、心を読めない覚り妖怪 古明地こいし。
本人ですら何かを意識して動けず無意識のままに自由に生きるしかない妹妖怪なのに、それが何事もなく気が付かれるようになるなど本来ならあり得ないだろう。
何の影響でこうなったのだろうか、楽しそうなことと言うが何に関わった?
「楽しそうな事ってなにしたの? お姉ちゃんの瞳でも塞いだ?」
「あのジト目は塞いでも開くから意味が無いわ、なんだか地上の町が最近楽しそうじゃない? ええじゃないかええかじゃないかって」
そういえばそんな騒ぎになっていたなと、人里の住人達が揃いも揃ってええじゃないかと練り歩き騒ぎ立てている。
なにか新しい祭りでもあったのかと思い贔屓先で話を聞けば、祭りというには暗い感情から始まった馬鹿騒ぎとの事だった。どこかの誰かが気まぐれで起こし続ける異変、局地的な天変地異と言えるそれに耐え切れなくなった一部の里の者。
そいつらが発した一言『ええじゃないか!』
最初に発したのかが誰なのかもわからない至って普通の言葉の一つ、それでも気がつけば里で広まり浸透していった言葉。字面だけなら何事も受け入れるような寛大な言葉だが、その実は全てを諦めたいが諦めきれない人間たちが苦し紛れにごまかしているだけ。
日中顔を合わせては楽しそうにええじゃないかと騒いでいるが、丑三つ時にもなるとまるで正反対で感情を殺し無気力になる里の者達、こんな姿が見られれば深く考えなくともわかる、受け入れての馬鹿騒ぎではなく最後の悪あがきからくるええじゃないかなのだと。
元を正せば外で諦め絶望した者達を攫って住まわせた者の子孫、いつかこうなるかもとは思っていたが少しばかり動きが早過ぎる気がする、異変を起こす側である様々なる妖怪連中が里で買い物したり店を開いたりしても何も気にせず過ごして来た者達だ、今頃になって騒ぐくらいならあの吸血鬼の引っ越しの頃から騒いでもおかしくはないのに。
それが何故今になって?
「一緒になってええじゃないかと騒いだら気が付かれるようになったの?」
「ちがうわ、いつもの様にふわふわしてたら里に居たの。ぶらぶらしてたら近くの寺で騒ぎがあってね、人がいっぱい居てお寺の人が争ってたのよ」
「命蓮寺?あそこで争い事なんて考えられないけど?」
「仏教がどうこう道教がどうこう言っていたわ、しばらく眺めてお寺のフワフワしたのが勝ってまた大騒ぎ」
道教ということは太子のところの誰か、そして相手は頑固親父殿と一輪。
争い事を好まないあの一輪が争うような勝負相手‥‥屠自古か布都辺りだろうか?
キョンシーはともかく太子なら会話から入るだろうし、娘々は小競り合いも楽しみそうだが自ら動くとは思えない。
「負けた方はお皿割りすぎてまた叱られるって泣いてたわ」
「誰だかわかったわ、それでその騒ぎがこいしの変化になにか繋がるの? 聞く限りじゃ繋がるように思えないけど」
唯の気まぐれから始まった喧嘩事なのか宗教対立から起きた真剣なものなのか、その辺りは分からないし興味もないが今はそこは問題じゃない。
問題なのはこいしの方でこのままだと少し危ないかもしれないなと思った、こいしという存在の在り方が変わればこいしではなくなる恐れがあるかもしれない。
本来は妖怪なんて変化も成長もしないモノだ、それなのに種族としての力を殺し別のモノへと成り果てているこいし、ただでさえ妖怪として不安定なところにいるのに更に存在を揺らがせるような事があれば‥‥このまま放っておくのは少々マズイかもしれない。
もし万が一の事がありこいしが消える、なにかちがうモノへと成ったならあの地底の屋敷でどうなるか‥‥深く考えずともわかるだろう。
とりあえずなにもわからないよりはマシだ、こいしに何があり何をしたのか聞いてみるか。
「それで見てただけ? 何かしたりはしなかったの?」
「争いを見ている人たちが楽しそうに眺めていたから私も混ざってみたのよ、そうしたら皆が私に気が付くようになったの」
ちょっとした小競り合いに混ざっただけでこうなった?
そいつはおかしい、人外同士の争い事なんてよくあること過ぎて里の者達が強い関心を示すはずがない、あの赤い霧や終わらない冬、花の異変でも特に慌てる気配はなくまた何か始まったわどうしようと先を案じるだけだった。
それなのに喧嘩をしただけでこいしの存在に唯の人間が気が付くなんて‥‥これはなにかある、わからないが何かがどこかで動いているはず。
「どんな風に気が付かれたの?」
「喧嘩に勝ってはしゃいじゃったのよ、そうしたら皆が私を見て可愛いとか素敵とかええじゃないかといろいろ褒めてくれたわ。ちょっと気持ちよかった」
先程のように腕をパタパタとしてみせはしゃぐこいし。
確かに可愛らしい仕草だが褒めるというのはなんだろうか?
勝者に対しての賛辞というのならわかる、それでも何かが引っかかる。
『ええじゃないか』に引っかかるのか?
全てを諦めた者の言葉を褒める相手に使うだろうか、本当に達観しているなら言わないだろうし夜の姿のこともある、里の者もまだ全てを諦めてはいないはず、それならいい慣れた言葉を声援として発しただけか。
これはもう少し話を聞かないと考察のしようもないな、何を聞ければ取っ掛かりを見つけられるだろう?
