余計な遊びなどするんじゃなかった。
妖怪神社の台所で仕込んだ煮込みの味を見ながらそう思っている。
初詣に訪れた際に霊夢に振る舞った食事が気に入られてしまったようで、今日は昼間から忙しく料理番をさせられている。
紫が買い足して、いや何処かから集めてきた食材を使い簡単な炒めものを一品。
持ち込んだ季節の野菜、山うど筍ふきのとう辺りの天ぷらをちょろっと揚げて食わせただけだったのだが、一口食ってから少し止まり、その後何も文句を言わずに綺麗に平らげてくれたのは嬉しかったが、何を気に入ったのか教えてくれると尚嬉しく思える。
紅白は自分で揚げると衣がサクッと揚がらないなんて言っていたが、衣にわずかに酢を入れたりだとか玉子は白身だけ使えとか少し教えてみたら後日に上手く出来たと返事をくれた。
少しのアドバイスを聞いただけでそれを実践し、うまく成功させるのだから、あのぐうたらでおめでたい巫女にも料理の才能があるのかもしれない。普通なら一度上手くいくと続けてやるようになったりするものだが、あの巫女は一回出来ればいつでも出来るからもういいわなんて言ってまた怠けている。上手なのに勿体ないと窘めてみたら、あんたにだけは言われたくない言葉だわと嫌味を返されてしまった。
ご尤もで言い返せない。
「そろそろ一服したいんだけど?」
「煙草中毒なのに腕がいいってなんだか皮肉ですね」
「腕より舌のが自信はあるわよ? 試してみる?」
科を作って妖艶に微笑み、下唇を少しだけ舐める。
頬を赤らめて後ろに飛び退かれたが、あたしがクスクスと笑い出すと小馬鹿にされたのを理解して怒りだしてしまった。蛇とカエルの飾りをつけた長い緑色の髪を揺らしながらあたしに詰め寄りちょっとした脅迫をしてくる山の巫女。
「そうやって人を馬鹿にしてると、分社からお呼びしますからね!」
「それはされたくないわ、貴女の分だけ唐辛子を大量投入しておいて喉を潰そうかしら?」
念じるだけで呼び出せるならお手上げだがさすがに身内といえど神様、祝詞くらいはあげるものだと思いあたしも脅迫してみた。
それで引いてくれたのか真面目に返答をしてくれるお山の神社の風祝。
「それは困りますね、美味しいと評判の物は美味しく頂きたいです」
「褒めてくれた事にして勘弁してあげるわ、それより霊夢から聞いたの?」
「いえ諏訪子様から伺っていました、実際にこの目で見るまで信用出来なかったんですけど‥‥確かに手際はいいしその煮込みも美味しそうです」
「全部が全部素直に話すのもいいけど、隠してもいいところは言うべきではないわ」
言葉の頭とケツだけだったなら褒め言葉として受け止めてもいいのに、間に余計な言葉を挟むからダメなのだ。真っ直ぐさが売りな子だと思っていたが、なるほど以前にこの子の先祖が言っていた通りまだまだ頭の硬い少女だ。
いずれはあの土着神のようになるのだろうが、あそこまで神様らしくはなりそうにないな、現人神といえどこの子は人らしさが強い。だからこそ力づくでこないで褒めて折れる柔軟さを持てるのだろうが、そういう良い面は失くさずにいてもらいたい。
「まあいいわ、それより一服したいんだけど?」
「仕方がないですね、少しだけ時間を許します。すぐ戻ってくださいね」
「感謝しますわ、東風谷料理長」
「いえいえいいんです、心を広く持つのも宗教家として大事だと、八坂様も仰っていましたし」
あの神奈子様が言う心の広さというのはどういうものだろうか、出来れば新しい物に飛びつく好奇心は狭いままでいてもらいたいが、もう遅いか?
