東方狸囃子   作:ほりごたつ

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友人宅の庭先で世間話 そんな年よ(ry


第五十一話 新居で昔語り

 見上げてみても見回してみても、ここが地底から続くような場所だと思えない。

 まるで娘々から聞いた桃源郷のようだと感心する。

 人間の身を捨てて聖人へと成り上がった太子の力で作られたこの大空間。神霊廟。

 空間に入る際の、慣れ親しんだ嫌な感覚さえ我慢できればここはまさしく桃源郷だろう、どれほど見渡し眺めてみても桃の木は見当たらないが。

 いや、幻想郷で桃の木は妖怪の山の上にある場所だったか‥‥今はそことは真逆の位置にいるんだ、桃の木がなくても不思議ではないか。

 

 こんなどうでもいい事をボケっと考えられる静かで穏やかな雰囲気。

 それはこの風景のせいでもあるがその風景に映る友人のせいでもあるだろう。

 チョロチョロと小さな小川が流れこむ池、それに掛かる橋の上で二人並んで佇んでいる。

 片方は綺麗な姿勢で立ち腕を腰に回して笏を両手に持ってニコニコと。

 もう片方は橋の欄干に背を預け煙管を燻らせニヤニヤと。

 ポロっとどちらかが話題を振りお互いに笑い静かに佇む、こんな状態で暫く過ごしている。

 

 特に意識を逸したりはしていないのだが、気を使ってくれたのか太子と二人きりにしてくれているようで先ほどまで騒いでいた皆の姿は見られない。色々な雰囲気を楽しむ娘々はともかく、あの方向性はちがうがどちらも騒がしい二人が気を利かせてくれるとは思わなかった。

 けれどおかげでこうして二人でまったりと話し込めるのだ、今はこの優雅な時間と皆に少しの感謝をして過ごせばいいだろう。

 あたしは騒がしい雰囲気も好みだし自らそういう空気を作ることも多々あるが、皆が折角作ってくれた良い機会だ、今はこの緩い空気に身を任せる。明るいが、どちらかといえば騒がしいよりも静かな雰囲気を好む、この楽しい会話の相手。今のようにゆっくりと時間をかけて話すことなどそうなかったのだ、取り戻すというわけではないが今あるのだからそれを楽しもう。

 

「しかし、太子の復活に気づいて阻もうとしたつもりが逆に刺激して起こす事になるなんて、あの住職も意外と抜けてるわ」

「抜けてるなんて言ってはダメよ? 強引に起こされるよりはいいもの、心地良い刺激だったわ」

 

「あら、伝えておいてくれれば優しく起こしてあげたわよ?多分」

「貴方の気分で起こされるのは少し困るわ、きっと面白半分なんだろうし」 

 

 さすがに人の欲を聴き続けてきただけある、あたしの欲もよくわかっていらっしゃる。

 付き合い初めて日は長いが、付き合い自体は互いに時間が出来た時にたまに会い軽い食事とともに世間話をする程度だった。けれど、言葉を多く交わさなくてもあたしの考えが伝わったため、多くの言葉を必要とはしてこなかった。 

 太子が言うには十の欲を同時に聞けば聞いた相手の本質を見極められるし、場合によっては過去や未来まで見通すことができるそうだ。

 例えば『食べたい』『飲みたい』『騒ぎたい』『笑いたい』と聞けばこの者は宴会で笑い騒ぎたくて仕方ないという風に。

 なんとも便利で万能そうな能力だが実際はそこまででもなく、同時に十の欲を聞けないと本当の姿を見通すことが出来ないそうだ。先程もあたしに対して3つの欲しか聞こえない者がいる、なんて言っていたがさっきのあたしは屠自古にどうやって薬を盛るか?

 その一点しか考えていなかったため『飲ませたい』『試したい』『笑いたい』しか太子には聞こえなかったのだろう。正確に捉えて深く聞けばもっと細かく分類出来ると言っているが、あたしの姿を確認する前に不意に聞こえたものらしくて集中していなかったわと言っていた。

 

 常日頃からそんなに色々と聞こえていたら騒がしいし寝苦しくて大変じゃないのかと思えて、耳のような髪を利用して常に何かが聞こていたら生きにくいわねと問いかけたら、本物の耳にはヘッドホンをしているから大丈夫と言っていた。

 髪については正しい答えがもらえなかったので背を向けた時に握ってやろうと考えたんだが、伸ばす手を取られダメと窘められてしまった。

 耳もいいが目もいいのかと思っていると、『握りたい』『触れたい』『伸ばしたい』と聞こえてばれたみたいだ。

 

「また髪について考えてるわね、そんなに触りたい?」

「どうにも頭の上で揺れる物に弱いのかもしれないわ」

 

 太子の問いかけに答えながらいつかの蛍の少女を思い出す、あの子の触角もあたしの好奇心をくすぐるものだ。初めての出会いこそ光るのかどうかが気になっていたが、会話をするのに顔を合わせる度にこうピコピコと揺れる。

 そういえばあの触角にもまだ触れてないな、光るほうの確認は諦めるといえばふれさせてくれるだろうか?

