東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第五十四話 幻想を願う者、幻想へと向かう者

 お天道さまがポカポカとして随分と暖かくなってきたと感じると同時に、風だけはまだ冷たいなぁ冬の忘れ物はいらないわ、等と愚痴を吐く。

 吐息もすっかり見えないものになり冬の終わりを教えてくれる、春告精が精を出し緑や木々に春の彩りをせよと遂げて回ってくれている季節。

 空を見上げれば雲ひとつない澄んだ空。

 こんな良い日には酒か煙管か甘いものでも楽しんでまったりしよう。 

 そう考えて、伸びる速度を取り戻してにょきにょきと育つ竹林を抜け出し、春の訪れと同じく賑やかになってきた人里へと赴いている。

 

 少し早いが桜餅でもと思い馴染みの甘味処へと歩みを進めると、風に乗りあたしの足元に一枚の冊子が漂い飛んできた。

 手に取ることなく地にあるビラを流し読みしてみると、お花見は是非守矢神社へ! 綺麗な山の桜並木がお待ちしています! なんて書いてある。 

 桜並木なんてあのお山にあっただろうかと悩んでみると一箇所だけ思いついた。

 あの生真面目白狼天狗と発明馬鹿河童の集会場。

 遠くに滝を眺められる飛び出た崖の周り、あそこなら大きな桜の木があった。

 けれど思いつくのはあそこだけで、他の参道や河童達の住まい、烏天狗の集落や白狼天狗の宿舎辺りは紅葉樹ばかりだったはずだ。

 ならこのビラはブラフか‥‥そこまでしてビラ配りをして信仰がほしいのかね?

 そんなに食いしん坊な二柱だったかなと一瞬悩むが、どうでもいいことなのですぐに思考を切り替えた。 

 

 守谷の風祝が勧誘のビラ撒きに精を出している姿をきっかけに一つ気が付いた。

 そういえばまだ初詣を済ませていないと思い出し、他に行く所もないし今日行くかと早速歩み出した、歩きで向かうには遅めの、暮れ始めた時間だったので少し冷たい風を逸し飛んで行く。

 少し飛んで見慣れた鳥居と長い階段が見えてきた、人間が歩くには少し急で長い石段を、里で買いだした食材をぶら下げてゆっくりと登る。

 

 いつか思いついた小さな遊び。

 遊びといってもただ手料理を振る舞ってみるだけなのだが、それを今日のお参りついでにしてみようと思っただけ。里で適当に見繕ってもらった野菜と少しの肉で何か簡単に作って巫女に食わせてみよう、そして反応を見てみようと思っただけの遊び。

 どんな表情を見せてくれるのか想像しながら、ゆっくりと鳥居に向かい階段を登っていった。

 

 綺麗に塗られた朱色の鳥居。

 溶け残る少しの雪と合わさって、ここのおめでたい巫女と同じような色合いになっていることに気がついて薄く笑った。

 この寂れた神社にしては立派な鳥居、大きな鳥居に見合う大きさの一枚板に掘られた博霊の文字も立派に思える。

 そういえばあたしが知るかぎりではこの博霊の板は三枚目だったか、一枚は故意に起こされた地震で倒壊した際に新しい彫り物に付け替えられた。

 あの地震は少々驚いた、局地的に神社だけ倒壊するなんて思わなかった。

 けれど地震よりもここに住んでいる巫女の反応にも驚いた、が、それよりも増して紫の反応に驚かされた。住まいを壊されたというのに被害者の紅白は態度も変えず普段通りで、瞳の奥に薄く憤りのようなものが混ざるくらいだったが紫の方は別だった。

 微笑んではいたがあの目は恐ろしい物だった。

 目を見て橙が半べそかいていたのを覚えている。

 

 普段の口調から考えられない形相で地震を起こしたあのわがまま天人に、美しく残酷に往ね!なんて言い放つくらいだ、余程の怒りだったのだろう。

 怒り狂って暴れすぎ、折角立て直した神社を再度倒壊させるくらいに周りが見えない紫など、後にも先にもあの時にしか見ていない。

 その後の落ち込みっぷりもひどいものだった。

 自分でぶっ壊しておいて直しもせず、建て替えは萃香さん任せで紫は遠くを眺め呆けていた。

 紫のこんな顔を見たのは数代前の博麗の巫女が死んだ時以来のもので、この神社には紫に悲しい顔をさせる何かでもあるのかと感じた。

 まぁその辺の事は今はいいか。

 そろそろ初詣を済ませ賽銭を入れて台所で腕を振るいたい。

 

