第五十ニ話 楽しみ作り
パチパチと音を立て炭の弾ける音と不意に屋根の雪が滑り落ちて聞こえるザザッという音。
今の季節だからこそ聞こえる音。
その音を聞きながら台所に立ち釣り上げた岩魚の口に糸を通していく。
寒い時期にたまにしている作業の一つ。
我が家に囲炉裏はないのだが安く譲りうけた火鉢はあるので、腹を大きく開いて円になるように刺し並べる。本当ならハラワタやエラの処理もするのだが、あたしの場合は釣り上げた場所でそれは処理してくるため、我が家で行う作業は簡単なものだ。
これだけならタダの焼き魚なのだが焼くのは今日食べる分だけで、残りは口に糸を通し連ねて火鉢の煙に当たるように吊るす。
本来なら火鉢程度の煙量では燻すには少々足りないのだがそこはあたしだ。
煙はあたしそのモノと言えるので流れも集まり方も思いの通り。
今回は竹林に住まう蓬莱炭焼き師から譲ってもらったもこ炭と、白玉楼で枯れた桜の木を細かく砕いたモノを同時に焼いて、煙に香りを移してみている。
うまく思惑通りのものが出来上がれば桜と竹炭の香りがふわりと漂う、上等な燻製が出来上がるだろう。毎年とは言わないが気まぐれで作る事があり、多く作った時には友人たちにおすそ分けをして味を見てもらう事もある。
昨年の冬場にも同じように作りその時にはあの妖怪の山の白狼天狗におすそ分けをしてみた、評判は上々だったが本当にあたしが作ったのか疑われたのは予想通りで面白かった。
今年もあたし一人で食べきるには少し飽きるくらい釣れたので、誰かにおすそ分けしてみようと考えているが誰にするかを決めていない。地霊殿や命蓮寺には何度か持って行って好評を博したし、次は太子の所にでも持って行ってみようか。
因みに我が家から一番近い永遠亭にはおすそ分けしたことはない。
おすそ分けというよりも一緒に作ることが多いので意味がないのだ。
ほとんどの下処理を済ませて吊るし焼き物の方にも手を付け始めた頃に、我が家の玄関に少しだけ雪が入り誰かの訪れを告げる。
「あんたが来ると空気が流れて寒いし煙も散ってしまうからもっとゆっくりと来てよね」
「ゆっくり来いだなんて、私のイメージとは合わないわ」
黒い翼を静かにたたんであたしの隣に立つと住まいの外でカァーと鳴く声が聞こえた。
珍しく連れてきているらしい。
普段は一緒に行動することなんてないのに、珍しいと思い問いかけようとすると先に言葉をかけられてあたしの口は閉ざされる。
「今日は取材する気にならないしたまには一緒に来てみたのよ」
「なら入ってきたらいいのに、外で待たすなんて妹虐めの趣味でも出来た?」
鳴いたのは以前あたしの帰りを見送ってくれた化烏。
随分と前に文が山で拾って文と友人の引きこもりが育てた妹烏だ。
会話が出来るほどの力はまだ持てないが、普通の烏だったが文達烏天狗の側で長く生きて妖気を浴び妖怪化した可愛い妹。文は巣立って何処かへ行けばいいのになどと口では言うが、以前遅くまで帰らない妹をあたしの所にまで探しに来た事もある。
心配でたまらないくせに、隠すのが下手で中々に可愛い姉だ。
「もう帰ったわ、アヤメに挨拶だけして帰るって言ってたし」
「姉に似ないで謙虚ね、それよりどうしたの?取材しないならともかくする気にならないなんて」
「スランプなのよね、ネタはそれなりにあるんだけど纏まらないの」
スランプねぇ‥‥尾ヒレ背ヒレをつける言葉が見つからないのか、ネタはあるのにそれを膨らませる事が出来ないなんてあの新聞を書いている者とは思えない。
しかし文も機械ではない一応妖怪だ、調子のいい時も悪い時もあるだろう……なら今日は暇つぶしか愚痴を言いに来たのか、よくあることの一つだ。
「ネタがあるならまだいいじゃない、あたしは笑うネタが切れて困ってるわ」
