東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第五十話 新居探訪

 ひらひらとした羽衣とその周りをふわふわと漂う死体に陰気な道を案内されて、ゆらゆらと尻尾を揺らしながら石畳を歩んでいく。

 淑やかに笑む娘々の周囲を回りながら漂うキョンシー。

 輪廻の外に居るくせにその動きは輪なのだなと少し皮肉めいた思いを胸にしながら後を歩く。

 外の世界で持て囃されているあの寺を作った太子にしては地味で陰気臭いところに居を構えたのねと聞いてみると、ここは住まいではないわとの事。

 この場所は霊廟、豊聡耳様がいつかの復活を願い眠りについた静かなゆりかごで、仕える者達と過ごす場所は別ですわ、と答えてくれた。

 静かで暗くて涼しくて、長く眠るには最適な環境でしょう?

 なんて同意を求められたが、こんな場所に長くいたらヒョロヒョロのもやしになるわと答えると、新しい芽として出るための場所だからそれは正しい感覚ね、と笑顔で返答された。

 太子達の場合は完全に死を迎えたわけではなくいつ起きられるかわからない永い永い一時の眠り。寝て起きるだけで新しいなにかに変わるわけではないと、最初は新芽のイメージが思いつかなかったが少し考え、種芋なんかは寒い冬に田畑の中で眠り新芽を出すしこの場合はそんなものだろうかと理解できた。

 

 アヤメちゃんの考えているものは近いけれど、まったくの一緒とは言えませんわ。

 クスクスと笑いそう話す娘々。

 特に言葉として発したものではなく静かに考察していただけだったのだが、表情にでも出ていたのだろうか。

 そっと頬に触れるとわずかに口角が上がっていた。

 人を小馬鹿にする笑みとは今のあたしの表情の事を言うのだろう。

 

 しばらく進むと急に視界が開けて明るい空間に出る。

 綺麗に整えられた園庭に同じく園庭に似合うよう手入れの行き届いた庭木や池。

 池には緩く弧を描いた橋が掛かり、ゆらりと散歩するには良さそうな風景だ。

 風景自体はとても素晴らしいのだが、この景色に足を踏み入れた瞬間に何処かで味わった嫌な感覚に近いものを覚えた。この感覚の方向性こそ真逆にあるのだが間違いない、あの蠢く瞳だらけの空間に足を踏み入れた時に感じるモノ。

 それに近い感覚を覚えて一瞬だけ険しい表情をしてしまいそれを娘々に見られてしまった。

 

「雅な園庭を眺めるのに眉間に皺を寄せるのね、昔から眼鏡を掛けているし目が悪かったのね」

「視力は悪くないわ、悪いのはこの場に漂う慣れ親しんだ嫌な感じね」

 

「あら? 豊聡耳様のお造りになられた空間はお気に召しませんでした?」

「風景も空気もいいけれど、異界の空間にはいい思い出がないのよ」

 

 あたしのよく知る異界の空間。

 あの胡散臭い瞳だらけの空間を通される時は確実に厄介事や面倒事しかなかったのだ。

 ここの居心地が良くともあたしの感覚があれを思い出してしまいどうにもむず痒い。

 あっちの空間とは間逆なのに感じるものだけは近い。

 だからこそ感じるむず痒さだろう。

 

「女の子がポリポリと頭を掻くものではありませんわ、はしたなく見えてしまいます」

「元々上品でもないし痒いのを我慢するよりいいわ」

 

 ポリポリと頭と耳を掻いていたら窘められてしまった。

 何事も楽しむものだとこの邪な仙人様は仰るが痒みは楽しめるものではない。

 不快の原因はすぐに解消したほうがその後をより楽しめるはずだ。

 

「随分と静かだけど、あの皿を割るのに忙しいのはいないの?」

「布都も屠自古も外出してはいないはずなのだけれど、言われてみれば静かですわ」

 

 名前の上がった二人とも静かに思いに耽るような者たちではなかったはずだ、こうまで静寂が続くのはちとおかしい、出かけてもいないというのならなんだろうか?

 また死んだか?