 お参りは神事、なら畜生食いの元は一旦手放すべきか。

 そう考えて鳥居の外に食材を籠ごと置いて鳥居の前で立ち止まる。

 祀る神様がなんなのかわからないなんてここの巫女は言っていたが、わからないだけで誰かしらはいるのかもしれない。

 万が一祭ってる神様が面倒な相手だと困ると思い、軽い礼をして端により鳥居を潜る。

 

 ここの手水舎で清めるのはあの宴会以来だったか、小山の天辺にあるのに水が流れててどうなってるのかわからない手水舎。流れているおかげで雪の中でも凍らず清められるのだから、原理がわからず不思議に思えてもここは感謝すべきか。

 清めを済ませ普段からほとんど掃き清められていない境内を進み、賽銭箱の前で立ち止まる、雑煮の釣りがどっかにあったと体を弄り銭を出す。

 ご縁があるように五円と思ったが残念ながら手持ちがない。

 ならば二重の縁がありますようにと二十円を投げ入れた。

 

 今年も面白おかしく暮らせますように。

 賽銭箱から聞こえるカコンコロコロという音を聞き終えて、礼をしていた体を起こしてパンパンと二拍、願いをかけて再拝。願掛けというより今年はこうしたいという目標宣言に近いものだが、この神社ではご利益があるかわからないし、まあいいだろう。

 参拝を済ませ社務所に行くと、いつものように炬燵で茶を啜るおめでたい巫女。

 あの幼女は何処かと探してみると姿が見えなかった。

 まだ地底で鬼連中と飲んでいるのか‥‥あっちのが温かいしそうかもしれない。

 

「明けましておめでとう、もうすぐ春になるってのにいつも通りなのね。これじゃあ花見客を呼べないわよ?」

「頑張ったからって参拝客は増えないもの、それに来る時期がおかしい。明けましておめでとうと言うにはもう遅いし桜はまだよ」

 

 新年初参りなのだから遅くても初詣。

 今年になってからこのおめでたい巫女と顔を合わせるのも初なのだ。

 何も間違えていないだろうに。

 それはともかくとして、確かに頑張っても参拝客は増えないだろうな、幻想郷の東の外れという気軽に来るには厳しい立地だし、階段と鳥居も里とは真逆の東向きだ。里の者達のように、飛べない者はわざわざ神社のある小山をぐるっと半周しないとこの神社まで来ることが出来ないわけだし。

 いつかてゐが言っていた鳥居の位置を変えればいいなんて話もわからなくもないが、それでも鳥居を移動は出来ないのだろう。

 鳥居は迎える入り口でもあり見送る出口だ、外で消えかけたモノを迎え入れる玄関でもあるし、幻想郷に迷い込んでしまい運良く博麗神社まで来られた外来人を外に送り返すための玄関でもある。当然本命の結界の維持の為という理由もあるが、色々と合算した結果が幻想郷の端に向けて鳥居を立てている理由なのだろう。

 神社を立て直した時にも向きを変えずにそのままなのだ。

 あの位置と向きに意味があるのだろう。

 

「あっちの巫女が里で勧誘してたのを見て初詣を思い出したんだけど、今来るべきじゃなかったかしら?」

「時期はどうでもいいわよ、それより早苗を見てうちに来るなんてどうかしてるわ」

 

「あっちの神社は行くと面倒なのよ、こっちなら分社もあるし一石二鳥だわ」

「その割には分社は参らないのね」

 

 参らない、仮に紅白に参拝するように促されてもお参りはしない。

 もしお参りしてあっちの神様が出てきたりでもしたら面倒臭いことこの上ない。

 それでもこっちに顔を出していることぐらいは感じ取っているだろう。

 神様なのだ、それくらい朝飯前どころか米を炊きながらでもわかるはず。

 しかしこのまま行かず会わずにいてもいつかはこの間のように呼ばれて捕まるだけだ、どこかで折衷案を考えないとならないな。

 

