東方狸囃子   作:ほりごたつ

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予定としては3話構成になる予定です




~地霊組小話その壱~
第六話 主従と約束時々昔話 ~上~


 いつもの夜、いつもの竹林、いつもの屋台。

 長椅子に座りいつものように酒を飲み、いつものように肴をつまむ。

 正面ではいつものようにミスティアが微笑んでいる。

 お気に入りの空間でお気に入りの時間を楽しむ、いつも通りの良い夜。

 

 ただ、いつもとは少しだけ変わっている景色が一点。

 アヤメの座る長椅子の逆側で九本の尻尾が揺れている。

 あの妖怪の賢者、八雲紫の式である八雲藍が座っているのだ。

 藍自身も金毛九尾の狐という妖獣としては頂点にいるだろう大妖怪なのだが、八雲紫の式術での強化も合わさり、この幻想郷で逆らう妖怪を探すのが大変な大物だ。

 そんな大物がなぜ一妖怪のアヤメと肩を並べて飲んでいるのか?

 並んで座るアヤメからは緊張の気配は感じられない、屋台の女将も特に焦ったり恐れたりすることなく、慣れた手つきで切り盛りしている。

 なぜこうなっているのか、これから語られるだろう彼女達の昔話を聞いてみよう。

 

〆 

  

「いつも通り好きに頼め」

「言われずとも、いつも通りにするわ」

 

「それならばよいのだが、約束なのだから好きなだけ飲み食いしてくれていいのだぞ?」

「言われずとも、好きにしているわ」

 

 二人共見ているのは手元の料理と酒、互いの顔を見ずに会話をしている。 

 

「いつも通りご機嫌斜めか、やはり気に入らないか?」

 

 確かにいつものアヤメより酒を楽しめていないように見える。

 

「そうね、式に押し付けて本人は寝こけているってところがいつも気に入らない」

 

 素直に文句を述べる、だが声色には怒りはなく呆れが込められたものだ。

 

「そう言ってくれるな。冬眠期に入られてしまったんだ、紫様も本当は同席したいといつも仰られているぞ」

 

 こちらも素直に返事する、いつものやりとりといった返事だ。

 

「なんとでも言えるけど本当はどうだか、でもここは藍を立ててそういう事にしましょ。貴方も毎回押し付けられて大変ね」

 

 年に一度、この九尾の狐と飲み明かすことがその年の締めとも言えるくらいの恒例行事となっている、そして話し始めはいつも誰かさんへの悪口だ。

 

「私はあの方の式だ、命とあらば大変だと思うことなどないさ」

「ああそう、狸と飲んで来いって命令は結構な面倒事だったと思うけど?」

 

 初めてアヤメが藍の方を見た、友人にだけ見せる気安い笑顔を浮かべて。

 

「最初はそうだったな、けれど今ではちょっとした『気晴らし』にはなっている」

 

 気晴らしと聞いてほんの少し落ち込む姿勢を見せると、

 

「あら『楽しみ』とは言ってもらえないのね?」

 

 と、科を作って詰め寄り藍の手を取る。

 

「なんだ、そう言わせたいのか?」

 

 気にすることもなく平然と答えられると態度を戻し、

 

「たまには色のあることでも言ってみたら面白いのに、という話よ。でも藍が言っても素なのか狙ってなのかわからないから『気晴らし』でいいわ」

 

 フフっと笑い酒を煽った。

 

「なら良いではないか、相変わらずよくわからんことを言うな」

「少しだけ女心を教えてあげたのよ、嫌味にもならなかったけど」

 

 位にも介さない藍を横目にコップを見つめる。

 

「その辺りは紫様の分野だ、私がそうした機微に疎いのはわかっているだろう?」

「かつて国傾けて遊んでたやつのいうことじゃないね」

 

「あれはそう見える幻術で、そうしたほうが楽だったというだけだ。そういったものを素面で面白がるのは我が主だけで十分だと思ったが、変なところだけ紫様に似ているな。付き合い方を考えなければならんのだろうか」

 

 言い終わると小さな溜息をつく藍。

 

「似てるとかやめて、あんなに胡散臭くないわ」

 

 アヤメの方はゲンナリとした表情を見せた。

 顔は合わせない二人だが、どちらの表情も普段より少し緩いように見える。

 屋台で酒盛りを始めて結構な時間が過ぎ、二人共気持ちよくなる程度に時間が流れたからだろうか。二人の会話が止まり一瞬無音の空間が出来ると、静寂を破るようにミスティアに切り出した。

 

「お狐様と狸さんだし、険悪かと思っていたら逆なんですね。お熱い事で」

 

 そう言いながら酒を注いでくるミスティアに畳み掛けられた。

 

「いつからなんですか? いつ一緒になるんです? 式には呼んでくださいね、私歌いますから。やっぱり晴れの雨降りの日? でもアヤメさんのほうがお嫁さんって感じでしたよね、さっきのは」

 