「なら私のスランプ脱出を手伝いなさいよ、なんかないの?」
唐突に現れてスランプ脱出させてくれとは中々に無理難題だ、輝夜でもないのに難題を寄越されるとは思わなかった。
しかし今回はあたしが輝夜の側にいる、ならきちんとお姫様らしくちょっとした難題を出してあげるのもいいかね。
「なら少し頭の体操でもする?」
「スッキリ出来るならなんでもいいわ、何をしたらいいの?」
「そうね、あたしが謎かけを出してあげるわ、それを解いてみせて」
とはいっても何を出したらいいのやら、出してあげるといった手前なにかしら問題を出さないとならないのだがあたしは普段もらう側だ。
出す側は慣れておらず、いざ出そうとすると思いつかなくて結構難しいものだ。輝夜や永琳はすぐに思いついてパッとあたしに出してくるが、こういったモノにも慣れがあるんだろうか。
輝夜は本格的に無理難題を言ってくるが永琳は引っ掛けの強いモノを出してくる、あの時だって本来ないモノを‥‥ん、これで行くか。
「よし、じゃあお題を出すわ『瞬黒の大包布』を探し出して持ってきてくれるかしら?」
「なにそれ?聞いたことないけど、それに持って来いってどういうことよ」
「普段あたしが別の人にもらう難題の答え方がこれなのよ、持ってきたらご褒美あげるわ」
そう言って右手と左手で火鉢に刺さる岩魚と吊るされた岩魚両方を示してみる。
文には何度か料理を振舞っていてあたしの腕は知られている。
それなりの良い評価も頂いているからきっと釣られてくれるはずだ、ついでに燻製の評価もしてもらえて一石二鳥というものだ。
いやこの場合一石二烏になるのか、難題を説くには二烏分では足りないかもしれないが。
「報酬は前払いでもらってもいいの?いい匂いするし丁度昼餉だし」
「構わないわよ、ただ燻製はいぶし始めたばかりだから出来上がったら持って行くわ」
そう伝えるとじゃあ早速と焼き上がった岩魚の串を手に取り頬張ってくれる、表情から味には満足してもらえたのだろう。燻す煙を浴びて、燻製ほどではないがこちらにも香りは移っているはずだし、想定通りならそう悪い物にはならないはずだ。
「相変わらず似合わないけど料理上手よね、これも美味しいわ」
「変な枕詞が気になるけど素直に褒めてもらったことにしましょ、気に入ったなら家に持ち帰ってくれもいいわ」
それじゃあ頂戴と言ってくれるので焼きあがった数本の串を用意していた敷き紙で包んで文に手渡す、快く受け取って貰えると作った甲斐があるというものだ。
さすがに一人で食べるには多いだろうし、あの引きこもりや椛、妹烏にでも分けて貰えればあとで話を聞きに行く楽しみにもなる。
「前報酬も受け取ったわけだし、難題説くのを頑張ってもらわないとね」
「そうね、でも『瞬黒の大包布』なんて聞いたことないけどどんなモノなの?」
「考察前からヒントが欲しいなんて贅沢ね、じゃああたしの難題の解き方だけ教えるわ」
そう言ってあたしなりの考え方展開の仕方、言葉選びの仕方を伝えてみる。
自分とはちがう発想の仕方を知るというのはそれだけで固くなった頭を解せて良いものだ。
ついでに記事を執筆する方にも使えれば尚良いだろう。
「まずは字面から入るのね『瞬黒』と『大包布』あたりで最初は分けるといいの?」
「正解を聞くような物だからはいいいえは言わないけど、その考え方は悪くないわ」
伊達に毎日言葉に悩み文字として起こしてない、あたしの簡単な説明で理解し実践出来ている。
齢千年を越えて生き続ける大妖怪の一人というのは伊達ではない、その辺の者なんかとは力もそうだが頭脳も培ったモノがちがう。
後はあたしの出した取っ掛かりに気がつければ正解なんてすぐだろう。
