東方狸囃子   作:ほりごたつ

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ああいつものかと眺められる そんな話


第五十八話 風物詩

 こちらに視線を向けながら歩き去っていく里の人間達。

 珍しく注目を浴びていても気にすることなく茶を啜り息を吐く。

 場所はいつもの甘味処だが今日の目的はいつもの甘い物ではなく、先程から無言で啜り目を細めているお茶の方。少し啜り口に含む度に、芽吹いたばかりの新緑のような若々しい香りが口内に広がり鼻から抜けていく。香りとともに舌先に広がる爽やかな味わい、これはもう舌で味わえる大森林と言ってもいいのではないだろうか。

 

 普段なら甘い物の口直しとしか捉えていない茶だがさすがに旬だ、今ばかりはこちらが主体になっているだろう、旬の物を旬に味わい思いに耽る。

 なんと贅沢なことだろうか、そんな事を考えながら少し啜っては目を細めている。

 これでもう少し静かな状況であれば尚嬉しく思えるのだが、あたしの隣で視線を集める赤い髪を揺らしてお叱りを受ける誰かのせいで先程から随分とうるさい。

 少し前まで一人静かに茶を啜り旬を楽しんでいたのに、いつものように仕事をサボりあたしの隣へと腰掛けて団子を食べて一人話し出したどこかの死神。

 少しの時間世間話をして、毎回毎回サボっているとまた上司に叱られるわよと伝えた瞬間きゃんと鳴いた三途の川の水先案内人、隣で正座し小さくなるこいつのせいで何処からともなく現れた怖い上司が、またですか! と口を開いてからやたらにうるさいのだ。

 内容を盗み聞きすれば確かにありがたいお話をされているのだが、今のあたしは功徳を積むより摘んだばかりの茶を味わいたい。そんな不徳な心を口には出さず、隣で頭を小突かれてきゃんと鳴いて涙目になる幻想郷のサボマイスターに目をやった。

 

「貴女も懲りない人ですね小町、何回諭せば心を入れ替えて真面目に仕事に励むようになるのですか。そもそも貴女は三途の川渡しなのですよ? 亡くなった者達の生前の業を踏まえて行動しなければならない者なのです。言うなれば業を見極める者、それなのに貴女は毎回毎回仕事を抜けだしては昼寝をしたり間食をしたりと業を増やして‥‥またそうやって顔を逸らして、私の話を聞いているのですか! 本来であれば貴女は私のように他の者の話を聞き判断する立場の者なのです! それなのに仕事中も死者の声に耳を傾けるよりも自分から話しかけてばかり、本来とは真逆の行いばかりをしていて本当に三途の川渡しとしての自覚があるのですか? 先日だって翌日が休みだからといって日が登るまで酒を飲み千鳥足で帰ってきましたね、休みの前に息抜きをするなとは言いませんが何事にも限度というのがあります。あんな姿を死者に見られては地獄の沽券に関わるのですよ! だというのに貴女という人は無自覚に酔っ払って、聞いていますか? そのような貴女の‥‥」

 

「人の静寂を奪うのは不徳な行いだと思わない? 映姫様?」

 

 定期的に悔悟の棒が赤い頭に落とされて音と鳴き声で拍子を取っていたのだが、さすがに少し飽いてきた。下手に首を突っ込んであたしに矛先が向いてもあたしの大嫌いな面倒事にしかならないのだが、折角の楽しみを奪われたままにしておくのも面白くない。

 もしこっちに悔悟の棒の笏先がむいても、隣の赤いのへと向かうように逸らせばなんとかなるだろうし、ありがたいお小言も耳から逸らせば煩くはないだろう。

 お説教を逸らせるなら最初からやればいいのにと思われそうだが、どうにも閻魔様があたし以外の誰かにお説教を始めると聞きたくなってしまう。

 ほんの少しくどくて長くてしつこいだけで、話される内容自体は他者を想うありがたいお言葉だ、後学のためにとあたしの小さな好奇心が反応してしまい、逸らすのを躊躇してしまうのだ。

 

「静寂を求めるという事は普段の喧騒を離れ心を落ち着かせたいという現れです、それなら私の言葉を聞き入れ改悛すればいつでも心に静寂を感じられるようになりますよ? アヤメ」

「普段が五月蝿いからたまの静寂を大事にしているの、常に静かじゃあたしの耳も口も飾りになってしまうわ」

 

「騒がしく声を発し笑い声を聞くだけが役割なのではないのですよ?他者の発する言葉から何を聞いてどう感じるか、感じたものに対して何を発するかが重要なのです。貴女の場合その殆どを己の為に聞き己の為に発している。そう、貴女は少し我が強すぎる」

