東方狸囃子   作:ほりごたつ

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早く春にならないかなぁ そんな話


第五十三話 春神様の願い事

 空気こそまだまだ冷たいものだけれど、景色は少しだけ暖かなものを見せつつあった。

 毎日の朝を迎える度に、地面を覆っていた霜柱が背を低くし始めて小さくなっていく。

 雪が降ったとしても積もる量よりも、溶けて流れる速度のほうが若干早く感じられるようになってきていた。一面を真っ白に染めていた雪景色からもところどころ緑や茶が見えてきており、残る雪景色からはふきのとうが顔を出してきていた。

 冬の寒さと春の陽気が入り交じる曖昧な今。

 こんな季節の境目にはあたしの隣で微笑む冬の妖怪と、何処かから訪れる春告精が同時に見られることもある。片方はもうすぐに去っていく側の者で、もう片方はこれから訪れて本番を迎えていく側の者、どちらもその季節に左右される者達で互いに自分の季節を愛している。

 

 愛する季節の最後を告げる別の季節の者達だ、もし出会っても罵り合うような関係かとあたしは思っていたのだが‥‥

 互いに口悪くなる事などなく『お疲れ様、またね』『頑張ってね、また会いましょう』

 と、和やかに挨拶する間柄のようだ。

 

 何度か見かけている光景だが、少し拍子抜けしたわと冬の方に言ってみると、季節は違うけれど同じく季節を愛する者同士気が合うのだそうだ。

 同じ季節でも姉妹の方は対抗心むき出しでいるのに変わっているわ、そう呟くとあそこは二人が近すぎて似ているからねと返された、あそこは似すぎていて互いに口うるさくなるらしい。

 そう言われてあたしの知っている姉妹たちを思い出し、どこの姉妹も似るものなのねと二人で笑った。

 

 今は一緒に笑っているがあと数晩も夜を超えれば、また年末に会いましょうと寂しく笑う冬妖怪に別れを告げる事になるだろう。

 それでもまだほんの少しは時を同じくしていられるので、毎年別れの前に見られる人里の風物詩を今年も一緒に眺め語らっている。

 積もった雪が少しずつ溶け出して里の中心を流れる川の水位を上げる頃、水位が上がり川の流れに手が触れやすくなる今の時期に、毎年行われている静かなお祭りを見下ろすように眺めている。

 あたしだけならもっと近くで眺めてもなんの問題もないのだが、寒さを振りまく冬の妖怪を身近に置くのは人間たちではちと厳しい、妖怪が人間に気を使うというのも変な話だが、邪魔する気もないし致し方ない。

 それでも寒いだけならまだ我慢できるだろう。

 春ももうすぐそこで、強める寒さももうわずかなものだし。

 

 問題はあたしの隣、レティさんとは逆側におわす方だ。

 そっちの方こそ人に近づくわけにはいかない本命の人。

 人に寄り添うにはだいぶマズイ本命馬ともうすぐ去っていく下がり馬。

 この二人を両脇にしながらまったりと過ごしている。 

 

 煙管を燻らせ煙を纏うこの姿は相変わらず可愛いものだが、今のあたしは贔屓にしている甘味処や団子屋にいるわけではない。今座っているのは里人の誰か知らない者の住居上、誰かの住居の屋根に少女三人で並び腰掛けて、眼下で執り行われている静かな川のお祭を優雅に眺めている。

 この者達の視線の先には、里人が集まり思い思いに形代を船に乗せて流す姿、親が子に渡して子が流す姿を見つめながら緩い会話と風景を楽しんでいる。

 

「綺麗だと毎年眺めているけれど、これを見るともう私の季節は終わりなのねと悲しくなるわ」

「暖かくなるのは嬉しいけど、レティさんに会えなくなるのは寂しいわね」

「別れを惜しむ心はあの形代に一緒に乗せて流せばいいのよ、私が全部貰うから」

 