目を輝かせて『常識にとらわれてはいけないんですね!』なんて声高に叫ぶくらいだ、きっと手遅れになっているだろう。
料理の方も下ごしらえのいるものは大方済ませたし、後は参加者が集まってから調理したほうがいいだろう。熱いものは熱く冷たいものは冷たく頂いたほうが料理を楽しめるというものだ、ついでに言うならどうせ来るだろう咲夜辺りに投げればあたしが楽できる。
早苗が持ち込んであたしが借り受けた割烹着を脱ぎ衣紋掛けに通して、縁側で足を投げ出して煙管を咥える、手のひらでコロコロと葉を纏め妖術で火を付けてポンと投げ煙管で拾い受けた、それを見ていた別の緑色に声をかけられる。
「いつも思うんですが、熱くないんですか?」
「慣れればどうってことないわ、貴女だって慣れてるから涼しくないでしょ?それ」
声をかけてきた緑色の肩より少し上に浮かぶ片割れを煙管で指す、指されたことに驚きでもしたのかくるりと逆の肩へと逃げられてしまった。
この子の祖父のは撫でたことがあるが、プニモチッとしていながらひんやりと冷たい、中々に面白い感触だったのは覚えている。
あたしの持ち込んだ賭け事に負けてくれていた頃は自由に触れたのだが、いつからかあたしが負け続けるようになってしまい触れられなくなってしまった半霊が懐かしい。
「そういうものではないと思うんですが?」
「あたしにとっては妖夢の半霊みたいなものなのよ」
話しながら煙を燻らせ灰色の半霊を形取る、妖夢から見て鏡になるようにあたしの肩辺りに浮かばせるとなんとなく察したのか納得したような表情を見せた。
そういえばこの子の半霊はまだ触れたことがない、この子の祖父がいなくなり賭け事の相手がこの孫娘に変わってから勝ち続けているが報酬を払ってもらったことがなかった。
当たり前のようにあたしの勝ちが続いているので気にしたことがなかった、今年の夏にでも貯まった報酬の一括返済という事で一日好きに触触らせてもらうか。
「爺さんはプニモチッとしてたけど妖夢も同じなのかしら?」
「ぷにもち? ああ私の場合はツルッとしてますよ、お陰で幽々子様に捕まり困ることがあります」
視線と言葉から理解してくれたのだろう、欲しかった答えを語ってくれた。
幽々子が気に入って捕まえるということは悪い感触ではないのだろう、これは少し期待してもいいかもしれない。
しかしツルッとしているのか、やはりまだまだ若いから張りがあるのだろうか?いつか妹妖怪に言われたことを思い出し軽く笑みを浮かべてしまった。
「なんだか雰囲気が柔らかくなりました?」
「柔らかいけど張りがあると評判よ?試したい?」
つい先程の台所で見せたような妖艶な表情を浮かべ胸を強調しながら迫ってみる、すると反応も風祝と同じような物が返ってきて思わず笑ってしまった。本当に、異変で出くわすと面倒で厄介な者達だというのに普段の生活では見た目そのままの少女達で可愛いものだ。
初心な少女ばかりでからかう相手に困らない楽しい環境である。
「幽々子様に同じことすると本当に頂かれちゃいますからね!」
「幽々子なら夏場がいいわ、きっとひんやりしていて気持ちよさそうだし」
「なんだか会話が成立していない気がしますが、何がおかしいのかわからないのが悔しいですね」
「あと数十年くらいすれば妖夢も覚えているかもしれないわ、はまってるかもしれないけど」
何のことですか?
と、こちらの従者も素直な反応を見せてくれる、緑色ってのはなにか弄りやすい人が好む色なんだろうか。思い浮かぶ緑色は大体弄り回して楽しい人達ばっかりだ、弄り過ぎて怒らせると後が恐ろしいところまでそっくりとは面白い。
「そういえばお台所はもういいんですか?」
「飽きたからいいのよ、それにどれだけ頑張っても今日は幽々子がいるんでしょ?」
何も言い返されず苦笑するだけ、幽々子も食の方へと執着心が向いてなければ人並みの量で十分なのだがこの反応を見る限り今日は期待はできそうもない。
それなら諦めも肝心というもの、あたしは諦めの早さにも定評があるんだ。
せめて最初だけはそれなりに料理を出してみて後はテキトウにどうにかすればいいか、面倒なら鍋ごと預ければいいわけだし。
「戻ってくるのが遅いです! 長々サボっていると神奈子様をお呼びしますよ!」
「あんまり親の威を借りる事ばっかりしてると呆れられるわよ?」
台所で待つのに痺れを切らしたのか、ドスドスと足音を立てながら再度の脅迫をしてくれる現人神。それでもあたしの一言でぐぬぬと言葉に詰まり反撃の言葉が見つからなくなる辺り、さすがにまだまだ若い。早苗のご両親だったら絶えず休まず口撃が飛んできてあたしが面倒になり折れることが多いのだが、そうなるのはいつの日になるのだろうか?