「正月早々悪巧み? あたしの前で企むとかいい度胸ね」

「悪い顔してた? 真剣な悩みだったんだけど? それにそんなに悪い企み事じゃないわ、宴会の霊夢の企みより可愛いものよ」

 

「何の事? 初参加ならそれらしくしろってだけよ」

「弾幕ごっこの相手に選んだ美鈴の話、あれはあの屋敷の妹のためでしょ?」

 

 あたしが神社の宴会に初参加した時、このおめでたい巫女が何かやれと言ってきた。

 といってもあの場で言えば弾幕ごっこになるのは目に見える事だ。

 そうなれば黒白辺りが名乗りを上げるのは誰が考えてもわかる、予想通り立候補してきたが、主催者権限で強引に美鈴を指名してあの妹の保護者を減らしたんだろう。

 保護者が減れば周囲と関わりやすくなる。

 あれだけキョロキョロと周りを気にしていた妹、あたしから見てもわかるあれに勘の鋭いこの巫女が気が付かないはずがない。

 

「酒の席なのに挙動不審な妹、それを気にする咲夜。主催者としちゃあ楽しめないのがいるのはつまらないものね」

「それじゃあ咲夜の為と聞こえるけど? 妹関係ないじゃない」

 

 直接妹には関係ないが芋づる式に友人の咲夜が喜ぶならそれくらいの事はするだろう。

 この巫女ならそれくらいの事には気がつけるはずだ。

 もはやカンと呼ぶには万能すぎるほどの、予知に近いカンをもっているのだから。

 

 それに主催者としてつまらない顔をされている者がいれば盛り上げてやるかと考えるもの。

 ちょいと盛り上げ囃し立てて笑うには、あたし辺りが手頃だったのだろう。

 

「そこで弾幕初心者のあたしに美鈴を宛てがった、美鈴が勝てば妹は喜ぶし主が楽しんでいれば咲夜も気が楽だわ」

「でも全て予想だけで確証とは言えないわ」 

 

「そう予想、こうだったら面白いと思っただけよ。実際の所なんてどうでもいいわ」

 

 確信も確証もない。

 この紅白の言うとおりあたしの予想でこうだったら面白い、こうであればいいという妄想だ。

 ただそれでも、こんな風にするだろうと思える理由が少しだけあるように思えた。

 このおめでたい巫女は誰でも何でも拒絶せずに、すんなりと受け入れる。

 あたしや萃香さんのような人を襲い喰らっていたような妖怪も受け入れる。

 あの黒白やメイド長のような同じ年代の少女も変わらず接してくる。

 反りが合う合わない程度の差はあるが誰に対しても変わらない姿。

 いつかの時代によく眺めていた、紫が気に入り大事にしていたあの巫女との関係。

 それを彷彿とさせるものが今代の巫女にもあった。

 

「そんな話をしに来たの? まだあんたの昔話の方が楽しめたわよ」

「覚えてくれてるとは光栄だわ、なに続きが気になる?」

 

「別に、今の話よりは楽しめたってだけ」

「じゃあ、少しだけ続きを話してあげるわ」

 

 そう言ってあたしが持っていた湯のみを手渡した。

 以前よりも多めの茶が注がれ、それなりに話に期待されているのかと少し嬉しく感じた。

 なら前よりは少し真剣味のあるもの、住んでいる土地の話でもしてみようかと思う。

 

~少女回想中~

 

 外の世界で色々と一悶着があって、人の近くで暮らしていたあたしが人との関わりを捨てた頃。

 世界から存在を忘れられ消えかかるギリギリの時、いつか手伝った紫の楽園の話を思い出した。

 

 私は消えていく妖怪たちの楽園を創りたい。

 笑いながらそう言ってあたしに人さらいを手伝えと持ちかけてきた話。

 

 元を正せば獣だが今のあたしは妖怪、人の思いから生まれたモノ。

 人に思われ生まれたのだから消えていく時も人思ってくれなくなった時。

 忘れられたなら仕方がないだろうと思っていた。

 だが紫は異なる考えを持っていたらしく、初めて真剣な表情を見せてこう言ってきた。

 

 知らずに生み出され知らずに否定され知らずに消えていく。

 それは私は面白くない。

 けれどこの世界ではそういう流れになってしまいもう止められない。

 