「後は? 何か変わりはない?」
「ん~‥‥あぁ、気持ちいいってのが変かな? 勝って楽しいとは思うけど、声援を受けて気持ちいいなんて今まで感じたことなかったわ」
やりたいようにやってその結果勝つ、それは確かに楽しいだろうし気持ちのよいモノだ、他者の心や思いから生まれた妖怪なのだから、そういった高揚感には何事よりも敏感で感覚が鋭いというのもわかる‥‥しかしこいしの場合は少々変わる、心を閉ざし意識がないのだから気持ちいいという感覚を味わう事など余程の事でもなければないだろう。
それならこの争い事は余程の事だというのか?
唯の人里の騒ぎだと思っていたが首を突っ込んでみるのも面白そうだ、探った結果でこいしをどうにか出来るなら尚良い。
「こいしが喧嘩したのは誰? 気持ちよくなれるならあたしもなりたいもの」
「アヤメちゃん顔がなんかエロいよ? 私の喧嘩相手はその寺の人、私みたいにフワフワしたおじさんが可愛かったわ」
あたしの表情とこいしの言い草はこの際置いておいて、重要な方に目を向けよう。
布都と勝負をし勝利を収めた一輪、その一輪にこいしが勝った‥‥更なる勝者となり声援を受けて気持ちがよくなったこいし、こいつのように声援を受ける者とは?
崇め敬われたりする者、崇拝される者といったところか?
可愛いとか素敵なんて声援が飛んでくるくらいだ、どれかに当てはめるなら崇拝か?
諦めた者達が救いを求め理想の像を思い描いた、それにこいしがうまく当てはまったさながら偶像崇拝といったところだろう、なら言葉は声援で応援だ、視線を浴びて笑顔を振りまき声を受けて戯けるこいし‥‥ちょっとした人気者気分だろう。
人気?注目を浴びるくらいの人気者になったから気が付かれるようになった?
だとするならそうなる原因はなんだというのか?
こいしの原因の目星はついたのだから原因となったもう一人の方からも話を聞こう‥‥寺ならマミ姐さんもいるはずだ、何か気がついているかもしれない。
「聞いてるの? エロい顔のまま黙られるとなんか怖いよ?」
「酷いこと言うのねこいし、食ってやろうかしら?」
エロいと言われた表情のままいつもよりもはっきりとした姿でいるこいしをとっ捕まえて揉みしだき、肩で息をし静かになるまで弄んだ、普段はあたしがやられる方なのだ、くっきりしていてわかりやすい時くらい仕返ししてもいいはずだ。
ひと通りこいしを弄び我が家の寝床でぐったりとさせた後、ほくほく顔で出かける身支度をする。
このよくわからない人気者合戦の真相を見るべく、あの妖怪寺へと向かおうと準備をしていると、復活したこいしに小さなお返しをされた。寝間着からの着替えを邪魔され着物の細帯を引っ張られた、独楽のように回されて少し目を回したあたし。
頭を抑え文句をと思ったが様子がおかしい、楽しそうに笑うだろうと思っていたが予想とは違い細帯を振りぬいた形のまま静かに布団で横たわるこいし、勢い良く回された瞬間あたしの尻尾に当たったモノがあったが、それがなんなのかこいしの姿を見て理解できた。
連れて行っても五月蝿いし気がつかれても五月蝿いだろう、ならこのまま静かなうちにと思い気が付かれないように我が家を後にし人里へと歩み出した。
~少女移動中~
こいしから話を聞いた通り人里が騒がしい。
ええじゃないかと騒ぐ者もいればそれを眺めて騒ぐ者もいるようだ、常日頃から何かと騒がしい人里だ、喧騒自体は見慣れたものだが雰囲気だけはどこか歪で無理が見えるというかやらされてるというか。
騒ぎ自体は好ましい、楽しそうな声の飛び交う町並みは活気に満ちていて見た目だけは良いものだと見受けられる、けれど歪に感じられるなにかが胡散臭く気持ちが悪い、笑いたくて笑うのはいいが笑わされて笑うのはあたしはよしとは思わない。
贔屓の店を除けばそれ以外はどうでもいいが、集団が壊れれば個も壊れる。
あたしのお気に入りがよくわからないものに壊されるのは気に入らない、面白ければいいやと思い来てみたが実情を見て少し深刻なモノなのかもと感じた‥…違和感を少し考え結論が出た、これはちょとした異変なのだろうと。
これが異変なら解決まではする気もないしあたしには出来ないだろう、この里の喧騒は多分知らない人外の起こした異変からくる副産物だ、それならば解決するのはあたしではない、この幻想郷の規律を守るおめでたい色をした喧嘩腰の風紀委員辺りの仕事だろう。
あの巫女も一応は人間だ、里が危ういと感じられればそのうちに動くだろう‥‥いや勘がいいのだから既に動いているだろうな、ついでに言えばあっちの黒白も人間で生家があるんだ動くだろう、飛び出したといえど帰れる場所を失うのはよしとしないはず。
まあいいさ、異変の解決は成すべきものがすればいい。
あたしは異変を楽しむ側だ、それならこの異変を面白おかしく楽しみながら気に入らない所を潰していこう、潰しついでで友人の手助けが出来ればそれで良い。あの妹妖怪から聞いた話と合わせて取っ掛かりを作れるよう、騒がしい町並みを抜け妖怪寺の門戸を叩いた。