神霊となり信仰を集めて力を蓄えられたとしても、この子の場合はこのまま変わりそうにない気がする。
「そもそも竈一つであたし一人ってのが問題だと思うのよね、需要と供給が崩れてると思わない?」
「そうですねぇ言われてみれば苦しい気がします」
気持ちを伝えるなら正面を見据えてモノを吐いた方が伝わりやすい、相手が素直なこの子たちならなおさらだ。緑の巫女と緑の従者に挟まれたので緑の瞳をした友人、無意識で話す子を真似て意識せず正直に願望を述べてみた。
「そう思うなら自宅で何か作って持ってきて、あたしは楽したい」
「正面から顔を見据えてそういう事いう人ってあまりいないですよね」
「あたしは正直者の狸さんなの、嘘ついて舌抜かれたら商売上がったりだもの」
「現在進行形で嘘ついている気がします」
「自分に正直だから嘘なんてまだついてないわよ?それにどうせつくならばれないように嘘をつくわ」
「最終的に嘘をつくことに変わりはないんですね、閻魔様とか宴会に来ないかなぁ」
それは困る。
嘘やら舌を引っこ抜かれるやらはどうでもいいが白黒はっきり付けられたら灰色のあたしは消えてしまうかもしれない。曖昧にぼかしてふらふらしているのが取り柄だと思っているのに、きっちり仕分けされたらあたしの自我同一性が崩壊してしまいそうだ。
皆あの説教が嫌だと言うがあたしは特に気にしていない、聞き流せるようあの赤い髪の部下の方にでも逸らせばいいのだから。
「やっぱり閻魔様は怖いんですね」
「だって説教長いじゃない」
「舌とかはいいんですか?」
「抜かれたら生やせばいいのよ、調子にのって二枚くらいにしてもいいわね」
べーと舌を出してはにかんでみせると従者二人に呆れられてしまった、反応を見る分にはそれなりに面白いが会話のやりとりをするのはまだ早いか。
どちらも保護者は楽しい会話相手なのだが、早くそうなってくれれば嬉しいと思う反面見習わないでほしい反面、少し複雑だ。
「さて、休憩も十分しましたし残りを片付けましょう!」
「残りといっても後は炒めたり盛り付けたり運ぶだけでしょ? 二人でやってよ、お年寄りは疲れたわ」
「こういう時だけ年配ぶるのはずるいので却下です、さぁ行きましょう」
右腕と左腕両方を抱えられ踵を引きずられながら縁側から台所へと引きずられていく、なんだか捕まり連行される姿に思えた。
きっとこのまま茹で上げられ出汁を取られ狸汁にでもされてしまい幽々子の腹におさまるのだろう‥‥って、それはあたしではなくてもっと有名な狸さんの役目だったか。
〆
あれから散々駄々をこねて、妖夢と早苗の心を折り、あたしが現場監督になり二人に作業を引き継いでもらった、読み違えたのか咲夜は来ないままで人間組勢揃いとはならないようだ。
人数も後から幽々子が来たくらいで巫女二人に霊二人狸一人と小さな宴会となった。
そういえば炒めものに使っていた、あたしの持ち込んだ小ぶりで深めに作られた中華鍋を気に入ったのか、何処で買ったのか聞かれたので、紅魔館の門番から譲ってもらったと教えておいた。
毎日毎日突っ立っているだけで暇していそうな友人に、あたしから暇を潰せる少しの刺激を届けてあげる粋な計らいをしておいた。
多分気も合うだろう、真面目だし従者だし緑だし緑だし。
どうなったのか後で話を聞いてみよう。
「自分で作った時はべシャッとするんですけどなんで野菜がシャキッとしたまま火が通るんです、これ?」
「炒める前に油通したでしょ?そのおかげ」