 そう話しながら先程のアヤメと藍のやりとりを真似る。

 姿こそ華奢な少女に見えるがさすがに妖怪だ、少しだけ色気の見える仕草をする。

 

「残念ながらそういうんじゃないよ、律儀に約束を守ってくれているだけだ。共通の相手に対しての愚痴仲間ではあるけどね」

「そうだな、そんなところだな」 

 

 クスっと笑うと藍も合わせて小さく笑った。

 

〆〆 

 

 以前に八雲紫から受けたお使いのお礼として、たまに好きなだけ飲み食いさせろ、と約束を取り付けた事があった。書面に残すような大げさなものではなくただの口約束だったのだが、毎年の恒例行事と言えるようになるまで約束通り付き合ってくれている。胡散臭さが服を着て歩いていると評判の妖怪だが、これは素直に感心できた。

 けれど一度も八雲紫本人と卓を囲んだことはない。変わりにいつも式が来る。

 最初は、面倒だからとか、あたしとの約束を嫌がらせに使うつもりだとか、そんな風に考えていた。藍は主の命を破らないし、あたしも事を構えることはないと踏んで、狸と狐の気まずい酒盛りというのを演出したかったのだろう。

 ところが、紫の狙い通りとは行かずに、狸と狐は意外と気が合い談笑をする程度の仲になってしまった。これは思う所とちがう着地点だろう 少しは悔しがれと思っていたのだが、最近はこうなることを見越して式に任せるようにしたのかな。と思えるようになってきた。

 

 八雲紫は冬眠中、外界との繋がりを断ち切って深く眠る。

 それこそ自身の式との繋がりも薄くなるほどの深い眠りだ。通常時であれば全て把握出来る式の行動や言動も、眠りに落ちると少しだけわからなくなる、なんて言ってたが普段から全部見てはいないようだし、起きていようが寝ていようが然程違いはなさそうなのだけれどね。

 それでこの宴会に話を戻すが、約束を果たすため、と向こうから日にちを指定してきてくれるのがお決まりで、日にちの方も決まって紫が冬眠に入ってからの日取りになっていた。ちょっとの酒飲み話に付き合うのも面倒なら約束なんぞ破ってしまえばいいのにと最初は思っていたが、藍からの話を聞く限り狙ってやっているそうで、そうする裏が何かしらあるのだろう。

 

 ソレについて藍と二人で語り合った事も過去にあった。これは藍が考えた考察で主に対する忠誠心混じりの話になるから、よい点ばかりが目立つ考察だが、そこは藍の心情を察して聞いて欲しい。

 繋がりの薄くなる時期を狙うのは たまにはゆっくりしてきなさい、という親心。

 紫様が来ないのは 気の合う友人と愚痴でもなんでも言ってらっしゃい、という親心。

 全ては私を気遣い思ってくださっての事だ、と藍の中で結論づけられたようだ。

 主従にとってとても都合の良い考え方なのだが、まあこれもいいかと思っている。

 主を信じて話す友人が楽しそうに見えたからだ。

 こういう利用のされ方なら、それほど悪い気もしない。

 

「約束ですか、どんな約束をしたんです?」

 

 先程の浮いた雰囲気は消え、すっかり女将に戻ったミスティアから質問を受ける。

 

「以前にちょっとお使い頼まれてね、その報酬に好きに飲み食いさせろって約束させたのよ」

 

〆〆

 

 ああ、これは面倒な事になった‥‥

 なんで朝からこうなっているんだ、今あたしの顔には不満と書いてあるに違いない。

 目覚めると我が家にスキマ妖怪がいるのだ。

 勝手に茶を淹れ一人飲んでいるのだ。

 あぁこれは夢だなと、もう一度横になるつもりで体を倒すが、あるはずの床に吸い込まれる。

 一瞬の浮遊感を感じた後、見慣れた我が家の卓の前に落っことされる。

 

「客が来ているのよ? お茶は自分で淹れたからもてなしはいいけれど、とりあえず起きてくれないかしら」

 

 そう話しかけられ、体を起こされる。

 

「おはよう、用はないから一服終えたら帰ってくれると嬉しいんだけど」

 

 要件はない、当たり前だ。紫と会わなければならないような用事は作らないし、もし出来てしまったら別の方法を探すだろう。そう思えるくらいに紫に関わると厄介事が多い。

 

「つれないのね、久しぶりなんだし少しは喜んでくれると思ったのに」

 

 とても切ない表情を見せる妖怪の賢者様、大した役者だ。心にもない事を言いながらそれだけの表情が作れるとは。赤の他人が見たら確実に勘違いされるに違いない、紫を知っている相手には何の効果もないが。

 

「久しぶりね紫さん、会えて嬉しいわ さようなら」

「貴女は本当に‥‥まあいいわ今日はお願いがあって来てみたの、お話いいかしら?」

 

 この通り、あたしには効果がない。あたしが本当になんなのか、何を言いかけたのか続きが気にはなるが、気にすると負けだ早く進めて終わらそう。

 

