東方狸囃子   作:ほりごたつ

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苦手と思っていても食べてみたら以外といける そんな話


第五十七話 食わず嫌い

 コツコツ、永い時間踏み固められた硬い地面と履いたブーツが立てる足音。

 それを聞きながらダラダラとお山を散策しては立ち止まり風景を眺む。

 紅葉樹の緑にほんの少し混ざる山桜のピンクから散った小さな花弁が、あたしのブーツの紐にとまり蝶のように見えた。

 花の名前を持つあたしに小さな花びらが蝶々のようにとまるなんてなんとも風流じゃないか。歩き出して蝶が離れるのが惜しくなりしばらくそのまま佇んで、煙管を取り出したが葉は燃やさずに咥えるだけにした。

 今のあたしは花だったねと。

 煙草の匂いはあたしの匂い、だけど今くらいは花らしくしてみようと火を遠ざけて蝶を見る、暖かで少し強めの春の風に乗りあたしにとまった蝶が飛び立つ。

 それを見送りしばらくしてから煙管を燻らせた。

 

 あたしの吐いた煙も春の風に乗って木漏れ日の中に掻き消える。

 さっきの蝶々といい今の煙といいどこか儚いものだと感じた。

 暖かで明るい季節だというのにどこか儚い春の情景を感じ、葉を踏み消して立ち止まっていた足を視界の端に入れた神社へと向け動かし始めた。

 

 春の穏やかな日差しで暖められた立派な大鳥居の前で立ち止まる。

 あっちの妖怪神社とは違ってこっちの神社には顔見知りの神様がおわすのだ、きちんと端により軽く礼をして鳥居を潜り手水舎へと向かう。

 よくわからない原理で水が流れるあっちの手水舎とは違い、ここの手水舎は坤の御力で水を吸い上げているのだろう。丁寧にお清めしたし、あたしの隣にいつの間にか姿を顕現されていた怖い怖い神様へのご挨拶をするとしよう。

 

「本年も倍旧のお引き立ての程宜しくお願い申し上げます、諏訪子様。今年は去年よりは少し多めに遊びに来られるようにするわ、多分」

「おぉ先手を打つようになったか‥‥まあいいさ、そう気を使うな。暇ならおいで私は暇だ、おめでとうアヤメ」 

 

 先に色々言われる前に出鼻をくじくことには成功したようだ、それに気を使うなとも仰られたし気楽にいきますか。肩肘張って畏まらないといけないような間柄ではないと思っているし、司る立有《たたり》は怖いが諏訪子様そのものは怖いよりも可愛い神様だ。

 

「あたしケロちゃんのそういうところが好きよ?」

「普通なら言葉通りに捉えないところを強調するのが好きだなお前は、それもいいさ。信仰心は変わらず感じるんだ」

 

 言うとおりあたしは諏訪子様を信仰しているのだろう、自分の事なのに言い切れないのは自覚がないからだと思う、これも習性や名残からくるものなのだろう。

 地を駆けて獲物を探し、地から様々な恵みを得て、あたしを置いて先に地へと還る同胞をこれまで幾度も見送ってきた。この心は信仰というよりも感謝といったほうが正確なモノだとは思うが、受け取る諏訪子様が信仰心だというのだからあたしが判断しなくともいいだろう。

 

「この間来た時には傷は癒えてなさそうに見えたが、また来るとは何か考えを改めたのかい?」

「改心するなら成仏するわ。今日は暇つぶしでお山に来たんだけど、思いがけず喜べる事があったからこっちでも何かあるかなと思っただけよ」

 

「言う割には改悛(かいしゅん)してるじゃないか、何か入れ替えるような事でもあったかね?」

「入れ替えるってよりも取り戻すって感覚ね、忘れてた蟠りが消えてスッキリしたのよ。きっと」

 

 傷を受けたのは神奈子様からで諏訪子様からではないし、二柱を一緒くたにして考えるほどあたしは馬鹿ではないつもりだ。それに次は止めるよと仰ってくれたわけだし、いつまでも怖がっていては諏訪子様とこうして話せない。

 それははつまらない。

 

 

 会えば今のように心を見透かされるがされたところで相手は天上、いや地上の神様なのだ何も気にすることはない、それに言われたことは実感こそあまり感じられないが事実だろうし、言われて悪い気分にもならない。

 以前なら見透かされた事に驚き身構えただろうが、今はさして大事だと思えなくなったわけだし‥‥なんというか悟りを開いた気分?