そして正解してからの反応がとても楽しみだ。
「言葉を更に分けてもいいの?例えば『瞬』と『黒』に分けてみたり」
「それもさっきと同じで詳しくは答えられない、でもあたしは以前にそう仮定して答えから離れた事があるわ」
これくらい伝えればもうヒントを言ったも同然だろう。
あたしと同じ思考ができるんだから気が付かないはずがない。
しかし、普段はうるさくてたまらないがこう静かに思いに耽る文を見るのも悪くない。
あまり見せない姿だが、冷静に考え一瞬で行動し黒い羽だけをその場に残す去っていく文は凛としていて中々格好良いと思う。
「アヤメ一つ聞いていい?」
「なにかしら?」
「比喩や例えなんかもしてたりする?」
「さっきから答えが欲しいの?あたしは『言葉選び』と言ったわ、文なら例えや比喩的表現が『言葉を選ぶ』範疇にあるかないかくらいわかるでしょう?」
自分が出した難題を説かれていく様子を見るってもの中々に楽しいものだ。
誰かの真剣な姿というのは何事でもそそるものがある。
それが自分の課した物に対して悩み思考している姿ならさらに面白い。
愉悦、輝夜が難題を課すのを楽しみにするのもわかる。
「アヤメ、これって既にモノとしてあるの?」
「さぁ、あるなら持ってくればいいしないならこれから用意すればいいわ」
「用意って『瞬黒の大包布』を作ってもいいって事よね?」
「そうね‥‥あたしは答えを持ってきてとしか言っていない、仮に文が作ったものがあたしの考える『瞬黒の大包布』に見合うものならそれは間違いなく『瞬黒の大包布』だと言えるわ」
考察自体はほぼほぼ終わっているのだろう、だがあたしも同じくそこで躓いた。
そして躓いた結果に擦りむいてあの永遠亭の者達に怪我を笑われる羽目になった。
あの姿を見ていないてゐですらあたしを笑ったくらいの大怪我だ。
「なんとなく答えは思い浮かんだけど、それがどうにも」
「なに? 文にしては歯切れが悪い物言いね、結論が出たなら教えてくれないと判定出来ないわ」
「『瞬黒の大包布』の『瞬黒』は私の事だと思うの、そして『大包布』は私を包む大きな布。ここまではわかったんだけど持ってこいって事は私本人ではないって事よね?」
ふむ、ほとんど正解というところか。
後は文本人ではない何かに気がつければ答えに辿り着くだろう。
気がついてどんな反応を見せるだろうか?楽しみでならない。
「私ではないけど私と呼べる物、私と象徴するものよね。それなら『瞬黒』は私の翼、色も合うし『瞬』は私の早さと掛けている」
「続けて?」
「『大包布』は字面そのままで私の翼を包む大きな布、つまり私の羽で作……」
「報酬は既に渡したわ、それも文が自分から求めた形で‥‥さすがにすぐに寄越せとは言わないから、期待してるわ頑張ってね」
正解に辿り着いた瞬間の輝いた瞳も美しかったが正解の意味に気が付いた瞬間の表情も素晴らしいモノだった、あたしが記者なら写真に収めて記事にしただろう。
あの時のあたしもきっと同じような表情をしていたのだろう。
永琳が楽しそうに笑った理由がわかった。
「なかったことには……」
「清く正しいと自称する記者さんが何を言うの? はたてや椛に全部話して山で広めてもらう?」
少し悩んだようだが決心したらしく、次の秋までにはどうにか頑張ると言ってくれた。
文の美しい翼を禿させるのは忍びないので今年中、冬場までに間に合うよう作ってくれればいいわと譲歩してみせると、そこまで甘えないわと天狗としてのプライドを見せてくれた。
誇り高い天狗の気概を無碍にするのは忍びないので文の言うとおり秋まで待つこととした。
今年の冬はぬくぬくの『瞬黒の大包布』で心地良い眠りにつける事が約束され、次の寒い時期が待ち遠しくなった。