「あら? 長いモノには巻かれるわよ? 今もこうして映姫様のありがたい言葉を真摯に受けとめて噛み締めているもの」

 

「世間一般で言われる噛み締ると貴女の言った噛み締めているには違いがあると言っているのです。言葉を噛み締めそれを核としより良くなろうとするのは功徳を積むありがたい行為と言えます。ですが、貴女の場合は私の言葉を噛み締めそれに対してどう返せば己が満足し楽しめるかしか考えていない。これは他者の事などはどうでもいいと考える不徳な思い。貴女も相手によっては思いやりや優しさを見せる事があるのです。ならば選り好みなどせずに触れ合う全ての者達へ優しさや思いやりを見せれば良いのです、それは尊い行いで貴女の為にもなるというのに」

 

 相変わらず一言が長い上に回りくどい、が内容自体は仰る通りで、閻魔様の言葉通りに暮らしていけば善き者へと成れるのだろう。

 ただそう出来ない理由もある、なんといっても妖怪だ。

 恐れ疎まれ畏怖されるのが当たり前の在り方のモノ、そんなモノが善きモノへと変じられるワケがないとあたしは考えているしそうなろうという気もない、それでもそんな考えを正直に話しても閻魔様に通じるわけがない、むしろ白黒はっきりつけられて綺麗に仕分けされるのがオチだろう。

 すっかりあたしに話の方向が向いてしまったし、この状況を楽しむにはどうしたもんか。

 

「聞いているのですか? 確かに結果としては貴女の大事な一時を奪う形になってしまったのかもしれません、ですが貴女にはこの場を立ち去るという選択肢もあったのですよ? その選択肢を選ばずに私の説教に聞き耳を立てることを選んだのは貴女なのです。私とて他者の楽しみを奪ってまで説教をするのは心苦しく思います。ですから小町の隣で静かにしているアヤメには何も言わなかったというのに、それを貴女は自ら口を挟み横槍を入れてきた。今この状況を作ったのは貴女なのですよ?」

「対価を払ったんだもの、それに見合うモノは享受してからでないと損をするわ」

 

 長話に付き合わされてすっかり冷め切ってしまった湯のみを見せる、中身は半分ほど残ったままで冷たくなっていた。旬のモノで冷めたとしても十分に楽しめるが、少しずつ下がっていく温度と共に味わいにも変化があるのだ。

 その小さな変化も楽しみの一つだというのに静寂に続いて奪われてしまった、二つも楽しみを奪われてこのまま泣き寝入りでは立つ瀬がない‥‥が、閻魔様に方便吐いたり嘘をつくなど愚の骨頂だ、本当にどうやれば楽しい状況へと変えられるだろう?

 

「選択肢という話なら映姫様にも言えるんじゃないかしら? 小町を連れ去り何処か別の場所でお説教という選択肢もあったと思うけど?」

「そうですね、貴女の言う通り小町だけに説教するならそうすればよかった。ですが出会いとは縁なのです、小町は仕事を抜け出してこの場に来た。そしてこの場にはアヤメがいた、という事は私とアヤメにはこうなる縁があったのですよ。縁は円、輪廻の内にある者達が出会いと別れを巡らせるもの。ならばその縁をより善い大事な物としてあげるのも円の内にいる者達を裁く私の務めでしょう、ですから今こうして貴女に言葉を向けているのです」

 

 言い返せる材料が何もなくて困る、言葉の一部を掬って屁理屈こねてみてもいいが最終的には論破されて終わりだろう、そもそも嘘や方便で相手を騙くらかすあたしが、決して迷うことなどない閻魔様に口で勝とうなんていうのがおこがましいことなのだ。

 なら口以外でどうにかしなければならないが‥‥地獄の閻魔様相手に実力行使なんて出来るわけがない、そんな事をしたら軽く撫でられ消し飛ばされて終わりだろう。

 得意の嘘がダメならいっそ素直になってみよう、嘘がバレるなら本心で言えばいいのだ。

 先程のお言葉にはつつけそうな綻びがある、ならその辺りをあたしの本心にどうにかこじつけてみるか、このまま続けても言い返しても最後には論破されるのだから、なるようになれだ。

 自分らしさをテキトウに出して、すこしでもはぐらかせれば御の字だ、能力使って逸らす最後の保険を使う前にやれることはやってみよう、どこまで通じるのか試してみるのも面白い。

 