 様子を伺うようにするすると庭を抜けて先に見える建屋の軒先へと歩んでいく娘々、その後をついていき、屋根から下がる提灯の札を払いながら軒先を覗く。

 ばれないように自然に覗きこみ中を確認すると、出した腹を小さく上下させて眠りにつく者と、その横で卓に突っ伏し眠る者の姿があった。

 

「やっぱり死んだのね、あの二人が並んでいるのに静かだなんて」

「折角蘇りましたのにそれでは面白くないですわ、久々に顔を合わせる者もおりますのに。今起こしてまいりますわ」

 

 そう言って歩み出す娘々の手を握り止めて、唇に人差し指を添えて促す。

 あたしの仕草に笑顔で答えてくれる娘々。

 無から聞いて十を知る者の住まいで、何も語らず仕草で思いが通じるのはなんとも面白い。

 静かに煙管を取り出して音なく煙を燻らせると、あたしの姿が愛らしく残念な姿になる、それを見てさらに笑みを強める娘々と声なく笑い、残念な者を揺り起こした。

 

「これ、起きよ‥‥腹を出して寝るとは何事じゃ」

「……んむ? 我の眠りを妨げる者は‥‥我?」

 

 返事と共に意識の覚醒を確認し、胸を張り左手を突き出し右手を下げ高らかに笑ってみせる。

 寝起きでも何が起きているかは理解できたようだが、なぜこうなっているのかまでは理解できていないのだろう、銀色の瞳が激しく揺れ動いて、我は今動揺しておると語ってくれている。

 ならばもう少し同様してもらおう。

 

「我は道教を広める為に昼夜問わず働いておるのに、我は腹を出し寝ておる、我は悲しいぞ?」

「泣くな泣くな! 我よ泣き止むのじゃ! 我とて常日頃から眠りこけているわけではない! 今日はたまたまじゃ! だから我よ、静まれ!」

 

 の? の? と布都の泣き顔を伺いながら、右へ左へとウロウロしては表情をコロコロと変えていく布都。

 なんだ意外と可愛いのか?

 その仕草に一瞬だけ心を奪われ泣き止んでしまった。

 布都の鳴き声と布都の騒がしいあやし声に気がついたのか、卓に突っ伏すもう一人の方も目覚めてしまう。

 

「あん? 布都が二人?」

 

「おお屠自古! 我が我を起こしたのじゃ!」

「おお屠自古! 我は我に泣かされたのじゃ!」

 

 同じ様な仕草、話し調子、表情で屠自古を見つめる布都二人。

 寝起きで機嫌でも悪いのか、しかめっ面であたしたちを見比べると眉間に皺を寄せて更にしかめっ面に磨きをかけた。

 

「ただでさえうるさいのにどっちが本物かわからんし‥‥」

「「我こそが布都だぞ!屠自古!」」

 

「判断出来ないからどっちも布都でいいわ、そこへ直れ! やってやんよ!」

 

 決め言葉と共に屠自古の周囲にバチバチと稲光が奔る、随分と電撃的なお目覚めだ。

 本物の方は両手で拒否の姿勢を示し少しずつずり下がっていくが、あたしは屠自古の目覚めてすぐのくせに早い判断力に感心してしまい動けなかった。

 

「あん? そっちが本物でこっちは誰?」

 

「バレちゃったわ娘々」

「そうですわね‥‥それでも面白かったし中々良い見世物でしたわ、アヤメちゃん」

 

 あたし達の会話が耳に届かず、半泣きのまま下がっていく布都は放置して、変化を解き屠自古に向かって軽く手を上げる。一瞬誰だかわからなかったようだが、眉間の渓谷が少しずつ薄く浅くなっていきそれとともに周囲の雷も消えていった。

 

「誰かと思えばなんでいるの?」

「覗き魔してたらバレちゃったわけ、だからつきまといに切り替えてみたのよ」

「新年早々つきまとわれてしまいまして、私もまだまだいけますわ」

 

 娘々と二人淑やかにあらあらうふふと笑ってみせると、表情も変えず溜息もつかないが屠自古の瞳は呆れを見せてくれた。

 二人目の布都が消えて視界にあたしの縞尻尾を映した布都もどうにか落ち着いたのか、あたしに詰め寄り大げさな動きを見せる。

 

「お主は‥‥あの寺の狸じゃな!」

「狸違いよ、一緒にされるにはあたしはまだ若いわ」

「ババアに違いはないだろ。この古狸」

 