 どっかに新しい目でも出来たかね?できればあの覚り妖怪のようなジト目ではなくもっと可愛らしい瞳だとありがたいが。

 

「悩んだ顔して自分の体を弄って本当にどうしたい? 発情でもしたかい?」

「さとりを開けた気がしたから目が増えてないか確認してるのよ、発情したって相手がいないもの。悶々とするだけで楽しくないわ」

 

「はははっ枯れた生活してるねぇ、子孫を残すってのも存外悪くないもんだよ?」

 

 余計なお世話だ、子孫を残そうと考えるほど繁栄したいと思っていないし自分に似たようなのが大勢いたら厄介事が増えそうで困るから勘弁願いたい。

 しかし、外で出会った時に神社で暮らしていたあの風祝が死んだ時、散々泣きはらしていたくせにそれでも子孫を残すのも悪くないと仰るのか‥‥置いていかれるのはいつまでも親の諏訪子様だというのに。

 

「涙脆くなったからわざわざ別れを作る気にはならないわ、そういえば旦那様と娘は?」

「旦那なら本殿で待ってるさ、意固地になって参拝済ますまでは出ないんだと。娘はあっちの巫女の方」

 

 商売敵の割に仲のよろしい少女達だこと、この前の花見にもいたし同年代で会話も弾んであたしが考えるよりももっと気安いお友達ってところなのかね。

 それよりも意固地になるって近寄りにくい原因を自分からあたしにやらかしておいて何を仰っているのやら、そんな事聞いたら参拝遅らせるしかないじゃない。

 

「諏訪子様久しぶりにデートしない? 人里に贔屓の甘味処があるのよ」

「悪くない誘いだが、一応身内を立てねばならん。気持ちはわかるがたまにゃ素直なところを見せてやりなよ」

 

 フラレてしまったし、致し方ない。

 いつものように参拝を済ませ太くデカイ注連縄の後ろに下がる呼び鈴をガランガランと鳴らす。本殿の中央に何か気圧されるような威圧されるような気が集まると、片膝立てて不遜に笑いあたしを見据えるお方が顕現される。

 

「我を呼ぶのは誰ぞ?」

「あたしは呼んではいないわよ? でも形式って大事だし呼び鈴は鳴らしてみたわ」

 

「ほう、ただの古狸風情が我の社でイタズラか‥‥剥いで敷かれたいのか?」

「いつまでもその調子なら顔も出したし戻るわ、諏訪子様に再度申し込みたいし」

 

 言い切り振り向く、そのまま背中においだのコラだの聞こえてくるがそれは無視して笑顔であたしを見つめてくれる諏訪子様へと歩み寄ると、諦めたのか、大きな溜息があたしの耳に届いたあたりで振り返り本殿へと歩み戻る。

 

「久々なんだ、もう少し私と話すことはないのかい? アヤメ」

「不遜な神様状態の神奈子様は嫌いだもの、最初からそうしてくれればいいのに」

 

 腕を組み苦笑を浮かべる守矢神社の表の祭神、八坂神奈子様。

 何か思いついたり神様らしく神事を執り行う場合は我などと口調を変えて尊厳さや偉大さを表し魅せる器用な軍神様。ただ普段使いは今のように私となり、偉大さや尊厳さは影を潜ませ一緒に酒を飲んで笑い合える気さくな天の神様になる。常にこっちの顔でいてくれればあたしも毛嫌いしないのに、そうもいかないとはあたしもわかってはいるが。

 

「あたし以外に奥さんしかいないんだから形式も何もないと思うんだけど? ああそうだ、本年も変わらぬご交誼のほどお願い申し上げます、神奈子様」

「初詣にしちゃ随分ゆっくりだねぇ、私にも都合があるのよ。参拝客にはそれなりの姿を見せないと客に失礼だわ」

 

 そのそれなりの姿のせいで一人の洩矢信者の足が遠のいているわけだがそこはいいのか。

 神奈子様への信仰心が増えるわけじゃないだろうが、身内の力が強まるなら改めてもいいと思うのに、その辺はあれか天津神と国津神で考え方の相違があるのか?

 幻想郷の野良神様連柱といいここの二柱といい変わった方々だ。

 まあいいか、神様事情なんて妖獣には関係ない。

 

「花見は守矢神社へ! なんてビラを見たから初詣を思い出したのよ、それよりあのビラ誰が考えたの?桜なんて境内にないじゃない」

「あぁあれか、あれは私さ。山桜が綺麗だったからそれでいいやと思っただけ、本格的に花見する気なら山桜をこっちに移動するよ?」

 

「それはそれは、移動されないことを祈るわ。また守谷か! なんて騒がれても知らないわよ?」

「そうなったらまた神遊びするだけさ、木っ端しかいない引越し先かと思ったが・・思った以上に骨のある連中が多い。」

 

 骨のある連中ね、確かに一つの小さな世界にしては荒事大好き揉め事大好きな連中が多いかもしれない、格の高い連中も多いな、妖怪のくせに神代の時代から健康に気を使う長生きさんや、二ッ岩大明神の姐さんもいるか。

 というよりも神奈子様のところのお偉いさんに当たる人がいるが知らないのかね?

 顔を合わせることがないのか?