「ありがたいお話を聞いて感銘を受けたわ、確かに映姫様の仰る通りにすればより善いモノへと変われるかもしれない」

「素直に聞き入れるなんてどうしたのですか? このくらいで心を入れ替えるなら貴女は既に善きモノへと変じていていいはずです、そうなっていない以上素直さを見せても何かやましい企みがあるとしか思えません。次は何を考えているのですか」

 

「嘘ついたってバレるもの、素直な意見よ? ありがたい説法をくれたのが休暇中の映姫様からではなく、仕事中の閻魔様からだったなら本当に心を入れ替えたかもしれないわ」

「仕事中でも休暇中でも私は私ですよ、話す言葉に違いはありません。素直さを見せて逃げようとしていますがその道理は通りません」

 

 仰る通り道理は通らないだろう、ただの詭弁だもの。

 それでも素直に本心を話す事であたしを説き伏せる本筋から考えを看破する方向へと思考を逸らす事には成功した、後はウマイことマシな着地点へともっていければいい。

 

「そうね、映姫様からすれば変わらないわね。でも私からすれば今の映姫様はたまの休みに部下に絡む上司にしか見えないの」

「確かに今の私は休暇中に見つけた部下を叱る上司でしょう、それと先程の話と何か繋がりがありますか? はぐらかそうとしても私の力の前では無意味だと知っているでしょう?」

 

 いくらはぐらかそうとしても白黒きっちり分けられてしまえば意味がない、けれどこの場では言葉に意味を持たせる必要がない。

 中身のないものなど仕分けられようがどうでもいい、結果の本筋さえ逸らせればいいのだ、中身なんて黒でも白でも空っぽでも構わない。

 上手くあたしの逃げへと逸れてくれたようだし後は素直に思いを伝えよう。

 

「それならわかるでしょう映姫様? 仰る通り休暇中のどこかのお偉いさんとしかあたしは見ない、閻魔様として見ないという事は今の映姫様の言葉はあたしの心には届かない。部下を叱っていたら横槍が飛んできて、それに苛立ち絡んできたくらいにしか捉えないわ」

「詭弁です、が、本心で話すのですね。いいでしょう、今は休暇中で四季映姫としてこの場に立っていますしここは私が引いてあげます。このまま話し続けてものらりくらりと本心のまま引き伸ばすのでしょう? それならば私の教えと貴女の考えが交わる事はありません、この場では平行線のままです。仮に白黒はっきりつけて平行線を交わらせたとしても、混ざり続けていずれ灰へと戻ってしまうのであれば意味がない」

 

 なんとかなったか?

 いや、閻魔様の言うとおり引いてくれただけだろう。

 この程度の詭弁、閻魔様ならなんとでも切り返せるし白黒つける事なんて造作も無いだろう、平行線とは言うが閻魔様の手心次第で如何様にもなるだろう。

 実際は詭弁とも呼べないあたしの本心を押し通しただけだ、強いて言うなら嘘偽りなく述べた事で閻魔様の手をわずらわせる事なく灰色のままでいると宣言しただけ。

 引いてくれるとは思っておらず白黒付けられるかもしれないと思ったが、そうされなかったのは楽しみを奪ったという小さな罪悪感からだろうか。

 いやいや、休暇中とはいえ閻魔様だ、罪と捉えるのは失礼に当たる。

 ならご自身が仰ったように四季映姫として引いてくれたのか?

 楽しみを奪い申し訳ないという心遣い、そう考えていた方が互いに座りがよい気がする、閻魔様の寛大な御心の上で胡座をかいて気分よくなるなど恐れ多いが、今は映姫様で休暇中の少女だ。

 お言葉に甘えさせてもらうとしよう、取り敢えず本筋はあたしから逸れたんだ、それなら逸らしたモノを戻さないといけない、このまま終わらせるには惜しいしあたし達のやり取りをタダ見で楽しまれるのは面白くない。

 

「それよりも映姫様? 部下の方はもういいのかしら? ありがたいお話を遮ってしまったから最初からやり直した方がいいと思うんだけど」

「そうですね、言う通り仕切りなおしましょうか。私とアヤメのやり取りを楽しそうに眺めていました、今の表情からは叱られた内容も忘れて楽しんだと書いてある様に見えます。まるで他人事という様な態度にも思う所が出来ましたし、その分を追加して最初からのお説教としましょう」

 

 貴女も懲りない人ですねと本当に最初からやり直しを始める閻魔様、ありがたいお言葉を頂きながらあたしを睨む三途の川渡し。

 それを横目に二杯目のお茶を啜る。

 静寂は楽しめないが、きゃんという鳴き声とペシンという音を聞きながら新茶を啜るのも楽しいと感じ始め、茶を啜り目を細め小さな息を吐きながら旬の味を楽しんだ。


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