東方狸囃子   作:ほりごたつ

63 / 218
てててて そんな話


閑話 表題のない演奏会

 今まで色々なモノに置いて逝かれたなと、立ち止まり見上げながら思いに耽る。

 地を駆けまわり本能のままに生きる動物に、深く根を張り長い時間をかけて天へと向かい伸びていく植物。這いつくばりながら生まれて、明日へと向かって歩き出し、昨日を思い出しながら伏して死んでいく人間。知らない所で生み出され、知らないところで忘れ去られて、その存在を消していく妖怪。

 どれもこれも先に消えてしまい後に残されていく、よい別れも嫌な別れもあったなと思い見上げている廃洋館へと歩き出した。

 

 随分前から霧の湖の畔に建っているらしいこの洋館、住む者がいなくなった寂れた場所。長く風雨に晒されていたのだろう、少しずつ朽ちてゆっくりと土に還りはじめている門柱には蔦が這っており、建造物というよりも自然の一部となりかけている。かつてはここに立派な門扉があった、という名残だけを見せる錆びた門を抜け庭へと踏み入る。

 

 庭の通路にはレンガが敷き詰められているが通路の中央が酷く傷んでいる、かつての住人たちが歩いた跡なのだろう。住人たちの足跡を追うように傷んだ道の上を歩く、数歩進むと区画の整えられた跡が見られる庭に出た。並びが整えられた庭木は伸び放題で花壇だった場所からは野草が好き放題に生えている、以前は手入れされた庭だったのだろう小さな陶器の人形などが割れ残っている。 

 

 庭を歩いて洋館の正面玄関前で再度見上げる。

 この館にもそのうち置いて逝かれるのかねと、初めて訪れる場所なのに少しだけ侘しいような気にさせられた。普段は誰も訪れる事などないのだろう、開くことを拒否した玄関扉を少し強めに引いて開き館の中へと足を踏み入れた。

 

 周囲を見渡すと円形状の玄関ホールのようで、朽ちて落ちた右手側の階段とまだ上がれそうな左手側の階段が目についた。割れた窓から差し込む光を受けながら上がれそうな階段へと足をかけるが六段目で踏み板を踏み抜く、どうやら見た目だけで既にこちらも朽ちていたらしい。音と埃を立てて崩れた足元を見ると、小さな人形が階段下の飾り棚に並べて置いてある事に気が付いた。数は四体、それぞれ右から黒い人形、桃色の人形、赤い人形と三体仲良く並んでおりその三体と対面する形で緑の人形が横たわっている。

 

 何故一体だけ仲間外れなのだろう?

 疑問に思ったが当然答えてくれる相手などおらず、意識せずに緑の人形を黒と桃色の人形の間に座らせた。人形から手を離し体を起こすと奥の扉が視線に映る、なんとなく視界に入った扉が気になりそのまま奥へと歩き出した。埃を舞わせながら開いた扉の奥へと進むとまたしても円形のホール、けれど玄関とは造りが異なり奥には小さな舞台の様な一段高い場所がある。

 

 割れた窓ガラスを踏みながら舞台へ近寄るとここでも同じく人形が四体、それぞれが小さな椅子に座りまた緑だけが対面する形となっている。

 館で虐められていた者の所有物なのか?

 先程の物は横たわっていたし一体だけなにかあるのだろうか?

 以前は虐められていたとしても残された人形まで虐められる事はないと、今度は桃色と赤の間に並べ直した。

 

 

 人形を並べ終え振り返ると気が付くものがあった、やはりここは舞台らしい。

 暗幕の奥に散らばった色あせて掠れた符のない楽譜が、ここは何かを奏でるような演奏用の小さな舞台だと教えてくれた。舞台に上がり振り返る、すると今のあたしと同じように舞台から見て並べられたような椅子が目に留まる。 

 この舞台を囲う様に誰かが並べただろう四つの椅子、しかしこの椅子も三脚は舞台に背を向けて残りの一脚だけが対面する並び。もうここまで来ればついでだろう、四脚の椅子をそれぞれが対面する形に並べ直した。それぞれの椅子に座ると全員の膝が当たるくらい近く、楽しく会話をしながら手が触れられるくらいに近づけ並べた。

 

 何故そんな形にしたのか深い理由などないが、人形と同じ四という数が気になり仲間はずれのないようにと並べてみただけだった。まだ似たような『四』がどこかにあるのかとホールの中を探してみたが四は見つからず、四の代わりに二回の寝室で別の物を見つけた。

 かつては豪華な様相だったろう天蓋付きの少し小さなベッド、枕は羽を飛び出させ色褪せて汚れた上掛けはずり落ちていた。

 お転婆な主だったのかね?

 そんな事を考えながら上掛けを直そうと手を掛ける、上掛けを整え軽く撫でると手が何かに触れた。

 何かいたのか?

 上掛けを半分ほど捲り手に触れた物を探すと、今までに見てきた人形よりも一回りは大きい物が三体ほど横たわっている。

 

 黒い人形は金髪のショートボブに同じ色味のボタンの瞳、巻きスカートの出で立ち。口は小さく仕立ててありどこか物静かそうな印象、背中には三日月が刺繍されている 

 

 桃色の人形は薄い青のウェーブヘアに青色ボタンの大きな瞳、ふわりと広がりを見せるスカート姿。口は大きめで口角が上がっており、楽しそうな表情だ、この子の背には太陽のような刺繍。

 

 最後の赤い人形は亜麻色のショートカットに薄茶色のボタンの瞳、キュロット姿で活発な印象。口は片方の口角が上がっているように見えてイタズラでもしそうな雰囲気に思えた、やはり背に刺繍が施してあり星の刺繍が見て取れる。

 

 緑の人形はいないのか?