 

「そうやって途中から思考の芯が逸れていくのも変わらないわ」

「性分で能力だもの、太子の耳と一緒だわ」

 

「なら真っ直ぐな型に嵌め込んでみれば逸れなくなるかしら」

 

 型にはめるとか勘弁してほしいわ。

 型に収められ物事を一つの方向しか見られないとか勿体ないしつまらない。

 それに型にはめるって言われるとあの山の神様の責め苦を思い出してしまって‥‥そもそも霧や雲、煙といった形ないモノを型に押し込んで動力にしようというのが間違いなのだ。

 形に囚われず流れているから見て楽しいのに。

 

「言った側から逸れるのね、よくそれで会話できるわ」

「変な感心の仕方しないで欲しいわね、それに相手の会話や動きを良く視たほうが騙すのは簡単なのよ?」 

 

 経験上会話や動きにその人となりが出る場合が多く、それを見極められれば後はあたしの好きな方へ誘導するだけ。誰かを騙したり化かしたりなどそれさえ出来れば八割は成功と言ってもいいだろう。

 だがそれ故に今隣にいる太子やあのジト目妖怪に対して、どうしたら騙せるかわからず攻めあぐねている節もある。

 

「ジト目? ああ覚りなのね、そっちともかく私は騙せると思うわよ?」

「あたしの考えとは逆の事を言うのね?自信家なのに過小評価するの?」

 

「どうやって騙すか考えるということはすでに覚りには試すか何かしたんでしょ? それに能力の相性もあるわ」

 

 特に何か引っ掛けたような事があっただろうか?

 ちょっと友人達を引き連れて住まいにお邪魔してみたり、妹を使ってからかってみたりしたくらいか。能力を使い逸らしても五月蝿くなるだけで聞こえてはいるみたいだし・・読まれた上で返せるちょっとした意趣返しをしたくらいか。

 

「何をしたか知らないけど、読まれているのに意趣返しって趣味が悪いわね」

「内容は可愛らしいものよ?それで相性ってなに?最近モテるから悪くないかもよ?」

 

「動物を愛でる心はあるけど言葉の意味がちがうわね・・相性というのは私の場合、貴方の欲を『聞いて』それを踏まえるいわば予知に近い推理。もしこの欲が私に届かなければ?」

 

 なるほど、直接的に心を読むわけではなく『欲』という聞こえてくる部品を組み立てて形にするのが太子の予知なわけか。それをあたしの能力で逸して太子に届かないようにしてみれば‥‥中々面白い試みだ、うまくハマれば髪触り放題もできる、試さない手はない。

 

「今なら逸れていると思うけど、どうかしら?」

「残念ね、ヘッドホンを外せば遠くに聞こえるわ」

 

「そう、残念だわ」

 

 これは良いことを聞いた、今の物言いが真実ならばあたしの能力は十分に使える。

 太子がヘッドホンを外す時、それはほぼない。

 今までの話しぶりから考えればヘッドホンなしではうるさくていられないだろう。

 それであればヘッドホンが外される機会は少なく、あたしの能力は常に効果を得られると言い換えても問題ないはずだ。

 

「悪い顔してるわよ」

「悪いこと考えてるもの、いつその耳を確認するか舌なめずりしているの」

 

「これは髪よ」

「太子‥‥あんまりじゃないかしら」

 

 どうやって触ってやろうかと思考を巡らせ始めた時に答えを叩きつけられてしまっては‥‥

 あたしのこのやり場のない好奇心はどこにむけたらいいのだろうか。

 久々に会って楽しみを見つけたというのに。

 一言で潰してくれるなんて相変わらず聡いわね妬ましい。

 

「妬むなんてしばらく合わない間に変わった?」

「こっちで出来た友人の口癖、万能すぎて使っていたら自然に出るようになったのよ」

 

「自然に出るってそういう言葉じゃないでしょうに、楽しければなんでもいいのも変わらない」

 

 悪い言葉に思えるが裏を返せば相手の美徳を褒めているだけだ。

 あたしは遠回りの褒め言葉くらいにしか思っていないしそのようにしか使っていない。

 多分本家は色々な思いをのせて言い放っているんだろう。

 それはそうあるべき妖怪として素晴らしいモノだと思える。

 ノリで使うあたしが歪なだけだろう。

 

「それよりも、探究心が燃え残って燻っているんだけどどうしてくれるの?」

「惑わす煙ならちょうどいいんじゃないの?」

 

「あたしは狸と言ったわよね? 寝すぎてまだ寝ぼけてる?」

「そうなのよ、長く寝過ぎたかしら」

 

 1400年くらいは眠ったままだったのだ、ある程度は仕方ないだろう。

 規則正しく不規則な生活を送るあたしだって寝起きからすぐには行動できないのだ、比べるには長すぎる眠りだもの。

 しかし1400年か、そのつもりはなかったが年月を改めて考えてみると屠自古に言われた言葉も案外間違いじゃないように思える。

 

「見た目は変わらず可愛らしい女性だから気にすることないわよ?」

「そうよ、あたしは素敵で可愛い霧で煙な狸さんだもの」

 

「そう言う瞬間は本当にそう思っているのね、ある意味たくましいわ」

 

 うるさいわ余計なお世話よ。

 それよりも太子との会話を楽しんですっかり忘れていたのにまた思い出してしまった。

 娘々から薬を譲ってもらい屠自古に盛るのはほぼ無理だと思うし、どうしてくれようかしら?

 ‥‥そうだ、どうせならこの燻っている探究心を屠自古で発散させてもらおう。

 太子の耳ほどではないがあの足も気にはなる。

 ウマイこと気を逸らしてあの触り心地や肌触りを堪能することにしよう…‥ 

 年を重ねた古狸の執念を舐めるなよ屠自古。

 

「答えを聞いても耳と言い張るのね、髪だと言ったのに」

「耳だと思っていたほうが面白いもの、それに『よく』聞こえそうでいい耳だわ」

 

「そう言われるだろうから髪だと教えたんだけど、無駄だったわね」

 

 少しだけ肩を落とし腰に回して笏を両手にもった苦笑する者。

 変わらずに橋の欄干に背を預け煙管を燻らせニヤニヤとする者。

 少しだけ姿勢を変えた片方と変わらない片方、二人の楽しいお喋りはこの後もまだまだ続いた。




あれはやっぱり髪なんですよね、神主もヘッドホンで隠れた耳のかわりに付けたと言ってますし。

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