ついこの間までは山の景色が鮮やかに紅く染まっていたり,この身から吐かれる吐息が白く見えていたのに、今ではもう山桜が七部咲きといった雰囲気で緑にピンクと白が映える景色となっている。歳を重ねていく度に季節の移り変わりが早くなるように感じられるのは何故だろうか、何度か考えた事がある難題だが未だ正しい答えは出せていない。
もう何度目でいつ以来に思いついた事なのか、それを思い出す事も億劫なほどになってきている小さな難題。毎回真剣に悩んでいるわけではなく、こんな風に感じるから移り変わりを早いものとして捉えるようになったのかねと、それっぽい理由を当てはめるだけに留めている。
ちなみに今のあたしの中で推されている答えは人化出来るようになってから変わっていないもので、背が伸びたからというのが一番しっくりくる答えだと思っている。
四足ついて走り回っていた頃よりも視点が高くなり遠くまで見渡せて多くのモノが見られるようになった、という酷く単純な理由が今のところ納得出来ている答えだ。
視点が高くなり同時に視野も広がって、一度に得られる情報量が増えたと同時に多くの変化も見られるようになった、獣の頃の低い視点では見えなかった物、例えば草花の葉先。
四足だった頃は食べ物を探しに根を掘り返したり実を探したりするばかりで、少しずつ緑から黄へと変わる色やピンと張っていたものが萎びていく様子などを気にしてはいなかった。
愛でて眺め手に取るようになってから気がつけた小さな変化の一つ。
こういった小さな変化に気がつけるようになると、これは何にでもあるものなのだなと理解するまでそう時間は掛からなかった。
植物の葉以外にも水の温度や空の色など色々と身近なモノから感じ取れるが今は割愛しておこう、語るよりも自分で気が付いた方が面白いことのように思えるから。
余計なお節介を語るくらいなら、あたしを見下ろす様に枝に腰掛けながら色々と話しては、難しい顔で尻尾の様な茶髪を揺らしている少女でもからかったほうが楽しいはずだ。
「今日はどうしたの? あいつの代わりにあたしで暇つぶしとか御免こうむるんだけど?」
「あたしは貴女と違って盗み撮り出来ないから直接来ないと様子見できないもの、それに代わりだなんて思ってないわよ?」
普段は他人と触れ合う機会が少ないというこのお山の友人、あたしの一言ですぐ焦ってくれたり神妙な顔をしてくれたりと天狗の割には素直な少女。
さっきの一言もコレといった思惑を含めて言った言葉ではないのだが、言葉の何処かが気に入ったのか少し嬉しそうな鼻が高いといった表情を見せてくれている。
「ならいいけど、何しに来たのかは答えないのね」
「特にないんだけど、強いて言うなら会いに来たってとこね」
特に誰かに会いにというわけではない、ただ暇を持て余していたので誰でもいいからあたしの暇つぶし相手を探していただけの事。このお山に入ってすぐにあたしの前に出てきてくれる、いつもの真面目な白狼天狗は今日も生真面目に仕事をこなしていてつれない様子だったし、河童連中はなんだかよくわからない機械に没頭していて構ってくれなかった。
もう一人の天狗記者は自宅に行った所で今日もいないとわかりきっているし、神社に行くのは嫌だった。仕方がないから別のところへと思った時に、屋外では見かけることが少ない方の天狗記者を見かけて少し声を掛けただけなのだが。
何か嬉しい事でもあったのだろうか、頬に手を添えて恥ずかしそうな見た目の通りの可愛い笑顔を見せてくれている。
「取り敢えず降りてこない? このままだと首痛くなるし、さっきから見えっぱなしよ?」
「え?」
言うが早いか即飛び降りてあたしに食って掛かってくる、言うのが遅いだとかいつから見えてたのだとか他の誰にも見られてないよねだとか、キョロキョロと周囲を探りながら矢継ぎ早に言われてやかましい。
幻想郷の新聞記者は何かを話し続けていないと死ぬんだろうかという勢い、それでもこっちはまだ可愛いか、二つに結んだ長い茶髪とネクタイを揺らして顔を真赤にしながらチェック柄のスカートを抑える姿、あっちの記者では見られないだろう同じ天狗記者の可愛らしい少女の姿。
「最初から見えてたわ、てっきり見せているのかと」
「んなわけないでしょ! たまに外へ出たっていうのに最悪よ!」
「たまにしか出ないからその辺疎いんでしょうに、覗き見される気分はどう?」
「もっと早く言ってよ! それに嫌味まで言ってくれて! あたしのは覗き見じゃないわ念写よ念写、覗きは椛よ」
言われてみれば確かにそうか、こっちは盗撮であっちが覗き見だ。
覗き見と盗撮だとどちらが趣味が悪いだろうか?
片方は現在進行形のモノを感知されることなく、好きな時に一方的に覗き見る事ができる。
もう一方は念じてある程度の指向性を指定しそれに見合った景色を画像として出力する。
いつか言われた五十歩百歩が脳裏に浮かぶが強いてあたしの好みを言うなら覗き見のほうか、どこか遠くにあり通常では拝むこと叶わないモノを好きに見られるんだ。
暇がなくて素晴らしい、こんなに素晴らしい能力なのにあの子は自宅付近しか覗き見しないだなんて勿体ないとは思わないのか?