 と、見回したが三体の人形が寝ている姿を見て気づく、黒と桃色の間が空いていた。

 人形達の間にもう一人収まっていたような雰囲気、なるほど緑だけはお人形さんではなくこの館にいた住人で、人形達はそのお友達だったのかと気づく。それにここの住人にとってこの三体は大事なお友達だったのだろう、三体のお友達それぞれの腰の部分が少し潰れている様に見える。毎晩抱きしめながら眠りについたのだろう、潰れた腰が三体全てを離さないように力強く抱きしめた跡に思えた。

 

 だがここで小さな違和感を覚えた、他の四体の人形達は全て住人だけが仲間はずれで対面する形で残されていた。抱きしめながら眠りにつくくらいなら、他の場所の人形達も寄り添って置かれていてもいいはずだろうと。

 仲間外れにする理由、仲間はずれにしなければならない理由でもあったのだろうか。

 理由が気になり少し周囲を探してみるとすぐに求めていた答えが見つかった、長い時間誰も触らなかったのだろう、埃を被りガラスの割れた写真立て。

 飾られた写真も年月ですっかり色褪せていてほとんどがわからないようなものだったが、映る者達の輪郭と表情はどうにか見られた。

 物静かそうな少女と楽しそうに笑う少女が優しく微笑む一番小さな少女を挟み、その前には快活そうに笑う少女。

 この子たちはお友達ではなく姉妹だったのか。

 それぞれ雰囲気も表情も違って見えたが、褪せた写真の中では全員が同じくセピア色で統一感がありなんとなく四姉妹なのだと感じ取れた。

 写真に残る少女達の面影を見て先程覚えた違和感が大きな物になる。

 姉妹なら余計におかしい、何故緑の人形だけが仲間はずれになっていたのか。

 写真に残る彼女たちは仲睦まじく寄り添い笑顔を浮かべていた、なら仲間はずれにする事などないだろうに。

 

 他にも部屋はあったのだが扉が開かなかったり床が抜けたりしていて、なんとなく入るなと言われているように思えて踏み入る事はしなかった。

 こういう時の動物のカンは鋭い、やめておけと伝えてくれた自身のカンを頼りにして再度舞台のあるホールへと戻った。ホールへと戻り壁側にあったテーブルに片手をついて舞台を眺める、しばし眺めてふと思いついた。

 この部屋の椅子と人形の並び、あれは緑の人形が他の三体を眺めていた姿なのかもしれないと。

 

 他に思いついたこともなかったので舞台の人形と椅子の並びを元に戻して、もう一脚の椅子を緑の住人がかつて座った椅子の隣に並べ腰掛けてみた。ここの住人はあの舞台に何を見ていたのか、同じ目線で見つめてみれば気がつけることがあるかもしれないと思い静かに座り舞台を見つめた。

 

 しばらく見つめてふと音が鳴り出した、始めは小さな音だったが少しずつ大きくなり何かの弦楽器のような調べが聞こえる。物静かでどこか侘しい悲しさの乗る弦の調べ、目を閉じ聞き入っていると音が増えていく事に気づく。

 弦の調べとは異なり騒がしく、楽しく今にも踊りだしそうなラッパの音がホールに響く。

 不協和音とは言わないが対照的な音が響いて少し落ち着かなくなるが、もう一つ調べが増えると雰囲気がガラリと変わった。快活に指が踊り鍵盤を叩くような追加の調べ、3つ目の音が先の二つと合わさると穴を埋めるような纏まりを魅せた。

 ここの住人はこれを聞くために舞台を眺めていたのかと理解すると、三つの調べが同時に曲調を変えた。先ほどまでの明るく楽しいお祭の様な調べとは打って変わって、静かで優しい穏やかな調べ。

 

 和楽器での曲なら多少はわかるし、鼓くらいは狸らしくある程度演奏できるが、さすがに今鳴り響く調べはわからない。それでもわからないなりに感じたものがあった、どことなく幼子をあやすような慰めるような子守唄に聞こえた。

 最初の楽しげな調べも良かったが静かに聞き入るには今流れる子守唄の方が耳障りがよく心地よかった。目を閉じたまましばらく聞き入っていると弦楽器が最後を〆て、奏者のいない音楽会の幕が下りた。

 

 音が消えてもしばらくは目を閉じたまま余韻に浸る、なんとなくそうしていたかった。

 満足し瞼を開いてみたが景色に変化は見られず、廃洋館の一室で一人静かに椅子に腰掛けていた。何のために弾いたものだったのかはわからないが、この洋館の話は聞いていたから誰が弾いたものだったのかは理解出来た。不定期だが白玉楼で演奏会をしている姉妹の演奏だったはず、後で会えたら誰を想っての演奏だったのか聞いてみよう。

 演奏のお礼は会えた時に、そう考えて拍手もせず静かに立ち上がりホールを出ると前に並べた人形四体が目に入る。

 

 ここの人形も眺める形に直そうか?

 そう思ったが思い直した。

 演奏を聞くホールの外なのだから、こっちでは眺めていなくてもいいはずだ。

 一箇所くらい四体仲良さそうに並んでいてもいいだろう、気に入らないなら後で並べなおしてくれと、独り言を呟いて館を離れた。

  




虹川四姉妹。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。