 そうなのか? と呆ける布都は置いておいて、この古狸とは中々言ってくれる。

 生前は何をするにしても太子の側をくっついて離れず、甘いものを食してもいないのに口内を甘くさせてくれていたくせに、布都といい屠自古といい、薬を飲んだ程度で180度性格を変えてしまうのはどうかと思う、もっと自己を強く持ってもらいたい。

 

「あたしはアヤメ様‥‥と潤んだ瞳を覗かせる、愛らしい屠自古の方が好みだったわ」

「そうねぇ、あの頃の屠自古は可愛らしいお嬢さんで・・」

「うっせぇ、昔の事ばかり言ってるから古狸なんだよ」

 

 本当にあの愛らしさは何処へ行ってしまったのか?

 もう一度薬を飲ませれば同じように180度まわるだろうか?

 ついでに足も生えれば万々歳だと思うが、どうのようにやってやんかね。

 

「アヤメちゃん? 悪巧みしてるとバレバレのお顔ですわ」

「いいのよ隠してないから、それより娘々お願いがあるんだけど‥‥」

「おいコラアヤメ、布都はいいがあたしにはなにもすんな」

「屠自古? 我は良いとはどういうことだ?」

 

 娘々の腕を取りいつもよりも可愛らしくお願いしてみたのだが、あらあら困りましたわと淑やかに笑うだけで話が進まない。布都と屠自古もそっちはそっちで騒ぎ始めてしまい、訪れた時の静寂さが嘘のような騒がしい景色になってしまった。

 そんな中この騒ぎを落ち着かせるように、静かに部屋に現れた者がいた。

 

「『飲ませたい』『試したい』『笑いたい』と、三つの欲しか聞こえない者がいると思えば……懐かしい顔ですね」

「『嬉しい』ってのもあると思うわ、久しぶりね太子」

 

 髪のような耳、もとい耳のような髪を揺らしながらあたしに微笑みかける懐かしい顔。

 幻想郷で復活したという話を聞いていただけで、何処にいるのか知らなかったし直接会うこともなかった古い友人、雰囲気も当時のまま穏やかなもので、とても永い眠りについていたとは思えず、足元から髪の先まで舐めるように見てしまった。

 

「明けましておめでとう太子、今年からまたよろしくね」

「明けましておめでとうございます、物言いも変わらず態度も変わらず昔のままなのね」

 

「太子の身内が変わりすぎただけだと思うわ」

「表面上はだいぶ変わったけれど本質は変わらないのよ?布都も屠自古も昔のままに私に良く仕えてくれるもの」

 

 忠臣というよりは家族といった雰囲気だけれどその雰囲気は言うとおり昔のままだ。

 いつかも感じたが変わらずあるモノを確認できると妙な安心感がある。

 それが友人知人ならなおのことだ。

 

「豊聡耳様? 一人足りないように聞こえましたが気のせいでしょうか?」

「青娥は私達よりも早くにアヤメと会っているでしょ、敢えて言う事でもないわ」

「旧友二人から太子が復活したとは聞いたけれど、会うまで結構時間がかかったわ」

 

 旧友二人、一人は隣で微笑む娘々、もう一人はあのよくわからないあいつだ。

 妖怪の敵が復活しちゃったから外の助っ人呼んでくるなんて言っていたが‥‥全員知り合いどころか友人と呼ぶような者しかおらず、世間は狭いと実感した。

 

「時間ね、外にいた頃と違って今は死に追いかけられることもない・・これからはいくらでも時間があるわよ?」

「あたしも太子も、外ではお互い別のモノに追いかけられて散々だったし・・こっちではゆっくり話せそうで嬉しいわ」

 

 そうねと優しく微笑む太子と、いつかの大使を眺めていた時のように怪しく笑うあたし。

 病という生命の終わりに追いかけられていた太子。

 喧嘩っ早い鬼っ子という生命の終わりに追いかけられていたあたし。

 互いに追い詰められ、余裕のなかった頃では話せなかった、どうでもいい世間話でも布都や屠自古の痴話喧嘩話でもなんでも。

 いつかの中国茶をゆっくりと楽しみながら語れればいいと思えた、明るい地の底での再会だった。

 


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