「拒否権はないんでしょう? 仕方ないから話だけならいくらでも聞いてあげるよ」

「そう、では一言で済ませますわ」

 

――貴方に地獄に落ちてもらいたいの

 賢者様の口からはこれだけが発せられた。

 

「寝起きで地獄に落ちろとはひどいね、泣きそう」

 

 心情としては正しいだろう、布団から出され、死ねと言われたのだ。泣いてもいいくらいの言われようだが、今の言葉は別の意味合いでの言いっぷりだろう。幻想郷での「地獄に落ちろ」はちがう意味も持っている。使い方はそのままだが意味が変わるというか、行動になるのだ。

 

「泣いてもいいわよ、それでも地獄には行ってもらうから」

 

 扇で口元を隠され、話される。

 よく見る姿。こういう時は本当に泣き顔が見たいか、いいから話を進めましょうという時だ。言われっぱなしは悔しいから本当に泣いてやろうかと思ったが、茶化す材料をわざわざ増やすだけなのでやめた。

 

「はぁ……で、旧地獄でなにするの?」

「八雲の使いになってもらいたいのよ」

 

 行動になるとはこういう事だ。

 旧地獄跡地。この幻想郷の地下深く、地上の世界よりも広い地底世界。その昔本来の意味の地獄の一部だったのだが、地獄の経費削減の為スリム化と称して切り捨てられた土地だ。そこに行けってのが起こされた理由らしい。

 

「そういったお仕事ならあたしよりも向いてる優秀な狐様がいると思うの」

「今回は八雲の名前がないほうが都合がいいのよ、弾幕ごっこは知っているでしょう? あれが旧地獄でもルールとして受け入れられているか見てきて欲しいの」

 

 なるほど、見物してこいという事か。

 物見遊山とはならない物騒な見物になる事請け合いだが。 

 

「出会った妖怪に片っ端から喧嘩を売ってこいってこと?」

「違いますわ、野蛮ねぇ。喧嘩を売られた時だけでいいわ」

 

「喧嘩待ちするなら八雲の名前を出した方が旧地獄ではいいと思うけど?」

 

 八雲の名前は恐れられている、が同時に恨まれもしているだろう。幻想郷のワンマン社長だ、不平不満を持つ輩もいる。地底に篭った妖怪たちはまさに不平不満を持つ者達で、八雲と聞けば地上なら安全な傘になるが、地底なら喧嘩買いますという売値札にもなりえるだろう。

 

「どういうことかわかりませんわね、今回は『八雲』から見える景色よりも一妖怪から見られる話が聞きたいのよ」

 

 白々しい、が何も言わない。後が怖いからだ。とりあえずあたしに持ってきた理由でも聞こう。

 

「なんであたしなの? もっと真面目に仕事する奴に任せるべきじゃないかしら? お山の哨戒天狗とか真面目よ? なんなら紹介するわよ?」

「アヤメなら相手を殺めることはないだろうし、多分殺される事もないと思えるからよ。程々に手抜きして程々に楽しんできてくれそうですし、適任だと思えましたの」

 

「まるで見たかのように言われているわね。まあいいわ、どうせ断れないんだろうし、行ってくる」

 

 使いの件を了承すると、穏やかな笑みを浮かべる紫。

 胡散臭さの少ない笑みは珍しいので少し眺めた。

 

「ありがとう、きっと断らないと思っていましたわ。お使いの報酬はどうしようかしら? 余程の事でなければなんでも聞くわよ?」

「じゃあ頃合いは任せるから、好きに飲み食いさせて」

 

「あら、そんな事でいいの? もっと余程の事でもいいのに」

「変にお願いするときっと後が面倒、今回はこれでいいわ」

 

 仏頂面でそう伝えてみても紫の表情は変わらず、どこか裏を感じるままの笑顔だ。下手にゴネたりすれば本当に面倒事が増えるところだったのかもしれない、危なかった。

 危機はさったと安堵しつつ、取り敢えず快諾してしまったし、言われたお使いとやらをさっさと済ませて帰ってこようと気を入れ考える。見るなら旧都が適所だろうし、ちょっとぶらついてくればいいかな、そう考えていると‥‥

 

「旧都の中心に地霊殿という建物がありますわ、そこへの言伝も一緒に届けてちょうだいね。一言、楽しめているかしら? と聞いてくれればいいから」 

 

「話終えて追加の要件はずるくない、紫さん」

「話は終わり、なんて言ったかしら? 話の途中でわかったと言ってくれたから嬉しかったのに、私」

 

 胡散臭く笑われる。

 一番良く見る、一番見たくない笑い顔だった。

 

「……早まった?」

「いいえ、もう遅いわよ? それじゃあよろしくね。急ぎではないけど出発が早いと嬉しいわ」

 

「今日明日には出ろと聞こえたからすぐにでも行くわよ」

 

 まだ頭の回らない寝起きを狙って話を持ってきた理由はこれか、とため息をつきながら出発準備を整え始めた。


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