 なら私は私の思う通りの楽園を創りたい。

 生み出された者が生み出されたように生き、それを当たり前だと思える世界。

 幻想が死に、現が全てと成り果てているこの世界とはちがう新しい世界を創りたい。

 その楽園を見守り一緒に育てて楽しめる相手が欲しい、と。

 

 正直な話、紫の思いはこの時のあたしにはどうでも良かった。

 気になったのは、面白い世界を造りそれを育てて楽しめる者が近くに欲しいという言葉。

 この言葉には中々惹かれるモノがあった。

 

 この何を考えているのかわからない妖怪の賢者が思い描く世界。

 それがどういった形になりどう育っていくのか。

 それを眺めていくのは楽しめるだろう、話を聞いた時にはそう思った。

 真剣な表情のまま話し終えた紫にあたしはこう返答した。

 

 藍のような忠実な式にはならないしなる気もないけれど、なにかの手伝いが欲しければいつでも手伝うしあたしで出来ることならなんなりと。

 真剣な表情の紫に薄笑いを浮かべてそう伝えると、紫も同じような笑みを浮かべてそれでいいと話はついた。

 なら早速と依頼の詳しい内容を聞いてあたしのお手伝いが始まった。

 

 お手伝いといってもあたしがやるのは幻想郷に招待する人間の選定と拉致だけ。

 土地を造り形にするのはあたしには無理な事だったしそっちは紫がやると聞いていた。

 それに藍のように全てを賭けて尽くす気もなかったから気楽にやれる丁度いい仕事だった。

 

 ほとんどを任されてはいたが紫からは人をさらう際の条件を出されていた。

 条件といっても一つだけの簡単なモノ。

 さらっても外の世界で支障を出さない者。

 例えば自ら死を願い命を絶とうとしている者。

 人の世に生きる事をやめて誰とも関わりを持たない者など。

 

 なぜそんな者達を選ぶのか紫に問うた。

 普通なら世界にとって役に立つ知恵や力のある者にするんじゃないのかと。

 紫は答えた、知恵や力のある者が増えればいずれ外の世界と同じになるだろう。

 知恵をつけ人間だけで納得する理屈を述べるような者達はいらない。

 私が求めるのは私達妖怪を恐れ疎み畏怖するような者達。

 絶望を知っている者が私の世界には必要なのだと。

 

 酷く一方的で完全に妖怪目線で語るその姿。

 まさに妖怪全としていた姿を見て、紫が妖怪の賢者と呼ばれる理由が少しだけ理解できた。

 

 ただここで少しの疑問を覚えた。

 そこまで一方的な世界で果たして人間が人間としていられるのか。

 人から妖かしに成り果てる者も多いのだ。

 搾取される側で在り続けるならいっそ‥‥

 絶望を知る者達ならそう考えておかしくないはずだ。

 

 そう問いかけてみたが胡散臭い笑みを浮かべて即答された。

 その辺りは適任者がいるから大丈夫と。

 適任者?

 いつ身の危険に晒されてもおかしくない幻想の世界。

 バランスと呼べるモノがない世界で任せられる者がいるのか疑った。

 詳しく聞けば人間に一人申し分ない者がいるらしい。

 

 人の身でありながら霊を払い妖かしを滅し鬼を征伐できる者。

 身に余る力のせいで生きながら幻想だと思われている人間。

 

 そんな者がいるなら同じ世界に住まうあたしの耳にも届いているはずだが、これほど面白そうな人間の話を聞いた試しがない。

 どういうことかと悩んでいると、そんな話にも上がらないくらいに忘れ去られ消えかけている者なんだそうだ。

 

 そんな幻想になりかけた人間がどう役に立つのか。

 紫に問うたが説明はなく、ただ使える者で招待中としか言わなかった。

 それでもおおよその検討はついた。

 

 絶望を知る者は救いを求めるものだ。

 ならばこの力ある人間はうってつけの者になるだろう。

 例え人外の力に見えても姿は変わらない同じ人間。

 その力は絶望から救ってくれる希望に見えるだろうから。

 

 それにあたしに任せず招待中と言うのだ、話もすでに済んでいるはず。

 オイシイところは自分でやるのかと思いつつ適任者の考察を終えた。

 依頼の話は今日はここまでとしてその日は別れ、あたしは人さらいに精を出す事にした。

 