 淑やかに微笑みながら少し寂しそうな表情を見せる、動く寒冷地前線レティ・ホワイトロック。

 その冬の妖怪との少しの別れを惜しむように薄く笑い、煙を漂わせる縞尻尾の化け狸。

 最後の声は化け狸を真ん中ににして並ぶように座っている、大きなリボンを風に揺らして穏やかに笑う赤いドレスの似合う少女から。

 美しい赤のドレスには一箇所だけ濃い緑の模様をあしらっていて、リボンでまとめた長い髪と同じような色合いで何処か厄と描いてあるように見える。

 冬の終わりを告げる風に大きなリボンと赤いドレスを靡かせながら穏やかな表情を見せる。

 厄神様、秘神流し雛の鍵山雛。

 

 惜しむ心は相手を想う暖かで尊いものだが、惜しいと思うこと自体は負の意識から生まれるもので、私の範疇なのよ、穏やかに笑って語る隣の雛様。

 負の意識、全部ひっくるめて厄なんて雛様は仰るがそれを力にするなんて‥‥

 どうしてもあの友人を思い出す。

 髪の色と瞳の色が似た色合いだが、こちらの神様は明るくあちらの橋の元神様はもの静かだ。

 緑はバランスを司る色なんて言うが、同じ緑でもその性格は両極端だなと思える。

 極端に離れているからこそバランスが取れているのかもしれないが‥‥

 どっちつかずな灰色のあたしが考えた所でなにかの結論が出るわけでもない。

 頭を軽く振り気持ちを入れ替えて、今のお喋りを楽しむことにした。

 

「流すなんて勿体ないわ妬ましい、惜しみ寂しく飲むお酒も乙なものよ? 雛様?」

「妬みとはちがうと思うけど、それよりアヤメは酒の肴になればなんでもいいの?」

「なんでもいいのよ、私と吹雪の中雪見酒するくらいだもの」

 

 なんでもいいのと尋ねられれば、なんでもいいと答えられる。

 楽しく飲めるなら肴はなんでもいいはずだ。

 終らない冬の異変に動く巫女に喝上げされそうになり、反撃するも撃墜されて真っ黒焦げにされた後に同じく真っ黒なレティさんと雪見酒と洒落込むくらいだもの。

 なんでもないことだと笑うあたしを、少しだけ困ったように眉を下がらせて眺める厄神様。

 雛様が人里を訪れることは滅多にない。

 だがこの雛様が里人を思い広めたお祭りだけは、毎年今のように喧騒から離れて眺めている。

 あまり近寄ると人の流した厄がまた戻ってしまうから離れて眺める程度にしているらしく、好きなのに近寄れない悲しいジレンマを持つ厄神様。

 

 それでも好きなのには変わりなく、この祭りも里に溜まり始めて危険になってきた厄を危惧してご自身が発案し広めたものだ。自身の提案した流し雛が人里できちん執り行われているか気にして見に来ているのもあるが、雛様は単純に人間が笑っているのを見るのが好きだというのもあるし、厄を手っ取り早く集めたいという下心もあるだろう。

 誰も損をしない祭りだし、皆楽しんでるようで悪くない提案だとあたしは思う。

 これだけ人を愛しているのだから空いた社に引っ込めばと言っても、私が近くにいるのはマズイのよと笑うだけだった。

 どうにも幻想郷の野良神様は一処に落ち着くのが嫌いな方が多いらしい。

 

「なんでもいいなんてお気楽ねぇ、少しは身を振り返えり見直そうとはしないのかしら」

 

 言いながら立ち上がり優雅にくるくると回り出す。

 リボンとドレスが遠心力でふわっと舞い美しい御姿だと思えるが‥‥

 すぐにその御姿は見えにくくなっていく。

 里人達が身の穢れを払うようにと思いを込めて流した形代流し雛、その形代に込められた穢れ、穢れた瘴気に見えるそれが雛様の回転に吸い寄せられるように集まり黒い厄となって漂い始める。