 かたや竹林から出てこないしこっちの神様も神社で暇しているばっかりだ、土地と強く根付いた土着神であらせられる諏訪子様とは違って、神奈子様なら何処へなりとも遊びまわってもおかしくないんだが‥‥あぁ河童のところに行ってるか、あの企み顔で。

 

「私と顔を合さない間に表情を変えるようになったなアヤメ、心を入れ替えたか?」

「その話はさっき諏訪子様としたわ、それに神奈子様のせいであたしは悲しい顔をするようになったのよ?」

 

「私? あぁ、あれか。技術の進歩に犠牲は付き物! 今もこうして健在なんだから細かいことは気にするな!」

「人のこと散々いじり倒して汚したくせに、奥さんと娘に白い目で見られたらいいのよ‥‥技術バカの神奈子様なんて嫌い」

 

 諏訪子様に抱きついて表情を隠す、確実にバレバレだがそんなことはどうでもいい。

 たまにはなにかやり返してやらないと気がすまないのだ、ここは楽しそうに笑う諏訪子様の慎ましい胸を借りて泣いてみせよう。

 

「諏訪子の胸で泣いてスッキリしたらまた手伝うか?大丈夫次は前よりマシだ、次は核融合の冷却に霧が使えないかと‥‥」

「それはダメ、どうしてもというなら力づくでどうにかするわ」

 

「珍しく言い切ったな、なんだ、あの地獄烏が気に入ったか?」 

「神奈子様と諏訪子様が風祝を想うのと近いくらいには気に入ってるわ、それに核融合は霧じゃ冷却しきれないのは実践済みよ? やる必要はないわ」

 

 少し前に地底の異変を思い出したからだろうか、普段なら煙に巻いてごまかすのだがこう真っ向から喧嘩を売るようなのはあたしらしくない、表情もあたしらしくないな、常に薄笑いで小馬鹿にしていたのが何処か冷めている……いつかの地底での喧嘩を思い出す。

 それでも訂正する気もないし、なったらなったで致し方ない、あたしの全力を持って嫌がらせをしながら逃げ回ろう。逃げ一徹すれば当分の間は安全だろうし、途中で紫でもとっ捕まえて外の世界にでも出してもらえればこの二柱では追ってこれないだろう。

 あたしも多分長くはいられないが、気持よくやられるよりは仕留め切れなかったと舌打ちさせるくらいにはなるだろう。

 

「久々に来て普段は見せない真剣な顔まで見せた、これは私が悪いね。謝ろうアヤメ、すまなかった」

「真剣な顔させるような事言うのが悪いのよ神奈子様、あたしも早苗をダシにしたしもういいわ」

 

 格上の方から先に頭を下げて頂いたのだ、これ以上突っかかる理由はない。

 それに出来れば荒事にはしたくない、神奈子様も会話を楽しめる大事な友人であることには変わりないのだから。気心知れた相手と血なまぐさいことをするなんて、どっかのウワバミ連中じゃあないんだ、引く時には引くのがあたしらしさだ。

 張り詰めていたものを霧散させていつものやる気ない表情に戻ると諏訪子様があたしの手を引き何かを仰る。

 

「二人のおかげで久々に楽しめた、あたしも気にしてないさ。それより早苗になんか吹き込んだだろう? 野菜炒めばっかりで困ってるんだ、アヤメがどうにかしてみせろ」 

「両親なら娘の花嫁修業くらい付き合ってあげなさいよ、味わえるうちに忘れないほど味わったほうがいいわ」

 

 片方の眉だけ上げてあたしを優しく睨む諏訪子様。

 以前の風祝が地に還った時も泣きはらして喚いたが、しばらくしてからあの子の作ったみそ汁の味を思い出せなくなったとまた泣きだしたんだ、なら今度は忘れないように娘の手料理の味を身に刻んだらいい。味が悪いというのなら多少の手ほどきくらいはやぶさかではないし、後々で娘を思い出した時にでもあの味は変な狸が教えたんだったかと薄くでも思いだしてくれればそれでいい。

 

 いなくなっても思い出してもらえればまた復活できるかもしれない。

 そんな小さな下心もなくはないが、古い友人からのちょっとした思いやり。

 泣く諏訪子様よりも祟り振り撒いて笑う諏訪子様のほうがあたしは好みなのだから。

 しばらくは家庭の事情を聞いていたが、神奈子様が新しく作った物があるという話になって社務所に上がり色々見た。氷の保冷庫や、紐を引くだけで灯る灯りなど、それなりに面白いものが多くなかなかに楽しめた神社探訪。

 押すだけでお湯が出るポットを見つけ、その形がいつか突っ込まれた蒸気機関のあれに思えてしまい苦い顔していたら二柱に笑われてしまった。

 

 また泣くべきか?

 いや泣いたところで指さして笑われるだけだろう。

 下々の者とは精神構造のちがう神様なのだし。 




少しだけヒールのついたくるぶし丈の編みブーツ。
着物にブーツ、ハイカラさんです。
アヤメはフーテンですけどね。


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