 最初は面倒な仕事に思えたがこれが思いの外簡単な事で拍子抜けしてしまった。

 特に不便もなく暮らす人間が何かに勝手に絶望し身を投げる。

 これがやたらと多くみられた。

 お陰様で手を加えて心を折り絶望をくれてやる必要がない手間いらずで、あたしは指定されたスキマへと惑わし案内するだけで済んだ。

 妖怪としての姿を見せて少し揺らして、恐怖に染まる者を追い立てる。

 楽な仕事ですぐに指定の数は集まりあたしへの依頼は無事にこなせた。

 

 少しして紫から話があった、あたしへの次の依頼の話だ。

 話を聞かずとも内容は察することが出来ていた。

 以前に聞かされた紫の思い、楽園を見守り一緒に育てて楽しめる相手。

 あたしに依頼を持ってきた時にはすでに世界の形は出来上がっていたらしい。

 後はその世界を面白おかしく過ごせる世界へと育てていく工程。

 一緒に育ててみないかしら?そう持ちかけられ少し悩んだ。

 

 確かに非常に面白い話だし、最初は一緒にそうするのもいいと思って依頼を受けた。

 けれど何故かその時はノりきれなかった、どうしても引っかかるモノがあったからだ。

 理由は酷く単純なもの、あるお方と交わした約束がありそれを破ってしまった事がある。

 

 丁度この頃は約束を守れず謝罪へ行くか、行けるのか?

 と悩みに悩んで動けなくなっていた頃だ。

 約束を守れず頭を下げにも行かなかった不心得者がそれを忘れて紫と新しい世界を楽しむ。

 全て忘れそうしてもいいはずだったのだが、この時はそんな気には到底なれなかった。

 

 出会いの時のように力づくでこられるかもしれないと思いながら丁重に断った。

 しかしあたしの予想とは真逆で悲しい表情で一言分かったわと言うのみ。

 何故申し出を断るのか、そういった深い追求は一切されなかった。

 あの時はせっかくの誘いに乗れず本当に悪いと思い真剣に答えたのだが、そこから何か感じ取ってくれたのかもしれない。

 断りを何も言わず受け入れてくれた紫に感謝して、紫に別の話を持ちかけた。

 

 申し出を断った代わりと言ってはなんだが、最初に願った報酬は捨てて別のお願いをした。

 もしあたしが外の世界で幻想へと成り果てることがあり消えかけたら・・・

 その時には強引でもいいからその世界へと誘って欲しいと。

 紫の愛する世界ならきっとあたしも楽しく暮らせるはずだからと。

 

 半分は正直なお願い、半分は乞うような媚びるようなものだった。

 人との関わりをほとんど捨てて、蓄えだけでなんとか生きながらえていた状態。

 いつ幻想と成り果て消えてもおかしくはないだろうと理解していた。

 そんな中の生きながらえる手段、ある種の保険として紫に頼んでみたんだ。

 

 その場でははっきりと願いを聞き入れるという返事はもらえなかった。

 けれど、一緒になって私の目標に向かい進んでくれた人だから無碍にはしないわ。 

 いつもの胡散臭い笑みではなく、初めて見る友人へ向けるような穏やかな笑みを浮かべこう答えてくれた。

 期待はしないでねと、本気か冗談かわからない言葉を最後に紫はスキマへと消えていった。

 

~少女帰想中~

 

「で、そこからなんやかんやあった感じであたしは幻想となり、この世界へと招待されたのよ」

「なんだか大事な所をはぐらかされてる気がするわ」

 

「はぐらかしてはいないわ、嘘は言っていないもの」

 

 事実。

 あたしにしては珍しく嘘偽りを一切混ぜていない話だ。

 けれどこの巫女が気が付いた通り大事な部分は話していない。

 この巫女は幻想郷を支え守る人間なのだ。

 全て話してもよかったのだがあたしにも少しは恩義を感じる心がある。

 あの幻想郷の管理人が博麗の巫女に何を何処まで話しているのか知らない。

 それにあたしが話していい内容ではないと思える部分もあった。

 

「嘘じゃないけど全部じゃないのね」

「勘の鋭い子は好きよ、でもダメ。怖い大家さんに見られているから」

 

 あたしの言葉とほとんど同時にあたしと巫女の間にあの胡散臭い空間が開き、中からもっと胡散臭いのが現れた。

 何も変わらずいつものようにスキマから上半身だけを出して、あたしと巫女に微笑みかける。

 