それともある程度の範囲しか覗いて見えないのだろうか、自己申告で『程度の能力』と言うくらいなのだしそうなのかもしれない。
ならこちらの念写記者はどうなのだろう?
こちらも同じように範囲制限があったりするのだろうか?
念じて写す程度と言うくらいだ、捉えたい景色を思い浮かべることが大事なのかもしれない。
とすれば、一度でも見たものならその景色を念じ思い起こすことが出来ればいつでも過去の思い出を見放題できる、これもこれで便利な能力だわ。
ただこの能力の持ち主にも問題があるな、せっかくの便利で楽しい能力を殺すように山に留まり外を見ない。やりようによってはあっちの、清くも正しくもない新聞記者の記事よりも面白いものが書けると思うのだが。
「どうしたの? 黙るなんて珍しいわよ?」
「素晴らしいモノを持っているのにそれを活かさない友人達を哀れんでいたのよ」
「実力を活かさず隠して笑ってる誰かに言われたくないわ‥‥実力といえば、お魚ご馳走様。あれって桜の香り?燻すといい匂いになるのね」
「隠すのは天狗でしょ?あたしは惜しむのよ、口にあったなら良かったわ‥‥予想していた通りに感想も聞けたし、会えて良かったわ」
以前に予想したとおり文はおすそ分けをしてくれたらしい、文からではなく食べた本人から直接感想を聞けて作り手としては本望だ。あたしの会えて良かったという言葉を聞いて、嬉しそうな顔であの時の魚の写真を見せつけてくれる今どきの念写記者。
自画自賛するわけではないのだが、何故かはたての撮る料理や食材の写真はどれも旨そうに見える。今見せてくれている写真も光の差し込み方からそう見えるのか、燻された皮目の茶が綺麗に濃淡するように写り今にも香ばしい匂いが香ってきそうだ。
「念写より実物撮ったほうが上手ね、はたて」
「余計な事言わないで、綺麗な写真ねの一言でいいんだけど‥‥写真を褒められたのに変わりはないから今日は許すわ気分いいし」
「名の通り海のように寛大で嬉しいわ、そういや外の世界の念写も出来るの?」
「あたしの見ていた外の世界ならね、今の外は見たことないから最近の風景は念じても写らないわよ?」
それでもいいとお願いして一枚念写してくれるように頼んでみたら、一枚姿を撮らせてくれればと言われたので仕方なくポーズを撮った。
恥ずかしさなど感じる事もなく愛らしいポーズを取ってやったのにその場で撮影される事はなく、後で念写した写真を渡すから楽しみにしていろとの事だった。
一体何を取られるのか、少しの期待と疑い混ぜて楽しみにしておくと伝えた。
「で、何を念写したらいいの?」
「海よ、口に出したら見たいと思ったのよ。幻想郷では見られないし何時の時代のものでもいいわ」
「あ~海ないもんね、言われるまで気にしてなかったわ。どれ、期待されてるようだし頑張りましょう」
今まで騒いでいたのが嘘のように静かに集中して携えたカメラに念を込める、ここまで集中しなくても気軽に撮れると見知っているがどうやら期待に応えようとしてくれているらしい。
数秒の静寂の後カシャっとカメラの音がなり、はたての念じた風景が映し出された。
「訂正するわ、念写も上手ね」
「たまには集中してみるもんだわ、念じた以上にいい絵が撮れた」
はたてと二人顔を並べてカメラを覗く、そこには一枚の原風景が映しだされていた。
高く高くそびえる山々、頂には雲が掛かり山の緑に濃淡を描くように霞み広がる。
その山々の山頂から流れるように広大に広が続く濃い緑の原生林、人工的なモノなど一切見えない美しい自然。
その自然を味わうように視線を舐め上げて行くと遠くに広がる青の円、水平線というやつだったか濃淡のある青が丸く広がりどこまでも続くように見えた。
「海って言われたのにこれは別よね? 自然?」
「いやいや期待以上だわ、後で焼きましして頂戴。今日は来てよかったわ、はたてに会えていいモノが見られた」
あたしの記憶からも失われていた遠い昔の一枚絵。
日の本の国の原風景をもう一度拝めるとは思わず、素直にはたてに感謝した。
撮影者も鼻が高いといった風でいつもより胸を張り、してやったりという表情だ。
褒めっぱなしは柄ではないので少し落としどころを作ろうと思った。
滅多に拝めるものじゃない、とてもいいモノよね。
と、誰かがさっきしていたように恥ずかしそうにスカートを抑えて上目遣いで睨んでみると、伸ばした鼻が元に戻りまた喚きだした。
髪を揺らして騒ぐ姿を見て、写真を撮り自画自賛する姿はあっちが似合うけど、こっちの記者はいつも通りの騒がしく可愛らしい姿のが似合うわ、と一人頷き笑った。