少しのアドバイスを伝えその通りに早苗の作ったタダの野菜炒め、それを見ていた妖夢に食べながらおさらいをする。
あたしの作るものはほとんどが我流だったがこっちに来てミスティアや美鈴に教わった物が増えた、さっきの油通しも美鈴に教わったものだ。
高温の油に通すことで熱を通しても野菜の歯ごたえを残したまま火を通せる、他にも使える便利な調理方法だ。
「豚さんのモツなんてあまり食べないけど美味しいのね、アヤメ毎日うちに来ない?」
「幽々子の食事を毎食作るのは簡便だわ、あたしの胃が痛くなりそうだもの」
「狸の胃って美味しいのかしら?」
「牛の胃なら炭火で焼くと美味しいわ、辛味噌ダレで下味つけてから焼くの」
元々の狸の習性からくるのだろうか、嫌いな食べ物なんてない雑食だし血の滴る肉も臓物も美味しく頂ける。
そういえば幻想郷では内蔵を食べる習慣はあまりないらしい、あたしも妖怪として味わっていなければ食べなかったかもしれないが今は味を覚えてしまいたまに食べたくなる。
どの種族のとは敢えて言わないが。
「モツの煮込みに生姜って入れるんでしたっけ?」
「作る人によるでしょ、あたしは好きだから多めに入れるだけ」
「ひとかけを摩り下ろして臭み取りにするくらいはわかりますが、結構入ってますよね?」
「丸々一個、細かい千切りに刻んで入ってるわ。たまに噛んだ時の爽やかさと歯ざわりが好みなのよ、それに冷え性や肌とか美容にもいいのよ生姜って」
美容という言葉に食いついたのか、売れ行きが早くなっていく。
そんな心配をする必要がない若々しい少女や年を取らない亡霊少女しかいないのだが、それでも気になるものなのか。大鍋で作ってよかった、余れば持ち帰るかと思って作ったがこの雰囲気なら持ち帰ることなどなさそうだ。
「健康的とは真逆にいるアヤメさんの暮らしぶりを聞いてますが、この辺が若さの秘密なんですか?」
「失礼な物言いをするわね早苗、あたしはいつでもいつまでも霧で煙な可愛い狸さんなのよ?」
「昔は今よりももっと可愛かったのよ? 尻尾揺らして微笑んだりして‥‥どんどん紫に似てきて可愛くなくなっていくのよねぇ」
「幽々子の食事を取り上げるわ、もう終わり。我慢なさい」
胡散臭い笑みを浮かべて幽々子のお箸が食事の盛られたお皿から逸れるよう能力を行使する。
二三回お箸を動かして逸れると気が付くとすぐに泣きついてきた、みんなの前で可愛らしくごめんなさいしてと告げると満面の笑みでごめんなさいしてくれた。
従者がいようが誰が見ていようが考えることなく動けるその気持の良さは見習いたいものがある、真似はしないししたくないが。
「変な事言うからよ? あたしはあんなに胡散臭いないわ」
「でも同じくらい厄介よね」
今まで会話に混ざることなく静かに食べていたおめでたい巫女に言葉を被せる早さで突っ込まれる、同じように逸らしてやろうかと思ったが後が怖いのでやめておいた。
巫女の職権乱用な気がしなくもないが、気に入って作ってくれとお願いしてくる可愛さに免じて言い返すのはやめた。
「それで今日はなんの宴会だったのかしら?」
「厄介な人の美味しい料理を食べながら酒を飲む、それだけ」
「夜桜見るから来いと言われた気がするんだけど、珍しく素直に美味しいと言ってくれたからよしとするわ」
普段のあたしなら団子より花を選んで酒を飲むのだが、自分で腕を振るった物を褒められて心地よい気分だ。たまには今日のように、提供した団子を喜んでもらいついでに花を愛でるのもいいものかもしれないと思えた。