 

「いつ見てもクルクルと、これでよく目を回さないわねぇ」

 

 そう言いながら立ち上がり、くるりとゆったりした速度で一周する冬の妖怪さん。彼女の動きに合わせて起きた小さな風が、寒さを周囲に振りまく。

 右手側では華麗にクルクルと回り厄を集め纏っていく厄神様、左手側でも薄れかけてきた冬の寒さを取り戻すように寒気を振りまくレティさん。

 その間で二人のように立ち上がることなく川を眺めて煙管を燻らせるあたし、右は厄いし左は寒いし、煙は流されてしまうしとこれではいい所がない。

 

「レティさん寒いわ、雛様も厄いわ。二人とも一人の時に回ってくれる?」

 

 二人の方を見ることなく焦点の合っていない目で川を望みボソッと呟く。

 小さな声だったが二人の耳には届いたのだろう。

 言葉を言い切ると同時に寒さは薄れていき、雛様の周囲を漂う厄は回転を緩いものにしながら雛様へと吸収されて消えていった。

 回転を止めた二人が最初のように屋根に腰掛け、また三人で川を眺める姿勢に戻る。 

 すると、厄神様が不意に呟く。

 

「厄いからやめてってのも変な言い草よね、厄が移るからやめてならわかるけど」

「あたしには移らないもの、近くにいるけど逸れていくでしょ?きっとあたしの分もレティさんに移ってるわ」

「あらあら、それじゃあ次の冬は暖冬になるのかしら、困るわぁ」

 

 厄を纏い集める厄神様。

 その周囲には常に厄が漂っており、見た目も厄いが近寄って厄に触れてしまうだけでも運気が悪くなりマズイはずなんだそうだ。

 ただ、あたしの場合は自身の能力であたしに移る厄を逸しているため不運になる事はない。

 おかげで気にせず厄神様とまったり過ごせているが。

 

 けれどレティさんには当然厄が移り、運気が下がっているはずだが‥‥

 私はこの後寝るだけだからと全く気にしていないようだ。

 厄のせいで毎年寝起きが悪いのかもね、なんて軽口を言ってみても私は低血圧だから起きられないだけと微笑むだけで漂う厄を気にも留めない。

 あたしの分も同時にもらっているはずなのに気にする素振りのないレティさん。

 もしかして厄も凍らせて停止させたりできるのだろうか?

 もしそうなら寒さを操り凍らせるってのも中々便利だと思えた。

 

「暖冬ねぇ、春乞いを兼ねた祭りを眺める冬妖怪には丁度いいわね」

「あら、冬妖怪だからこそ春を待つのよ? 季節は移り変わるからこそ美しい。アヤメはそれ楽しんでるくせにそういう物言いはダメよ?」

「厄を流して春を乞い春を待つ‥‥これが当たり前になったら私は春の妖怪になるかしら?」

 

 あたしとレティさんの会話を聞きながら一人物思いに耽る雛様、あの春を告げる妖精のように春ですよーとクルクル回りながら笑顔で春を振りまく姿。

 そんな雛様も似合うだろうし中々悪くないなと思えるが、隣のレティさんが微笑みながらその呟きに返答をする。

 

「雛はいまでも十分に春神様よ? 人間たちの冷たい心の蟠りを集めて心へ暖かさを届けているわ」

「レティさん詩人ね、でも春妖怪になったら厄を集める厄神様がいなくなっちゃうわ」

 

「そんな事言われたら今のままで頑張るしかないわねぇ、気合を入れて集めないと」

 

 言い切ると再度立ち上がり、先程よりも遅く緩い速度で優雅に回る。ゆっくりと回りながら可愛らしく厄ですよ~なんて仰るものだから笑ってしまい、それに釣られたレティさんも笑っていた。

 それでもやめない雛様を見つめて、これじゃあ集めるより振りまいてるみたいだわと呟くとそれを聞いた二人も笑ってくれた。


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