「優しい大家さんはいるけれど怖い大家さんは知らないわ」

「そうね、気配り上手で常に住人を気にかけてくれる優しい大家さんね」

 

「あんたら同じように笑わないでよ、気持ち悪いわ」

 

 巫女の顔に嫌悪が貼り付けられあたしと紫を見比べて肩を落として大きな溜息をついた。

 なるほど、おめでたい巫女の言うとおりにどっちも胡散臭い笑みにしか見えないだろう。

 それでもあたしはいつもとは少しだけちがうモノを浮かべていたつもりだった。

 あの時には確か、こんな顔であたしを迎えに来てくれたはずだったな、と。

 いつかの巫女に似た今代の巫女に昔話を少し話して思い出した。

 あっちの世界で最後に見た紫の穏やかで優しい笑み。

 

「一緒にされるのは心外だわ、あたしはこんなに胡散臭くないわよ?」

「そうねアヤメは面倒くさいものね、胡散臭くはないわ」

「あんたら五十歩百歩って知ってる?」

 

 表情を変えずにいる胡散臭いのと面倒臭い妖怪二人。

 その二人に向い言辛辣な言葉を放ってくる巫女。

 その言葉を受けてあたしと紫がまた似たような笑みを浮かべて巫女を見つめた。

 

「とりあえずその顔やめないと退治するわ」

「せっかく拾った命は大事にしたいからあたしは遠慮するわ、紫さんに譲るわよ」

「あら、お家賃代わりに霊夢と弾幕ごっこしてみせてくれてもいいのよ?」

 

「そうやってはぐらかされるなら今日はもういいわ」

 

 あたしと紫の態度を見てこいつらをどれだけ問い詰めたとしても欲しい答えは得られない。

 そう判断したのだろう。

 それ以上おめでたい巫女からの追求はなく、縁側で静かに三人茶を啜った。

 茶を啜り一つ思い出した、里で買ってきた食材を鳥居の側に置き忘れたことを。 

 会話する二人の視線を気にせずに取りに戻り、おめでたい巫女に食材を見せながら台所を貸してくれるよう聞いてみた。 

 

「台所くらい構わないけど、あんたが料理? 食べられるの?」

「そういう顔が見たくて持ってきたのよ、味は食べてのお楽しみ」

 

 あからさまに怪訝な表情を浮かべてあたしを睨む紅白。

 思っていた通りの顔が見えて思わず顔が緩んだあたし。

 その横から胡散臭い笑みのままにいる胡散臭い奴がちょっかいを出してきた。

 

「私の分もあるのかしら? アヤメの手料理なんて何年ぶりか覚えてないわ」

「霊夢の分しかないわ、食べたければ買い足してきて」

 

 あたしの返答を聞いてしぶしぶとスキマに消えていく紫。

 その姿を見て巫女の方は表情を一変させた。

 こんなに表情を変える紅白は珍しく、いいものが見られたと少し気合が入った。 

 

「紫が素直に聞き入れるくらいには期待できるのね」

「さぁ? お楽しみと言ったはずよ? 人に頼むばかりではなく、たまには紫さんにもお使いに行ってもらわないとね」

 

 おめでたい巫女の珍しい表情といつも無茶なお使いをしてくる相手に小さな意趣返し。

 予定とはちがった一石二鳥を得られ、あたしはほくほくとした顔で台所へと歩みだした。

 

  

 紫と最後に会って数年、最後に紫の話を聞いたのは幻想郷という里を創ったというもの。

 その頃のあたしは人との関わりも世界との関わりを完全に捨て去っていた頃で、深い思考もできなくなっており漠然とよかったわねと思っただけだった。

 蓄えも使いきり精神も弱りきり心に引っかかるものだけが少しずつ育ち、小さなしこりだったものが大きなモノへと成り代わり心のほとんどを占めていた。

 生きるための欲もなく何かに対する目的もなく。

 自分は何故生まれたのだろう、どうして生きているのだろうと自棄になっていた。

 そうして何も出来ないでいるうちに何かを考える事もなくなっていき‥‥

 視界だけははっきりしたまま、自分の体が薄れていく感覚を味わった。

 終わりかなと全てを諦めた最後、あたしの瞳に写ったのは‥‥

 


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